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花嫁という名の生贄

「この村の守り神がお怒りだ。そう、宮司が言っていた」


 村でひときわ目立つ大きな屋敷――村長邸。

 その際奥の座敷間にて、村長が厳しい顔をしながら重々しく言葉を紡いだ。


 座敷間には村の人間が無言で正座し、じっと並んでいる。

 その最前列に花乃と結乃はいた。


 禍は、甚大な被害をもたらした。

 雨が降ってもいないのに川が溢れて家屋がいくつも流された。かと思えば、水が運んできたのか、たちまち全身にアザが広がり命を落とす疫病が蔓延し始め、何人も犠牲になっている。


 それが十日間足らずの出来事なのだから恐ろしい。


 「外は危ないから」と花乃は自宅に閉じ込められていたが、大切な話があるということで現在、余所者である寛を除いた全員が集められていた。


「お言葉ですが」


 スッと結乃が立ち上がった。

 ろくに休めていないのだろうか。数日会えていなかった彼女の顔面はいつにも増して蒼白で、目元にできた隈が痛々しい。


「此度の災禍は、おそらく妖の仕業でございます。禍が起こる直前に妖特有の確かな邪気を感じたのです。しかしあまりに強大でわたしの力では祓いきれず、いつまた妖が襲い来るか知れません。――どうか、お力をお貸しください」


 霊の高いであり村を守り続けてきた巫女の、祈るような懇願だった。

 けれども村長の一声よって簡単に切り捨てられてしまう。


「戯言を言うな」

「村長様、決して戯言などでは……」

「黙れ。神に仕えるべく巫女が、余所者にうつつを抜かしていたそうだな。妖退治をこなしているというから見過ごしてやったのが間違いであった」


 だから守り神の怒りを買ったのだ。そう、村長は主張する。

 その場にいた大勢の敵意が結乃に突き刺さるのを、花乃はどうすることもできない。


「なんと罪深い」

「妖がこれほどまでに大きな厄災を起こすものか」

「偽りを口にして己の咎を隠そうとするとは、なんと愚かな」

「あの余所者もろとも、さっさと処分すべきだった」

「償え」「苦しめ」「地獄へ堕ちろ」


 いやな夢を見ているのだろうかと思った。

 本当に夢であればどれほど良かったか。


 せめて寛がいてくれたら、などと身勝手な考えが浮かんだが、いないものは仕方なかった。


「神を鎮めるには花嫁が必要だ。知っているな?」


 古よりこの村では、守り神が定期的に荒ぶり、村が危機に遇うと言い伝えられている。

 その度、神に花嫁――実質的な贄を捧げてきた。


 この話があるから、村人はすんなり信じてしまったのだろう。

 嫌われ者の巫女の言葉など信じるに値しないと判断したのだろう。


「お願いいたします。妖をどうにかいたしませんと、村が滅びてしまいます」

「黙れと言ったはずだ」


 この時点でもう、先はわかっていた。

 やめて、と叫び出したかったけれど、間に合わなくて。


「結乃、お前を花嫁に任ずる」


 なんという理不尽。なんという無慈悲。

 それを受けた結乃は――。


「なるほど。皆様にとって都合がいい道具でしかなかったわたしは、都合が悪くなってしまったのですね」


 光のない目で、色のない声で、ふわふわと感情のない微笑で応えた。

 祈りも願いも想いも消し去って、人間であることを諦め、人形に戻ったかのように。


「神の意向であるとおっしゃるなら、従いましょう」



 ◆



 もちろん止めようとした。


 村長宅からの帰り道。

 声をかけるならここしかないと思って口を開いた。


「あんな命令に従う必要、どこにもないじゃない」

「あなたには想う相手がいるのでしょう」


 けれど、結乃は「ご心配には及びません」と柔らかく、それでいてはっきりと拒絶を示した。


「仕方のないことですから」


 それきり背を向け、言葉を交わしてはくれなかった。


 ――どうして。


 手を硬く握りしめすぎて掌に指先が深く食い込む。

 花乃は何もかもが許せなかった。


 結乃を貶めた挙句、死ねと告げた村の者たちも。

 抵抗を見せず、心を殺すことを選んでしまう結乃も。

 馬鹿で愚かで救いようのない、自分自身も。


 ――他の誰が良しとしても、『仕方ない』なんて言葉で終わらせてなるものか。


「結乃では、神を満足させられないのでは? だってあんなに薄気味悪いのだもの」


 村長に進言してみた。


「神に巫女を捧げたあとは誰が妖から村を護るのかしら。あの子が視界に映らなくなるのは嬉しいけれど、どうしても不安になってしまって……私、怖いわ」


 宮司の元へ赴き、怯えて見せた。

 庇っていると思われないよう心にもない言葉を吐きながら。


 それでも怪訝な目を向けられた。


「すでに決まったことだ」

「まさか、罪深き巫女を赦そうとでもいうのですか」


 禍にかこつけて、結乃と余所者を厄介払いしたかっただけのくせに。

 当然でしょう、大切な妹なのよ。


 はしたなくも唾を飛ばして言い返してやりたかったが、やめた。

 嘲笑われるか軽蔑されるのが目に見えている。あるいは最悪の場合、気が触れたことにされるかもしれない。


 いくら美しくとも、いくらチヤホヤされても、所詮はただの小娘である花乃の意見など無価値そのもの。

 彼らを言いくるめるのは不可能だった。


 ――ならば、どうすればいい? 私には何ができる?


 寝る間すら惜しんで、頭が擦り切れそうなほどに悩み考えて。

 ある時ふと花乃は思い出した。


 自分の顔と結乃の顔は、顔だけは、同じだということを。

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