固定
カイネ=ルストゥの外。
戦域はすでに“空間”としての体を成していなかった。
光は直進せず、わずかに曲がる。
爆発は膨張せず、途中で“止まる”。
艦の残骸は漂わず、そこに貼り付くように静止する。
物理法則が壊れているわけではない。
適用される順番がズレている
その中心に――守護者端末
球体は、ゆっくりと回転しているようで、
同時に複数の向きを持っていた。
オルト「モル、推進は触るな。今のベクトル維持しろ」
モル「了解っす……でもこれ、直進してるのに横流れてるっすよ!?」
Z「流れてるんじゃない。座標のほうがズレてる」
オルト「気にするな。見たまま操縦するな」
モル「それ一番難しいやつっすよ!?」
Z「慣れろ。死ぬよりマシだ」
警告音が断続的に鳴る。
【重力歪曲警報】【座標同期エラー】【観測補正不能】
モル「うわ、全部赤っす!!」
オルト「無視しろ。全部正しい警告だ」
Z「つまり全部手遅れってことだな」
モル「フォローになってないっす!!」
前方の球体が――揺らぐ。
一つの位置にあったはずのそれが、
わずかにズレた“複数の位置”に同時に現れる。
オルト「……来たな」
Z「分裂じゃない。観測点がズレてる」
モル「どれが本体っすか!?」
Z「全部で、全部じゃない」
モル「もうやめてほしいっすその言い方!」
その瞬間――
サルカ艦隊の一角。
重装巡洋艦が、ぴたりと停止した。
ブラッド「こちら第六戦列……機関正常、推進正常……だが動かん!」
ダーククラーケン「座標が閉じている……!
“移動という選択”そのものが存在しない!」
Z「出たな……」
オルト「何が起きてる」
Z「“選択肢の消去”だ」
モル「はい!?」
Z「右に避ける、左に避ける、止まる――
全部の条件が同時に成立しなくなってる」
オルト「……だから動けねぇのか」
Z「そう。 判断する前に、“選べない”」
サルカ艦が、外装から崩れ始める。
圧壊ではない。分解でもない。
存在の定義が崩れていく。
モル「やばいっすやばいっす!!あれ防げないんすか!?」
オルト「……防ぐとかじゃねぇ」
Z「ルールが違う」
一拍。
オルト「なら――ルールの外に出る」
Z「……は?」
オルト「選択肢がないなら、最初から決める」
モル「え?」
オルト「全部固定する。動きも、順番も、タイミングも」
Z「……それ、“考えてない”のと同じだぞ」
オルト「そうだ」
その瞬間。
カイネ=ルストゥの戦術補助に走っていた
帝国由来の演算――
《アルヴァ=ノイア》プロトコルが、完全に消えた。
モル「え!?ナビ消えた!?」
Z「……切れた」
オルト「……グラムか」
Z「あの人、自分の戦術が読まれた時点で捨てたな」
モル「そんなのアリっすか!?」
Z「アリだから生き残ってんだよ」
オルト「いい判断だ」
Z「他人事みたいに言うな」
オルト「元々、借りもんだ」
戦術画面は、空白になる。
最適解も、予測も、補助もない。
完全な“現場”。
オルト「モル、聞け」
モル「は、はい!」
オルト「今から動き固定する。入力しろ」
モル「固定って……全部っすか?」
オルト「全部だ」
Z「……マジでやるのか」
オルト「やる」
一瞬の静寂。
オルト「0.3秒後、推進20%上昇。
1.1秒後、右舷スラスターのみ点火。
2.4秒後、主砲斉射。狙いは“さっき見えた一番左”」
モル「それもう位置変わってるっすよ!?」
オルト「関係ない。撃て」
Z「予測も補正もなしで撃つのかよ」
オルト「だからいい」
Z「……なるほどな」
モル「え、納得したんすか!?」
Z「“選ばない”ってそういうことだ」
その時――
ブラッド「全サルカ艦、聞け!」
崩壊しかけた艦列の中で、ブラッドの声が響く
ブラッド「個別判断を放棄!全艦、演算同期へ移行!」
ダーククラーケン「重力場モデルを共有する……
単一の方程式で、全艦を縛る!」
モル「え、何してるんすかあれ!?」
Z「個じゃなくて“全体”で一つの動きにしてる」
オルト「……選択を消してるのか」
Z「そう。“個別の選択肢”を持たない状態にする」
サルカ艦隊の動きが変わる。
バラバラだった軌道が、
一つの流れになる。
まるで巨大な生物のように、
重力波を“受けて、流して、逃がす”。
ダーククラーケン「重力反転波、展開」
見えない波が、空間に走る。
それはエネルギーではない。
重力の“向き”そのものを一時的に反転させる理論操作。
アブソルバの干渉が、わずかに“滑る”。
ブラッド「今だ!維持しろ!」
だが――
Z「これは……長くはもたない」
オルト「分かってる」




