ステラ 氷魔法
「ーーー何故、生きている」
トニーノに、そう尋ねられて、私はお母さんのことを思い出しながら答えた。
「ーーー私のお母さんが、命に代えて私を救ってくれたんです」
私のその言葉を聞いて、トニーノは、何故だか、とてもショックを受けたような顔をした。涙のように、つ、と赤い血が、トニーノの目から流れ落ちる。
とても強張った顔。
私は、トニーノの何かを傷つけてしまったのだろうか。
「ーーーわかった」
トニーノは呟いた。
「望み通り、殺してやる」
殺気を含む低い声でそう言われて、伸ばされた手を、私は拒否できなかった。
トニーノが、とても辛そうで。
「っ、ーーーステラっ!!!」
ジュリアン王子に飛びかかられてジュリアン王子にぶつかり、私はジュリアン王子とともに床に倒れた。
それによって、トニーノの手から逃れる。
上体を起こしたジュリアン王子は、私に強い口調で怒った。
「ぼうっとするな。自分のことだろう。もっと自分を大切にしてくれ。ーーー頼むから」
頼むから。
真剣な顔でジュリアン王子にそう言われると、一気に申し訳ない気持ちになった。
トニーノが私のせいで辛い思いをするなら、トニーノが少しでも気が済むように私ができることをしてやりたい、なんて思ってしまった。
それのせいで、ジュリアン王子が悲しむかもしれないということまで考えもせず。
「ご、ごめんなさいっ」
私が頭を下げると、ジュリアン王子は眉を寄せたまま、奥の入り口に視線を向けた。
「謝らなくていい。それより、早くここから逃げるぞ」
ジュリアン王子は、顎で私達が向かう方向を示し、走り出すジュリアン王子の後を私も追う。
だけど、後ろで腕を括られていると、身体のバランスが保てずに走りにくくて。
すぐに私は、背の高いトニーノに追い付かれて、後ろの襟を掴まれた。
「逃げれると思っているのか」
魔法による身体強化。
さっきまで私の方が力が強いくらいだったのに、今のトニーノには全く歯が立たなかった。
足をバタつかせるけれど、トニーノはびくともしない。
ジュリアン王子の声が部屋に響いた。
「アクアブレイドっ!」
ジュリアン王子の声で、激しい勢いの水の刃がトニーノを襲った。
しかし、トニーノが、私を掴む反対の手の手のひらをそれに向けると、細かい氷となって崩れ落ちる。
「ーーー低級魔法しか使えないわけではなかったのか」
トニーノは、うすらと笑った。
ジュリアン王子はトニーノを睨み付ける。
「強い魔法はステラを傷つけるだろう。ちゃんと強さの調整くらいはできる」
そう言いつつも、ジュリアン王子は悔しそうに顔を歪めた。
魔法の実力が違う。
剣で競うならば、騎士に等しいほどの実力といわれるジュリアン王子の方が上かもしれないけれど、ジュリアン王子の剣とトニーノの魔法では、やはりトニーノのの方に軍配があがるだろう。
トニーノは数年前まで、魔法能力が『国内一』であるという魔塔主だったからだ。
「っ殿下!私のことは気にせず逃げて下さい!2人とも捕まるわけには!!」
私は叫ぶ。私は捕まってしまった。でもせめて、ジュリアン王子だけでも逃げてくれれば。
それに返事をしたのは、ジュリアン王子ではなく、トニーノだった。
「無理に決まっているだろう」
私の耳の横でらゾッとするほど低い声を出されて、私は横目にトニーノの顔を見る。
「ジュリアンもお前も、今日、ここで死ぬんだ」
彫りの深い顔。その眼球は、真っ赤に充血していた。そこから血が溢れている。
黒魔術の『対価』。そしてその『反動』。
トニーノの身体の中で、なんらかの異常が起こっているのは明らかだった。
「『アイス・タイ』」
トニーノが呟くと、ジュリアン王子の足から胸の上辺りまで一瞬で凍りついた。
「ーー!!!」
「ジュリアン殿下!!」
私は悲鳴をあげる。
トニーノは、悲鳴をあげた私の口を鬱陶しそうに手で塞いだ。
「頭を残したのは、『黒魔術』に必要だからだ。あんまり五月蝿くすると、口まで塞ぐぞ。脳さえ生きていればそれでいい。『術』を完成させるまでの準備時間は短くなるが、俺はそれでも構わない」
私を掴む手を、私の後ろ襟から首もとに変えて、ぐい、と私の胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「ーーーお前がそれで苦しむならーーーそれでもいいかもしれないな」
にやりと笑うトニーノ。
私は、怒りがおなかの辺りからふつふつと沸き上がってきていた。
トニーノがとても悲しそうな顔をするから、トニーノに申し訳ない気でいたのに、そのトニーノは、全然、甥っ子のジュリアン王子のことを考えてくれない。
ジュリアン王子を苦しめる人はーーー悪い人だ。
「ーーーんんんんっ!!!」
私が両腕に力を思いきりいれると、ブチブチと、私の腕を括っていたロープが切れた。
私の手が解放されて、自由になる。
トニーノは、目を大きく見開いた。
「ーーーそんな馬鹿な。そのロープは鉄並みの強度があるのにーーー」
千切れた理由なんて知らない。
屈強だというオムラントの血が、私にも流れるからかもしれなかった。
そして私は、自分の右の小指から、アスモ様に貰った指輪を抜き取った。
イデアさんが、私の身体で魔法を鍛えてくれていたーーー魔力測定装置の表示を思い出す。
火と雷が、異常に高かった。
ーーー私は火や雷の魔法の詠唱文句を知らないけれど。
『撒き散らし型』。
アスモ様は、私の魔力は『撒き散らし型』だと言った。自分が意図せず、周りにその魔法を使ってしまう、迷惑なタイプだと。
撒き散らし型に、詠唱は必要ない。
ーーー思いが、形になってくれれば。
声は『力』になるのだと、アスモ様は言ったから。
「雷よ。トニーノの手を打て」
瞬間、バリバリ、と私の服を掴むトニーノの手に電流が流れた。思わずトニーノは私の身体から手を離す。
ーーーよし、使えるみたい。
「炎よ。ーーージュリアン殿下の氷を溶かして」
私が声に出すと、ジュリアン王子の身体の周りに、優しい炎が点り始めた。
ジワジワとジュリアン王子の身体を覆う氷を溶かし始める。
トニーノは、少し驚いていた。
「ーーー白魔法使いではなかったのか」
私はトニーノを睨み付ける。
「私は全属性の魔法が使える、と言いました」
そういうと、氷の溶けて自由になったジュリアン王子の手を握った。
「!?」
突然、手を握られてジュリアン王子も戸惑っていたけれど、それによって、私の身体から光が溢れ出した。
この聖魔法は、私の心の問題。
私が少しでも『嬉』の状況にないと出てきてくれない、厄介な魔法。
でも、私はその出し方を、知ってしまった。
「ジュリアン殿下、少しだけ私の手を握っていて下さい」
「ーーあ、あぁ、わかった」
わからないなりに、ジュリアン王子は頷いてくれる。
ジュリアン王子の手の感触が私に伝わる。固くて大きな手。だけどさっきまで氷漬けになっていたから、とても冷たい。
私はフライア様の傍まで歩き、その頭に私の身体から溢れる光を振りかけた。
「ーーーフライア様が元に戻りますように」
私がそういうと、虚ろになっていたフライア様の瞳が、はっとして意識を取り戻した。
「ーーーな、なんですか?これはーーー一体」
突然、意識が戻ったのに、その間の記憶がなくて、フライア様は今の現状についていけず後退りした。
だけど、それ以上にトニーノが驚いて、私を凝視している。
「ーーー何故、『黒魔術』が解けたんだ、、、?」
黒魔術を解いても、トニーノには『反動』はなかったようだ。聖魔法は、そもそもの『黒魔術』の作用を打ち消してくれるものなのかもしれない。
私は少しホッとして、トニーノに身体を向けた。
「これは『聖魔法』。ーーーもう、貴方の『黒魔術』は効かない。だから諦めてください」
「『聖魔法』だと?そんなものがーーー」
そしてトニーノは、口を閉じる。
「ーーーそうか、あのアスモが認めるはずだ。お前は『聖魔法』の使い手なのか」
頷いて、私はトニーノに手を伸ばした。
「諦めてくれたら、私は貴方を身体を蝕むものを『聖魔法』で治せる。ーーー辛いのでしょう?もう、これ以上は罪を重ねないで」
私は、心から訴えた。
トニーノのしていることは、誰も救えない。
トニーノ自身さえも。
これ以上、被害を出すのを諦めてくれれば、まだ救う道はある。
しかし、私が伸ばした手を、トニーノは叩いて弾いた。
「ーーー治してどうする。生き延びて、今度は罪人として捕らえて、王族を殺害しようとした罪で俺を殺すのか。馬鹿馬鹿しい」
吐き捨てるように言ったトニーノを、私は呆然として見上げた。
「もう手遅れだと言ったはずだ。今更、俺が殺した者達は戻らない」
トニーノは口を開いて、何かの呪文を唱えた。
それだけで、辺り一面が、一気に氷漬けになった。
ジュリアン王子も、フライア様も、私の身体も全部。ぶ厚い氷に覆われてしまう。
「ーーーお前にも死んでもらう。死んでしまえば『聖魔法』も使えまい」
頭まで凍らせられて、私は息ができなくなった。
魔法を使いたくても、声が出せない。
ーーー祈っても魔法は発動しなかった。
ジュリアン王子と繋がった手だけに冷たいという以外の感覚があった。
でも、それも周りの氷によってどんどん失われていく。
ジュリアン王子の顔を横目で見た。
ジュリアン王子と視線があった。
ジュリアン王子が何を考えているのかわからない。
ただ、私を見るジュリアン王子の顔は、とても優しかった。
ーーーごめんなさい。
と私は思う。
ーーーごめんなさい。何もできなかった。
ジュリアン王子の手の感覚がどんどんなくなっていく。
ーーーごめんなさい。ジュリアン王子。
私に力がないばかりに。
ジュリアン王子だけでも、逃がすことができれば良かったのに。
泣きたいのに、氷漬けにされて涙も出ない。
ーーーごめんなさい、お母さん。
せっかく命をかけて守ってくれたのに、その命を大切にできなかった。
ーーー息が苦しい。
ごめんなさい。
ーーーもう、謝ることもできないくらいに。
ーー苦しい。
ーーもう、息がーーーー。
その瞬間、爆発音が、遠く聞こえた。
遠く。ーーーいや、氷のために、音が遮断されているだけだ。
ーーー夢ーーーだろうか。
会いたいと思っていた顔が、目の前にあった。
分厚い氷の向こう。
ジュリアン王子とは違う。
ーーー明るい金色の髪が、輝いていた。
「お待たせしましたわね。ステラ」
ーーー声が、聞こえた。




