帰国、そして…
武志様と正式に離婚いたしました後も、私はしばらくの間、日本に留まることになりました。
新しく誕生した韓国の李承晩政権が、私たち旧李王家の人々の受け入れを、頑なに拒み続けていたからでございます。
ご自身が王室の血を引くお家柄であることを強い誇りにされていた李承晩大統領は、正統な流れである王公族の存在をどこか遠ざけたいと考えておられたようで、私たちの帰国が万が一にでも帝政復古の引き金になるのを、深く警戒されていたのだと言います。
歴史が大きく動きましたのは、一九六一年のこと。
朴正煕氏を中心とする新しい政権が樹立されたことで、ようやく私たち李王家の、故郷への道が開かれることとなったのでございました。
一九六二年一月二十六日。
私は、実に三十七年ぶりに故郷の土を踏みました。金浦空港に降り立ちました私は、すぐにソウル大学医学部付属病院へと入院し、日韓両国の温かい協力のもとで、一度は失われていた韓国の国籍を再び取得したのです。
そしてその翌年、垠お兄様と方子お義姉様もまた韓国への帰国を果たされ、古き王宮・昌徳宮の奥深くにある「楽善斎」という、静かな佇まいの建物に落ち着かれました。
私も病院を退院いたしました後は、
お二人の待つ楽善斎に身を寄せ、ともに住まわせていただくことになったのでございます。
退院したとはいえ、私の心の病がすっかり癒えたわけでは決してございませんでした。
穏やかな心と深い霧の狭間を漂い、長らく病の床に臥せっていた私を、方子お義姉様は日本にいた頃と何一つ変わらず、優しく親身に日々お世話してくださいました。
お義姉様のその手のぬくもりだけが、私にとって、この世界と繋がることのできる細い糸のようでございました。
一九七〇年五月一日、垠お兄様が旅立たれました。
日本へ幼くして渡ることとなり、戦後は国籍を奪われ、ようやく故郷に帰ることができたものの、病に倒れられ、とうとう意識を取り戻されぬままの終わりでございました。
ご自身の意志だけでは生きることを許されなかったお兄様の人生は、さぞ心残りの連続だったことでしょう。
お兄様を見送った後、私もまた、長らく深い病の床から起き上がることができなくなっていったのです。
一九八七年五月二十五日。
私の、七十五回目の誕生日のことでございます。
意識の霧のなかにいた私の枕元を、かつて京城の日之出小学校で共に学んだ幼馴染、閔龍児さんが訪ねてきてくれました。もうその頃の私は、視線を合わせることも、言葉を交わすこともほとんどできない状態でございました。
けれど、ベッドの脇に腰掛けた閔龍児さんは、ふと思いついたように、私たちが少女だったあの輝かしい時代に私が詠んだ『飛行機』の歌を、私の耳元で、優しく口ずさんでくれたのだそうでございます。
――あおいおそらを ふわりふわりと……。 その懐かしい旋律が聴こえた瞬間、私の魂はあのまばゆい京城の校舎へと飛んでおりました。
私はそれに応えるように、喉の奥から小さく、うめき声のような音をあげたのだと言います。
「私は、覚えている。
私は、ここにいる」
その微かな心のきらめきを見たお部屋の皆様が、こらえきれずに一斉に泣き出してしまった
――そんな切ないお手紙を、閔龍児さんはのちに、日本の元同級生たちへ送ってくれたのだそうでございます。
一九八九年(平成元年)四月二十一日。
終わりの時が、静かに楽善斎のお部屋に訪れました。
二人の看護師さんに優しく看取られながら、私の長く苦しかった呼吸が静かに止まったのです。それからわずか九日のち、私のあとを追うようにして、方子お義姉様もまた静かに息を引き取られました。
まるで、最後まで私を一人にすまいとするかのように。
七十七年の生涯の、そのほとんどを、私は病の床という暗闇の中で過ごしたことになります。
そして、私の唯一の愛のしるしであった、ひとり娘の正恵。
あの子もまた、お婿さんを迎えてからほどなくして私と同じように心を病み、「山へゆく」という短い書き置きを残したまま、信州の山の中で行方が分からなくなってしまったのでございました。
とうとう、あの子を捜し出してもう一度この腕に抱きしめてあげることは、叶わなかったのでございます。
「正恵……こんなに壊れた心を持った私が、あなたの母親で、本当にごめんなさいね」
けれど、深い霧の底からふと穏やかな心が戻りますとき、私の脳裏に鮮やかに蘇りますのは、あの日之出小学校での楽しかった創作の日々と――武志様と結婚して、あの子が生まれ、三人で身を寄せ合っていた、私の人生でいちばん幸せだったあの短い季節の光なのでございます。
正恵の心の中にも、きっとそういう温かい時間があったのだと、いまの私は信じたいのです。
もしも、神様がもう一度だけ機会をくださり、またこの世に生まれて来られるのなら――。
今度は、王室の血など引かない、どこにでもある普通の家の娘として生まれたいのでございます。
贅沢な暮らしなど、何一つできなくて構いません。きらびやかな王宮も、私のためだけの専用の幼稚園も、翁主というものものしい名前も、何一つ欲しくはございません。
武志様と、もう一度だけ、今度は誰にも邪魔をされない普通の結婚生活をちゃんと送りたいのです。
お互いの髪に白いものが混じるまで、ずっと寄り添って。縁側で一緒に静かに詩を詠んで、笑い合って暮らしたい。
そして正恵、あなたも、またお母さんのところへ生まれてきてくれたら、
こんなに嬉しいことはございません。
今度は決して人任せにせず、この私の両手で、あなたの小さな身体をちゃんと抱きしめて育てたいのです。
優しいお婿さんを迎えて、私に可愛い孫の顔を見せておくれ。
こんなささやかな望みさえ、私という存在には、許されないことなのでしょうか。
私が欲しいのは――。
愛する人と共に生きる、
あの、どこにでもある普通の幸せ、
それだけでございます。
おわり




