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想いを伝えて

維月は急いで維心の対へ走った。そうと分かったら、いつまでもおつらい想いをさせたくない。

さすがに入って行きづらくて、中をソッと覗くと、維心は暗く沈んで座っていて、その前には洪が気遣わしげに控えて、二人共に黙っていた。維月は控えめに声を掛けた。

「…維心様…。」

洪がこちらを向いて、維月を見て飛び上がらんばかりに立ち上がった。

「おお、王妃様!どうぞこちらへ!王、王妃様がいらっしゃいましたぞ!」

維心は、悲しげに維月を見た。

「維月…。」

維月はその目に、本当に後悔した。私はどうして維心様にあんなことを言ってしまったのだろう。維心様は、子供のように、ただ私の人の頃のことを聞いて、目を輝かせていただけだったろうに。

洪が、急いで出て行く。維月は、維心に駆け寄って、その足元に膝間付いた。

「維心様…どうか、お許しください。維心様を責めるばかりで…いったいどんなお話に夢中になっておられたとか、私は聞くこともしませんでした。」

維月は、維心の膝元で、維心の袖に顔を伏せて言った。維心は慌てて維月を自分の座っている椅子の横へ引き上げると、言った。

「何の話をしていようとも、現にそこに居る主が、他の男に寄られて困っておるのを気づきもせぬとは、我もなんと不注意なことか。我が共に居る場で、そのようなこと…主が怒るのも仕方のないこと。我は、己の愚かさに呆れておるのだ。いつもあれほどに共にと身に付けて守って来た主であるのに…。」

維心は、また下を向いて沈んだ。維月はどうしてあんなに責めてしまったんだろうと、本当に心から後悔した。

「維心様…私が自分の事を自分で守れると言ったのですわ。これからもあのようなことがあったら、大きな声で維心様をお呼び致しまするので。それに、普通にしていたら、私はあんなことになることはないのですわ。引っぱたいてでも傍に寄らせませぬのに。」

維心は、維月に引っぱたかれる相手を思って、眉を寄せた。確かに維月ならやるだろう。

「維月…我に呆れたのではないのか。もう…前のような気持ちで居てくれないのではないか。」

維心は維月から、目を逸らした。維月から、批判されるのが怖いのだ。維月は首を振った。

「私が愚かだったのですわ。」維月は維心に唇を寄せた。「心を繋いでくださいませ…きっと見えまするから。」

維心がためらいがちに維月の唇に触れた。その途端、維心からどっと暗く落ち込んだ気持ちが維月に向かって流れ込んで来た。昨夜から、後悔して、悩んで、悲しんで。そして、寂しくて、維心の心は小さな子供のように震えていた。維月は深く深く後悔して、維心を包み込もうと一生懸命愛情を表現しようとした。維心の心が温かくなって来て、維月はホッとした…よかった、伝わったかな…。

維心は、唇を離して維月を見た。

「維月、そのように我を心配するでない…我は、主の気持ちさえこのように分かれば、大丈夫であるから。」

維心は微笑んだ。維月はその笑顔に胸がいっぱいになって、維心に飛びついた。

「ああ維心様!どうして私などをそれほどまでに想うてくださるのか…私も本当に愛しておりまするわ。」

維心は飛びついて来た維月を受け止めて、幸せそうに笑いながら言った。

「今心を繋いで見たばかりであるから、知っておる。主は我無しでは生きて行けぬよの。そうであろう?」

維月は維心の顔を見て微笑んだ。

「はい、そうですわ。維心様が居らねば、駄目ですの!」

維月は噛みつくように維心に口付けた。維心は嬉しそうにそれを受けて、そのままその大きな寝椅子に倒れ込んだのだった。


維心の歓喜の気が離れた部屋に居る蒼にも伝わって、維月と維心が仲直りしたことを知った蒼は、ホッとした。そう、あの二人は別に心配ない。だいたいがすれ違いで、それが修正さえされればいつでもベタベタとはた迷惑なほど仲が良いので、すぐに解決するのだ。

だが、槇と藍のことはわからなかった。元々、槇は妃の気持ちについて考えるような生活はして来なかったようだった。どれほどに恨みの念が溜まっているのか、蒼に想像がつかなかったのだ。

蒼は、悠と二人で王の居間に腰掛け、穏やかに庭を眺めていて、ふと言った。

「悠、主の父と母は、どのような様子であった?我も、仲裁をするにあたって知っておかねばならぬこともあるだろう。」

悠は、扇で口元を押さえた。蒼はそんな様にすら見とれた…なんと美しい女であることか。確かに槇が、これにそっくりな藍を自慢するだけはある。

悠はしばらく迷ったようにしていたが、言った。

「はい。父は母を溺愛し、あれほどにたくさんの妃が居るにも関わらず、ずっと母のみに通っておりました。時に二人の気に入りの妃に通うことはあるものの、明け方には母の所へ戻るといった具合で、まるで母の部屋を己の部屋のように。」

蒼は頷いた。

「槇殿の話を聞いておって、それは分かる。母上はどうであったか。」

悠は少し言いにくそうにしたが、それでも答えた。

「母は、妃とはそういったもの、と言っておりました。なので、我もそうなのだと思っておりましたが、しかし、いつも悲しげにしておられました…父は、会合やらと外泊するたびに、誰か妃を連れて戻りましたゆえに。しかし、それらに通うことはなく、ただ宮の離れに妃専用の対があり、そこにまとめて入っておりました。奥の宮に居るのは正妃である母のみ、気に入りの二人は奥宮の前にある対に入っておりました。父が妃専用の対へ行くことは一切ありませんでした。」

蒼はため息を付いた。それは手を付けてしまった女達を妃に迎えねばならなくなって、名だけ妃として、要は飼っているような状態なのだ。なのに、王の妃であるから、外出も許されず、他に男と縁付く訳にもいかず、それらはどれほどにつらい思いをしているのだろう。

「…理解出来ぬ。神の王とは、皆そんな感じなのか。」

悠は驚いたような顔をしたが、少し考えて、言った。

「いえ…全ての王がそういった風ではないと聞いておりまする。中には妃を一切娶らないと言っておる王も居られるし、一人の正妃を大切になさる王もおられる。たいだいの王が、妃としたならば順番に通われるのだと聞いております。なので、父ほど妃の数が多いのは、稀ではあるようです。」

だろうな、と蒼は思った。炎嘉が前世、気が付いたら妃が21人と言っていたが、毎日順番に通っていると言っていた。なので名を間違えることもあるとか。それでも、炎嘉は妃を一人の神として、話を聞くことはしていた。全ての妃が炎嘉を想っていたと聞いているので、それなりにやり手な夫であったようだ。しかし炎嘉自身は、どの妃も愛しては居なかった。それでも、責任は果たしていたのだ。これは、神の王の性格次第といったところだろう。何をしても許される神の王なので、しかし何をするかはその神次第なのだ。

「そう話せば分かるのであろうな。主の父は、ずっとそうやって誰にも咎められず来たのであろう。そうなると藍殿が、槇殿の宮へ戻る確率は低いとみなければなるまいな…。」

蒼は額に手をやった。他人の宮のことにとやかく口出しをするつもりはないが、藍があちらへ帰らないのもまた、困ったことになりそうで、どうしたものかと思ったのだ。

婚姻に伴って出て来た新たな問題に、蒼は頭を抱える他無かった。


槇は、一人与えられた客間に座って、庭を眺めながら考え込んでいた。

自分は、今まで間違ったことをしていると思ったことはなかった。なのに、昨夜突然に藍が自分の元を飛び出し、考え直さざるを得なくなった。

藍は、取るに足らない女と言った。そんな風に思ったことはなく、自分は誰よりも藍を大切にして来たつもりだった。藍の所へ帰らない日はなく、どの女に通おうとも、夜が明ける前には必ず藍の元へ戻った。藍の顔を見ないと、落ち着いて眠れなかったからだ。

藍は、臣下も反対する格下の宮の皇女だった。だが、自分が視察に行った先の宮で、庭で侍女達と笑い合うその姿に一目で惹かれ、先に入っていた格上の宮の二人の妃を差し置いて、正妃として宮へ迎え入れた大切な妃だった。藍は格下の宮の出であるのに、とても嗜み深く品も良く、全てにおいて完璧な女だった。疲れて帰っても、藍を見るとそんな疲れもなくなった。藍が笑っていると、自分も幸せだった。しかし、藍は何も言わなかったが、先に入っていた二人の妃から、連日嫌がらせを受けている事実を発見し、それでも格下の宮から来たゆえ黙っているよりなかったと知るに至り、自分の考えが浅かったことを知った。しかし、その二人の妃の父王の手前、槇にもどうにも出来なかった。

それで、考えた槇は、他にも妃を迎えようと思った。そうすれば、藍への攻撃も減るだろうと考えた。なるだけ格下の、侍女でもいい。そんな女を何人か妃にすることで、藍ではなくそちらへ矛先が向かうようにと考えたのだ。別に通わなくともいい。とにかく妃にしようと。

そうして三人ほどそういった妃が来たところで、藍への嫌がらせはピタと止まった。それどころか、その二人の妃からは、王がそのように妃をたくさん迎えられることに対して、見舞いの文が藍に届くようになったのだ。

槇はホッとした…自分があちらこちらから女を連れ帰ることで、藍が心安くしていられるのならば。

そうして多い方がよかろうと、あっちこっちから連れ帰って来るうちに、今のように人数も把握出来ぬほどに増えてしまった。それでも、藍が宮で心穏やかで居られるのなら、いいと思っていたのだ。

しかし、昨夜の維月に対する振る舞いは、確かに自分が悪かった。

あの珍しい気に、我を忘れた…あの、女嫌いで有名な箔炎、女を知り尽くした炎嘉、誰にも見向きもしなかった維心が望んだ月の女。その気の前に、自分など一溜りもなかった。

自分の妃は、三人といった認識でしかなかった槇は、もう一人は維月にしたいと思ったのだ。あとの20人余りは、槇の中では妃ではなかった。あくまで四人目という考えで、槇は維月に近寄っていたのだ。

藍は、ずっと不満に思っていたのだろうか。自分の考えが甘かったのだろうか。それゆえ、四人目の維月を迎えたいと思っているのを気取って、あれほどに怒ったのか。

槇は頭を抱えた。どんなに魅力ある女が近付いて来ようと、自分の藍への気持ちが変わることなどない。藍を失うというのなら、他の全てを失った方がいい。藍だけでいい。一晩離れただけで、これほどにつらいものを。まだ今夜も待てと、藍は言うのか…。

槇はうなだれて、そこに座っていた。藍に会いたくてたまらない…。

そんな槇の姿を、重臣の(みん)が、気遣わしげに見ていた。


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