その21
エレベーターで六階まで上がり、自動ドアを抜けると屋外に出た。右手に、屋上へと続く階段があった。
「もうこれが神社ってことでよくねえか?」凛は左手の子供用の自然トンネルを指さした。
「バカ言ってないで上がるよ」桃は階段へと歩を進めた。
「こういうのはブルーカラーの仕事だと思うんだがなぁ」
愚痴を続ける凛をよそに、僕は階段を上がった。
数分上ると、広い踊り場に出た。ゴミが散乱していた。神社へと案内する看板が建っている。神社は更に上らしい。先程よりも強い風が吹いていた。
「……まだ上んの? バカじゃねぇの?」凛は肩で息をした。
「当たり前でしょ。かまいたちどころか、まだ神社にすらついてないじゃん」
「こんなところに神社建てるのがバカだって言ってんだよ。こんなもん有難がるの外国人だけだろ……」
「偏見は良くないよ?」
「偏見じゃねえ。状況が物語ってんだろ」
散乱したゴミのことだろう。ビニール袋、割れた空き瓶、空き缶、お菓子の袋。管理が行き届いてないのか、民度が悪いのか。
「そういえばかまいたちってどうやって捕まえればいいの? 足に粘着剤つけとくとか?」
かまいたちを捕まえた、という例はないらしい。
「そもそもなんで捕まえる必要性があるんだよ」しゃがんで地面に手をついた凛が言った。
「捕まえて解決するんじゃないの?」
「解決策ならもうわかりきってんだろ。だからこれ以上上る必要も……」
世迷い言を無視し、僕たちは更に上を目指した。咲奇は凛を鼻で笑い、ついてきた。
屋上には白いコンクリートの鳥居があった。ゴミは先程よりも散乱していた。
「風強いねぇ。大丈夫? 咲奇ちゃん、飛ばされない?」
咲奇は桃を睨んだ。
「……ほらな、予想通り、だ。ここまで、来る、必要、なかったん、だよ」凛は息を切らしながら言った。
文句を言いながらも、凛はここまで上がってきた。咲奇にバカにされたのが悔しかったらしい。
「どういうこと? 予想通りって」
凛は答えようとして、えずいた。運動不足もここまで来ると滑稽だ。咲奇に看病を任せ、鳥居をくぐった。
神社は簡素だった。カラスの羽が浮いた手洗い場、鳥の糞がついた本殿、カラーボックスほどの賽銭箱。鐘の代わりに、飛ばされた空き缶がカラコロ鳴っていた。
「『交通神社』だってさ」
なんて適当な名前だ。御神木で建てられたのかどうかすら怪しくなってきた。
ふと足に違和感を覚えた。裾をめくると、小さな切り傷ができていた。
「え、傷できてるじゃん。かまいたちが出たってこと?」桃は尋ねた。
辺りを見渡し、僕はため息をついた。何がかまいたちだ。
後日談
「いやぁ、想定しとった中で一番くだらん結果やったな」稲荷が鼻で笑った。
「なんですか? かまいたち退治せずに帰ってきて良かったんですか?」桃は尋ねた。
「ええか、卯月ちゃん」稲荷はため息をついた。「佐藤くんはなんで怪我したと思う?」
「だから、それはかまいたちが……」
「そんな大層なもんちゃうよ。ただ風で飛んできたゴミで切れただけや」
「……い、痛みがないのは?」
「傷が小さすぎて痛まんのやろ」
「……被害者が転ぶってのは?」
「強風に階段、ゴミの散乱。そら転ぶ人も多いやろ」
桃は苦々しい顔で口を開いた。「つまり、かまいたちなんていなかった、と」
「だから最初に言ったろうが、怪異を決めてかかって話すなって」凛は言った。
「いや、今回はホンマに発生してたかもわからんで? あれだけ条件が揃ってたしな」
怪我がかまいたちによるものでなくとも、みんながかまいたちのせいだと信じれば、本当にかまいたちが生まれる。怪異は、人の思いから生まれるから。
「じゃあ、私たちはゴミ拾いにでもいけばいいんですか?」机にうつ伏せて桃は言った。
「それやとすぐにゴミが貯まるだけやろうしね。あの商業ビルの運営に連絡しといたわ。清掃員に屋上もチェックさせろってな」
僕たちはため息をついた。学んだことがあるとすれば、探偵業に鮮烈さを求めてはいけない、ということだった。




