第二十話 喧嘩?
夜があたり一面に立ち込める。ありきたりな言葉ではあるのだが、これをうまく表現する言葉はあいにくとこれしか持ち合わせていない。というかそもそも、ぴったりだからこそ使い古され、ありきたりになるのだ。それにあやかることは恥でもなんでもなければ、むしろ昔を重んじる姿勢につながるのではなかろうか。
りんりんと鳴き始めた虫たちの音色がひどく心地良い。心が洗われ、それらは俺を夜の世界にいざなう。その世界は何も見えず、何をすることもできない。だがそこでは万人が同一で、万人が平等だ。だからこそ今の俺とエリザの間にはなんの柵もない。バルコニーに立つ二人を部屋の明かりがしめやかに照らす以外にそこにはなにもない。
「なにしてんだよ」
「ふふふ、優しいんですね。私にどう声をかけようかあたふたしていたのに……きちんと声をかけてくれるなんて」
バレてた。
「知ってたのかよ……」
「当たり前ですよ。私を誰だと思ってますの?……でもありがとうございます。少し余裕が出ました」
「嘘つけよ。余裕があるやつはそんな顔しねぇ。そんな顔をするやつは限界を迎えてるやつだけだ」
「……」
「怖いか?」
「怖い……」
ちらりと横を見ると、組まれた両手がかすかに震えている。寒さが原因ではないことはすぐに分かった。
「本当に余裕ゼロだな。強がりすらしねぇ」
「ふふ……本当にそうね」
彼女は手のひらで顔を覆う。後ろから照らされる光で彼女の顔に影が落ちる。
「怖くてたまらない。私が死ぬのが怖くてたまらない。でもそれ以上にあなた達が死んでしまうのが怖くてたまらない。私のために集まってくれた人たちが私のために死んでいく。それが怖くてたまらない。私に関わった人間はもれなく死んでいく。いっそ私が死んでしまったらいいんじゃないかって思ったけど、でもそれはこれまでに死んでいった人間たちに対する冒涜なの。私は身動きがとれない。生きるしかない。戦うしかない。でもそれがひどく辛い」
とつとつと語る彼女の顔は伺えないが、声音には憂いが込められていた。彼女が強いがゆえの、彼女が正しいがゆえの問題だった。寄りかかるものがない彼女が漏らした本音だろう。一人で抱え込んだ彼女の思いがすべて今吐き出されたのだ。だが俺の感想はクソッタレだった。
「……俺は優しくねぇから、思ったことをそのまま言う。自分を世界で一番不幸だと思ってんじゃねぇぞ」
「えっ?」
「甘えてんじゃねぇ。俺が生きてきた世界はそんな甘くなかった。ただひたすらに生きようとするものにしか道が開かれていなかった。悩む暇があるなら動けよ。生きるために行動しろよ」
内心、自分でも何を言っているのだろうと思った。たしかに俺は辛い生活を送ってきたけれど、それは他人には関係ない。俺の考えはあの施設で生き残るために取得したものだ。それを他人に押し付けるのは間違っているってわかっていたけど、なぜだろうか。簡単に言ってしまった。
エリザは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。そしてその大きな瞳からポロポロと涙を落とし始めた。彼女はそれを拭うことすらせずに、逃げるようにその場をあとにした。
俺はバルコニーの柵に背中を預けて、ずり落ちる。ストンとお尻を地面につけて、足を抱えて顔を伏せる。
「何、言ってんの?俺」
自分でも自分がよくわからない。俺は彼女を慰めようとしていたのだろうか。俺は彼女を傷つけたかったのだろうか。それともただ自分だけの正論を振りかざして、自分だけ気持ちよくなろうとしていたのだろうか。その考えを否定しようとしても否定できない。自己嫌悪にさいなまれる。
「よし!!」
勢いよく立ち上がる。考えるのはやめだ。自己嫌悪もやめだ。考えるくらいなら体を動かせ、血虚それが一番早い。反省はするけど、後悔はしない。俺は言わなくてもいいことを言った。次は言わないようにすればいい。
「そうと決まれば素振りだ」
バルコニーから飛び降りて、庭に降り立つ。時間がもったいないからすぐに腰の刀に手を伸ばし、素振りを始める。未だにざわつく心を鎮めようとしながら、剣を振る。
その日は久しぶりに素振りをしながら、朝日を見た。
お久しぶりです。ゴタゴタしていて投稿できませんでした。謹んでお詫び申し上げます。リハビリ的に短めですが何卒ご容赦を。




