第四話
ちょっとながめになるやも
沈黙の十時軍を退け、またしてもまったりとした日々をエンジョイ……できるかと思っていましたよ、ええ……直後にあの知らせさえ届かなければ……
十時軍を退けた夜、僕の心の傷が癒えていない状態で1人の男……より詳しく言うと武士……が城を訪れた。
「拙者は満陽国将軍、前田の槍座にござる……航海中に……この国の付近の海域で妖魔の類が出現し、交易の船が襲われかけたのでござる……」
その後も長々と話していたのだが、カットして更に要約すると、『隣の国との国境付近に面する海でモンスターに船が襲われかけたので退治してほしい』とのことだった。カットした理由は槍使いだからという事と、ござる口調がわざとらしかったから、そして話が無駄に長かったからだ。
「おそらくクラーケンだな……レンカ、場合によっては十時軍との共同戦線になるが、覚悟はいいか」
「一応大丈夫ですけど……」
「すぐに出発する、準備を整えろ」
「…………え?」
「人に害をなすような海魔を野放しにするわけにはいかない……早すぎるというなら明日の早朝出る、それでいいな?」
「……まあ……はい……」
明日の朝なら……多分大丈夫だよね……きっと
馬車に乗り出発してだいたい三時間弱……件の付近の港についた。厳密には、港町についた。
……乗り物酔いで力尽きかけている僕とは対照的に、サーシャと槍座はピンピンしている。
「……帰りたい」
「槍座殿、目撃情報はどれだけあるのだ?」
「はっ、拙者の確認した情報ではだいたいが8本の足を持つ緑色の生物だったのでござる」
「……足が……8本…………?」
クラーケンの姿にも諸説あるらしい(萌衣が言っていた)が、今回のクラーケンはおそらく蛸のタイプらしい。でも緑色って……
「……あっ……」
考え事をしている内に体のバランスを崩してしまっていたようだ……地面にぶつかると思った瞬間、誰かに支えられていたのに気づいた。方向から多分サーシャ達ではなく……
「……あ、ありがとう……ございます」
「大丈夫ですか? 貧血ならどこかで座って休んだ……方が…………っ! お前……!」
「あ、あなたは……」
確か十時軍隊長の……
「くぅぅぅ!」
ウルスは逃げ出した……僕を抱えたまま……
「はぁ……はぁ……ここまでこればサーシャには見つからない……」
どうやら僕を連れてきたのはワザとのようだ。
Qなにが始まるんです……? A中身は調整中の大惨事だ。
そんなQ&Aが容易に想像できるのだが、実際のところはどうなるのだろうか?
「どうしてお前がここにいるの……! サーシャが来るのは予想の範疇だけどお前は完全に予想外よ……!」
「あの……事情がありまして」
「勢いで告白しかけた相手に次の日に会うとか気まずすぎるでしょうに……!」
やはり名乗った理由は告白するためだったみたいだ。……駄目だこの人、ストライクゾーンが広すぎるよ……
あ、昨日の告白といえば……
「昨日の告白の時と口調が全然違うんですけど、何か良いことでも」
「「覇」?(威圧)」
「アッハイ、なんでもありません」
威圧感が質量を持っていたのなら僕は今の威圧的な一言でで間違いなく挽き肉になっていたと思う。
「まあお前には特別に教えてやる……指揮官としてのアタシと姫様と接する時のアタシを使いわけているからな……」
「へー、そうなんですか」
「一応忠告するが、告白の一件に関しては間違ってもサーシャ以外に口外するな、そうしないと……お前の手足の骨を折ってほとんど身動きがとれないようにしてからアタシの故郷に連れて帰るからね?」
「安心してください、僕は約束を守ることにおいて頂点に立つ王様なので」
「分かった、じゃあ問題はないわ……さっさとサーシャの場所に帰りなさい」
言われるまでもなく、帰りたいのは山々なのだが……
「あの……今どこですか?」
「……港ん中」
「屋根の下なので(隠れる分には)問題ありませんよね……例えば、ガラの悪い人達が……」
僕の一言でバレたと悟ったのか、入り組んだ構造の路地裏のいたる場所から、あからさまな破落戸が現れた。その数だいたい13人
「心配しないでいいわ、アタシは素手で戦うことにおいて頂点に立つ女よ?」
そんな事をいいながらすぐ後ろに迫っていたチンピラモブの……急所を蹴り飛ばした。全然素手とか関係ないやり方だった。
「さあ、ショータイムね」
まだショータイムは始まっていなかったようだ。
「いやー……チンピラ’Sは強敵でしたね」
「いかに消耗せずに戦えるかに関してはまだまだ最適化が必要のようね……」
路地裏の戦いは三分もたたずに終わった。もちろんウルス(素手)の圧勝だ。もうこの人1人でいいんじゃないかな? というほどの無双ぶりだった。実際ウルス1人で勝てたのだが。
「一応合流する前に手伝って欲しいことがあれば手伝いますけど……お礼としてはなんですけど」
いくら婚期ピンチなこの人だろうと、ウェディングを要求するようなことはないだろう。もし仮にそんな事が起こればリアルサスペンスな騒動になりかねない。
何を言っているか分からない? 逆に分からなくてもいいさと考えたら?
「なんでも……なんでも手伝ってくれるのか?」
「あ、はい、流石にウルスさんと結婚はしませんけど」
「そうか……フフ……なら、手伝ってもらおうか!」
「……なんで聞き込みの手伝いなんか頼んだんですか……?」
「うるさい! つべこべ言わずにアタシの横で手伝いなさい!」
「はいはい……」
ウルスは眼帯を着けているから海賊と間違われそうだけど、誰かもう1人いれば変な2人組だっていうことで情報を教えてくれそうだからという理由で納得しよう。
証言1 小さな船の船主さん
「海の化け物? ……あんちゃん、どこまで知ってんだ……? なるほど、ならオリが詳しく教えちゃろう。かぁちゃんが友達に聞いたらしいんだが、深い霧の日に何回か出たってぇ話でぇ。霧だからってぇでるってわけでもねぇし、晴れてるから出ねぇってわけでもねぇらしいぜぇ……ところでよぉ、その子、あんちゃんのこれ(小指を立てながら)かい?」
船主さんに聞いた話よると、出やすい天候と出にくい天候があるらしい。あと僕達はカップルに見えるらしい
「ふふふ、次の奴に聞くぞレンカ」
「あ、はぐれないように気をつけてくださいね? 手は繋ぎませんけど」
「しょぼーん……」
証言2 不眠症に悩む画家
「ふぁあぁぁ……風景画を書いているかって? 僕の専門は別なんだよ……なんでそんな露骨にハズレみたいな顔してるの? ……ああ、海の怪物の情報? ……いや、知らないな……強いていえば、怪物がでるようになってから妙に悪夢を見るように……ってなんで逃げるんだよ! おい! そっちから聞いておいてそれかよ!」
「情報なしか……次だ」
「最後まで聞いておきましょうよ! 多分いらない情報ですけど」
証言3 金ピカの鎧を纏った航海士
「なに、最近現れている化け物について知りたい? ……フフフ……ハーッハハハ! この謙虚な航海騎士のゴルド様に聞きに来るとは、見る目がある者よ! ……早く教えろ? そう焦らずとも情報は逃げぬさ……俺の航海記録にきっとのって…………俺の航海記録には何もないな」
「偉そうにふんぞり返ったあげく情報なし……ウルスさん、グッジョブです」
「恐悦至極……でも、いくら鎧貫をできるアタシでも純金の鎧は少し痛かったわ」
「ああ、やけに痛がってたと思ったらそういうタネが」
証言4 大阪にいてもたいして違和感のなさそうなおばちゃん
「あーた旅の人? たしか宿なら向こうに……え? 違う? そうならそうとはよ言ってよぉ~! それよか兄ちゃん、ちゃんと飯食っとる? おばちゃん心配やわ~ガリガリでほっそいし~……えぇ? 海の化け物について知っとるけぇて? いやしらんわ~ごめんね! ……細かい事でもええ? ああほんならねぇ、おばちゃんの末の息子がいっつもは起こすまで寝とるんに最近は起こしにいったらもう起きとるんよ! なんか夜中はうなされとるみたいやし……なにかあったんか聞いてもなんもないってゆうし……兄ちゃんなに考え事しとるん?……念のため詳しくって、自慢じゃないけどおばちゃんの話は大したことないよ? ええんなら話すけどな……」
「……情報をまとめると、霧の濃い日は出やすいみたいね……」
「あの……聞き込みに何時間かけましたっけ……?」
「聞きたい? さっきのおじさんの時点で5時間ね……食事中も聞いていたし」
「他に何か関係ありそうな事といえば悪夢に悩まされる人がなんか多いらしいですよ」
他に情報といえば、なにやら海の向こうからお偉方が来るとかいう話ぐらしいかなかった。実際関係なさそうなのでこれは情報に入れないでおく。
「……サーシャとの共同戦線を組んでもいいかしら?」
「どうぞ、もうほとんどそんな状態ですし」
目的はほぼ一緒、元上司と部下の間柄、かつ……ええっと、主を人質に……じゃない、主が許可しているのだ、サーシャも共同戦線を組むことにするだろう。
サーシャの目撃情報を辿っていくと、町外れの(そしてウルスが宿泊予定だった)宿にたどり着いた。
サーシャが休んでいる(泊まる予定の)部屋を聞いたところ、宿主は訝しむような顔をしたが、ウルスが逆らえないような威圧感でも放っていたのか、意外とあっさりと教えてくれた。
世の中では荒波をたてなければそう酷いことには運が良ければならないし、仕方がないのかも知れない
「ここがあの女のハウスね」
「多分そうみたいですね」
「ここが! あの女の! ハウスね!」
「だから多分そうだって言ってるじゃないですか……」
「お前達は何を言っているんだ……?」
騒いでいたらサーシャに見つかってしまった。見つかったからどうしたという話なのだが
「なるほど、お前達の方も同じ状況か」
「はい……他に変わった情報といえば、出現した頃からやけに悪夢を見る人が多いくらいで……」
サーシャの方も、これといった情報を掴めないでいるようだ。こんな時、一時期色々あって悪魔やらのそういった方向(分かりやすく言い直すなら厨二病患者がのめり込みそうな方向)に詳しく萌衣がいてくれたら……
ちなみに今回萌衣が残った理由だが、出発前に「ちょっと新しく見つけたブックスの魔導書っていうのを解読したいからお兄ちゃん1人で先に行ってて~」と言っていたので、遠慮なく置いてきた。サーシャが来ると知っていたかどうかは萌衣と大いなる神のみぞ知るということで。
正直、萌衣を置いてきたことを少しだけ後悔している。萌衣の偉大なる無駄な知識がこの場面でほんの少しだけ役に立ちそうだったからだ。
「サーシャの方も同じみたいね……そういえば、満陽のお偉方って……」
「おそらく兄妹2人で来るようだ……」
「兄妹……ですか?」
将軍家の跡継ぎか何かだろうか?
「ああ、お前には説明していなかったか……極東の島国を治める一族の長男とその妹、狗朗と智恵だったか……会ったときの話をしておくが、一応兄の方の呼び方は将軍殿で構わないが、兄の前では妹の事を巫女様と呼ぶべきだ。向こうの方法で処刑されかねないからな……確か」
「ハイク……ってガチガチのルールで決められてる詩を詠ませてから首をスパッとね……おお怖い怖い」
ウルスの方は首チョンパの辺りをジェスチャー混じりで冗談めかした言い方をしていたのだが、さすがにサーシャの方は本気で言っているようだ。
というか俳句で打ち首で島国……日本ですかそうですか……そして満陽は陽が満ちる国で満陽だろうか?
「そういえば、影が薄すぎて忘れていましたけど」
「槍座なら用事があるとか言ってこの町にきたほぼ直後……ウルスがレンカをさらっていった直後ぐらいに別れたぞ」
「さらったとは失礼ね」
「事実さらったようなものですよね? 僕の意思関係なしに連れて行ったんですから」
「せめて私に一言言ってから連れていってくれないか……?」
サーシャが少しだけながら妥協せざるをえないということは、それだけウルスが厄介だということだ。駄目人間としての格調が
「じゃあ、この戦いが終わったら国に連れて帰ってもいいかしら?」
「はっはっはー、駄目に決まっているだろう? 何を分かり切ったことを聞いている?」
あくまでも2人は笑顔で談笑しているのだが、あからさまなくらいに僕が危険にさらされているので、正直なところ、僕にとっては笑えない話だ。
「あ、言うの忘れてたけど、アタシもこの部屋に一緒に泊めてくれない? ちゃんとお金は払うわ」
「ほほう、どういう風の吹き回しだ? お前の事だから予約を忘れたという事は無いはずだがな」
「1人でだだっ広い部屋1つ使うより多少狭くても3人の方が宿屋的にも良いと思ったからよ」
「…………ウルスさん、本音はどうなんですか?」
「既成事実」
「アッハイ、サーシャさん、いざとなったらお願いしますね?」
どれだけ欲望に忠実になれば、こんな出来る駄目人間になれるのだろうか? いまの僕(15)には理解できない。
「いざとなったら、か……私の手を煩わせるような事はするなよ、ウルス?」
「あ、当たり前よ! やるにせよサーシャが眠った時を見計らって……」
ウルスが一緒に泊まることを認可したのはやはり失敗だったのかもしれない