27、どういうこと?
「はぁぁぁー……」
大きなため息をひとつつくと、その人は首を傾げた。先ほどの顔は幻のだったのかと思うくらい、いつも通りの笑顔だった。
「なんのことかしら?」
「とぼけないで頂戴。もう私たちはわかっているのよ」
「……ふふっさすがフェリシア。ばれていたのね。本当に、コラソン公爵家の諜報部員は優秀ね」
「……え?シャル、ロット……?」
そう、フェリシアが話しかけているのはシャルロットだった。
そんな中、事態についていけていないのは私だけのようで。
咄嗟に名前を呼んでしまった私をシャルロットは睨みつけた。あなたが憎くて仕方ない。そんな目で。
「……私の名前を呼ばないでくれない?下賤な孤児院育ちの王女もどきが」
そのシャルロットの声は私がいままで聞いたこともないほど冷たい声だった。
「え……?王女、もどき……?」
「はっ!本当に脳内お花畑ね。そういうところが本当に大嫌い。死ぬまで孤児院にいればよかったものを。王女になるだけではなくてレイモンド様を婚約者候補にするなんて……。候補って何よ候補って。バカにしてるのかしら」
今までのシャルロットからは想像ができない言葉が次々と繰り出されて理解ができない。
私は今何をいわれているのか。
「何よその顔。そうしていたら誰か助けてくれると思っているんでしょう。いいわね。そのお立場で。私は……ずっと、ずっと頑張ってきたのに……」
「え……?」
最後の言葉は小さ過ぎて聞こえなかった。
「おとなしく自首でもする?」
「なんで私が?何も自首するようなことはしてないわ。すべてはその女が一人でしたことでしょ?」
フェリシアが問いかけたことに対して、ルイーズを目線で示しながら答えた。
「よくそんなことが言えるわね。一国の王女を害そうとしておいて」
「証拠なんてないでしょ?せめて証拠でも集めてからそういうこと言ってくれる?私、フェリシアのことはこれでも認めているのよ?」
私のことは認めてないけどと言外に伝えているのか私をちらっとみた。
そしておもむろにレイをみた。もう隠す必要なないとでも思ったのか、階段を下りながらもうっとりとした顔でレイに近寄る。レイは私を後ろに隠した。
「レイモンド様、もうこんな王女もどきの世話なんてしなくていいのよ?いい加減、うんざりだったでしょう?あんな子供の相手をするのは」
「何を……」
「王女とは名ばかりで。孤児院育ちのせいか淑女とは程遠い性格。あの奔放な性格に付き合ってやる必要はないのよ。いつまでも婚約者候補とかいう中途半端な位置にあなたをおいておくような女だもの。あなたを所持品のひとつくらいにしか思っていないのよ。でも私は違う。私はあなたにふさわしいわ。見た目も中身も。あなたをもっと適切な場所で、存分に輝かせてあげられるわ!!」
シャルロットはレイの胸に触れようとしたが、それを避けた。じっと自分に話しかけているシャルロットを見つめていたレイが声をだした。
「……言いたいことはそれだけですか」
「え?」
「……聞くに堪えないことばかり。いつ私がルーナと一緒にいるのが不満だなどといいましたか。私は好きでルーナと一緒にいるんです。あなたにそんなことをいわれる筋合いはありません」
レイが眉間にしわを寄せて、本当に嫌そうな顔でシャルロットに言い放った。
シャルロットは目を見開いてレイを見つめる、震える声で言葉を絞り出した。
「……レイモンド様。あなたにあの女はふさわしくないわ。私のほうが「ルーナにふさわしくないのは私のほうです。ふさわしくなれるよう、必死にこれまでいろいろとこなしてきました。その結果が今なだけです。あなたのために何かしようとしたことなど一度もない」
「な、なにを言っているの?だってあなたも私のこと……」
「……何がどうしてそういう結論に至ったかは謎ですが。あなたのことはどうとも思ったことはありません」
「う、嘘……」
シャルロットは顔を真っ青にしてレイから後ずさった。
「あ、そう。……そうなのね。あの女に、洗脳されたのね?」
「……は?そんなわけ「私が解いてあげるから、安心して。準備のために今日は帰るわ」
最後はにっこり笑って帰るのかと歩き出した。
「ちょっと!」
階上から声をかけたフェリシアの言葉は無視して去ろうとする。テオドール殿下が警戒するようにシャルロットを見据えているが、それにも気づかなかった。
私の横を通りすぎるとき、思わず声をかけてしまった。
「シャ、シャルロット……今、言ってたことは……」
本当に思っていることなのか。その言葉は口に出すことができなかった。意気地がない私はまだシャルロットにずっと嫌われていたということを認めることができなかった。
「あら、まだ理解できてないの?本当にお花畑ね。私、初めて会った時からあなたのことが大っ嫌い。そして中身もこんなだなんて。王女として最低限出来ても、いくら取り繕っても、所詮あなたは孤児院育ちの王女もどきでしかないのよ。いつも魔法の勉強ばかり。少しは王女らしく国の役にたつことでもすればいいところを。いつも周りを巻き込んで軽く誤って許されるなんて、王女という立場に感謝したほうがいいわ。……王女じゃなかったら誰もあなたなんて、相手にしないんだから」
「──っ!!」
最後の一言はほかの誰にも聞こえていないだろう小さな声だった。何も言い返せない私を一瞥して今度こそ去っていった。
呆然とシャルロットの後姿を見送る。そんな言葉をかけられても、まだシャルロットが言ったことだと信じることが、理解することができなかった。
思い返しても、優しいシャルロットしか思い浮かばない。先ほどは本当にシャルロットだったのか。
『ルーナに怪我がなく終わってよかったわ』
『ルーナは本当に甘いものが好きね』
『ルーナにあげるために刺繍したハンカチを渡そうと思ってたんだったわ』
あの優しい言葉をかけてくれたのは。ハンカチをくれたのは。一体何だったのか。
「……ナ!ルーナ!」
気づくとフェリシアが私の肩をつかんで揺さぶりながら私の名前を呼んでいた。
気づけば周りの野次馬もいなくなっていた。どれくらい時間がたったのか。
「ふぇり、しあ……」
「ルーナ。しっかりして。あんなの気にするなというのも難しいと思うけど、気にしちゃいけないわ」
「……でも」
「でもも何もないわ。あなたは好きで孤児院にいたわけではない。あんなのただの言いがかりよ。レイモンドとの関係に嫉妬しているだけ」
「嫉妬……」
「そう。だから気にしてはだめよ」
「う、うん。わ、かった……」
最後にフェリシアはぎゅっと私のことを抱きしめてくれた。
あとはまかせてください、とレイが言っているのを聞きながらも、いまだに頭は混乱していて、レイに連れられるがまま馬車へ向かった。
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