7、お披露目会
お披露目会当日。
今日は天候に恵まれて暑くもなく寒くもなく、いい感じの気温である。
お兄様にエスコートされて伯爵家以上の高位貴族の子供たちが集められた庭園に足を踏み入れる。
私が庭園に入った途端、その場の喧騒は水を打ったように静まり返った。
男も女も言葉なく、ルーナリアの姿に釘付けになっているのが分かる。
今日はお父様がプレゼントしてくれた淡い黄色のドレスを着ている。ドレスはとても可愛かったが、やっぱり似合ってなかったのか。それ以前の問題なのか。
城にくるまで孤児院でいじめられ虐待されていたことを思い出し、途端に不安と恐怖に襲われる。さんざん瞳は気持ち悪くないものだ。姫様は可愛いなど言われていてもこびりついた価値観を覆すまでにはいたらず、身内の欲目だと思っている。
(テオ兄、私に勇気を……!!)
無意識にぎゅっと閉じてしまっていた目を開いて深呼吸をし、勇気を振り絞り笑顔を顔に貼り付けた。
そして大丈夫だと伝えるために、お兄様に向けて頷く。
そんな私を見たお兄様は、ほっと表情を緩めて小声で無理はしないんだよ、と言って私を紹介してくれた。
「みんな、私の妹のルーナリアだ。今後何かと関わることもあるだろう。よろしく頼む」
「は、初めまして。ルーナリアと申します。今後よろしくお願い致します」
最初だけ吃ってしまったが、大丈夫だったか。しっかり習った通りにできているか、無作法はないか。緊張で心臓がばくばくして口から飛び出そうだ。
そんな心とは裏腹に一瞬沈黙がおちるも、そのあとは笑顔で挨拶を返してくれた。
そこでほっと息を吐き出し、お兄様が紹介してくれる子たちと少し歓談し始めた。
しばらくしてふとしたときに、男の子たちの会話が耳に入ってきた。
「あいつ、公爵家のくせに魔力がないらしいぜ」
「ありえないよな。よし、また後で少しとっちめて…」
「さすがにそれはまずいんじゃ。公爵家だぞ?」
「お前知らないのか?あいつはもう公爵様からも見限られているんだぞ」
「そうそう、だから何をしても大丈夫さ。実際今までなにもないし」
そうこそこそと話している声が聞こえる。
その男の子たちのほうをみて視線の先をみてみると、隅っこのほうで少し俯きがちにひとり佇んでいる少年がいた。
その少年はさらりとした黒髪に青い目をしていた。
遠目から見ても美しいと分る顔立ちである。物腰も落ち着いていて清廉とした空気をまとっているが、どこか寂しげだった。
「あの、お兄様。あの子は…」
「ん?あぁ、あれはエスパーダ公爵家のレイモンドだよ」
「エスパーダ公爵家の…」
エスパーダ公爵家はこの国の四代公爵家の一つだと学んだ。代々騎士団長を輩出してきた武の家門だ。
ただ前に私を助け出してくれた今の騎士団長は違う人だ。先代騎士団長はエスパーダ公爵家だったが、不慮の事故で亡くなったため、当時副団長だった人が騎士団長になった。
公爵家は今はその弟が継いでおり、弟は武の才能はなかったそうだ。
男の子たちの話から、いつも何かしらのことをしていることが察せられた。
(あの子は、私と同じかもしれない)
テオ兄と出会う前の、いつもひとりぼっちでいた私と。
勝手な想像からだがレイモンドに親近感を持った。
そしてもし本当にそうなら、テオ兄が私を守ってくれたように私が──
そう思ったら自然と足は動いていた。
「はじめまして」
少年もの前に行き、声をかけると、彼が顔を上げた。
そして目を見開いてルーナリアを見つめる。
「ルーナリア・シュルークと申します。何をされているのですか?」
微笑んでも少年は笑い返すことはなかったが挨拶は返ってきた。
「初めて、お目にかかります。エスパーダ公爵家のレイモンドと申します」
そうしてぺこりと頭を下げた。
「レイモンド。これからよろしくね」
再び笑いかけるも表情は動かない。
「ここで何をしていたの?」
「僕は…」
しばらく待ってみるが返事は返ってこない。
「まあ…あれは…」
「やっぱり孤児院でお育ちになったから…」
「それにしても魔力なしにお声がけするだなんて…」
その間にも周囲からの刺すような視線と影口が聞こえる。お兄様には聞こえないように言っているのだろうその声はとても小さい。
「……ルーナリア様、私に関わらない方がいいです。貴方様まで…」
「大丈夫。私は貴方と仲良くなりたいと思ったから声をかけたの。周りの人の言うことなんで気にしないでいいわ」
これでも偉いみたいなの、と冗談まじりに胸を張ってみる。
「あ、この花見てみて。とても綺麗よ」
視界の端に鮮やかな色が見えたため、すぐそばにあった花壇の花を指さす。そこには青い花が咲いていた。
「これはなんて言う花かしら…」
まだ花の名前まで勉強していないからそこまでわからない。でもこの花が目についたのには理由がある。
レイモンドからは戸惑いが感じられるものの、表情は変わらない。
「うーん…名前はわからないけど、あなたの瞳の色に似ていてとてもきれいだわ」
とりあえず振り返りそう言って笑いかけた。
そしてしばし花を眺めて自身の気持ちを奮い立たせる。自分から人と関わろうとしたのは初めてで、とても勇気が必要だった。
(私もテオ兄みたいに、なるんだ!)
「レイモンド、私と友達になってくれない?」
そのあと、様子を見ていたのかお兄様が来てお茶会が終わったら中で話そうと言ってくれたので一度別れることになった。
お兄様曰く、私が話しかけたことで危害を加えようとは余程の大馬鹿者ではない限りいないだろうとのことだった。
女の子では、フェリシア様とシャルロッテ様と仲良くなれそうだった。お兄様もこの2人とは仲良くしておいたほうがいいかもと言っていたので今度改めて誘ってみるつもりだ。
お茶会後、レイモンドと話す機会をもらえて応接室でお兄様と待っていると程なくしてレイモンドが案内されて入ってきた。
しかしそこには先ほどと違い、頬がひどく真っ赤に腫れているレイモンドがいた――
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