エピローグ
赤坂の夜景を独り占め、してるわけじゃないけど、冷たい空気は視界をクリアにさせるのか、かなり遠くの方まで見渡せる。
大きなライトや小さなライトが点滅したり繋がったり、一言で言えば美しい。
「なんか飲むか?」
「僕はいいよ。先生はワイン飲むんでしょ?」
「ああ。じゃあ、勝手にやらせてもらう」
ワイングラスに紅い液体を並々と注ぎ、先生は僕の隣に腰を下ろした。いつものパターンなんだけど、こんなにゆっくりした時間は久しぶりな気がする。
あれから三週間。来週はクリスマスですぐに年明けだ。
「そうだ。優実さんからメール来てた」
「あ、なんだって?」
亮市叔父のこと、僕らが『急がなければ』ならなかった理由は彼女だ。
優実さんが叔父のやってきたことを知っていたとは思えない。盗撮のことだって隠してた。入籍より前に、事実を露わにしなくてはと急いでたんだ。
「彼女、叔父とは遠距離だったから、デートも実際会ったのは数回だったみたいだね。プラトニックだったのも、自分を大切にしてくれてると思ってたって」
「まあ、そういうこともあるかとは思ったけど、それで結婚を決めたとはね」
「叔父はイケメンで公務員。人当たりのいい、好印象の人物だった。優実さんが騙されるのも無理はないよ」
メールでは、ようやく前を向けるようになったとあった。僕は心底安堵した。
「来週のクリスマス、どうする?」
「あ、本当だ。色々忙しすぎて、あっと言う間だったね」
僕は先生との距離をあからさまに詰める。先生は待ってましたとばかりに空いている左手を僕の肩に回した。
「初めてのクリスマスだもんね。外食? それともここでパーティする?」
「どっちがいい? 私の手料理も飽きたんじゃないか?」
「まさかっ。それはない」
先生の料理はレパートリーが広いのもあるけど、新しい試みとかもするから、飽きようがないんだ。
それにこのところお互い忙しかったから、しっかり堪能することがなかった気がする。
「先生が嫌じゃなければ、おうちマスがいいな。僕も、手伝うし」
上目遣いで先生におねだり。こういうの自分でもずるいと思うけど、これも末っ子の技の一つだ。
「こらあ……最近、可愛いが過ぎるな」
「かわ……」
「可愛いって言われるのは嫌か?」
僕は口角を上げ、ふるふると頭を振る。
「先生に言われるなら、何万回でも全然気にならない」
好きな人が可愛いと言ってくれる。それを何故嫌がらなきゃいけないのか。
「ふふん、それは良かった……」
先生の視線が僕をロックオンする。いつもの危険な視線。いや、今となっては僕を甘やかす甘々な視線だな。
「キスし……」
言い終わる前に唇が塞がれた。ワインの甘酸っぱい味がする。先生がワイングラスをテーブルに置く音がした。両腕が僕の背中を這うようにして包み込んでいく。
――――好きが溢れてくる。
夜はまだ暮れたばかり、僕らの恋もようやくなだらかな道に入ったのかな。
後は安全運転で、でもたまに暴走して……いつか目的地にたどり着くまで、ずっと一緒にいたい……。
柔らかいソファーにうずもれるように、僕らは倒れ込んでいく。終わりよければとは言えないけど、あの日、僕がクリニックペガサスを訪ねたあの瞬間だけには感謝したい。
先生と出会えて良かった。ただ、それだけが今の僕に言える正義だから……。
完
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