48、決裂
議会場からでて、部屋に戻る途中。
ナタリーにお茶の準備をお願いして一人、部屋に戻る。
今は一人になりたかった。
ここから王族の居住区域に入るため、許可を受けた人しか立ち入ることができないことから人が少ない。
人気のない廊下をゆっくりと部屋に向かって歩いていると、後ろから足音が聞こえた。
「ルーナ!!」
振る向かなくてもわかるその声は、今はひどく切羽詰まったものに聞こえる。
右手をつかまれて振り返りそうになるも、どんな顔で向き合えばいいのかわからない。
振り返る勇気もなくそのまま返事をする。
「……何?レイ」
「ルーナ、考え直せ。わざわざ……あんな……ネージュラパンの国王は側妃や妾が何人もいて、気に入らないことがあると暴力を振るい、殺すことも厭わないやつなんだ」
「……その話は私も知っているわ。でももう決めたの。私は考えを変える気はないわ」
「なんで……」
いつものレイからは考えられないような低い声で詰め寄られるも、しっかりと返すとレイは絶望したような声をだした。
みんなを守りたいから──
この気持ちは、言ってもいいのだろうか。
でも、もし私に何かあった場合。最悪なことが起こったとき。
遺される人の苦しみは、誰よりもわかっている──
私は泣きそうになりながらも心を落ち着かせて、声が震えないように、レイにばれないようにひそかに深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
(私が泣くことは許されない。これからレイにも、ひどいことを言うのだから)
そして決意を固めてレイに向き直った。自分で思っていたよりも顔はこわばってしまい、笑うことはできなかった。それでもまっすぐにレイをみつめて、伝えなければならない。
言わなくちゃと思っていた時もあったけど、どうしても言いたくなかったこと。
私とレイを繋ぐ、大切なものだったから。
表情なく振り向いた私をどう思ったのか。レイは目を見開いた。
「レイとの婚約も……候補だから必要なのかわからないけれど。それも解消しておかなきゃね」
「……嫌だ」
「嫌だって……私、これから嫁ぐのよ。どちらにしても解消になるわ」
私の顔を見て私の意志が伝わったのか。レイはうつむいてしまった。
「……嫌だ。……ルーナと婚約解消するのも、ルーナが俺じゃないほかの誰かのものになるのも」
「……」
レイの声は心から本当に、そう思ってくれているのが伝わってくるくらい、切羽詰まったものだった。
レイを拒絶しなければ。そうしないと、ずっとレイは私のことを忘れられなくなってしまう。
ぎゅっと両手を握りしめると、私は俯きそうだった顔をぐっと上げた。
「レイ……先日の……湖でした話だけれど……」
「なんで今、それを」
「私、あなたのことを弟としてしか見たことがないし、弟みたいなものとしか感じたことがないのよ」
「──っ!」
(本当はそんなこと思ってない。弟のように見ることができなくなって困っていたくらい)
「いつも細かいし、私のことに過度に干渉してくるし。正直、うんざりだったのよね」
(嘘。いつも心配かけてしまうのは申し訳ないとも思っていたけど、それだけ私を見てくれていると思うと、本当は嬉しかった)
「だからレイのこと、今後もそういう対象にみることはないわ。ごめんなさいね」
(好き。大好きよ。だからどうか──)
レイは私の顔をじっとみていた。そして真剣な表情を浮かべると、口を開いた。
「それでも俺は、ルーナが好きだ。何があっても、それは変わらない」
そう告げられた瞬間、心臓が大きく跳ね、泣きそうになる。
嬉しいと思ってしまうのと同時に、それを表に出すのは許されないことを痛感する。
レイの心の片隅に、少しでもいいから私という存在が残ってほしいと思う反面、残ってはいけないと訴える自分もいる。
──だめだめ。しっかりしなきゃ。レイには幸せになってほしい。絶対に。
「だから、それは迷惑だと言っているの。レイには私よりも、もっとお似合いの人がいるわ」
「──っそんなこと、ルーナに言われたくない」
そう告げた瞬間、レイの纏う空気が明らかに冷えた。レイが怒ったのだとわかった。
「……ルーナは、俺が他の女と一緒になることを望んでいるのか?」
「……そうよ」
本当は想像するだけでもツラい。レイには私だけを想っていて欲しい。私だけを見てほしい。そんな独りよがりのことばかりが思い浮かぶ。
レイは大きくため息を吐いた。
愛想を尽かされたのだとすぐに悟る。私の希望通りなのに、何故か全く嬉しいとは思えず、安堵することもない。
むしろ胸が苦しくて、痛くて仕方がなかった。
レイのほうを見ることができなくて、俯いてしまう。
お互い何も言葉を発することはなく、しばらくその場に沈黙が落ちる。
沈黙が気まずく、立ち去ろうかと思ったタイミングでレイがぽつりと問いかけてきた。
「ルーナ……俺から逃げるのか……?」
「逃げるってわけじゃ……」
そう言ったレイの声が、打って変わってまるで泣きそうに聞こえて。
思わず顔を上げると、暗く濁った目が私を睨みつけていたことに驚く。
「そんなの、許さない」
その言葉を最後にレイは去っていった。
最後の不穏な言葉が気になるも、これでレイは私から離れても大丈夫なのかもしれないと思い直す。
(これで、ちゃんと嫌われたかな……?)
この張り裂けそうな胸の痛みがなんなのか。もうわかっている。それでもその痛みを今は見ないふりをした。
もうあと何度、見ることが出来るかわからないレイの姿を目に焼き付けるため、見えなくなるまでその後ろ姿を見送った。
「……レイ、大好きよ」
(誰よりも、幸せになって──)
自覚したばかりの伝えることが許されないその言葉を、後ろ姿も見えなくなった廊下で独りごちる。
涙が一粒流れ落ちたが、それを拭うこともできず。
しばらく立ち尽くしていたが、準備をしなければと思い直し、部屋に向かうことにした。
そのとき立ち去った人影があったことに、私が気づくことはなかった──
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