プロローグ
新しく連載始めます。
基本は1日2回更新予定です。
よかったらお付き合いいただければ嬉しいです!
少しでも楽しんでいただけますように…
「あ!レイ、逃げて!」
「!?」
春のうららかな昼下がり。昼食後の満腹感も手伝い少し眠気を催す陽気の中、ドォンという耳をつんざくような爆発音が響き渡った。
知っている者はまたかとある少女を思い浮かべる。
王宮の一画にある魔法研究所の実験室にて、その少女は真っ黒こげになっていた。
「いててて……また失敗したわ。難しいなぁもう…」
「ルーナ……今度は大丈夫と言って早56回。もう大丈夫という言葉は信用を失ったな」
「えーそんなこと言わないでよ。次こそはうまくいくと思ったのよ……」
背に庇ったがその甲斐なく、同じく黒焦げになった騎士服を着たレイモンドは、あきれつつもルーナことルーナリアの顔をハンカチでふいていた。
「これで成功していたら、誰も苦労していない。今日はもう終わりにして着替えに行こう。まだ昼食も食べてないじゃないか……」
「えっもうそんな時間!?戻りましょう!ごめんなさいね、つき合わせちゃって。レイ、お腹すいたわよね……」
「いや、俺は構わないのだが……」
その言葉に急いで片づけをしているルーナをレイモンドは手伝い、荷物を持った。
「それに今夜は王太子殿下の誕生日パーティーだから、もう支度をしないと。女性は時間がかかるだろう」
「あ!!そうだったわ!急がなきゃ……!」
その言葉に顔を青ざめさせたルーナリアは急いだ。しかし実験室を出てからは、あくまで優雅に見えるように速足で廊下を進んでいった。
そうして急ぎ自室にもどると、案の定、顔を真っ赤にして専属侍女のナタリーが怒っている。
「姫様!!何回言ったら真っ黒焦げになるのをやめてくれるんですか!!特に今日はパーティーがありますと!あれほど……あれほど言いましたのに!!」
「えーん!ごめんなさい!うまくいくはずだったのよー!」
「そのいいわけは聞き飽きました!!姫様はいつもいつも…...」
くどくどと長いお説教が始まる。レイモンドはいつも通りこれは長くなると悟り、自身も支度のため部屋を出ることにした。
ルーナリアはそんなレイモンドに助けを求める視線を送るも黙殺される。見捨てられたルーナリアは、お説教が続いてる中お風呂に連行された。
初めてこの光景を見る人は不敬だと驚くかもしれないが、ナタリーには許されているいつもの日常である。
それはルーナリアがここへ来たときから、ずっとお世話をしているナタリーだから許されていること。
「大魔法使いへの道は遠いわ……」
「まだ姫様は16歳なのですから、そこまで焦る必要はございませんでしょう」
「うーん、そうかも知れないのだけど……テオ兄との約束があるから……」
「それは、まぁそうなのでしょうけど……」
もう何度目かもわからないやりとりをしている間にも入浴は終わり、マッサージが始まった。
そしてそれは時間がないため急ピッチで行われていく。
はっとここで気づいたルーナリアはナタリーに確認する。
「そ、そういえば……あの、ナタリー。私のお昼ご飯……」
「時間が押しているのでございません」
きっぱり冷たくそう言い放ったナタリーにショックを受けるルーナリア。
「そ、そんなぁ……」
絶望し涙目でナタリーに訴えるルーナリア。
そしてナタリーはその顔に弱かった。
「……マッサージが終わったらつまめる軽食を用意してます。それまで我慢してください」
「本当!?ありがとうナタリー!!大好きよ!」
「今はマッサージ中なのでじっとしてください!!」
「あたたたっ!」
動き出そうとするルーナリアを察知し、あえて痛いツボを押すナタリーである。
「今日は私が成人して初めて最後まで参加できるお兄様の誕生日パーティだもの!しっかり準備しなきゃよね!」
「そうですよ。だからあれほど……」
「も、もうお説教は大丈夫!そっちはお腹いっぱいよー!!」
またお小言が始まりそうだったので遮った。
「それに、今日はレイモンド様が贈ってくださったドレスなのですから、レイモンド様のためにもしっかり着飾りませんと」
「そうよね!せっかく贈ってくれたんだもの!ね………」
「え?姫様、何かいいました?」
「いえ!何でもないわ!私も頑張るわ!」
「その調子です、姫様。あとはくれぐれも公の場で素は出さないようにだけ気をつけてくだされば大丈夫です」
「それはいつものことだから多分大丈夫よ!」
「その多分が心配なのですが……」
そんな話をしながらもナタリーの手は止まらず、どんどんと支度が進められていく。
一方。そのころのレイモンドは、本日の業務報告をルーナリアの兄で王太子であるセオドアにしてから、準備のため下がろうとするところだった。
「レイモンド、また黒焦げだね。いつも大変なことに付き合わせてすまないね、ご苦労様。君も準備があるだろうからもう行っていいよ」
「いいえ、お気になさらず。それでは、失礼いたします」
「うん……うまくいくことを祈っているよ」
「……ありがとう、ございます」
無表情ながらも歯切れ悪く返したレイモンドの頬は少し色づいている。彼は今日、覚悟を決めていた。
それは王太子も知っていることだが、果たしてどうなるか。
「こんなに楽しみな誕生日パーティーは久しぶりだな……」
自分でも溺愛している自覚がある妹のルーナリア。ルーナが初めて最後まで参加できるととても楽しみにしてる。そしてその妹の専属護衛騎士で唯一の婚約者候補のレイモンドが、今夜しようとしていること。
「さて、どうなるか……」
そう呟きながらセオドアは執務室の窓からみえる花々が綺麗に咲き誇っている庭園を見おろした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
華やかなシャンデリアが光を反射してキラキラと輝き、色鮮やかな華やかなドレスを見に纏った貴族で広間は溢れてかえっている。
「──テオ兄……?」
「は……?」
漏れ出た声はとても小さく、しかしすぐ隣にいたレイモンドにはぎりぎり聞こえる範囲の声でつぶやかれた。
それはレイモンドにとっては恋敵の名前である。
思わず声が漏れてしまったレイモンドは咄嗟にルーナリアの視線を追う。
人が多い中でも人目を引いていたその人は遠目でもわかった。
ルーナリアの口からは無意識に声が漏れてしまう。
動揺で、息をすることもままならない。
ここにいるはずがない人物が視線の先にいる。
白に近い銀色の髪に、肌は透き通りそうなくらいに真っ白で。一番目を引くのが長いまつ毛に縁取られた赤色の瞳。それらが整いすぎた顔を、さらに引きたてており、今日の夜会の会場でも注目を集めている。
「でも……そんな……なんで…?」
ルーナリアの動揺は治らず。
レイモンドは自身の腕に添えてある震えている手を握りしめ、テオ兄と呼ばれた男を見据える。
そのタイミングでその青年と目があった。あちらもにこやかに談笑していた表情から一変し、目を見開いた。
その青年は隣にいる中年くらいの付き人らしき人物に、何か言ってからこちらに向かってくる。
やがて目の前に来ると、嬉しそうな顔で話しかけてきた。
「初めてお目にかかります。隣国のネージュラパン王国の王太子、テオバルト・ネージュラパンと申します」
そう言って頭を軽く下げて挨拶してきたのは、今は休戦中の隣国の王太子であった。
「あ、わ、私は、シュルーク王国の第一王女、ルーナリア・シュルーク、と申します」
しどろもどろになりつつもやっとのことで挨拶を返すと、テオバルトはそっと声量をさげて小声で問いかけてきた。
おそらく、すぐ隣にいて耳がいいレイモンドには聞こえているだろう。
「あの……違ったら申し訳ないのだが……もしかして君は、リア?」
その一言で再び驚愕に目を見開き、固まることになるのだった。
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