第三話
神撃の十時軍! ……じゅうじぐんですよ?
萌衣が来てから数日……これと言ったこともなく(王様なのに鍛錬以外何もしていなかった)、平穏な日々がしばらく続くと思っていた、そんな時にその知らせは届いた。
「ほ……報告ですっ! 沈黙の十時軍がこちらに向かって進撃してきていますっ!」
鍛錬中に国境付近で見張りをしていたハズのシャトーがそんな報告をしたのだ。この国、というかこの城の最重要人物である僕とサーシャに対して。
「十時軍だと……? 皆の者、鍛錬は中止だ! 実戦の準備だ! 手の空いている者は至急門を閉じに行け!」
その言葉に鍛錬中の兵士達がざわめく……主にサーシャやシャトーの言った十字軍が攻めてくるという部分に対して。
「十字軍……ってどれだけ危険な軍なんですか? これだけざわめくって相当……」
「……お前は知らないみたいだな、十時軍の恐ろしさを……シャトー、説明をしてくれ」
「は、はいっ……端折って説明しますと、人海戦術を用いる最強の集団……あ、正しく言うなら軍隊ですね……そして沈黙の十時軍と言われている所以ですけど、足音を立てずに進軍していまして、気付いた時にはもう手遅れな事が多いんです。実際十時軍の電撃作戦で滅んだ国も多いらしいですし……あ、十時軍と呼ばれる由来ですけど、こちらで近衛兵団が組まれる前にすぐ隣の国が最強と呼ばれていたんですけど、十時軍によって五刻(約10時間)で城が落とされ」
「ごめん……端折っても長いから半分ぐらいしか理解が追いついてないんだけど……あと五刻軍じゃ駄目だったのかな?」
サーシャが指揮の方にまわっていて少しシャトーに対してツッコミづらかったけど流石にツッコまざるを得ない
「十時軍の方がしっくりくるじゃないですか!」
「アッハイ」
普段は気弱なシャトーだが、スイッチが入ったら有無を言わせぬ口調になるようだ。そして話が長くなるらしい。
「あ、大事な事を言い忘れていましたけど、偵察によると今回は侵略目的じゃないらしいですよ。」
「……侵略じゃないって、いったい何のために」
「十時軍を束ねるお姫様がレンカ様の事を気になっていたらしく……言葉の中身や意味を勘違いした十時軍の指令によるレンカ様の暗殺が目的らしいです。どうやら全力でかかってきているとか……」
「スゴい迷惑な軍隊ですね、勘違いでよその国の王様を殺害しに来るって……あと、堂々と全軍動かしておきながら暗殺ですか?」
暗殺ならもっと忍ぶべきじゃないかな?ここまで堂々とした暗殺は暗殺じゃない。もっと恐ろしい何かだ。
「戦わずに十時軍を帰らせる方法はないんですか? もちろん、僕を人柱にして帰ってもらうのは無しですよ?」
「そんな方法あるわけないですよっ! 相手は最強で最凶の十時軍ですっ! 十時軍に向こうのお姫様からの伝令がくるのを信じて耐え続けるしか……」
「いや……1つだけ……1つだけいい方法がある……」
全員に指示を出すのが終わったのか、いつの間にか僕らの横にいたサーシャが会話に入ってくる。
「サーシャさん? いったいどうすればいいんですか?」
「レンカ、お前にこの状況を生き延びる為なら何でもする覚悟があるか? 誰も(とりあえず肉体的には)傷つかない、たった1つの冴えたやり方だ……」
「サーシャさん…………分かりました、その作戦を成功させるためなら、僕は何だってやります!」
「その言葉が聞きたかった、モエはどこにいる?」
「多分、部屋にこもって魔法の特訓を」
「そうか……レンカ、お前はここで待っていろ」
……なんだか直感的に嫌な予感がしたけど、サーシャがそんな酷いことするはずないよね、うん……そう信じよう。
私は、レンカにはあえて作戦の内容を告げずに、準備を整えている。……強大な相手だとは告げずに部下を無理やり戦わせていた、昔の隊長の顔が頭をよぎる。隊長は……いや、あいつは隊長としてはかなりの猛者ではあったが、人としてはカス以下であった。確かあいつは……十字軍との戦いで行方知れずになった。逃げたか捕まったか、それとも死んだのかは知らない。だが、結果としては私が隊長になり、近衛隊は反アブドゥル派のみになった。ただそれだけのことだった。
あれは確か私がまだ18の頃だから……
「まだあれから1年、いや半年か……」
「わたしの部屋の前で何ぶつぶつ言ってるの?」
気が付けばモエの部屋の前、扉を開けたモエが半目で私を睨んでいた。
「いや、なんでもない……」
「じゃあなんできたの?」
レンカの前とは大違いだ。やはり私の事を恋のライバルだと認識しているからだろう。私にその気はないのだが……
「お前の兄を助けるために、頼みがある……」
兄を助けるためという名目があればこの妹はなんだってするだろう。それこそ、自らを傷つけることだろうとなんの躊躇もなく。だが、今回頼みたいことはモエにとって悪いことではない。むしろ兄のある姿を見るという得な事のはずだ。
「お前の服を貸してほしい。勿論上下共にだ」
「え? なんで?」
『お前は何を言っているんだ?』という目で私を見ているが、わたしの作戦を聞けばそんな気持ちは一発でひっくり返るだろう。なぜなら……
「……なんでしょうか……悪寒を感じたんですけど」
「大丈夫ですよ……サーシャ隊長がきっとなんとかしてくれますよ……」「うーん、だといいんだけどさぁ……」
嫌な予感はむしろサーシャからするのだが……
「いいね! 派手にやっちゃおうよ! ヒャッハー! 祭りだワッショイ!」
「……そう、だな……」
私が提案しておきながらだが、レンカに対してわずかながら可哀想だという感情が湧いてきた……いや、今は手段を選んではいられない。なんとしても十字軍を退けなければ未来はない。未来の為の尊い犠牲だ、レンカには耐えてもらうしかあるまい……
「レンカ、先ほどは何でもするといったな?」
「…………ハイ、ソウデスネ」
アイエエエ……カタコトナノハキニシテハイケナイ。いいね?
僕が片言になっていたのはわけがある。サーシャがちゃんと言質をとって確認したからだ。……その手にモエの服を持って……いや、普段着というか向こうで着てた服なら良かったんだよ、うん……一応有るはずだし……だけど、サーシャはそんな最後の希望をぶち壊して……
「どうみてもドレスです本当に……ありがとうございました」
逃げるんか? とどこかのおっさんの声がした気がするがそんな事はどうでもよくて……テーブルのカードを払う代わりにサーシャの手を振り払って走り出した……自由を求めて僕、ウーカム国の王レンカは自らの足で走り出した……走り出し
「御免……」
「アイエエエッ!?」
誰かの意識を刈り取る形をした無言の手刀によって意識を刈り取られた…………せめて男らしく……
レンカの着替えをリアナとモエに任せて十時軍が迫っている正面の城壁に来てみれば、城の目と鼻の先まで十時軍は着いていた……ほぼ何の音も立てず、そして何の気配もなく、まるで一瞬にしてその場に現れたかのように……
「……アーッハハハ! 新しい王のレンカを出しなさいサーシャァ! そうすれば元部下という貴様の立場に免じて他の者は許してやろう! 出さないっていうのなら……1万の兵に攻めさせるわ!」
十時軍の先頭には眼帯を付けた金髪の美女が立っていた……あの金髪、そしてあの人を射殺さんとする鋭い視線……間違いない。かつての私の上司、ウルスだ……
「アブドゥルはもういないというのに、この城に何の用だウルス!」
「アブドゥル? 誰だっけ? ……ああ思い出した、あのシジイね……で、あのジジイがどうかしたの?」
「…………アブドゥルと同じ30代なのにジジイ呼ばわりはどうかと」
「投石部隊、構えぇ!」
小言のつもりだったのだが、ウルスには聞こえていたらしい。自分の悪口に対してはかなりの地獄耳のようだ。
「アタシまだ30だし! アラフォーのジジイと一緒にしないでよサーシャァ!」
しかも地味に年齢を気にしているようだ。隊長をしていた頃はそんなに気にしていないようだったが、何が彼女をこうしたのであろうか?
「生憎だが、レンカはまだ準備中だ……後でにしてくれ」
「……は?」
「どうしてもというのなら……門を破って入れ」
「「覇」?(威圧)」
「だが、門を破るつもりなら……罠を使ってでも排除するつもりだ」
「全軍進撃! アタシ達の力を見せつけてやるのよ!」
迷いもなく門を破りに来たようだ……さて、精神攻撃の準備は整ったはずだ。あとは成功するのを祈るのみ……
「奴らの……いや、ウルスの誘惑に成功してくれ、レンカ……」
成功してほしいと祈っているのに不思議なくらいに私の心は落ち着いていた……
「はぁ……」
現在、僕は城の門のすぐ近くにいる。しかも今にも壊されそうな門の前である。……もしも、門がこっちに向かって倒れてきたら……
想像するだに痛いことが……場合によっては遺体になりかねないので少し下がろうかとしたその時……
ドゴォン!
門の方から一際大きな音がしたかと思うと、壊されて開きっぱなしになった門の向こう側から十時軍がなだれ込んできた……1人を除き、不気味な程の沈黙を保ちながら
「行きなさい! ウーカムの王レンカを捕まえるのよ! なに、生きて生殖能力が残っていれば腕や足の一本や二本使い物にならなくなっても問題ないわ! 別にアタシ的には生きてさえいればかまわないけど姫様がどうしてもっていうか……ら……?」
不気味な程に静かな十時軍の先頭にいて唯一饒舌を保っていた女性が動きをとめ、沈黙した……
「あれ、なにこの感情……姫様に感じる感情とは違う……もっと強い……? アタシ……同じ女の子に……?」
「……あの」
「てっててて、撤退よ! 撤退! アタシは敵の追撃を防ぐために残るわ!」
何だかんだで撤退してくれたようだ。軍のトップが残るようだが……
「……ホッ、やっと全軍撤退したわ……」
撤退開始から十分、不気味なほどの沈黙を保っていた軍は撤退時も沈黙を保つようだ。十時軍は指揮を除き、終始無言であった。
「あっ……あの……アタシ、ウルスっていうんだけど……その……あなたの名前は……?」
「僕は……レンカ」
「レンカ……王様?」
「……はい」
「………………」
「……………………」
「…………………………」
沈黙の十時軍並の沈黙に僕らは包まれた……もはやどちらも何も言い出せない、そんな雰囲気だった……
そんな沈黙を破ったのは……
「ウルス……隊長、半分も下の男と婚約するのはどうかと」
さり気なく影から様子を伺っていたサーシャが影からあからさまな爆弾を投下する……部下としての率直なアドバイスなのだろうが、この場合全然逆効果どころか……いや、これ以上はやめておこう。
「どうせアタシは○○で○○な○○ですよ! ウワァァァン!(一部不適切な表現があったため、該当部分を伏せ字にさせていただきます。)」
とうとういたたまれなくなってウルスは走って十時軍の後ろを追いかけて走り出してしまった……
「あの……サーシャさん」
「レンカ……よくやった」
まるで意味が分からないよ……
これはサーシャに説明してもらって分かったことなのだが、十時軍の強さの秘密は姫への忠義の心だったらしい。それは隊長のウルスも同じで(サーシャ曰わく、ウルスの場合は母心に近いものだったらしいけど)忠義で戦ってきたらしいのだが、(女装した)僕に一目惚れしたことによりその心が揺らいだ故、周りにそれを悟られないために撤退させたらしい。
「……でも、だからって自分だけ残ったのにすぐ帰った理由が」
「私の精神攻撃がキツかったのだろう……まさかウルスもレンカを……」
「……サーシャさん?」
「いや、なんでもない……」
『ウルスも』っていったいどういうことなのだろうか……? 前に僕が軍の女性に人気があるとは言っていたがおそらくそのことだろう。
「流石にややこしい問題は起こりませんよね、多分誤解だという連絡が届いたはずですし」
「……シャトーに聞いたが……災難だったな、レンカ……まさか、ウルスの勘違いが原因であんな事までやる羽目になるとはな」
「女装という発案をしたサーシャさんが言いますか? それ……」
まあ、いろいろあったけど助かったので結果オーライだ。
「はふぅ……」
十時軍の総司令たるアタシがあんな子供に心を奪われたなんて……姫様になんて説明しようか……
「ウルスさん、そこにいますの?」
「はい! ここにいます!」
マズい……隠れて悩んでいたつもりが姫様に見つかってしまうとは……今の状況で姫様に悟られたら姫様は間違いなく……
「ところで、レンカさんはどうでしたの? ウルス」
「はっ! ……レンカ……殿は……その……」
「もう、ウルスったら……わたくしが直接見に行きますの」
「……姫様!? それだけはおやめ下さい! レンカは……レンカ、は……」
「もしかして、レンカさんに惚れてしまいましたの?」
「いいいいえいえ! 姫様は何を仰るんですか! 姫様一筋のアタシがそんなワケ……」
「そう、惚れてしまいましたの……」
心なしか姫様の視線が生暖かい……まるで不器用な姉の恋の行方を見守る妹のようだ……
「そんなウルスに頼みたいことがありますの」
「は……はい……何でしょう……か……?」
いっそのこと殺してください! 恥ずかしくて死にそうです姫様!
「海の向こうの満陽からの依頼で、海のモンスターの退治を頼まれましたの……やってくださりますかしら?」
「喜んで……傷心のアタシにちょうどいい敵を期待しています」
「では、お任せしましたの」
「レンカ王、ですの……」
ウルスを送り出した後、姫は1人呟く……
「朴念仁のウルスを惚れさせてしまうなんて、凄いですの……ウルスも少しの間いなくなることですし、見に行ってみたいものですの」




