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イデア 証拠探し

 ステラから撒き散らされた、キラキラと輝く光の欠片の中を、わたくしは歩いた。

 自分で仕向けたとはいえ、このキラキラした光が多すぎると、視界が霞んで前が見えにくい。


 わたくしはその光を鬱陶しそうにしながら、床にしゃがみこんで腹部から大量の血を流すトニーノに近寄った。


「ーーー『黒魔術』は、ステラの前では無意味ですわよ。トニーノ様」


 トニーノは私の顔を、虚ろな瞳で見上げながら自嘲するように呟く。


「、、、、、、お前らを『即死』させれなかったのが、俺の敗因だな」


 それを聞いて、わたくしは苦笑した。

「アレクシス様に歯向かおうとしたことが、そもそもの間違いなのです」


 わたくしは右手を伸ばして、トニーノの腹部に掌を当てる。

「『ケアフル』」

 その魔法で、トニーノの腹部の傷が回復した。


「ーーーなーーー」

 トニーノは驚いてわたくしを見上げる。


 わたくしは、小さく鼻を鳴らした。

「これはただの中級回復魔法です。わたくし、あまり『白魔法』は得意ではございませんので。損傷した臓器は治っていないのだから、後でアスモ様に最上級の回復魔法でもかけていただくと良いですわ」

 

 わたくしは、トニーノの前にしゃがみこみ、片眉だけ上げてみせる。

「貴方も、ステラの『聖魔法』をこれだけ被ったのですもの。ーーー解けたのでしょう?『黒魔術』の『反動』の苦痛が」


 わたくしの言葉に、トニーノはようやくその事に気付いたようで、自分の身体の変化を確認していた。


「ーーー本当にーーー治るものなのか。あれほどの『黒魔術』が」

 トニーノは驚き、呆然としている。


「『聖魔法』については、症例が少ないのです。何故なのかを、これから解明できることを願いますわ」


「し、しかし、俺はーーーオムラントを。『黒魔術』で多くの人をーーー」

 トニーノがそう言うので、わたくしは肩を竦めた。


「この前の黒い岩では、オムラントの人間は、実は殆ど亡くなってはいません。魔物の侵入を、アレクシス様と騎士達が身を挺して頑張ってくれましたので。ーーーですので、貴方に関しては裁判よりもアレクシス様に委ねる形になるかと思いますわ」


 わたくしは、チラリとアレクシス様に視線を送る。


「ーーーアレクシス様が、貴方への罰として死を望むのであれば、それに従うしかありません。覚悟して、諦めて下さい」

「、、、、、」

 

 ーーーとはいえ、ここに来てからのアレクシス様のトニーノへの態度。その対応。

 トニーノへの怒りは少ないように思える。


 彼の義理の妹の命を彼から奪ってしまったことへの罪滅ぼしとして、アレクシス様なりの恩赦なのかもしれなかった。


 アレクシス様がトニーノを赦すのに、わたくしが赦さないわけにはいかない。

 正直言うと、完膚なきまでにやってしまいたかったですけれどね。

 

「それよりもーーー」

 わたくしはトニーノから目を離して、その先にいるピンク色の髪の女性に焦点を合わせた。


 わたくしと目が合い、フライア様は「ひっ!」と短い悲鳴を上げた。


「ーーーどうやら『黒幕』がいるようですわね。昔から『黒魔術』で、何をなさっていたのかしら。教えていただけますか?フライア様」


 小さい頃から、わたくしはジュリアン王子の母親であるソフィア様とは、あまり関係が良くなかった。


 そもそも、わたくしとジュリアン王子との婚約を快く思っていなかったし、根本的に気が合わないからだとは思っている。


 だけど、わたくしに対して明らかな敵意をぶつけてくるソフィア様と違い、フライア様は、何を考えているのか、よくわからなかった。


 その蔑むような視線から、わたくしを好ましく思っていないことはわかるのに、だからといって直接何かをしてくるわけでもない。


 ただ、由緒ある侯爵の家の出である割に、どこか気品を感じさせない顔の歪みが気にはなっていて。


 『黒魔術』の主犯と聞いて、なるほどと思った。


 ジュリアン王子がわたくしと『婚約者候補』になった理由が、その『病弱』のせいだったことは知っている。

 つまり、その頃にはもう、ジュリアン王子は『黒魔術』によって身体を侵されていたわけだ。


 10年以上も。

 まだ小さな子供を『黒魔術』の脅威に曝すほどのその卑しい心が、顔の歪みとして表れて見えたのだろう。


「ーーー『黒魔術』の『対価』は相当のもの。それを他人にさせるのですもの。余程のお金がかかったのではなくて?ーーーそのお金はどこから?」


 わたくしは気付いた。

 最近、王の評判が悪い。

 何故なら、国を守るための国税を、国が形にして還元できていないから。


「ーーーまさか、最近、王家の評判が悪くなってきている理由は、フライア様の散財によるものではありませんわよね?」


 わたくしがフライア様に近寄ると、近付いた分、フライア様は後ろに下がった。

 真っ青な顔をしている割に、諦めは悪いようで。


「しょ、証拠がないわ!」

とフライア様は声を上げた。


 わたくしは首を傾げる。

 何を言っているのでしょう。頭がお粗末なのかしら。

 わたくしは、フライア様がわかりやすいように、落ち着いて説明した。

「ーーー証拠はありますわ。トニーノ様が証言してくださいます。わたくし達も勿論、証言台に立ちますし、何より、ここにはジュリアン殿下がおりますから」


 フライア様は、声を荒げて怒鳴った。


「っ私は『妃』よ!?ジュリアンよりも格上の!そんな私を陥れようとするのは『不敬罪』になるわ!!」


 普段、華奢で大人しい印象の人なだけに、その急変具合にはわたくしも少し驚く。


 あまりに興奮して怒鳴ると、それは事実を認めているということと等しい。

 そのような短慮を見せるから、同じ格だったソフィア様が『王妃』になったのではないのかと思うのだけど。


 ただ、確かにフライア様は『妃』。わたくしも、ちゃんとフライア様が自分より格上と認めて、できるだけ言葉は控えめにはしている。頭の中に浮かぶ罵詈雑言を抑えるのに苦労するほどに。


 しかし。

 『不敬罪』。

 そう言われてしまうと、どうしようもない。


 確かに、わたくし達が何と言おうと、『黒魔術』を依頼したというフライア様の直筆のサインか、黒魔術の組織の人間にフライア様が依頼する映像での証拠がなく、『不敬罪』という言葉がある限り、フライア様の地位を揺るがすことはできないのかもしれない。


 例え証人が、王子であるジュリアンだとしても。


 ーーー最近『黒魔術』を覚えたトニーノよりも、長年『黒魔術』を使い続けているフライア様の方がたちが悪い。

 もしここで『無罪放免』になったら、今後もフライア様は『黒魔術』を依頼し続けるだろう。


 ーーー実は、わたくしは、別に王家がどうなろうが構わないのだけど、ジュリアン王子に何かあったら、婚約するステラが悲しむ。

 ステラが悲しむと、その兄であるアレクシス様も心を痛めるだろう。


 ーーーそれは阻止しなければならない。

「証拠ーーーですか」


 わたくしは考える。

 フライア様を『不敬罪』と言わせずに認めさせる手が何かないか。

 

 揺るぎない証拠ーーー。

 どうすればいいのかと考えていると、ステラと視線が合った。


 ステラは何かを訴えるような瞳をしてくるので、わたくしは、何か良い案があったのかとステラに声をかけた。


「どうしたら良いか、わかりましたの?」

 わたくしの問いに、こくり、とステラは真剣な顔で頷いた。


「ーーーフライア様が、自分から自首してもらえるように、私、精一杯説得してみます。いつかわかってもらえると思うから」


 そんなキラキラと輝く瞳で言われても。


 わたくしは頭を抱えた。

 ーーー聞いたわたくしが、愚かだったのでしょうね。

 この子、根が『善』過ぎて、世間の悪意というものが理解できていない。

 ここまで心の腐った人間が、説得程度で心を入れ替えるはずがない。それが何故わからないのかーーー。


 ーーーいや、考えるだけ無駄なのでしょう。

 わたくしとステラでは、基本的な頭の構造が違うのだから。


 わたくしが顔を上げると、今度はアレクシス様と視線が合った。

 流石にアレクシス様は、ステラの兄妹とはいえ天然ではない。


 アレクシス様は、フライア様に話しかけた。


「ーーーずっと気になっていることがあるんだが」

 低い声で言われて、フライア様は顔を強張らせた。


「な、何よ」

 アレクシス様は顎に手を当てて、やや下向きに口を開く。

「ーーー何故、ジュリアン殿下の方だったのかと」

「?」

 フライア様は首を傾げた。


「自分の子供を王太子にしたいなら、普通はロイス殿下を『黒魔術』にかけるのが普通だろう。なのに、なぜロイス殿下ではなく、ジュリアン殿下の方だったのか、不思議で仕方ないんだ。ーーー何故なのか、教えてくれないか」


 整いすぎた顔立ちのアレクシス様に、真摯な顔で言われて、ときめかない人がいるはずがない。

 

 フライア様も例に漏れず、少し顔を赤らめながら何かを言いかけてーーー口を歪めた。

「ーーーそんなの、知らないわ。私がしたわけじゃないもの」


 自白しそうだったのに。

 あくまで『知らないふり』を続けるらしい。

 ステラから溢れる光が、またジワジワと減ってきている。もう殆ど出なくなってしまった。


 わたくしはその光の減少を見ながら、ふと思い付いた。トニーノの傍まで歩き、わたくしはトニーノの横にしゃがみこむ。


「トニーノ様。実は、少しお願いがあるのですが」


 毒気を抜かれたような顔をしているトニーノが、私に目を向けた。

「ーーーなんだ?」


 わたくしは、にこ、と微笑んだ。

「必ず貴方の『対価』を失くすと誓います。なので、わたくしに『黒魔術』をかけてくださいませんか?」


「「え?」」

 驚いたのは、トニーノだけでなく、アレクシス様やステラも身を乗り出して仰天してみせた。

 

 ーーーよく似た兄妹ですこと。

 微笑ましいですわね。


「どういうことだ。なぜイデアが」

「そ、そうですよ。いくら『聖魔法』で無効にできるとしても、自ら『黒魔術』にかかるなんてーーー」


 ぐいぐいとわたくしに圧をかけてくる2人に、わたくしは両手を胸の前で広げて、待ったのポーズを取った。

「わたくしに考えがありますの。わたくしを心配してくれるのはありがたいのですが、ここは、わたくしを信じていただけませんか?」


「、、、、」

「、、、、」

 アレクシス様とステラが目を合わせる。

 そして、しばらくして諦めてくれた。

「ーーーわかった」

と言ってくれたのは、アレクシス様だった。

「ありがとうございます」

 わたくしは微笑んで、もう一度、トニーノにお願いした。

「ーーートニーノ様、宜しいでしょうか?」

 

 トニーノは、もうヤケクソな様子で「わかった」と肩を竦めながら呟いた。

「どんな『黒魔術』だ?」

「そうですわね。とても苦しくて、それなのに死にきれないような、そんなものがいいですわね」


「ーーーまさか、マゾなのか?」

 訝しげに尋ねられて、わたくしはトニーノに電流を打ち込んだ。 

 にこ、とわたくしはトニーノに笑う。怒りをそこに織り込んで。

「トニーノ様。ご冗談がお上手ですこと」

「ーーーすまん。口が滑った」

 トニーノは俯いて、わたくしに謝った。

 どうやらトニーノにはもう、わたくしに逆らう気はなくなっているらしい。


 トニーノは、自分の指の先を自分の歯で噛み千切ると、わたくしの手の甲に、判子を押すように押し当てた。

「『eigrinunnoznnsi』」


トニーノがそう言った途端、わたくしの胸が締め付けられてかなり苦しくなる。

 わたくしはその苦しみに、顔を歪めながら笑う。

「ーーーあら、期待通りのものですわね、素晴らしいですわ」

「それは良かった」


 わたくしは立ち上がり、胸の苦しみを堪えてふらつきながら、足を一歩一歩、進ませた。


 こんなに辛い胸の苦しみーーー。

 ジュリアン王子を病弱と罵っていたけれど、こんな苦しさを長年ずっと感じていたのであれば。

 それでも人前では平然としてみせていたジュリアン王子という人の認識を、改めなければならないかもしれない。


 これは、確かに辛いーーー。


 そしてわたくしは、フライア様の前に立った。


「な、何よ」

 フライア様は、華奢なその身体をわたくしから逃げるように斜めに構えた。

 わたくしはそんなフライア様に、丁寧にカテーシーをしてみせる。

 淑女として完璧な、わたくしのカテーシー。


「ーーーフライア様。ちゃんとしたご挨拶が遅れましたわね。わたくし、フライア様とはあまり面識が御座いませんのでーーー。お会いできて嬉しいですわ」

「、、、、」

 フライア様は、かなりわたくしを警戒している。


 くすり、とわたくしは小さく笑った。

 こんな小娘に、これだけ怯える人が、側妃だなんて笑えますわね。

「単刀直入に伺いますわ。フライア様は本当に、『黒魔術』を殿下にかけていないと誓えますか?」


 フライア様は、そのピンクの髪を耳にかけながら、わたくしに視線を落とした。

「私がそう言っているでしょう。証拠なんてものもないのだから、私を訴えることはできないわ」

 

 フライア様の、押せば倒れそうなその身体。

 普段のわたくしなら、直接、この手で押して転がした上で蹴飛ばすのだけど、わたくしより身分の高いフライア様に、それはできない。


「そうですか。ーーーあら、フライア様、左の肩辺りに小さな虫が。少し払っても宜しくて?」

 わたくしが言うと、フライア様は、自分の左の肩を見て「ひ」と声をあげた。虫はお嫌いらしい。


「何を暢気なことを。は、早く取って頂戴」

 必死にわたくしに懇願するフライア様。そう言われて、わたくしは微笑む。フライア様の肩に手を伸ばし、わたくしはその肩に手を置いた。


「では、ちょっと失礼してーーー『入れ替え』」


 言った途端、わたくしの心臓を握り潰そうとしていた『黒魔術』による苦しみは、一気に消失した。


 代わりに、フライア様が前屈みになって、その激しく痛む心臓を手で押さえている。

「ーーー何?何でこんなに、、、痛い、痛い、苦しいっ!ーーー貴女、一体、私に何をしたの!?」


 はぁはぁと息切れを起こしながら、フライア様はわたくしを見上げた。わたくしは、その苦しそうなフライア様の顔を、目を細めて見下ろす。


 ーーーこれは『闇魔法』ですの。 

 『闇魔法』には、身体や身体の一部を、誰かと入れ替えることができる魔法を有している。

 それは、呪いも一緒に。

 ーーー貴女は知らなくても良いことですけどね。


 わたくしは、うすらと笑った。


「ーーーフライア様。まずはアレクシス様が貴女に伺われておりますわ。ーーー何故、ロイス殿下に『黒魔術』をかけなかったのですか?早くお答えされた方が、宜しくてよ?」



 わたくしは、なんとなく自覚していた。

 少しーーー楽しくなってきたことを。




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