幸福の海
木下さんが転校してきて、一か月がたった。木下さんはすでにクラスになじんでいた。たくさんのピアスやスプリットタンなどの怖い見た目とは裏腹に、明るく、元気があったためだろう。話しかけたい、仲良くなりたいとは思っていたが、なかなか声をかけることができなかった。
4時間目が終わった昼下がり。ぼーっとしていた俺に大ちゃんが話しかけてきた。
「なあ、お前いっつも咲ちゃんのこと目で追ってるよな。話しかければいいのに」
大ちゃんにそういわれ、ばれていたのだと恥ずかしくなった。
「別にいいだろ、、」
「おーい!咲ちゃん!優一が話したいって!!」
ああぁぁぁぁ!!あのバカなんでそうなるんだよ!俺は見てるだけで十分だったのに。。。なんて言おう
やっぱり、なんもないって言うか?いやいや、それだと、イメージが悪くなる。どうしようどうしよう。
頭の中が真っ白になって、目の前に本人が来ていることに気が付かなかった。
「あ、あえと、えっとですね」
俺は女の子の友達などできたことがなかったため何を話せばいいかわからなかった。
「あっ、そのキーホルダー、私も同じの持ってる!」
俺はカバンにトムとジェリーのジェリーのぬいぐるみをつけていた。彼女はロッカーに自分のカバンを取りに行き、俺と同じキーホルダーをうれしそうに見せた。笑顔の隙間から見えた、二つに分かれた舌と研ぎたてのナイフのように鋭くとがった歯が、ひどく魅力的に見えた。。女の子と話す機会がなかった俺は、目を見ながら話すことはできなかった。
「俺、トムとジェリー昔から好きなんだよね」
同じネズミということもあり親近感を覚えたのかもしれない。
「そうなんだ!私も好きなんだよね特にジェリーが」
俺のことじゃないのに、なぜか、褒められると口角が上がった。同じネズミだからなのかな?木下さんはトムとジェリーを全部見たらしい。そのため、結構詳しく、いわゆる「ガチ勢」であった。その後も好きな回や好きな登場人物の話になり、気付けば昼休みが終わるころになっていた。
咲「でさ、その時ジェリーが大砲の中に入ってトムから逃げようとして」俺「あった!あったねそういう場面!」「結局、トムも飛んだんだけど飛んで行った先が、、、」
「キーンコーンカーンコーン」
楽しい時間もここで終わりなのかと思った。しかし、彼女は俺にこう言った。
「今度さ、新宿でトムとジェリーの展示会があるらしいんだけど、よかったら一緒に行かない?」
ええrうぇはっはhどどどういうこと。混乱していた。焦っているということを悟られぬよう。
「いいよ行こう」
俺は平然を装いながら二つ返事でそう言った。学校が終わりラインを交換した。何時に見に行くかをライン上で予定を立てた。その日の風呂はいつもより熱く、包み込んでくれるみたいで安心した。女の子に疎い俺は、一度話しただけで遊びに行くという違和感を感じないでいた。
当日
家の方向が違うこともあり、現地集合になった。14時に集合ということになった。
心配性な俺は約束の時間の20分前には新宿に到着していた。彼女の姿はまだ見えない。
この日のために大ちゃんと一緒に服を選びに行った。あいつが買った服はかなりかなりだった。
俺はというと、外に立っているマネキンの服と全く同じものを買った。これなら間違いようがない。
家で着てみたが、スタイルのせいもあり、あまり似合っていなかった。結局、着慣れているパーカーを着て来てしまった。
「ごめん、お待たせ~」
彼女の服は、体のサイズに合っていなかった。明らかに、おなかの部分だけが異様に伸びていた。
「俺も今きたとこ、じゃあ行こっか」
ここから展示場までは、歩いて三分という場所に位置していた。
子連れが多いと思っていたが、そんなことはなく、大人だけで来ている人も大勢いた。
しゃべっている人は少なく、俺たちの会話も必然的に減っていった。それでも俺は楽しかった。
ふと彼女の横顔を見た、涙は出ていないが泣いているように見えた。
「お腹すいた」
無意識にそう言ってしまった。
「コラボカフェがあるらしいからそこいかない?」
彼女の提案に乗ることにした。
コラボメニューは自分が想像してたよりも値段が高く、グッズを買ったせいで財布の中には500円と小銭が少ししかなかった。いつもは頼りになる500円もここでは歯が立たない。メニュー表から、今の所持金で食べれるものを探していた。
「俺は、このトムが飲んだミルク巨大化の薬を添えてにしようかな!!」
これなら、今の所持金で買える。
「ほんとにそれだけでいいの?、オムライスとかハンバーグとかも見てたじゃん」
俺は正直に、所持金が少ないということを伝えた。
「じゃあおごるから好きなの頼んでよ」
「えぇー、いや、それは流石に悪いよ」
その後は、逆おごられ論争になり、彼女の熱量に負け、今回はおごられることになった。
俺は、ミルクとオムライスを頼んだ。彼女はハンバーグと、イチゴミルクを頼んだ。
「お待たせしました~」
全部の品を一気に届けてくれた。
「いただきます」「ごちそうさま」
全部おいしかった。彼女は、ハンバーグを半分残し、付け合わせの野菜には手を付けなかった。残りは俺がもらった。
外は、日が沈み暗くなっていた。
「そろそろ帰ろっか家まで送るよ」
最近、失踪事件もあるし、夜に女の子を一人で返すのは危険だと思った。地下鉄に乗り彼女の家の最寄り駅についた。
「近くに公園があるからそこに行かない?」
俺はうなずいた。公園にはベンチがあり二人で並んで座った。腕と腕が触れ合う距離で座っていたため、俺の心臓はバクバクだった。今日の展示会の感想を言い合った。静かな公園に二人の声が響いた。展示会中は、会話が少なかったが、楽しんでいたとわかり安心した。この時間が永遠に続けばいいと思った。
「じゃあそろそろ帰ろうか」
立ち上がりながらそう言った。
「まだ、、まだ一緒にいたい」
これはだめだ。脳みそが否定できないと言っている。漫画の世界でしか聞いたことがないことを言われ、静かに、元居た場所に座った。しばらく沈黙が続いた。気まずくはなく、体の芯からほぐされるようにリラックスしていた。彼女のほうを見た。彼女と目が合った。目を合わすことに、恥ずかしさは感じなくなっていた。彼女はこちらを向いたまま静かに目を閉じた。
これってもしかしてそういうこと?これってあれだよな、、、キスしていいってことだよな
体が沸騰してんじゃないかと感じるほど熱くなった。キスのやり方なんてドラマでしか見たことねえぞ。
俺は震える体を操って、彼女の唇に近づいた。歯が当たらないようにそっとそーと唇に触れた。直後、すべてを忘れる衝撃が体中を駆け巡った。時間はゆっくりと流れた。
「シュッ」
何かスプレーのような音が聞こえた。
「ごめんなさい、、、ごめんなさい。。。。いた きま」
俺は意識を失った。目を覚ました時には暗く熱い場所にいた。中は液体で満たされており。鼻がつぶれるような、強い酸のにおいがした。助けを呼ぼうにもそんな体力あるはずもない。腕と足はぐちゃぐちゃになり、赤子のような体制になっていた。頬に伝う温かい肉片が自分の顔の肉だということを理解するのにに時間は要しなかった。溶けながら死んでいくってこんな感じか。意識が遠くなっていく。別に後悔はなかった。彼女と一緒に生き続けられるのだから。
「ごちそうさま。。。。。。」
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