第9話 嫌いじゃない
「おはよーございまーす」
「おー、シンジ、シンジ。心配したよ。やっと来たよ」
「何言ってんだお前。まだ九時前だぞ」
「だってほら、お前いつも早いじゃん。そんで、昨日のことあるしさ。ほら、カノンだって朝から泣きそうだしさ」
カノンは席から赤い腫れた目でチラチラこっちを見ていた。
「なんだあいつ。なんであんなにブス顔なんだよ」
「バカ、お前、何でそういうこと言うんだよ」
めんどくせーな。
「カノンっ」
カノンが顔を上げる。嬉しいような悲しいような変な顔だ。
「お前、ブスだぞ」
カノンの目から、ぶわっと涙が溢れてきた。ハンカチで口を押さえて何か叫んでる。
「どえずっ」
最後は聞き取れない。もしや、どS?
カノンは席から駆け出して部屋を出て行った。
「なんだあいつ」
突然タケシのげんこつが頭に飛んできた。
「いってーっ。なにすんだよっ」
「お前!バカか!もうちょっとやさしさはねーのか」
「ないわ、そんなもん」
くそ、めんどくせーぞ。俺は介抱もしねーし、なぐさめもしねーんだよ。
「おい、カノン」
俺はカノンを探しに行った。どうせ女子トイレだ。
「おい、カノン、出てこいよ。おーい、カノーン」
後ろから頭を殴られた。
「あんた、バカ?トイレの前で名前叫ばないでよ。恥ずかしいじゃない!」
「おお、お前どこにいたの」
「給湯室よ」
「ああ、びっくりしたー。後ろから殴るなよな」
「あんたが言う?こんなにグサグサいじめといて。よく言うわよ」
「だって、お前ブス顔だからよ」
「あーーーー、また言ったーーーーーー」
カノンは「バカバカ」と言いながら、俺の顔や胸を連打した。
「やめろって。やめろ」
カノンは叩きながら泣いていた。まったく。中学生か。
「嫌いじゃないよ」
「え?」
「嫌いじゃないよ。嫌いにもならない。だからあんまり酔っ払うな。あーいうのダメなんだよ。それだけだ」
「え?え?」
「じゃあな」
「じゃあな、って、どこ行くの?」
「俺、今日、会社休み」
「シンジ!」
俺は後ろ向きで手を振ってエレベーターに乗った。