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「おかあさま。わたしね、きょうはおはなをえがきたい!」
「素敵ね。ディアナは本当にお花が好きだものね」
「おかあさま、わたしはどうぶつをでっさんするの!」
「ふふ。ルナはお庭へ遊びにくるリスたちと、とても仲が良いものね」
クルール王国の王宮で暮らすようになって、早五年。
私は今、三歳になったばかりの双子の娘たちと一緒に、中庭でお絵描きを楽しんでいる。
「お母様は今日、何を描こうかしら?」
本日は宮廷画家の仕事はお休み。
でも、こうやって休日でも、子供たちと共にスケッチやデッサンをしている私。
(絵を描くことが私の人生の一部になっている……本当に、ありがたいことだわ)
蝋板とスタイラスを使い、思い思いに絵を描く娘たちを微笑ましく見やりながら、私は今日もキャンバスを前に絵筆を取る。
「あ! 母さんたち、やっぱりここにいた!」
するとそこへ、身体中を土だらけにしたミカエルがやって来た。
「ミカエル、おかえりなさい」
「ただいま! 乗馬と剣の稽古、今日も目一杯しごかれたよー! 父さんもシオンさんも容赦ないんだから」
「あら、でも良い顔しているわよ?」
「まあね。だって楽しいもん! あ、でもまずい。今から家庭教師の先生が来てくれるのに、汗と泥まみれだ」
「ふふ。ほら、こっちにいらっしゃい」
私は一度絵筆を置いて立ち上がり、ウエストポーチからハンカチを取り出す。
「座学は順調?」
「うん、最近はクルール王国と近隣諸国の歴史を習ってるんだ。それぞれの国の特性が知れるから興味深いよ」
「そう。意欲的に学べるのは良いことね」
もう私と並ぶほどに背が伸びた息子の頬をハンカチで拭う。ミカエルは目をぎゅっと瞑りながらも、楽しそうに話を続けている。
「おにいさま、おかえりなさい!」
「おうまとけんのおけいこ、おつかれさま!」
お絵描きに夢中になっていた娘たちが、ミカエルが帰ってきたことに気付いたら、さあ大変。
「ディアナ、ルナ、ただいま」
「おにいさま、ディアナのことだっこして!」
「ルナのこともだっこして!」
「わ、待って待って二人とも! お洋服に土が付いちゃうよ!」
妹二人にもみくちゃにされながらも、せがまれるままに抱っこにおんぶをしているミカエル。
そんな兄妹三人の様子を愛おしく思いながら見ていると……
「アトレイア殿、ただ今戻りました」
「ロイド様!」
ミカエルに続き、今度はロイドが顔をのぞかせた。
「おかえりなさい。お戻りはもっと遅い時間かと思っていました」
「騎士団での稽古の後、皆で妻子の話になりまして。シオンが新婚ということもあり、我々も今日くらいは早く帰って家族と過ごそう、となりました」
「まあ」
先の戦争が終わり、平和な世が続いているからこその会話だ。
「「おとうさま、おかえりなさい! おしごとおつかれさま!」」
ロイドが思いがけず早くに帰宅したので、娘たちも大喜びだ。
「ただいま、ディアナ、ルナ。お父様が帰ってくるまで、ちゃんと良い子にしていたか? お母様を困らせていないか?」
「「わたしたち、すっごくいいこにしていたわ!」」
「ふっ、そうか」
ロイドは笑いながら、娘二人をひょいと抱き上げた。
「大丈夫か? ミカエル。今日も見事にもみくちゃだな」
「うぅ……僕はまだ、父さんみたいに二人同時に抱っこは出来ない……」
「明日の稽古もビシバシやるぞ、息子よ」
「くっ! 頑張る!」
男性陣二人の会話に、思わずくすくすと笑ってしまう。
私とロイドはちょうど四年前に結婚した。
私の方が再婚ということもあって、式の参列は国王とミカエル、シオン、そしてほんの少数の側近の人たちだけ。
けれど、それでも宮殿の外には多くの貴族や町の人々が集まり、お祝いの言葉をのべてくれた。
(洗濯屋の同僚たちも駆け付けてくれて……嬉しかったわ)
今では頻繁に会うことは出来なくなってしまったが、ロイドが時々、私をお忍びでハゼル町に連れて行ってくれるので、その時にほんのひととき、お茶を楽しんだりしている。
(それと、元嫁ぎ先の辺境伯領からはお祝いのお手紙をいただいた。リカルド様の後を任された従兄弟の方は誠実な人で、領地再生にも奮闘してくれているわ)
以前はナターシャが作った莫大な借金の返済のために、リカルドや元義父母が領民へかなり横暴な搾取をしていたようだ。そのため、一時領地はかなり困窮していたらしい。
だが、現在は随分と立て直されている。
私も一度、今度は王女の立場として視察に行ったのだが、新しい領主は領民たちにとても慕われている様子だった。
私はもう辺境伯夫人ではないが、彼らの笑顔が戻ったことに、ほっと胸を撫で下ろすことが出来た。
「アトレイア殿は、本日もスケッチを?」
「ええ。休日でもこうやって、子供たちと一緒につい絵筆を取ってしまって。もはや職業病ですわ」
「はは。好きなことを仕事に出来るのは幸せなことです」
ロイドは穏やかに笑いながら、娘たちを手から下ろす。
「さあ、お前たち三人はこれから勉強の時間だぞ。もうすぐ家庭教師の先生方も来られる」
「えっ、もうそんなじかんなの?!」
「せっかくおとうさまとおにいさまがはやくかえってきたのに!」
唇を尖らせ、もう少し遊びたいオーラを醸し出してくる双子たち。
「ふう。仕方ないなあ、あと少しだけだよ?」
「全く。まあでも、今日は "家族時間" を過ごすために早く帰ってきたのだから、少しは目を瞑るとしようか」
ミカエルとロイドがそう言うと、娘たちはぱあっと顔を綻ばせ、中庭を駆け回り始める。
「えっ、もう鬼ごっこが始まってるの?」
「ミカエルも逃げていいぞ。父さんが鬼だ」
「ええっ!」
そしてミカエルもまた、慌てて中庭を駆けて行くのだった。
「子供とは本当に元気ですね。体力が有り余っている」
「でも、それに付き合えるロイド様もさすが騎士団の方です」
「はは、今まで鍛えていて良かったです。
……戦争孤児だった頃は、こんなにも穏やかな日々を過ごせる時が来るなんて思いもしませんでした。本当に、アトレイア殿のおかげです」
「ロイド様……それは私もですわ。心から感謝しています」
彼と巡り会えて本当に良かった。
ミカエルに、彼には信頼出来得る大人たちが、母親の私以外にもたくさんいるということを教えてくれた。
私たち母子を大切に思ってくれている祖父とも出会わせてくれた。彼とは祖母と実母の思い出話を共有することが出来た。
そして、可愛い双子の娘たちを授けてくれた。ミカエルと彼女たちが今後も健やかに成長してくれることが、私たち夫婦の願い。
ロイドと私は互いに額を寄せる。
「では、行ってまいります」
「ふふ、お願いいたします」
彼は私の頬にキスを落とすと、楽しげな様子で子供たちの後を追った。
私は再び座り直し、キャンバスを前に絵筆を取る。
「決めたわ。今日は、私たち家族の絵を描くことにしましょう」
-完-
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