アンシュルス
アブソルバが、動いた。
それはこれまでのような、
計算された回転でも、規則的な軌道でもなかった。
“乱れている”。
だがその乱れは、無秩序ではない。
Z「……は?」
モル「え、ちょ、動き……変じゃないっすか?」
オルトは目を細める。
オルト「いや……違う」
Z「何が」
オルト「“変”じゃねぇ。
俺たちが理解できないだけだ」
アブソルバの球体が、突如として分裂したように見えた。
否――分裂していない。
位置が、同時に複数存在している。
Z「重力座標がズレてる……いや違う、
観測点そのものがズラされてる!」
モル「マジで意味わかんないっす!!」
オルト「落ち着け。見えてるもん全部信じるな」
その瞬間。
戦域の一角で、サルカ艦が突然“止まった”。
ブラッド(通信)「――何が起きた!?」
ダーククラーケン「違う……止まっているのではない。 “動く理由を失った”……!」
Z「来たな……」
オルト「説明しろ!」
Z「アブソルバ、 “選択肢”そのもの削ってる!」
モル「は!? どういう意味っすかそれ!」
Z「例えば右に避けるか左に避けるか――
その二択を、“どっちも成立しない状態”にする」
オルト「……だから動けねぇのか」
Z「そう 判断以前の問題にされてる」
サルカ艦の一隻が、
ゆっくりと軋みながら崩壊していく。
回避も、防御も、反撃も――
何も選べないまま。
モル「……こんなの、戦いじゃないっすよ……」
Z「だから言ったろ。“考えたら負け”って」
オルトは、奥歯を噛み締めた。
オルト「……違うな」
Z「何が」
オルト「考えなくても負ける」
一拍。
オルト「――なら」
Z「……あ?」
オルトの視線が、まっすぐ前を貫く。
オルト「“選ばない”」
モル「え?」
オルト「選択肢がないなら、
最初から決めておく」
その時だった。
カイネ=ルストゥの戦術補助に組み込まれていた
《アルヴァ=ノイア》由来のプロトコルが――
一斉に停止した
モル「え……!?」
Z「……は?」
画面から、グラムの戦術パターンが消える
補助線、予測ライン、最適解――すべて
まるで最初から存在しなかったかのように
オルト「……来たか」
Z「これ、アブソルバの仕業じゃない」
モル「じゃあ何なんすか!?」
Zは一瞬だけ沈黙する。
Z「……切ったんだ」
怪訝な顔をしながらZを見る
オルト「誰が」
Z「グラムだ」
空気が凍る
モル「え……でも准将、ここにいないっすよね……?」
Z「関係ない。あの人、“負ける未来”を見たら普通に捨てる」
オルト「自分の戦術ごとか」
Z「むしろ、だから強い」
静寂
そして、完全に“グラムが消えた戦場”が残る。
もう最適解はない。
もう正解もない。
もう導く者もいない。
あるのは――
選べない戦場と、決めるしかない現場。
モル「……どうするんすか、中佐」
Z「ここから先、ガイドなしだぞ」
オルトは、ゆっくりと前に出た。
オルト「……いいや」
Z「ん?」
オルト「最初から、そんなもん無ぇよ」
操舵席へ、指を向ける。
オルト「モル。次の動き、全部固定するぞ」
モル「……マジっすか」
オルト「マジだ」
Z「面白くなってきたな」
オルト「ここからは――」
前方で、アブソルバが再び“揺らぐ”。
オルト「俺たちの戦争だ」
Z「……中佐、それ――」
オルト「全部、先に固定する」




