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緑青は、早々に久島からの断りを受けて落胆していた。確かに久島は、いくら龍王が言おうと己の意思以外では動かぬだろう。修の方は好感触で、あまりに王が出て来ないので、今では縁談自体が無くなって困っていたところだったらしく、良ければこちらへお越し頂ければ…と連絡があった。しかし、そんなに気の小さいらしい王で大丈夫なのか。

緑青は、今さらに心配になっていた。


霧花は、実はもう、吹っ切れていた。だが、何だか部屋を出る気になれなくて、出ていなかっただけだった。

もう、そろそろかなと父の居間をうかがうと、父は、暗い表情で考え込んでいた。いつも深刻に悩む事などない父が、どうしたのかと、己のことしか考えずに居たことに後悔した霧花は、父の前に急いで進み出た。

「お父様、我はもう、大丈夫でありまする。長い間こもっておって、申し訳ございませぬ。お父様をお悩みさせるつもりなどなかったのですわ。」

緑青は、驚いたように霧花を見た。そして、首を振った。

「案じずともよい。主の嫁ぎ先を考えておったのよ。龍の宮も駄目であったし、月の宮もなかなかに無くての。それで、東の修殿との話があるのだが、主に相応しいか疑問だなと思うておったところ。」

霧花は、父を見上げた。

「お父様…どうしても嫁がねばなりませぬか?皇女は必ずしも嫁がなくともよいと聞いておりまする。我は、まだこちらに居たい。わがままでありましょうか。」

緑青は、困ったように霧花を見た。

「母と約したからの。娘達を幸せにすると。」

霧花は首を振った。

「お父様、あの時は命の気が尽き掛け、もうどこかの宮へ嫁ぐより命を長らえる方法がないと思われたゆえですわ。今は月の宮の横に位置し、この宮は何の心配もありませぬ。むしろここに居たほうが、我は幸せなのではないでしょうか。」

緑青は、ハッとした。確かにそうだ。娘達を嫁がせ、必ず命を守ると言った。あれは、あの地であったからだった。ならば、ここで意にそむ男をゆっくり見付け、嫁いだほうが霧花も幸せなのではないのか。急いで縁付けて、かえって不幸になるのではないか…。

「そうであった。」緑青は、霧花の頭を撫でた。「主、まだ嫁ぎとうないか?」

霧花は頷いた。

「もっとゆっくり考えとうございます。」

緑青は、頷いた。

「分かった。我ももう、このように探し回るのはやめようぞ。霧花…然るべき時が来たなら、父に相談するが良い。父は、努力をしようぞ。」

霧花は微笑んだ。

「はい、お父様。」

緑青は、しかし顔をしかめた。

「だがの、修殿の方はこちらから打診致したこと、主も会う心積もりはしておくが良いぞ。」

霧花は、困ったように微笑んだ。

「はい、お父様。」

緑青は安心して、雛の事を考えた。これで主を迎える事が出来ようぞ。


泰にそれが打診されたのは、数日経った頃だった。緑青の臣下数人が深々と頭を下げて渡した書状には、雛を緑青の妃にと書いてあった。緑青の鶴の宮は、人数が減ったとはいえ上から三番目の格の宮。またしても格上の宮の妃に迎えられるとあって、泰は驚くやら嬉しいやらで声が上ずってしまった。

「なんと申せば良いのか…喜んでお受け致すとお伝えくだされ。」

緑青の臣下達は、また深々と頭を下げた。

「では、結納のお品をこちらへお届けに参りまする。式は、お早めにと我が王は申しておりまするが…。」

泰は頷いた。

「そちらの良いようにお決めくださればと。」

「はい。」臣下達はまた頭を下げた。「では、早急にご準備を。」

そして、そこを出て行った。泰は慌てて叫んだ。

「雛の荷を作れ!職人達に急ぎ作らせよ!」

泰の宮は、大騒ぎになった。


蒼は、緑青から事の次第は聞いた。

十六夜があれこれ心を砕いたものの、結局は当人同士の話し合いでうまく行ったようだった。

だが、まだゴタゴタは尾を引いていて、修の方は緑青に任せれば済んだものの、久島がそうは行かなかった。

蒼は断りに来るという久島を、玉座に座って待っていた。

やって来た久島は、聞いていた通り宮の女達が大挙して見に来るほどの美しい恵まれた容姿の王だった。確かに、維心に似ている。維心ほどの容姿の神は見たことがなかったが、それは、龍族という力のある宮の王の血筋であるがゆえ、美しい妃を迎え続けた結果の産物であろうと蒼は思っていたが、一概にそうでもないらしい。

蒼は傍らに立つ十六夜に言った。

「これは…驚いたな。」

十六夜は頷いた。

「維心のヤツが警戒するはずだ。維月の好きなタイプの顔だな。」

久島はそれが聞こえたらしく、挨拶もなくいきなり言った。

「ここはやはり維月の里か。」

十六夜は頷いた。

「オレの嫁でもあるんでな。お前、維月を知ってるのか。」

久島は頷いた。

「庭でうたた寝しておったのでな。」

蒼は十六夜と顔を見合わせた。それは、維心が大変だったろう。まだ怒っているかもしれない。

「後で様子を見て来るよ。」

十六夜は察して言う。久島はお構いなく言った。

「月よ、ならば話は早いの。我は維月を迎えたい。主、我に許可せぬか。」

蒼は目を見張った。なんだって?!

「…今日はそんな話をしに参ったのではあるまい、久島殿。」

久島は首を振った。

「緑青の姫は断ったであろうが。いろいろと臣下達に調べさせた結果、維心殿とて月に許されて維月を妃にしておると聞いた。ならば、我に許可すれば、我がめとっても誰にも文句は言えぬだろう。違うか?」

蒼は呆然と十六夜を見た。十六夜も呆気に取られているようだ。

「…あのなあ、それではいそうですかとは行かねぇんだよ。当の維月は何て言ってる。あいつは維心に惚れてるはずだぞ。」

久島は平気そうだ。

「主が許可せぬのに本人に話す事はあるまいが。我は月と事を構えるつもりはないゆえの。」

蒼は呆れて口が聞けなかった。しかし神の王族らしいといえばそうだ。女の意見は最後なのだ。

「オレはあいつの気持ちを尊重したからこんな不自然な形でも許してるだけで、誰にでも許すって訳じゃねぇんだよ。維月の気持ちを考えられないなら諦めな。」

久島は神妙な顔をした。

「…ならば、我と維月が話す機会を与えてくれまいか。維心殿は何としても駄目だと申すし、交流など出来ぬ。あのように珍しい女は初めてであるし、我だって話してみたいと思うのに、あれではお手上げなのだ。」

蒼はため息を付いた。

「主はあまり表に出ぬから知らぬだろうが、母はあらゆる神から乞われておる。唯一の月の女だからだ。気が珍しいのよ。しかし頑として首を縦には振らぬ。龍王とこの月を心から愛しておるゆえな。驚くほど頑固なのだ。主も、それほどに恵まれた容姿なのだから、他を考えよ。今さら割り込むのは到底無理よ。」

久島は、ため息を付いた。

「それでも、我は維月と話してみたい。」久島は言った。「ここまで独り身で来たのだ。一人ぐらいわがままを言わせてくれても良いではないか。」

蒼は困った。確かに他の女だったらいいんだけど。母さんは駄目なんだよ、維心様が大変なんだから…。

すると、十六夜が言った。

「そうだな、じゃあ話すだけだぞ?一度本人に聞いて来てやる。駄目なら諦めろ。約束出来ないなら、この話は無しだ。」

蒼は仰天して十六夜を見た。維心様をどうするつもりなんだよ!

久島は、蒼の気持ちも知らずに嬉しそうに微笑んだ。

「感謝するぞ、月よ。我は約した事は違えぬ。」

「オレの事は十六夜と呼べ。」

久島は頷いた。

「では十六夜、あの立派なコロシアムで、お手合わせ願えるか?」

十六夜は笑って歩き出した。

「よし!オレには勝てないぞ?」

二人が出て行くのを見ながら、蒼は修羅場を覚悟した。

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