サム:理想と現実
■Side-サム
「うおりゃああぁぁああああ!!」
丘の上からダグラスが飛び降りてハルバートを振るう。
彼の向かう先には、重厚な甲殻に身を包んだワイバーン……”空龍”レイオスが滑空している。
長時間の戦闘で身体中は酷く傷つき、今から軌道を修正する余力はないだろう。
「ギィィイイアアァァアア!!」
狙い違わず、彼のハルバートはワイバーンの頭部を正確に捉え、巨体を地面へと突き落とす。
「ペンギー!」
彼の声に答えて、ペンギーが空を飛ぶ。
信仰系魔法の”ゲイルレーザー”。
本来は相手を吹き飛ばす用途で使う魔法だけど、彼女は空中での移動手段として多様している。
「リピート!」
二人が降りてくる前に、地面へ落ちてきたワイバーンに止めを刺す。
「これで、三匹目だね」
草原で待機していたサムが、落下してきたワイバーン……”空龍”レイオスに止めを刺す。
「さあ……帰るか」
三龍の素材を載せて、サアドの町へ帰る。
この素材を全て売るだけで、一生遊んで暮らせるだろうね。
「おかえりなのだ」
ジャイアント・ハルキゲニアを返すと、ノダが待ち構えていた。
「おう」
ダグラスは彼女の頭を軽く撫でて答える。
「進化の準備、できてるよなのだ」
「急だな……」
「明日からじゅぎょー始まっちゃうでしょ? なのだ」
「それも、そうか」
ダグラスが僕たちの方に振り向く。
「私は、いつでも良いよ」
ペンギーが真っ先に答える。
その言葉にやや遅れて、僕も答えた。
「ああ、僕もいつだって良いよ」
冒険者の酒場の最深部に、その部屋は用意されていた。
高度である事は分かるけど、具体的に何をやっているかは定かではない魔法陣が部屋中に刻まれている。
「それじゃあ、一人づつ始めるのだ」
「俺たちは、何をすれば良いんだ?」
全員を代表して、ダグラスが質問を投げかける。
「儀式が始まったら奥の部屋に入って、自分で自分を見つめるだけで良いよ、なのだ」
一人、暗い部屋に通される。
部屋中が膨大な魔力に満たされて、自分の外と内側なの境界が曖昧になっていく。
自分で自分を見つめろ、か。
僕にとっては、厳しい試練だな。
「……情けない!」
子供の声が聞こえて、目を開ける。
そこには、猫獣人の少女……かつての僕が立っていた。
その目は真っ直ぐに僕を睨み付けている。
僕は優しく微笑んで、彼女に声をかけた。
「やあ、久しぶりだね」
「何、ヘラヘラしてるのさ! こんな、みっともない、妥協した人生を歩んで……悔しくないの!?」
目の前にいる僕は、挫折も、裏切りも、絶望も知らない。
必ず、ゴブリン病を解決できると信じていたし、悪い事に手を染める前の僕だ。
「しょうがないじゃないか、これが……君がたどり着いた結末だよ」
「認めない! そんな、妥協して、諦めて、歪んで……もう取り返しが付かなくなったこんな人生、認めるない!」
そう言って、彼女が切り掛かってくる。
僕の手には、いつの間にか普段の武器が握られていた。
戦え、という事か。
「このっ」
「ふん!」
「がふっ」
かつての僕と、剣を交える。
彼女の剣はどこまでも真っ直ぐで、希望に満ち溢れていて、人を引きつけ魅了する輝きに満ちていた。
だけど。
「くっそぉおお!」
「……」
打ち合って数回で理解できる。
勝つのは、今の僕だ。
その事実は、彼女も感じているだろう。
動きに徐々に焦りが生まれてくる。
それがまた、僕たちの差を広げていく。
「なんっでっ……」
僕の剣には、希望や、人を引きつける様な輝きはない。
ただただ、深い後悔を携え、対峙した相手に絶望を植え付ける。
「認めっ……ない!」
幼い僕が、傷だらけになりながら立ち上がる。
その瞳はただ真っ直ぐに、僕を見つめていた。
「もう、諦めてくれよ」
僕は剣を下げた。
かつての希望に満ち溢れていた僕を傷つけ、痛めつける。
胸が張り裂けそうだ。
「嫌だ! 絶対に、諦めるもんか! 僕は”希望の剣”サムだ!」
そう言って、彼女は僕に斬りかかる。
僕はもう、それに答える事はできなかった。
無抵抗に体かを切り裂かれる。
「こんな人生、認められるか!」
斬られる。
「理想を貫き通して、何が悪い!」
斬られる。
「きっときっと何か、状況を劇的に変える方法がある!」
斬られる。
体に力が入らなくなって、両膝が地面に着く。
過去の自分に断罪されて死ぬのも悪くない。
”胸が、締め付けられる様だろう? それはな、お前の心が、まだ戦っているからだ。諦めたく無いと、言っているんだ!”
「なんっ」
ああ、もう。
なんでこんな時に、彼の言葉を思い出してしまったんだろう。
僕の胸は、まだ痛みを伴っている。
「君の言う事は、間違いではないよ」
彼女の剣を受け止めて、僕は立ち上がる。
「なら! どうして実行しないんだ!」
「現実は、僕達が思っているほど、僕たちの為にはできてないんだ。だから、躓く事もあるし、間違えたり、諦めてしまう事だってある」
「ダメだ! そんなの、許せない!」
「いいや、良いんだよ。確かに、この世界には一生躓かない人もいる。最後まで諦めずに、目的を達成する人もいる。だけど、全ての人がそうとは限らない」
「僕だって諦めなければいつか、達成できたかもしれないだろ!」
彼女の言葉に、僕は静かに首を振る。
「なりたい自分に成れなくたって、それを悲観する必要はない」
「君が、僕に説教をするなよ!」
「君は、僕に勝てたかい?」
「……」
彼女は、僕の問いに、押し黙る。
戦ってみて、僕の方が強かったのは火を見るよりも明らかだ。
好き嫌いと正しさを混同している彼女には、答えられない。
「人生に貴賎は無いんだ。最後まで諦めずに戦っても、途中で諦めてしまっても、その人生は君だけが歩む、唯一無二の人生だ」
「それでも……それでも僕は諦めたく無い」
彼女の剣から、力が抜ける。
僕も再び、剣を下ろした。
「僕たちはまだ、道半ばだ。これから、どんな道を選んだって良い」
彼女の瞳が、僕を真っ直ぐに見つめる。
僕はそれを、僅かに首を曲げて見つめ返した。
彼女は、ゆっくりと口を開いた
「たとえ……途中で躓いて、諦めても」
言葉の続きを、僕が引き取る。
「また、歩き出せば良い」
「「一緒に行こう」」
僕と僕の境界線が無くなって、融合していく。
体が再構築されていく。
「はぁ……」
気がつけば、元々いた部屋だ。
戦った形跡も、どこにも無い。
さあ、いくか。
ダグラス達が待っている。





