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ステラ 決着後のこと

 罪を侵したフライア様は兵士達に捕らえられて、王宮の隠し通路の横にある秘密部屋から奥へと連行されていった。

 トニーノ様も、自らその兵士に自首し、兵士とともに部屋を出ていく。


 私達は、その様子を眺めることしか出来なかった。


 悪いことをしたとはいえ、やっぱり人が泣き叫ぶ姿を見るのはとても胸が痛む。


 ふと見ると、私はイデアさんの隣に立つ、黒髪で背の高い、凛々しいお兄様と視線が合った。


「ーーーレイラ」

 言われて、私は笑顔で小さく首を振る。

「いいえ。ステラです。お兄様」

 私が言うと、お兄様は「そうだったな」と言った。


 お兄様は、私のずっと高いところから、私をじっと見下ろす。

「ーーー中身が変わるとこれほどに違うものなんだな。昔の妹にしか見えない。昔のーーーステラそのものだ」

 お兄様に微笑まれて、私も顔が緩んだ。


「お兄様もーーーあの頃と同じ、私の自慢のお兄様です」


 お兄様とは、話したいことが沢山あった。

 お母さんのこととか、今までのこととか。


 ーーーだけど、いざ目の前にしてしまうと、全てが喉の奥に詰まって、言葉がでてこない。


 ただ、お兄様と再会できたことが嬉しくて。


 私が目に涙を滲ませていると、周りの兵士達がザワザワと慌てる様子があった。

 兵士達が急に姿勢を整え、順に屈んで片膝をつき始める。

 

 その奥から、兵士達を割るように、1人の男が私達に近寄ってきた。


 金色の髪と瞳を持つ国王。

 その、堂々たる姿。

 立派な赤いマントを翻し、こちらまで歩いてくると、お兄様とその横に立つイデアさんの前で足を止めた。


 イデアさんは、王様に向かって、優雅なカテーシーを披露する。

「ーーーマクギナスの輝く太陽である国王様にご挨拶いたします」


 イデアさんが頭を低くするのを見て、王様は、優しくイデアさんに微笑んだ。

「良い。そのような堅苦しい挨拶をせずとも、いつものように気負わず楽にしてくれ」

 そう言われて、イデアさんの表情は、ぱっと明るくなる。

「ーーーお久しぶりなので、ちゃんとご挨拶をと思いましたの」

 うんうんと王様は笑顔で頷いた。

「随分と綺麗になったものだ。君の母上を思い出すよ。美しく聡明な方だった」

「ありがとうございます。その言葉は、わたくしにとって、最高の褒め言葉ですわ。王様」


 イデアさんと王様の間に、和やかな雰囲気が流れている。どうやらイデアさんは、王様とも親しいようだ。


 その横にいるお兄様が、ようやく王様に話しかけた。笑顔も何もなく、ただ一言だけで挨拶をする。

「ーーー王様、お久しぶりです」

 

 途端に、さっきまで笑顔だったマクギナス王が口を閉じて、沈黙状態になった。


 王様とお兄様は、伯父と甥の関係のはず。

 なのに、その雰囲気から、あまり良好なようには見えなかった。


「ーーーーー」

 お兄様も、王様が無言になったからといって慌てる様子もない。

 ただ、左手で自分の頭を少し掻いて、わずかに天井を見上げると、そのまま後ろを向いた。


「ーーーじゃあ、帰るか、オムラントに」

 イデアさんに笑みを見せたアレクシス様の肩に、王様の手が伸びる。

「ーーーまさか、そのまま帰るつもりか」


 しらっとして、お兄様は振り返りつつ斜め後ろに王様を見下ろす。

「挨拶は終わりましたので」

 

 王様が、イラッとしたのが見えた。

「お前はそのつもりかもしれんが、わしは終わっとらんわ。ーーー何故、王宮に出入りを禁じたお前がここにおるんだ」

 お兄様は、少し面倒くさそうに眉を寄せて、ちらりと王様を見る。


「ーーー妹の危機に、助けに来たまで。もう用は終わったので、約束通り、王宮を去ろうとしているのですが」

「イデア嬢を連れて、か?」


 言われて、お兄様はイデアさんと目を合わせた。

 イデアさんに、にこりと微笑まれて、お兄様は少しだけ表情を緩める。

「ーーーまぁ、そうですね」


 ブチ、とどこからか音が聞こえた気がした。


「ーーー何が『まぁそうですね』だ!!わしはイデア嬢に指1本触らせんと言ったはずだが!?」


「よく10年も前の言葉を覚えてますね。流石だなぁ」

 棒読みのお兄様。

「貴様ぁーー!!」


 そこにイデアさんが、仲介に入った。

 イデアさんはニコニコと笑顔を見せている。


「まぁまぁ、そんなに怒らないで下さいませ?王様。わたくしがアレクシス様のお側にいさせていただいているだけですもの。全て、アレクシス様のご厚意なんですのよ」

 そう言ったイデアさんに、王様は眉を下げてみせた。

「ーーーイデアちゃん、、、」

 王様はイデアさんの名を呼んだ。


 ()()()()()()


 私は王様を見つめた。

 小さい頃からイデアさんを知っているとはいえ、今や立派な公爵令嬢に『ちゃん付け』とは。


 そんなに王様と仲良しさんだったのね。


 私が微笑ましく思っていると、横からジュリアン王子が私にそっと囁いた。


「ーーー父上は、あれで、ノイグラー公爵と2人で『イデア同好会』ってのを作ってるんだ。会員は2人だけだけどな。ーーーイデアがどんなに王宮を壊そうと、どんなに評判が悪かろうと、俺の婚約者候補から外さなかったのは、ただ単に、イデアを自分の娘にしたかっただけなんだ。むしろ、イデアの活躍を見るのを心待ちにしていてな。イデアの活躍劇を見てはおじさん2人で大興奮。そして母上は大激怒」 


「ーーーまぁ」

 私は口に手を当てる。


「ほら、イデア。俺達と同じ金の髪してるだろ。父上はどうやら娘が欲しかったようでな。でも子供は全員、男だし。着目していたところで、あの魔法能力とあの性格だろ。一気に愛着が湧いてしまったみたいなんだ」


 あぁ、と私は手を合わせた。

「わかります。私も入りたいですもん。『イデア同好会』」

 私が言うと、ジュリアン王子は「勘弁してくれ」と、呆れたように呟かれた。


 あら。おかしいかしら?

 多分、その話をしたら、アスモ様も入会されると思うんだけどな。


 ジュリアン王子と話をしていると、今度はイデアさん達のところにオースティンお父様が近寄ってきた。


「ーーお父様っ!」

 急にイデアさんの表情が固くなる。

 さっき、あれほどオースティンお父様と再会を喜んでいたイデアさんなのに何故、と思ったら、オースティンお父様は、お兄様の方に険しい表情を浮かべていた。


「ーーーノイグラー公爵」

 お兄様は、王様には頭を下げなかったのに、オースティンお父様には丁寧に左手を胸の前に当てて頭を下げた。


 顔を上げて「お久しぶりです」と挨拶をした。


 オースティンお父様は、ふん、と鼻を鳴らす。

「オムラント辺境伯。相変わらず無駄に色男だね」

 

 お兄様はその言葉に、口の端を上げるに留める。


 2人の間で、ピリついた空気が流れた。

 

 先に動いたのはお兄様で、オースティンお父様に、僅かに笑顔を作る。

「今度ーーーそちらにご挨拶に伺うつもりでした。近いうちにまた」

「いや、それは結構」


 オースティンお父様は、イデアさんの腕を掴み、ぐい、と自分の方に引き寄せた。

「イデアちゃん。家に帰るぞ。他国の美味しいものを沢山買ってきている。そんなに痩せてしまって、オムラントでは随分と苦労したんだろう。家では好きなだけ、沢山食べていいんだからね。大好きな果物も沢山ある」


 そう言ったオースティンお父様。

 痩せていたのは、私がイデアさんの身体にいた時からですよね?


 イデアさんは、そんなオースティンお父様に顔を綻ばせる。

「嬉しいですわ、お父様。ーーーでも、それは屋敷でなくても食べられますでしょう?是非、オムラントの皆にも食べて貰いたいですわ。オムラントには、娯楽がとても少ないのですよ」


 イデアさんの言葉に、オースティンお父様は目を見開いた。

「イデアちゃん。家にーーー帰らないつもりか」


 にこ、とイデアさんは笑う。

「いえ、勿論帰りますわ。でもわたくし、今はオムラントの屋敷で『白魔法』の研究員として雇われていますの。労働時間中ですのよ。オムラントに行かなければ、勤務怠慢になりますわ」


「イデアちゃん!」

 イデアさんの腕を掴んだままのオースティンお父様の手を、イデアさんは、笑顔を消して、じっと見つめる。


「ーーーわたくし、ノイグラーの屋敷が好きでしたわ。わたくしが思うように、好きなことをさせて貰って、何の気苦労もなかった。優しく素敵なお父様の愛に包まれて、とても幸せでしたの」


「ーーーでは」


 イデアさんは、パッとその腕をオースティンお父様から引き抜いた。


「でも、もう『かごの中の鳥』にはなりません。わたくしは、大空を飛び立つ自由を味わってしまいましたもの」


 イデアさんは、鮮やかな花のように笑った。

 金色の髪を揺らし、その紫の瞳は宝石のように輝く。


「わたくしは、強く逞しく、どこまでも高く大空を飛び回れる『鷹』になりたいのですわ」


 私は、ちらりと、アレクシスお兄様の大剣についた家紋を見た。

 オムラント辺境伯の家紋は『鷹』をモチーフにしたもの。

 『鷹』になりたいとはーーーつまり。 


 オースティンお父様は慌てている。

「イ、イデアちゃん、君はまだ16歳じゃないか。そんなに焦らなくても」

「もう、16ですのよ」

 イデアさんは、きっぱりと言い切った。

「だけど、わたくしもわかっておりますわ。18の成人するまでは、ちゃんとお父様の元にいます。まぁ、『かご』の中に入るつもりは、毛頭ございませんけどね」


 そう言うと、イデアさんは「チャロ」と呼んだ。「キュウ」と返事が返ってくるのを確認して、イデアさんは、目を細めて頷いた。


「ーーーでは。皆様もご多忙でしょうし。ご挨拶はこの程度にいたしましょうか」


「っイデアちゃん!話はまだ」

 オースティンお父様の声に被せて、イデアさんは、右手を高くあげて、薔薇のように赤い唇の端を上げた。

「ーーーご機嫌よう」


「お前達!イデアを捕らえよ!!」

 オースティンお父様が叫ぶと、近くにいた兵士達が、一斉にイデアさんに向かった。


 だが、もう遅い。

 イデアさんは高く上げた右手を、ギュッと握り締めた。

「『炎陣』」


 瞬間、部屋全体が炎に包まれた。

 足元からも、天井からも炎が踊るように舞い、そこにある武器という武器を燃やした。

「ぎゃぁぁあぁ」

「逃げろ!!」

「王をお助けしろ。早く消火を!!」

と兵士達は、突然現れた炎の海にパニックを起こし始めた。

 熱く燃える武器を捨て、炎から逃げる。


 だが、人間自体は誰も、直接の火では火傷をしていない。

 ーーーそういう『イデアさんだからそこ使える』魔法なのだから。

 

 その混乱の中、イデアさんは、アレクシスお兄様は視線を合わせると、お互いに微笑みあってチャロに乗り込む。

 

 そして、入ってきた大穴から、大きな竜は2人を連れて空へと飛び立っていった。


 まだ燃え盛る炎の中、王宮に置いていかれた人達は、その大きな竜の背中を眺めることしかできずーーー。



 私は、ほぅ、と小さくため息をついた。


 アレクシスお兄様と、あのイデアさんの見つめ合った微笑みがーーーとても幸せそうで。


 今まで読んだどの物語よりも、素敵な2人だと思った。


「ステラ」

 ジュリアン王子が私に声をかける。


 斜め上を見上げると、柔らかい金色の髪の、整った顔がそこにあった。斜め下から見上げても、目が眩むほどに格好いい。


「ーーー俺達は平凡に、慎ましく生きていこうな」

 

 ジュリアン王子は、多少、苦笑しているようにも見えるけれどーー。

 私はジュリアン王子に笑ってしまう。

 絵物語にでてくるような見た目の、一国の王子様がそんなことを言うなんて。



 そういうジュリアン王子だからこそ。

 きっと、私を見つけてくれたんだと思った。




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