親友とその弟と
その夜、友人の牧野から電話があり、
「色々びっくりしただろう。すぐ隣のような家だろう?良ければ明日の夕方にでもそちらに行きたいが、大丈夫か?」と聞かれ
「もちろん、大丈夫だけど、良いツマミがなくて歓待できないから、自分が好きな物は持ってきてくれるか」
「オーケー、何か上手そうなツマミと酒を持っていくよ。それから都合がつけば弟も一緒に行くけど良いか?」
「ああ、今日会ったよ。もちろん、歓迎するよ」と、牧野兄弟の訪問が決まった。実は昨年にも牧野は何度か丈一郎の別荘を訪れていたが、刑事の弟が来るのは初めてだった。
翌日の朝、牧野刑事が丈一郎の別荘を訪れた。夕方に牧野と来るはずでは?と思い、肥後は少し驚いたが理由を尋ねると、昨日の聴取時に同僚刑事が早田へ失礼な発言をした事が警察署内で問題となったようで、
「今回の事の事件性は薄いです。外傷も無いし、おそらく心臓発作か、脳梗塞のようなことが原因だと思います。彼を殺害するような動機のある人はいそうにないですからね」と聞いて、丈一郎は幾分ほっとする。
「肥後さんは早田さんとは親しくされている様ですね。何か早田さんから聞いていますか?」と尋ねてきた。
「ええ、早田さんも何か疑われているような口調だったと言っていました」と正直に答えた。地方警察は結構そんな評判も気にするのかと思ったが、牧野刑事は
「やはりそうですか。それはまずいなあ、これから謝りに行ってきますよ。事件性がないかを確認しようとしただけなんですよ」と訪問の理由を話し、さらに、
「ああ、それから今日、兄がこちらにお邪魔すると言っていましたけど、連絡していますか? 私もご一緒させて頂いても本当によろしいですか?」
「ええ、昨日電話があり、もちろんオーケイだと言ってありますよ」と笑顔で答えたのを、彼は嬉しそうに頷いて退出し、早田の別荘に向かった。丈一郎は、この牧野の弟の刑事はとても感じの良い男だと思った。いわゆるコミュ力が優れていて、しかも行動が早く有能そうだった。
その日の夜、牧野厳とその弟の牧野剛の訪問を受け、先日のお隣さんの件もあり、三人でちょっと不謹慎な気はしたが、飲みながら少しその死んだ男の話となった。牧野の弟の牧野刑事は
「ご近所の方の話では、彼は以前は奥さんと暮らしていたようで、数年前にその奥さんが亡くなりその後は一人暮らしをしていたそうです。管理人の話では管理費も滞納しており、ゴミを出すのなら管理費を払うように言っても払うこともなく、ゴミは敷地内やウッドデッキに積み上げたままになっているようです」
丈一郎は「そうなんだ。年齢はお幾つなのですかね?」
「五十三歳だそうです」
「ええっ、そんなに若いんですか?じゃあ、年金生活ではなくもしかして生活保護だったのかもしれないですね。僕はてっきり私と同じかそれより上かと思っていましたよ」
「まだ、一応捜査中なので、これ以上は言えませんが、家族もいないようなので、結構これから後が大変かもしれませんね」と牧野刑事が答えるので、丈一郎は
「そうですね、警察というより、行政の出番かもしれませんね。いずれにしても、何かあったらよろしくお願いします」
「ところで肥後さん、私に敬語を使うのは止めて下さい。兄貴の親友に敬語を使われても恐縮なので」と遠慮気味の発言に、早速牧野は
「そうだよ、こいつは俺には頭が上がらないのさ、色々と親や俺には面倒かけたワルだったんだから」と言うと、剛はすかさず
「兄貴さあ、一応、今はこれでも刑事なんだからね。変な話はしないでよ」と刑事らしからぬ”お茶目な”口調で言うので、三人で大笑いをした。
少し雑談をしながら、酒が進んできた頃に
「でも、相変わらず丈さんには、何かとトラブルが付き纏うよね。学生時代からそうだったよね」と牧野がつい口にしてしまう。“つい“と言うのは丈一郎はその話をすると,不思議とトラブルが起きることを知っていたからだ。
「ええ、そうなんですか?どんなことがあったんですか?」と剛が聞くので、牧野が丈一郎の代わりに答えた。
「良い話からすると、丈さんと一緒に飲みに行くと、「丁度あなたが開店以来一千人目のお客様です!」とか「お客様達が今日五組目のお客様です。当店は本日開店五周年キャンペーンをしています、と言って飲み代がタダになることが数回有ったね」
「ああ、あった、あった。いつも、牧野も一緒にいたから俺のおかげではないかもね。つい、調子に乗って飲みすぎてお店の人に呆れられたよな」と丈一郎も懐かしく当時を思い出した様子だった。
「怖い話としては、これも飲み屋だけど、隣の部屋に指名手配犯がいて、ドタバタと警察の逮捕劇が有ったそうだよな」と牧野が切り出すと、
「ああ、それもあった。ホワイト(彼らの共通の友人で本名は西川で愛称がホワイト)たちと新宿歌舞伎町に飲みに行っていた時だな。楽しく飲んでいたら、隣の部屋がやけに騒がしくなり、言い争う声がしてきて「おとなしくしろ!」なんて映画のような声がしてきたんだ。俺が危険を感じて、隣の部屋と反対側の席に移動した瞬間に襖がこちらにバタンと倒れてきて、指名手配犯と目があったんだよ。怖い目をしていたな。彼は、強盗殺人犯で二人を殺した凶悪犯だったんだ」丈一郎はあの顔は忘れられないし、言葉では表現できないが悪い奴の人相の典型だと思っていた。さらに、牧野が少し悪乗りしてきて、
「それから、東北新幹線に乗っていたら危うくドローンの落下を免れたとか」
「ああ、それは太子(彼らの共通の友人で、たいしと読む)と秋田に釣りに行った時だな。俺が洗面所でコンセントを借りて電気カミソリのスイッチを「カチッ」と入れた瞬間だったので、俺のせいかと思ったよ。実際には電気系統の故障で緊急停止した時に、数秒後に大きめのドローンが新幹線の線路の前方五十メートル先に落下したので、緊急停止しないと新幹線に直接落下したかもしれない」この話を聞いて、牧野の弟は酒の肴としては出来過ぎな話でかなり驚いていた。さらに、もっと強烈な話が続いた。
「極め付けは、北海道の観光船の沈没事故があった時に、予約していたその船を当日キャンセルしたそうだよな」と牧野が言うと、この件は丈一郎も少し話をしたいようで、
「そうそう、あの時は司法試験を目指していた牧野以外のメンバーで、夏休みに就職内定祝いで北海道旅行をしていた時だよ。世界遺産の自然公園を歩いていて、怪我をして倒れていたエゾシカの子供を助けて、翌日も心配で鹿の様子を見に行くと俺が我が儘を言って、沈没した船の予約をキャンセルしたんだ。そしたら、キャンセルしなければ乗船していた船が沈没したんだ。あれは命を助けたエゾシカの恩返しだった気がするよ」ここまで話すと、牧野の弟は
「それは、偶然にしては凄すぎる強運なんじゃないですか!」と感心したようなので、兄の牧野が舗装するように、
「強運なら事件に遭遇しないので、幸運とか不運とかだけではない気がするな」と話したが、丈一郎は誰にも言っていない隠し事があった。この観光船の時もそうだったが、その後の事を『未来予知』のように強く連想できることがあるのだ。この時も鹿の様子を見に行く自分たちは連想出来たが、観光船に乗る自分たちは全く見えないのだ。むしろ、それを想像しようとすると頭が痛くなったのだ。それで、一緒に行ったメンバーに我が儘を言ってキャンセルしたのだった。未来予知能力に関しては幾つもの科学的な研究がなされているが、予知能力がある人の特徴としては、強い共感力や鋭い直感力そして繊細な感受性が挙げられるようだ。丈一郎の場合も他人の感情や場の雰囲気を敏感に察知する能力が高いようで、それにプラスして過去の経験や知識に基づく推論を超えて未来の出来事を「なんとなく」感じ取る能力があるようだ。しかし、他人から見ると、「丈さんにはトラブルを惹きつける引力があるよな。でもそのトラブルはなぜか丈さんの周辺では良い結末を迎える」となるわけだ。
剛は、「その強運を少し分けてください。この運のない刑事に!丈さん」とお茶目な言い方をするので、三人で笑い転げた。でも、この未来予測の能力が、この優秀な刑事に”乗り移る”ような出来事が数ヶ月後に起こるのだった。まだ、先の話だが。
そのあとは三人で飲みながら話が延々と続き、肥後の進める酒を美味しそうに飲む牧野刑事の若い頃の話がこれまた面白く、彼らはつい夜中まで飲み、二人は丈一郎の別荘に泊まることとなった。もともと車の運転はできないのでそのつもりだったが、来客用の布団と毛布が数セットあったので、彼らには二階の客間で寝てもらった。ただ、丈一郎は近くの別荘で死んだ男には家族がおらず、別荘の後処理が難航することを知り、明日は我が身と思い、自分が倒れた時に妻や家族にどうしたら連絡がつくのかを考えざるを得なかった。そんなことを考えているうちに眠りについた。そして、翌朝六時には牧野兄弟は起きて慌てて朝食も取らずに帰って行った。ちょっと不謹慎だが、楽しい一夜だった。
翌朝九時ごろ、牧野達が帰った後に軽く朝食を食べ、洗濯機を回している間に、少し肌寒さが残る別荘地の中を眠い目をこすりながら丈一郎は散歩に出かけた。良い天気で鳥が飛び交う姿に癒やされながら、いつものように早田のログハウスの前で、綺麗に整備された庭に出ていた早田と挨拶を交わす。 早田は
「一昨日の聞き取りの時は危うく犯人にされそうでしたよ」と笑い顔で冗談を言い、
「でも昨日の朝に強面の刑事が謝りに来ましたよ、ところで昨日はお客さんが来ていませんでしたか?」との問いに、丈一郎は友人の弟がその強面の刑事だと話し、昨日は彼らが訪れていたことを白状した。
「ええっ、そうなのですか?正に奇遇ですね。刑事が謝りに来るなんて、珍しいなあと思っていたのですが、きっと肥後さんへの気遣いですね。でも、これから何かあったら牧野刑事を名指しで相談しますよ。はははは」とすっかり彼は機嫌を直していつもの明るい彼に戻っていて、お互いに笑い合った。丈一郎は彼に相談するような事がその後起こるとは、この時は思いもしなかった。




