茶会
維月が、腑に落ちない顔をして蒼を見た。
「でも、なんだってあなたがこんな茶会を?女のおしゃべりに付き合うのはまっぴらだとか言っていたでしょう。」
蒼は、落ち着かぬ様子で答えた。
「まあそうだけど、せっかく桂の妹が来てるんじゃないか。母さんとも、仲良くしてもらいたいと思ってさ。」
維月はまだ納得行かないようだったが、頷いた。
「まあ、そうだけれど。私も、雛殿とは話して見たかったの。」
母さんには、話しといた方がいいのか…。蒼は悩んだ。しかし、母さんが将維に雛を近寄らせようとしたりしたら、将維が拗ねる可能性がある。蒼は、何も言わないでこのまま行くことにした。
雛が、直に維月と慣れて和やかに話している頃、何も知らない将維がやって来た。
「遅れてすまない、蒼。まだ軍のほうと話しが進んでおっての。」
蒼は頷いた。
「龍の宮へ行く軍神が決まって来たんだな?」
将維が、嬉しそうに頷いた。
「そうなのだ。元々ここで師団長をしておった蓮史、長賀、明也。あれらはここでは若い者達の台頭で序列が落ちておったであろう。なので、潮時だと申しての。」
蒼は頷いた。
「どちらにしても、道が開けることは良かった。」と、母のテーブルを指した。「そこへ掛けるといい。」
将維は頷くと、なんの迷いもなく維月の横へ座った。蒼は思わず苦笑した…やっぱり。雛を母さんの傍へ座らせてよかった。とにかく、これで話ぐらいは出来る。
維月は雛と将維に挟まれる形で座ることになった。雛が、真っ赤になって下を向く。いくらなんでも、維月にはそれが何を意味するのか分かった。雛殿…将維が好きなのかしら。
しかし、当の将維にはそれは全く伝わっていなかった。
「母上、お好きなものがございまするよ。お取り致しましょう。」
将維は、維月の好みを熟知しているので、迷いなく苺関係のケーキをさっさと皿にとって維月の前に置いた。維月は少し困ったように微笑んだ。
「ありがとう、将維。でも、雛殿は何が好きなのかしら?」
雛は困った。神として育って来たので、あまりものを食したことがないので、好き嫌いはなかったからだ。
しかし、雛は咄嗟に維月の皿を指した。
「その、赤い果物が好きですわ。」
維月はまあ!と明るい顔をした。
「私もそうなのよ。苺というのよ?人の世に居た頃、良く食べたの。」
将維もそんな維月を見て微笑んだ。
「我もそのように。幼い頃より共に食べて参ったので。」
維月はそんな将維と目を合わせて微笑んだ。蒼から見ても、二人はお似合いだ。これで親子だと知らなかったら、絶対に恋仲だと思ったことだろう。将維はせっせと維月に茶を注いだりと世話をする。そんなことまでしなくても良いと、維月は言うのだが、将維はせずには居られないらしい。まるでそのために横に座ったと言わんばかりだった。
その後も維月は、雛と将維を話させようと心を砕いて話を誘導して行ったが、将維はなかなかに難しい男だった。何しろ、維心のコピーなのだ。維月維月と、おそらく維月のことしか頭にはないのであろう。蒼はそれを見ながら、諦めた。これは駄目だ。自然に話させるなんて、将維相手に無理な話だったのだ。
蒼は立ち上がって、将維をさりげなく呼んだ。将維はこちらへ歩いて来た。
「なあ将維、ちょっとでいいから、雛と話してくれないか。どうも将維が気になっているようなんだよ。」
将維は意外にも、驚きもせずに言った。
「無理な話よな。そうではないかと思ってはおったがの。」
蒼は驚いて訊ねた。
「え、気付いてたのか?」
将維は憮然として頷いた。
「母上がやたらと話をあちらに振られるゆえの。なぜにその様なことを母上がする。我は信じられぬ。」
思った通り、将維は拗ねていた。蒼は慌てて言った。
「母さんは何も知らないぞ。言ってないから。でも、雛の様子から分かったのかもしれないな。」
将維は横を向いた。ガンとして譲らない構えだ。
「そのようなこと、維月の前ではせぬ。」
蒼はなだめた。
「話すぐらいいいじゃないか。これも付き合いだぞ、将維。母さんもそう思ったんだと思う…頼むよ。桂の妹なんだ。思い出ぐらい作ってやりたいし。」
将維は黙っている。維心様と同じ。怒ると黙る。蒼は仕方なく言った。
「なあ将維…じゃあ、話してくれたら十六夜と母さんに、今夜母さんと過ごせるように頼んでやるから。維心様にも言わない。だからいいだろう?」
将維は、こちらを向いた。
「…約すか?」
蒼は頷いた。
「大丈夫だ、任せろ。その代わり、雛がいい思いをするようにしろよ。出来るか知らないが。」
将維は、向こうのテーブルを見た。そして、歩きながら言った。
「約したこと、違えるでないぞ。」
蒼はホッとしながら、なんだって自分がこんな苦労をしなければならないのかとため息を付いたのだった。
何も知らない維月は、笑顔で迎えた。
「まあどうしたの?お話は終わった?」
将維は微笑んだ。
「はい。いろいろと軍務は面倒なものでございます。」と、雛を見た。「雛殿、茶は?」
雛のカップが空になっている。雛は慌てて頷いた。将維は微笑んで、侍女を見た。
「侍女、雛殿に茶を。」
侍女が慌てて寄って来る。雛は緊張気味にそれを受けた。
「ところで、泰殿はご壮健か?あれよりお顔を見ぬの。」
雛は突然に将維が話して来るので戸惑いながら答えた。
「はい。また改めて龍王様にも御礼に参ると申しておりました。」
将維は頷いた。
「では、そのように父にも申しておこう。」
急に将維が愛想よくなったので、維月は蒼を見た。蒼は母に目で言った。後で話すから!
母はまだ怪訝な顔をしていたが、雛が楽しそうなのでいいか、と、自分も和やかにその会話を見守った。蒼は、意識すればいくらでも愛想よくなれる将維に、半ば呆れて見ていた。
「将維様…お庭を少し歩きませぬか?」
雛は駄目だろうと思いながらも、思いきって言った。将維は意外だったらしく、少しためらう素振りを見せたが、ちらと維月を見ると、立ち上がった。
「参ろうか。」
雛は将維がすんなり受けてくれたことに、嬉しくて天にも昇る心地だった。侍女達が、あるはずのないことに驚いてヒソヒソと話している。それすらも嬉しく誇らしく、雛は将維と共に、夢見心地で庭を歩いたのだった。
維月は、もしかして将維も幸せになるかもしれないと期待してそれを見ていた。
しかし、その茶会が終わった後、満足げに戻って行く雛を尻目に、将維は維月に、ソッと言った。
「維月…我は約束を果たしたぞ。」
維月がなんのことかと驚いて将維を見たが、将維はフフンと笑ってその場を去った。維月は蒼を振り返った。
「蒼!あなた…」
蒼はそれから、散々十六夜と維月に説教を食らった。
そして将維は、その日思いも掛けずまた維月と過ごせる事になったのだった。
将維は機嫌良くなり、次の日からも精力的に任務をこなしていた。蒼は維月に、無断でそんな約束をしないようにと釘を刺され、もうこの手は使えなかった。将維は蒼に寄って来ると、言った。
「蒼、あのようなことであるなら、我は何度でも良いぞ。」
蒼は眉を寄せて将維を見た。
「オレはもうこりごりだ。あのあとどれだけ大変だったか。」
将維は笑った。
「良い。我は良い思いをしたからの。蒼よ、我にいう事を聞かせようと思うたら、あれぐらいの犠牲は必要であるのだ。何も無くて、なぜに知らぬ女に愛想よくせねばならぬ。有り得ぬわ。」
笑いながら立ち合いに戻って行く将維を、蒼は恨めし気に見送った。本当に、あれは間違いなく維心様の子だ。してやられたよ。
蒼は、そういえばとふと立ち合っている中に嘉韻を探した。しかし、目立つ金髪であるにも関わらず、嘉韻が見当たらない。恐らく、今日は非番なのだ。明人の姿も無いのを見てとった蒼は、恐らく今頃、明人が昨日のオレのような思いをしているのでは…と気の毒に思った。
本当にそうだった。
明人は、最初に雛にそれを頼まれた時は、断った。しかし、雛があまりにも必死に、ただお話し出来たらいいと言うので、渋々受けた。嘉韻も、話すぐらいならきっと許してくれるはず。
しかし、それは甘かった。訳を話した慎吾も一緒になって、二人で嘉韻の屋敷に朝から押し掛けて言った。
「嘉韻、王の妃の妹なんだよ。ほんとにちょっと話すだけでいいからよ。オレだって、無理だと最初断ったけど、どうしても話したいと言うから…断れなかったんだよ。」
慎吾も援護した。
「のう、これは付き合いぞ。慣れて置かねば、これから先困ったことも出て来よう。王ですら、僅かな滞在の間であるのだからと、気を使っていらっしゃると聞いた。良いではないか。話すだけぞ。何も二人きりで話せとは言うておらぬであろうが。結朋も連れて参る。」
嘉韻はふて腐れて言った。
「なぜに我がそのようなことをせねばならぬ。軍神は客の接待などせずとも良いであろうが。面倒は嫌ぞ。」
嘉韻はガンとして動かない構えだった。明人は言った。
「お前の言うことはもっともだが、きっとここで断ったら、王から茶会だと言って来るぞ。そのほうがなかなか抜けられず、困るんじゃないのか。」
嘉韻は、確かに明人の言うことはもっともだと思った。王の妃の妹なのだから、妃から王へと話しが行くかもしれない。そうなると、いくら自分でも断れず、宮のような場所で、侍女達に囲まれ、王の妃と王と、そしてその妹と茶を飲まねばならなくなる。勝手に中座する訳にも行かぬし、それは困ったことになりそうだった。
嘉韻は、仕方なく頷いた。
「…しようのないことぞ。では、少しだけ。しかし、すぐに我は帰るぞ。良いな?」
明人と慎吾はホッとして頷いた。
「よかった!じゃあ慎吾、結朋を呼んで来てくれ。湖で待ち合わせしよう。オレは、雛殿を連れて行く。嘉韻、絶対に来いよ。」
嘉韻は気乗りしないように頷いた。なぜにこんな目に合わねばならぬ。好きでこのような外見に生まれたのではない。やはり、髪は染めた方が良いのだろうか。金髪だから、龍の中では目立ってこんなことになるではないのか…。
しかし、嘉韻は黒髪でも充分に際立って美しい顔立ちだということは、明人も慎吾も知っていたのだった。
湖に行くと、そこではもう、慎吾と明人、そして結朋と雛が待っていた。
嘉韻は面倒に思いながらも、そこに降り立った。
「嘉韻!待ってたんだ。」と、明人は雛を見た。「桂様の妹君の、雛殿だ。」
嘉韻は軽く会釈した。雛は真っ赤になって頭を下げる。
「雛と申しまする。よろしくお願い致します。」
嘉韻は重い口を開いた。
「嘉韻と申す。」
それ以上は何も言わない。仕方なく、一同は下の敷物の上に腰掛けた。明人は言った。
「雛殿の母上と、桂様の母上は違うのだったの?」
雛は頷いた。
「はい。お姉様の母上はお姉様を生み申されて、すぐに亡くなられ申した。我の母は、未だ健在でありまする。」
慎吾が言った。
「それでそれほどに似ておられぬのであるの。お二人とも、母上にお似申されたか。」
雛はまた頷いた。
「はい。我も母上に似ておると、宮では言われまする。父もそのように。」
明人は宙を見た。
「泰様も存じておるが、確かに泰様とは雰囲気が違うものの。」
雛は困ったように笑った。
「父は、我の目が自分に似ておるような気がすると申しまする。しかし、宮の誰もそうは申しませぬの。」
明人は笑った。
「父親とは、娘が可愛いと申す。だからであろうの。」
嘉韻は、黙って結朋が入れた茶を飲んでいるだけだった。明人は、嘉韻に話しを振った。
「嘉韻は、父上にも雰囲気がそっくりだが、母上のほうが似ておるようにオレは思う。」
慎吾がそれに同意した。
「確かにそうよ。嘉韻の母上は、絶世の美女と言われたかた。目も鼻筋も母上にそっくりであるの。」
嘉韻は小さくため息をついてから、頷いた。
「確かに、そのように言われる。髪も目の色も父上に似ておるが、他は母だとの。」
雛は、ぼうっと嘉韻の顔に見とれて、ハッとしたように下を向いた。
「…母上は、大変に美しいかたであるのでしょうね。」
嘉韻は、何が気に入らないのか、眉をひそめたが何も言わない。明人が仕方なく言った。
「確かにそうだ。我らでも見とれたほど美しかった。今は父上の元にいらっしゃるゆえ、お会いする機会はないが。」
嘉韻は視線を落としたかと思うと、言った。
「…外見の事は、我にはよく分からぬ。生まれつき側に居たのが母上で、己がこう。別段他と変わった所など有りはせぬのに。あまり外見どうのと言われるのは、我は好かぬ。」
慎吾と明人は顔を見合わせた。こうとりつくしまのないのはどうしたらいいのだ。見かねて、結朋が言った。
「我も本体は木であるので、人型の事はよく分かりませぬ。なので嘉韻殿のお気持ちは分かりますわ。最近やっと、何とのう人や神の感覚が掴めて参りましてございます。」
雛が驚いて結朋を見た。
「まあ…木であられるのですか?」
結朋は微笑んだ。
「はい。我は慎吾様をお慕いして、こうして人型を取り、ここに参っておりまする。」と、幸せそうに慎吾を見た。「我は、慎吾様が居られれば、どこでも良いのです。とても幸せでありますわ。」
慎吾が少し頬を赤らめた。
「こら結朋…人前ではよせと申しておるのに…。」
「なぜでございまするか?夫を誰より愛しておって、何が悪いのでありましょうか。」
本当に分からないようだ。慎吾がしどろもどろになりながら説明しているのを、明人が苦笑して見ていると、嘉韻が立ち上がった。
「では、我は用があるのでの。これで失礼致す。」
明人はびっくりした。
「え、もう?」
嘉韻は頷いた。
「蓮史殿、明也殿、長賀殿が、龍の宮へ帰られるであろう。本日はその送り出すための宴があるゆえ。我はそれを手伝いに参るのだ。主らも後で参れ。ではの。」
嘉韻は雛に軽く会釈すると、サッと飛び立って行ってしまった。
明人は茫然としたが、嘉韻が来ただけでもよかったのだ。諦めて見送ったのだった。
雛は、嘉韻のことは、見ていると美しく幸せになるようなかただけれど、将維様に持つほどの慕わしさではない…と、その時思っていた。雛は、将維と共に庭を歩いたその時を思い出して、胸を熱くしていた。




