第二話
今更ながら・・・この小説のジャンルって何だろ?
かつて独裁者が支配し、そして今は若き王が支配……というには程遠いが……する国、その中央に存在する城の内部、おおよそひと月程前に今の王が現れたその場所にとある少女が降り立った……
そして少女はわずかに逡巡すると、迷うことなく王の部屋へと向かった……まるで標的を見つけた暗殺者のように、もしくは恋い焦がれる相手を見つけた乙女のように…………
「……ぁ……っしゅんっ!」
「……風邪でもひいたか」
「いえ、多分違うと思いま……っしゅん!」
やっぱりサーシャの言う通り風邪なのかも知れない……なんだか寒気がするし……寒気の方は少しだけだが
「……こんな体で無茶するのは良くない。今日の剣術の特訓はもう休め」
丁寧に肩を掴みながら、サーシャはそう言った。別に少しぐらい無茶しても問題ないハズなのに……
「大丈夫ですっくしゅんッ! 大丈夫ですよ、きっと誰かが噂してるだけだと思い」
「余計に休め、部屋の前には護衛を置いておく」
「え、ちょっと待って下さいよサーシャさん!」
噂話されている方が余計に悪いとは一体どういうことなのだろうか?
「シャトーはどこだ!」
「は、はいっ! ここにいますっ! 壁の影にいますっ!」
あの子はひょっとして優秀だけど人見知りするから後方支援に回っているのだろうか? というか壁の影に隠れて見えない……
「よし、話は聞いていたな? 夜までレンカの部屋の前の護衛を頼む!」
「む、無理です!」
「なら次の戦では最前線では諜報係をしてもらうが、それでもいいか?」
「そ、それでも…………無理……分かりました……やります」
折れた……早くも折れた……
「その……ええっと……わたしは部屋の前で待機してるので……何かあったら伝えてください……ね? サーシャさんを呼んできますから……」
「…………うん、分かった……」
もうこれはサーシャの采配ミスではないだろうか? 仮に何かが起こったとしてもシャトーが誰かを呼んでからになるので時間がかかるのではないかと思う。
「では……部屋の中へどうぞ……」
正直、シャトーに頼るよりも自分でどうにかした方がいいと思ったのは言うまでもない。
部屋の中は特訓しに行く前とほとんど変わっていなかった。強いて言えば、テーブルの上にアイスティーが載っているぐらいだ。
「うん、ここまであからさまな罠だと一周回って逆に飲みたくなるね……このアイスティー」
一応毒見に銀のスプーンを入れてみる……反応なし、毒物は入っていないようだ。
だとすると誰かが置いていった物なのだろうか?
……念のためベッドの下を確認、暗くて奥までは分からないが、分かる範囲ではほぼ異常なし。
次……人が隠れているとしたらベッドの下以外に有り得ないし、流石に大人がベッドの下に隠れていたら流石に見えていただろうし問題なし
「せっかくアイスティーがあるんだし、飲んでもいいよね。毒もないし、外から誰かが暗殺しに来るのも考え辛いし」
脳天気? いやいや、人生を楽しむための幸福思考だよ。
「……砂糖の塩梅も問題なし、淹れ具合も完璧……なんだか懐かしいような……そうでないような……」
分からない……あれは今から……5年前……
「シメシメ……」
さっきベッドの下を覗かれた時はバレちゃったかと思ったけど、ギリギリ大丈夫だったよ……
「イヒヒヒヒ、おーさまなのに無防備すぎだよ」
「レンカ様……?」
あ、見張りじゃない人にバレちゃった……テヘペロ
「あなた一体誰ですか!」
「侵入者だよ!」
愛の侵入者だよ! 守るだけの侵入者だよ!
「一体何のためにこの部屋に踏み入ったのです!」
「ここにおーさまがいるからだよ!」
愛しのおーさまだからね! それ以外の理由はないよ!
「いったいどこの誰に暗殺を頼まれたのです!」
「え? わたし暗殺者じゃないよ? 通りすがりのブラコン妹だよ?」
お兄ちゃんはツンデレだったから世間の評価を心配しててわたしの愛を受け入れてくれなかったけど、今はもう受け入れてくれるよね! 根拠はないけど
「…………大丈夫ですかレンカ様」
レンカ、それがこっちの世界でのお兄ちゃんの名前なんだね……じゃあわたしはネフィって名乗っちゃおうかな?
寝起きに怒り気味のサーシャはかなりビックリした。おそらくなんの警戒もなくアイスティーを飲み干したからだろう。それ以外に理由は考えられないし。
「起きろレンカ、こいつがお前の妹を名乗っているが本当か?」
寝ぼけ眼でサーシャの言う『こいつ』を確認し、答える
「あ、はい、確かに妹です……よ…………って何でいるの!?」
『こいつ』の正体は元の世界にいるはずの僕の妹の萌衣だった。
「久し振りだねお兄ちゃん! 1ヶ月振りかな?」
「うん、1ヶ月振り…………いやいやいや! だからなんでこっちの世界にいるの!?」
「邪神呼ぼうとしてたら不思議な事が起こって?」
「なんで疑問系なの?」
「だって呪文を唱えようとしたら……なにが起こったんだっけ?」
「……なんであやふやなの」
「確か……ヨー……あれ? なんだったっけ? まあいいや」
「僕的には全然良くないんだけど……」
というか何をどうしたら邪神を呼ぶという発想に至ってしまうのか……? そもそも何をするつもりだったのだろうか?
「細かい事は気にしなくてもいいよねお兄ちゃん!」
1ヶ月振りに会った兄に対し速攻でハグ(もしくはタックル)を仕掛ける妹は女の子としてどうなのだろうか?
「なあレンカ……兄妹とはそこまでくっつくものなのか……?」
あきれ気味のサーシャがそう言う。流石にブラコンだとかそんなレベルを遥かに過ぎ去っているのでしかたがあるまい。だけど兄として妹の名誉のために一応フォローはしておかねばなるまい。
「ブラコンですからね、萌衣は……」
「お兄ちゃん!?」
あ、フォローじゃなくてただの言い訳だった。
「む……ブラコンなら仕方がない、のか……?」
「まあ、こっちにずっとから、ひと月近く会えなかったワケですし」
「まあなんだ、くれぐれもモエとは一線を越さないように気をつけろ」
「今回の事件からして僕が気をつけるべき事は襲われる事みたいなんですが……」
「なら、何の警戒もなく睡眠薬が入った茶を飲んだのは誰だ?」
「……僕です」
「なら、眠っている間に妹に襲われかけたのは誰だ?」
「…………それも僕です」
一応言っておくと、何の警戒もなかったワケではない。妹を見つけられなかっただけだ。ビックリするほどギリギリのところで見つけられなかっただけだ。
「……ねえ、お兄ちゃん……その人って、お兄ちゃんの……何?」
「何って……それは」
「私は王の補佐だ、それ以上でもそれ以下でもない」
「ふーん、そうなの……」
サーシャの言葉に萌衣は何かを感じ取ったような表情をし……
「じゃあわたしが貰っちゃっても構わないよね?」
そんな爆弾発言をした
「いやいやいやいやいや! ナンデ!? 萌衣!? ナンデ!?」
「だってこっちではお兄ちゃんが法なんだよ! だったら兄妹婚ぐらいは大丈夫だよね?」
「いやだよ! まだ王様になってからひと月ぐらいしか経ってないし、そもそも議会がそんなの許すはずないし! そもそも倫理的にアウトだよ!」
「お兄ちゃん……議会が恋の障害になるならわたしが議会を破壊するよ?」
「笑顔でそんな怖いこと言わないで! そんなことやっちゃったら元王のアブドゥルの二の舞になっちゃうよ!」
アブドゥルの名を聞いた途端、何かが引っかかるのか萌衣は何かを考え出した……
「…………アブドゥル……根黒……お兄ちゃん、この城に図書館ってあるの?」
「……サーシャさん」
「ああ、あることにはあるな……今は禁書保管庫になっているが、アブドゥルが統治する前はかなりの量の魔導書があったと聞いている……というかレンカ、この城の主のお前が知らないでどうする」
「あの……地下に何があるかは知らないんですけど……行く暇がない上、サーシャさんが危険だから地下に足を踏み入れるなって……」
王になって日が浅かった頃(今も十分日が浅いけど、更に浅かった頃だ)、道に迷ってうっかり地下に入ろうとして首根っこを掴まれて強引に連れて行かれ、サーシャにこう言われたのだ。
「地下にはお前がまだ知るべきではない物がたくさん詰まっている、だからまだ入るな」
おそらくは禁書ですら優しいレベルのものがたくさん詰まっているのだろう。……想像するだに正気を失いそうになる。
「地下……ひょっとして……」
「あ、待て!」
一瞬目を離した隙に、萌衣は部屋から走って出て行った……おそらく禁書保管庫とやらに行くつもりなのだろう。
とかそんな事考えているうちに萌衣はかなり遠くまで行ってしまったわけで……
「サーシャさん! 禁書保管庫は地下のどの辺ですか!」
「見れば分かる! ……というか、お前の妹は場所が分からないのにどうやって捜し当てるつもりなのだ」
「萌衣はかなり直感的に行動するタイプなんです! しかもその直感が高確率で正解っていう厄介なパターンなんです!」
「なら急げ! 厄介なことになってもおかしくない!」
というか、なんで萌衣はアブドゥルの名前を聞いた途端……
サーシャの言う通り、地下に入れば分かった……鉄格子の前にも乱雑に本が積み上げられていた上に鉄格子のすぐ向こうから本棚が並んでいたからだ。
……鍵は向こう側から閉じられているようだ。さて、鍵はどうしようか……悩む必要はなかった、そういえば持っていたのだ。こちらに来たその日から……というか来る前から……ナルラから受け取っていたのだ。多数の燃えないゴミと一緒に……
ガチャガチャ……ゴトン
「なんで意味ないのに南京錠がぶら下がってたの?」
ちなみにガチャガチャは鍵を開ける音で、ゴトンは南京錠が床に落ちた音だ。
ギギギ……
「意外と響くね、この音……ちゃんと油さしてないのかな?」
流石に、こんな怖い部屋に近寄りたくはないっていう気持ちは分からんでもないし、僕だって正直近寄りたくはない。でも、流石に油ささずに放置するのは……周りの雰囲気も相まってすこし恐怖を感じる。
まるでゾンビが出てきそうな雰囲気だ。……流石に出ないとは思うけど
ガシャン……ガシャン……
「……あれが出るくらいなら普通にゾンビの方がマシだったかな……?」
ホラーモノで有りがちな、動く鎧が本棚の間を闊歩しているのが見えた……幸い、遠かったから良かったものの、すぐ近くにいたらどうなっていたのか想像したくない。多分R―18な事になっているだろう。もしくは日本で発禁な事に
「ヒャーッハハハ!」
「っ!?」
禁書保管庫のどこかから何かの嗤い声が聞こえた……萌衣以外に誰も……人に限定するなら……いるはずがないので、つまりはそういった類であろう。
「……帰りたい」
「おい小僧、てめぇ何しにオレっちたちの部屋に入って来やがった?」
……ビックリだ、積まれた本の一番上にいたとは思わなかったよ……嗤い声の主の本は器用にも開閉を繰り返して床に落ちた。やはり魔導書だろうと重力には逆らえないようだ。
「見たとこアブドゥルんとこの奴じゃねぇみてぇだしよぉ……まさかアブドゥルの奴、ネクロが手を貸してやったってぇのにこの城奪われやがったかぁ?」
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「あぁ? 聞きてぇことがあるんならオレっちの質問に答えてからにしな」
横暴な感じもしたが、言う通りにしたほうがよさそうなので、一応言う通りにしておく。僕がヘタレだからではない、念のため。
「アブドゥルなら近衛兵長に裏切られて城どころか国から追い出されました」
「キャハハハハハ! アブドゥルの奴、ざまぁねぇな! オレっちとネクロをだまし続けてきたツケが回ってきてやんの!」
「……あの」
「ああ、小僧の聞きてぇことはなんだ? 死者の甦らせ方だろうと地獄の門の開き方だろうと教えてやろうじゃねぇか!」
「なんでそんなに物騒なんですか……あ、聞きたいことなんですけど、こっちに女の子が来ませんでした? 多分10分もたってないと思うんですが」
「小娘がこっちに来たかだとぉ? ……教えてやるよ! ただし、小娘が持って行った魔導書、ネクロと引き替えになぁ!」
「……………………」
「ヒャーッハハハ! てめぇの悔しそうな面! 最高だぜ最高!」
「…………やっぱり……違うのかな…………あ、お兄ちゃんどうしたの?」
歩く鎧がいたからか、移動しながら本を読んでいた萌衣が、図書館の中から入り口近くに戻ってきた。ちなみにさっき黙っていたのはそれっぽい影を奥の方に見つけたからだ。
「この本、どこに置いてあったっけ……?」
「おい小娘! そいつをこっちによこせぇ!」
「あ、うん、分かった」
そう言って萌衣は、うるさかった魔導書の上にネクロの魔導書を落とした、厳密には叩きつけた。ただ落としたのならともかく、思いっきり叩きつけたのはどうかとおもう。
「なんで僕たちに何も言わずにこっちにきたの?」
「あ、ごめんねお兄ちゃん…………ちょっと探したい本があって……一応探してた本は見つかったんだけど、読みたい部分がごっそり千切られてて……」
部分的に千切られていた……? 一体誰がやったんだろうか……こんな事をして得する人物は多分いないと思うけど……イタズラにしてもリスクが高すぎるし……
「あ、そういえば……鍵はどうやって開けたの? ひょっとして開いてたの?」
流石に開いていたというのは考えづらい……ほとんど誰も近寄らないとはいえ、仮にも本の保管庫だ……誰かが誤って近寄ってしまうかもしれないのに鍵を開きっぱなしにするのは流石におかしい。
「…………物理(魔法)的に?」
「あー、物理でこじ開けたのなら仕方ないなー……って言うと思ったのかな!? なんなの物理(魔法)って!」
「はい、それは魔法です」
「英文の和訳みたいな語調で喋らないで、ちゃんと答えて!」
というか物理(魔法)なのに正体が魔法ならもうそれはただの魔法じゃないかな!
「まあなんていえばいいのかな……わたしって直感が冴えてるよね?」
「ああ、うん……行き当たりばったりでもギリギリ成功する程度には……」
「それでさ、鍵の前で直感的に浮かんできた呪文を唱えたら不思議なこと(都合の良いこと)が起こって」
「……どういうことなの……?」
「分からないけど……魔法?」
魔法なら仕方がないね、某黒いライダーが不思議な事が起こって無双し始めるくらいに仕方ないね、うん
「そういえばお兄ちゃん、サーシャさんに謝った方がいいかな? ここの鍵こじ開けて中に入っちゃったけど」
「そもそも謝るべき場所が違うしいつの間にかこじ開けたって認識になってるのもおかしいけどそんな事は置いておくけどさ、謝った方がいいよ」
「うん! じゃあお兄ちゃんも一緒に謝ろうね」
……うん?
「……さんざん私に心配をかけておいてお前達は……」
「「はい、すいませんでした」」
絶賛正座中……早くも足が痺れてきたけど、
サーシャに言ったら間違いなく無視されるので我慢する……我慢だ、我慢……まだだ……まだ動くな……堪えるんだ……
……その後、説教は一時間ほど続き、正座から解放される頃には痺れすぎて足に感覚がほぼ無くなっていた……そして萌衣に色々されて説教がまた始まったのだが……それはそれである。