その6
「ドッペルゲンガー。自分と同じ姿したやつが自分殺しに来る、いうやつやね」
「同じ姿じゃねえだろうがよ」と葉月は言った。
「そりゃ君の出自がイマジナリーフレンドやからやね。もっとも君が姿を現した時点でメガネ君の記憶は消えとるけどな。見た目違うんは…… まあ、つまりメガネ君の好みやね」
葉月は舌打ちした。
「ドッペルゲンガーが主人を殺しにくる理由は色々あんねんけどね、今回は猜疑心やったわけや。自分を殺してまで否定したい、という自己否定心。それがイマジナリーフレンドとして声を作り、メガネ君の思いによって怪異として形を成した、いうわけや」
僕は何度か瞬きした。
「葉月さんがドッペルゲンガーだってのは理解しました。でもそれは、僕が死なない理由にはならないでしょ?」
「まあ、その通りやねぇ」稲荷はケタケタ笑った。
「でも、君の知らん事実がもう一個あんねん」
「卯月さんもドッペルゲンガーだ、って言うんでしょ?」
稲荷の目が開いた。
「なんや知っとったんや」
「……まあ、なんとなく思ってただけですけど」
自分にこんな思いをかけてくれる人はいるはずない、そこから出た答えだった。最初から最後まで、僕の一人遊びだった。
「卯月桃ちゃん、やっけ? かわいい子やったね、それにええ子や。普通に生活しとったよ。当たり前みたいに学校行って、楽しそうにクラスメイトと話して、つまらなそうに授業聞いて。ドッペルゲンガーとしての、本人に成り代わるっちゅうとこだけこなしとったわ。あるいはあれが君の理想の生活なんかも知らんけどな」
僕はホッとして息をついた。
「ただ、それも僕が死なない理由にはなりませんよね」
稲荷は満足そうに笑っていた。
「まあまあ、そう結論を急がんと。僕としても、君が死ぬ分にはどうでもええねんで? そんな学校の先生ちゃうんやし、自殺の道徳観がどうだみたいな話したいわけちゃうねん。ただな? まあ、せっかく最後やし君の望みぐらいは聞いとこうと思ってな」
「今から自殺したい人に望みなんてあると思います?」
「まあ、そやね。これは僕の聞き方が悪かったわ。ほな、葉月ちゃんと卯月ちゃんや。君が死んだあとどないなると思う?」
「……葉月さんには足のつかない方法で僕を殺して欲しいですよね。そして僕を殺したことなんて忘れて普通に生活してほしいです。卯月さんは…… まあ、このまま何も知らずに幸せで過ごせることを願ってますよ」
「そう、そこが君の盲点やったわけやね?」
僕の眉がピクっと動いた。
「君が死んだらドッペルゲンガーも死ぬで?」
僕の身体から力が急に抜けた。ガクンと膝から落ち地面にぺしゃりと座り込んだ。
「……ドッペルゲンガーは主人に成り代わるために殺すこともあるんでしょ?」
「そいつも知らんねん。主人殺したら自分も死んでしまうこと。殺したら成り代われるって思い込んどるだけや」
僕は他人に迷惑をかけるのが嫌いだ。だから死のうと思った。なのに僕が死ねば葉月や卯月も死んでしまう。
「どうやら死ねない理由が見つかったらしいね」
僕はただ無気力に地面を見つめていた。
「お前、私を殺しにきたんじゃなかったのか?」葉月は稲荷に訊ねた。
「怪異の専門家として、ってこと? 嫌やわ、そんな真面目なことすんの」
「……また私が誰かを殺すかもしれないんだぞ? それはこいつじゃないかもしれない」葉月は僕を指さした。
「ええんとちゃう? 人間かて同じやろ、いつかは誰かが誰か殺すやろ」
葉月の表情がほんの少しだけ和らいだ。
「そや、君の名前。そう言えば最後まで聞いとらんかったな」
「……佐藤祥也、です」
これは僕が借り物の生きがいを持ち、いつか本物の生きがいを見つけるまでの物語だ。
後日談。
「いやぁ。まさか君と、祥也くんとこうして一緒に登校できる日が来るとは」卯月は元気に両手を振っていた。
卯月が学校で過ごしている姿が見たかっただけだ。決して自分の未来のことを考えて、生きようと努力しているわけじゃない。
「卯月さんはどこまで知ってたんですか?」
「桃でいいよ。あと敬語もいい加減やめようよ」
僕たちは左右を確認して横断歩道を渡った。
確かに今更かしこまるのが気恥ずかしい。記憶はなくとも、イマジナリーフレンドとして共に過ごした時間がそう思わせる。
「私は全部知ってたよ? 私が人間じゃないことも、君がご主人さまなことも、凜ちゃんのことも、祥也くんが死のうとしてることも」卯月は指折り数えてそう言った。
「止めようと思わなかったの?」
歩道橋を上った。
「思ったよ? 当然。でも説得して止まる人間じゃないでしょ? あなたたちは。だから私は幸せに日常を送ることにしたの。こんなに生きるのは楽しいんだよって君に教えるために。君が学校に来るときに居場所を作るために」
坂道を上った。
卯月桃は今日も生きていた。




