表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/43

皇女

雛は、控えめに微笑み、その仕草からは驚くほどの気品が感じられ、あの幼さは欠片も感じられなかった。雛は嘉韻にも頭を下げた。

「嘉韻様にも…何もわきまえぬ我が、大変に失礼を。」

扇できちんと顔を半分隠した雛は、目を伏せ、決してはっきりとは顔を見せない。だが、その華やかな美しさは隠しようもなく、三人はただただ驚いていた。

明人が、やっと言った。

「雛殿…また随分と変わられたな。見違えた。」

雛は恥ずかしそうに下を向いた。

「姉から、いろいろと教わりましてございます。我は何も、王族らしい教育は受けて参りませなんだ。全ては、ただ、お恥ずかしい限りでありまする。」

慎吾が頷いた。

「さすがに桂様の妹君ぞ。ほんに驚くより他ないわ。」

桂はまた、頭を下げた。

「それでは、失礼致しまする。足をお止め致しまして、申し訳ございませぬ。」

雛は、歩き去って行った。その後ろ姿を見送りながら、明人は感心していた。

「まさか、あの幼かった雛殿が、あのように変わるとは。ほんの数か月の間のことぞ。女とは、わからんな。」

慎吾も頷いて歩き出した。

「あれならばどこぞの王とでも縁付けるのではないのか。それにしても、教育は大切よの。我の子もそこのところは見ておかねば。ま、結朋ならば大丈夫であろうが。」

明人は呆れたように慎吾を見た。

「確かにそうだろうが、お前なあ、のろけるなよ。」

慎吾は憮然とした顔をした。

「のろけてなどおらぬ。真実ぞ。主の方こそ、(すず)殿なら大丈夫だと思うておるだろうが。同じぞ。」

明人はふんと横を向いた。

「紗は王族だからな。心配なんかしてねぇよ。」

ふと嘉韻を見ると、黙って歩いている。明人は言った。

「嘉韻、今の雛殿はどうだ?」

嘉韻は眉を寄せた。

「どうとは?我は興味はない。」

明人は慎吾に向かって肩を竦めて見せた。やっぱり、駄目か。

宮の外へ出ると、まだ明るいが、もう月が出ていた。明人は緑青の事が気になって仕方がなかったが、それはそれとして紗の待つ屋敷へと戻って行った。


数日後、緑青が月の宮へやって来て蒼に対面した。蒼は、慣れた緑青のことなので、いつもなら居間のほうへ通すものを、その日は謁見の間に通し、そこで待たせた。来てからゆうに30分は経とうかという頃、やっと蒼は玉座へと現れた。緑青は待たされたことの文句を言おうと蒼を見上げたが、その表情に固まった。

蒼は、その涼やかな目を、険しくし、薄い唇をキッと結んで緑青を見降ろしていたからだ。

格下の緑青は、先に話し掛けることを禁じられている。蒼はそのまま5分ほど黙っていたが、口を開いた。

「…本来なら、目通りすら許す気はなかったものを」蒼は低い声で言った。「よくぞ顔を出せたものよな、緑青よ。」

緑青は、蒼がいつになく不機嫌で居るのを知って、頭を下げたまま言った。

「しかし、我にも話さねばならぬことがあり申す。霧花のことは…」

蒼は、グッと眉根を寄せた。

「知らぬ。我の責任ではないわ。あのような書状を送って来るとは、主、月の宮と事を構えるつもりで居るのか。」

緑青は慌てて首を振った。

「そうではない。我らに敵意など有り申さぬ。ただ、どういうつもりでいるのかと…」

蒼はフンと横を向いた。

「そんな個々人の動向まで我は知らぬわ。そんなことにまで気を回しておって、この宮の王は務まらぬ。主のところの問題を、ここへ持ち込むでない。それでなくともいろいろあって、イライラしておるのに。あんな書状、我は受け取らなかったことにしてやろうとしておったのだぞ。あれを維心様にでも見られたら、主、どのような反応をなさるか分からぬ訳ではあるまいが。」

そう、あんなこじ付けは、龍王には通用しない。蒼は懇意で滅多に怒らず、何でも聞いてくれるような王だったので、ああ言えばもしかしてあわ良くば嫁ぎ先を見つけてくれるのではないかと、そんな気持ちからこじつけて送ったものなのだ。つまりは、蒼を侮っていたのだ。

だが、蒼はそう簡単には動いてくれなかった。他の王と同様、怒っているのだ。

「…では、我はあの書状の内容を無かったことに…」

「当然ぞ。」蒼は言って、立ち上がった。「我がすぐにでも攻め込まなかったのを感謝するが良いぞ。あのようなこと、二度と許さぬゆえな。」

緑青は頭を下げた。月の宮に敵対されれば、鶴の宮はどうしようもない。何しろ、月の宮から命の気を供給されているのだ。

緑青は、蒼を侮ったことを後悔していた。やはり、格の高い宮の王なのだ…。

一方蒼は、謁見の間を怒ったように歩いて出ながら、実はホッとしていた。良かった、維心様の真似をして。ここも龍の宮と並ぶ宮だと皆に言われていたのに、維心様のようには出来ないでいたんだよなあ…。でも、やってみて分かった。これからは何か無理を言われたら、これで行こう。結構行ける。何しろ維心様は、何でもこれで通してしまうもんなあ…。

蒼は部屋に戻りながら、ほくそ笑んでいた。


緑青は、しょんぼりしながら近道をしようと庭を横切っていた。また、霧花の嫁ぎ先を見つけなければならない。しかし、霧花が塞いでいるのは確かで、部屋から出て来ないし、そんな話をする事も出来ない。

緑青は頭を抱えた。妃もとうに亡くなってしまって、残っているのは我だけ。ならば娘は幸せにしてやらねばと、そればかりを考えていた。宮の無くなる心配も、一族の断絶の心配もなくなった今、緑青はそればかり考えていた。

臣下達は、世継ぎの皇子が居らぬので、娘の結婚よりも王の妃を探さねばと躍起になっているが、緑青はそんな気にはなれなかった。確かに娘達は若くして成したので、自分はまだ若い。だが、娘が片付いてから考えると、常臣下達には言っていた。

緑青がため息を付いて歩いていると、脇の方に、女が一人、立っているのが目に留まった。着ている着物をみると、身分は高そうだ。こんな所で誰がと思って見ていると、女は不意に振り返った。

「あ…!」

相手は、知らない男だったのに驚いて、慌てて扇で顔を隠すと、頭を下げた。緑青は垣間見たその顔立ちの美しさに、呆然としていたが、軽く返礼した。

「…我は、鶴の宮の王、緑青。主は誰か?」

相手は、小刻みに震えながら言った。

「我は、父、泰の宮の第二皇女、雛。こちらには姉を訪ねて参っておりまする。」

緑青は思い当たった。蒼の妃の一人は、泰の宮の桂。では、その妹か。

おっとりとした気品と、華やかな美しさに緑青はしばし見とれた。雛は、緑青があまりに自分を見るので、居た堪れなかった。何か、おかしいかしら…。やはり、我はまだ外へ出るには恥ずかしいのかしら…。

そっと目を上げてみると、緑青は美しい神だった。王の血筋は皆美しいが、黒髪に黒い瞳の、若く精悍な顔立ちの王で、スラリと高い背で、こちらをただじっと見つめていた。雛は赤くなった。

「緑青様…御前、失礼してよろしいでしょうか。」

緑青はハッとして、頷いた。

「…ああ、すまぬ。良い。」

雛は、深く頭を下げると、その場を去って行った。緑青は、その姿を目で追っていたのだった。


それからというもの、蒼があれほどにガツンと言ったにも関わらず、緑青は月の宮へとやって来た。霧花の縁談のこともそうだが、最近の緑青はせっかちな気がする。蒼は、呆れ気味に問うた。

「のう、緑青。なぜに、それほどに娘の縁談を急ぐのだ。自然に任せれば良い…終生宮におるなら、それでも良いではないか。主は若いのだし、娘を長く見守って行けるであろうが。」

緑青は、しばらく黙ったが、首を振った。

「あれは、亡くした妃との子。我は、あれが幸せになるのを見てから、己も次の妃をと思うておる。でなければ、妃への申し訳が立たぬ。あのように命の気が枯渇して来る状況で、本来なら死なずに済んだであろうに、死んで逝った我が妃に、せめてもと思うての。」

蒼は、それは初めて聞いた。だから、世継ぎも居ないのに妃を娶らず、己の娘の落ち着き場所ばかりを探しておるのか。

「…しかし、妃は娶った方が良い。さすれば、女手がある分、婚姻の話も進みやすいであろう。先に娘を縁付けてという気持ちも分からぬでもないが、主が誰か見つけたほうが、霧花にも見つかりやすいのではないか。」

緑青はため息を付いた。

「臣下と同じことを申す。だがの…我は…。」

緑青は、物思いに沈んだ。蒼も、そんな事情を知ったらならどうにかしてやりたいとは思ったが、どうにも何も思いつかない。ただ、ため息を付くだけだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ