19、波乱の新学期
「きゃっ!?」
「……!」
春休みも明けて始業式の放課後。
本を返そうと図書館に向かって廊下を歩いていると、一人の少女が曲がり角でぶつかってきた。
レイは本を持ってくれていて私の後ろを歩いており、反応が遅れてしまったようだが、倒れそうな私を支えてくれた。
「反応が遅れた。すまない」
「あ、ありがとう、レイ」
前を向くと私とぶつかった少女は尻餅をついていた。ピンクブラウンの髪にピンクの瞳をした女の子だった。
「ごめんなさいね。お怪我はなくて?」
「……」
「……?」
手を差し出すもそんな私を制して「俺が」といいレイが彼女を手を引っ張って立たせてあげてくれた。しかしなんだか少女の様子が変である。
ぶつかった私はもうすでに眼中にないのか、レイに視線が釘付けになっており頬が赤く染まっている。
レイは少女を立たせるとすぐに私の方へ戻ってくるも、その子は声もださず動きもしない。不思議に思っていると、しばらくの沈黙ののち、不意に彼女は呟いた。
「……見つけた」
「え──?」
聞き取れずに問い返したものの、彼女は答えるどころか突然レイの方に身を寄せてくる。
「きゃっ」
彼女はわざとらしく小さな声をあげ、つまずいたように前のめりになりまた転びそうになった。レイは咄嗟に支えてあげるも少女はそのままレイの腕にしがみついた。
「!?」
レイも困惑している。
「ご、ごめんなさい、私……痛っ……!」
何事かと目を向けると、彼女はどこか勝ち誇ったような微笑みを浮かべて私をみていた。
言葉と表情が合ってないことに困惑する。レイからはその少女の顔は死角になっているようだ。
「ご、ごめんなさいっ私、足をくじいてしまったみたいで……」
「大変!それなら救護室に「救護室に連れて行ってくれませんか?」
私の言葉にかぶせて甘えたような声で話し始めた少女に、レイは眉間に皺を寄せた。その少女は胸をレイの腕に押し付けているのか、しがみついているようにもみえる。
その光景をみると何やらむかむかしてくる。自分の気持ちを不思議に思いつつも、レイはさっと体をずらしその少女から離れようとするも、少女も力いっぱいしがみついているのか離れない。
「それなら──」
違う人に頼もうと思ったのか、周囲をみたレイに向けて焦ったのかまた少女が話し出した。
「あ、あなたに連れて行ってほしいんです」
「無理です」
ぴしゃりと言われて少女が困惑する。
「な、なんでですか…?」
「この人のそばにいなければならない……ああ、そこの君、お願いできますか」
何事かと集まってきた人の中で知り合いがいたようで、その人にレイはお願いしている。
その少女はレイに断られるや否や、ものすごい形相で私のことを睨みつけている。そして何を思ったのか、いきなりおびえるような表情で涙目になった。
「な、なんでそんな目で私をみるんですか……私が元平民だからってひどい……っ!」
「え?」
そして震える声で私を非難し始めた。震える手でスカートの裾を掴み、涙を浮かべてみせる。
周囲にいた生徒たちがざわつく。その視線が私に集中しているのを感じた。しかし私も何が起きているのかよくわからない。
「あの、私は何か──」
言いかけた私の声は、彼女のすすり泣きによってかき消された。それを見て周囲の生徒たちはさらにざわめく。
しかしこのざわめきは私に対しての、少女のあまりにひどい態度に周囲が引いているからである。
一応王女である私に対して、私の言葉を無視してさらには遮り、婚約者であるレイにすり寄っているのだからそうなるだろう。
「……いい加減に手を離してください」
レイが冷たい声をだし、少女を振り払ったことでその場の喧騒は水を打ったように静まり返った。
すると少女はたくさんの目があるなか、そっけなくされたことが恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にして口をパクパクしている。
するとふたたびキっと私を睨んでくる。
「もういいわ!」
そう言うと急ぎ足で去っていった。足は大丈夫なようだ。
私はポカンとしてその後姿を見送ったのだった。
「……何か、嵐のような子ね」
「……ようなで済めばいいが」
その言葉に振り返るとレイは険しい顔をして、少女が去ったほうを睨みつけるようにして見つめている。
その少女が去ったことで、周囲にいた人たちもぞろぞろと散っていく。
「あれが例の男爵令嬢ね。世間知らずにもほどがあるわ」
その言葉に振り返るとフェリシアがいた。
「例の?というか、なんでここに……」
「それはあとで説明するわ。それとは別にちょっと小耳にはさんだ話があったから、ルーナを探していたの。時間あるかしら」
「ええ。大丈夫だけれど……」
「それじゃあその本返してきたらサロンに来てちょうだい。待っているわ」
「わかったわ」
そう言うとフェリシアは去っていった。
本を返してサロンにいくとフェリシアが待っていた。
「あの、フェリシア、話って……?」
レイはいつも通り紅茶をいれてくれて落ち着いたころ。難しい顔をして座っているフェリシアに、話を聞こうと口を開いた。
「……まずは、男爵令嬢の話からしちゃおうかしら。あまり大した話ではないし。名前はピサ・ルイーズ。なんでもピサ男爵の庶子らしくて、最近見つかったみたいで引き取られたみたい。今までは市井で暮らしていたから、貴族としてのマナーはまだ全くといっていいほど身についてはいないようよ。まあ先ほどのことからもわかるとは思うけど。王女の顔も知らないようだからね……」
「あ、はは……」
先ほどのことを思い出しているのか呆れたような顔をしている。
私はまだそこまで多くの公務をしているわけでもないので、私の顔を知らないのは仕方がないことだとは思うけれど。
「まあ男爵令嬢は放っておきましょう。それよりも……」
フェリシアは一口紅茶をのんで一息ついてから問いかけてきた。
「……元側妃……ジャネット様の残党が動き出したみたい」
「──え?」
それは全く予想もしていないことだった。
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