懸念
「ならぬ!絶対に駄目だ!なぜに我が正妃に他の男を会わせねばならぬのだ!」
維心は、想像通りの反応をした。維月が心配そうに見ている。明らかに最近の維心は機嫌が悪かったようだった。
「あのな、落ち着けよ。」十六夜は言った。「話したいと言ってるだけだろうが?維月がそこで嫁げないと言えば退くと約束させたんだ。とっとと追っ払わねぇと、面倒だろう?」
維心は唸った。
「…それでなくてもあやつはあれから、毎日毎日維月と面会したいと打診してきよってイライラしておったのに!」と維月を見た。「謁見など出入りの激しい時に庭などでうたた寝しておるから、このような事になったのだぞ、維月!」
維月は下を向いた。
「申し訳ございませぬ…。」
十六夜が維月を引き寄せた。
「いい加減にしろ、維心!維月だって眠けりゃ寝るだろ。どうせお前が夜寝かせないからそうなってたんじゃねぇのか。お前、一回神経質になりだしたらきりがねぇんだよ!そんなじゃ維月に見限られるぞ!」
維心はグッと詰まった。
「我とて…こんな心配はしとうないわ!なのに我の維月はこのように稀有な存在であって、誰も彼もが我から奪おうとしよる…。維月は我の妃ぞ!失いとうない!」
十六夜は表情を緩めた。わかっているがな。
「維心…維月を信じろ。大丈夫だ、どこかに行ったりしねぇよ。」
維心は下を向いた。
「主には分からぬ。幼い頃より共で、月で繋がっておる主には。我にはそんな余裕はない。」
維月は、維心に身を寄せた。
「維心様…私は本当に愛しておりまするのに。」
維月は少し悲しくなった。未だにこうして誰かが割り込めるとか思っていらっしゃる…。
維心は、維月の表情を見て、慌てて言った。
「維月…すまぬ。だが、わかって欲しいのだ。神世の王は何でも思うままになるゆえ、主の意思など関係なく奪おうとしよる。それが心配でならないのだ。」
維月は頷いた。
「はい…では、維心様も共にお越しくださいませ。私はきちんとお断りいたしまするゆえ。」
十六夜が慌てた顔をした。
「何を言ってるんだよ、維月。王がじゃあ今からお出掛けって言って、臣下がわかりましたって言うはずないだろうが。」
維心が首を振った。
「我は王。何をやっても許されるわ。共に参る。」
維心は維月をガッチリ抱え込んだ。十六夜はため息を付いた。
「全く…臣下の迷惑を考えてねぇよなあ。分かった、じゃあ日を改めよう。あいつにも出直すように言う。お前も日にち知らせるから、その時に一緒に来な。」
維心は頷いた。
「分かった。」
十六夜は仕方なく、またため息を付きながら飛び立って行った。
緑青はというと、とてもすっきりとした顔をしていた。
泰の宮との話も付き、晴れて雛を迎えることになったからだ。雛は、来月早々にも鶴の宮へと入ることになった。
蒼も、この話に安堵していた。桂について一生懸命王族の女としての嗜みを学んでいたのは知っていたからだ。やはり雛は血筋から間違いなく王族で、見る見る垢抜けて行く様は、見ていて驚愕の一言だった。雛は元々華やかで美しい顔立ちであったので、またその仕草一つ一つが洗練されると更にそれが際立ち、軍神達の間でも噂になるほどであったからだ。
泰から桂に労いの書状も届き、桂もホッと肩の荷を降ろしていた。蒼は、同じように肩の荷を降ろし、今は穏やかに過ごしていた。
しかし、勝手な事をしたと言えばそれまでなのだが、霧花の婚姻を急ぐあまりにした行動が、ここに来てまた問題として残っていた。
久島だった。
恐らくは女関係には無縁で来たであろう久島が、一度想うとそればっかりなのは分かった。維心も同じだったからだ。だが、相手が悪い。やはり、母さんはマニアックな神にモテるんだろうか…。
蒼は、一人居間でため息を付いていた。
十六夜が入って来て言った。
「来週、久島がここへ来ることになった。維月と話しをしにな。」
蒼は頷いた。
「維心様も来るんだろ?」
十六夜は苦笑した。
「そう面倒そうに言うなよ。仕方ないじゃねぇか、あいつは不安なんだってさ。久島が維月好みの男前だからだろうよ。」
「それと、独身だからだよ。」蒼は言った。「母さん、今までにべもなく断ってたのってさ、皆他に妃が居るから嫌とかそんな感じで言ってたような気がするんだよな。今回はシチュエーションが維心様に良く似てるんだ。だから怖くて仕方がないんじゃないか。」
十六夜は感心したように蒼を見た。
「ふーん、やっぱり嫁が三人も居たら違うな。段々そういうことが良く見えるようになって来たじゃねぇか。」
蒼は鬱陶しそうに手を振った。
「嫁は関係ないよ。誰も好きでこうなったんじゃない。いっつもいざこざ起こしてオレに面倒掛けるのは、母さんと十六夜と維心様じゃないか。そのせいでこうなったんだよ。もうこれぐらいで落ち着いて欲しいんだけ゚どな。」
十六夜はため息を付いた。
「オレに言うなよ。大体が維心のやつのせいじゃねぇか…来週は気が重いな。」
蒼は頷いた。
「ほんとにね。」
一方、維心は龍の宮で、当日着て行く物の選別をしていた。
「維月、主は甲冑と着物、どちらを好む?」
維月は、んーと考え込んだ。
「どちらでも。維心様はどちらも似合われまするし。」
維心は首を振った。
「どちらでもでは困る。主の好みを聞いておる。」
維月は首を傾げた。
「そうですわね、最近は甲冑を着ていらっしゃるのを見ておりませぬので、そちらを見てみたいと思いまする。」
維心は、滅多に着ない正装の甲冑を手に取った。
「…これには長く手を通しておらぬ。戦う時は機能を重視するゆえ、あちらの」と、侍女が捧げ持ついつものシンプルな青い甲冑を指した。「戦闘用の物を着る。正装は主に合わせて着物の方を使うしの。」
維月は、その正装の甲冑に触った。同じように青いが、何かこの青い部分は七宝焼きっぽい深い色合いがある。縫い取りも金糸や銀糸で綺麗に縫われてあって、どう見ても見せるための甲冑だ。組み合わせも何やら複雑で何がどうなっているのかわからない。金具にまで七宝焼きの青いガラスのような細工まで細かにしてある。
めっちゃ髙そう…。
維月がそんなことを考えて見ていると、維心が顔を上げた。
「では、正装の甲冑にする。一から作っておっては間に合うまい。これを作り直させよ。」
維月はびっくりした。造り直す?どこを?!
しかし、衣装担当の龍は頭を下げた。
「はい。では、糸を解いて硬板の部分を焼き直させまする。」
焼くって…やっぱり七宝焼きかな。
維月がただ茫然と見ていると、維心が言った。
「さあ、主の着物も決めよ。」
維月は首を振った。
「もうたくさん持っておりまするから、その中から選びまするし。」
維心は維月の肩を抱いた。
「良いであろう。折角衣装の者が反物を持って参ったのだ。見てやらぬのか?」
そう言われると、弱い。でも、私ほんとに今ある着物でいいのに。
維月は思いながら、じっと広げられた布を見た。皆とても綺麗なので、どれって言われても選べない。
「…本当に皆、見事ですわ。私はどちらの布で仕立ててもらっても、気に入るかと思うのですけれど。」
維心は笑った。
「そうか。では、ここにあるものを皆維月用に仕立てよ。」
維月は仰天して維心を見た。
「まあ、そんなにたくさん、どこへ着て参りまするの?私、毎日着物を変えておりまするのに、同じ着物が巡って来ることがないぐらい持っておりまするのに!」
維心は首を振った。
「主は龍王妃であろうが。それが普通ぞ。」維心は衣装担当の龍を見た。「では、そのように。」
その龍は頭を下げて反物をするすると巻き取ると、そこを出て行った。維月はただ茫然とそれを見送っていた…だから、そんなにたくさん着物なんか要らないって言ってるのに、維心様ったらもう!
対面の日は近付いていた。




