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トニーノ オムラントの娘

 俺の名は、トニーノ・ギャリソン。


 魔塔、という存在を知ったのは、俺がまだ幼少期の頃だった。


 侯爵という爵位を持つ親から産まれ、生まれた時から強い立場にあった。

 兄がいて、次期侯爵にはなれなくても、間違いなく高位貴族になる道は俺の目の前に延びていたし、魔力が人の何倍もあったから、魔塔主にもなれるよ、と親族から言われて育った。

 魔塔主といえば、侯爵や公爵にも負けない存在。王宮、教会に並ぶ強大な存在で、そのトップなのだから、皆から崇拝される立場になる。


 気づけば、魔塔主になるのが俺の夢になった。


 そして俺には、婚約者がいた。

 オムラント辺境伯の娘、エボニー。

 彼女は、オムラント辺境伯の側室の娘ではあるが、高位貴族の母から生まれ、少しも恥じることのない立場にあった。

 

 オムラント辺境伯の正妻は元王女であったが、夫である辺境伯から虐げられ、側室といえど、実質、エボニーの母が正妻のように振る舞っていた。


 俺も初めてエボニーに会った時、エボニーの母が本物の正妻なのだと勘違いした程だ。だから、エボニーの兄が次期辺境伯になるものと思っていた。


 それに対して、エボニーは笑いながら、その父親によく似た薄茶色の髪を揺らして、首を振った。

 ポニーテールがよく似合う、明るい子だった。


「違うの。アレクシスお義兄様が辺境伯になるのよ」 

 義理とはいえ、エボニーは、アレクシスという男を兄として慕っていたように思う。


 エボニーはオムラントにいて俺とは遠いため、時々しか会うことができなかった。

 でも俺も魔塔主になるために、ひたすら努力しないといけなかったし、たまに会う分、エボニーと会えた時、ものすごく嬉しかった。


「妹がいるの。義理だけど、とても可愛いのよ。私と似た髪の色をしているの。お父様似なのね」

  彼女が、にこ、と笑うと、その両頬にえくぼができる。

  俺はそのえくぼを見るのがとても好きだった。



 俺は15歳で魔塔に入り、20歳で魔塔主になることができた。3歳年下のエボニーとは、18になったら結婚しようと約束していた。


 エボニーはその時、17歳。


 だがその時、王立学園小学部にいる『アスモ』という少年の、その魔力の天才的な高さと、神の生まれ変わりではというほどの画期的な魔道具の発明の数々によって、『次期魔塔主』という噂は王国中に広がっていた。


 いずれ、俺は魔塔主をその少年に譲らなければならない。

 俺が魔塔主としていられるのは、たった10年あるかないか。そういう認識が、魔塔で働く全ての人の頭の中にあったように思う。


 それでも、エボニーは俺に微笑んでくれた。

「時間の長さより、魔塔主になれたことが素晴らしいと思うの。私はそんなトニーノ様を尊敬するわ」


 その言葉で、俺の心がどれだけ救われたか。

 魔塔主の座は、天才少年に奪われる。

 でも、エボニーと共に、その後の人生を穏やかに過ごせれば、それはそれで幸せだろう。

 ーーーそんな新しい夢が、俺の中に生まれていた。


 しばらくして、アレクシスという男が、20歳でオムラント辺境伯を継いだ、という話を、王都で耳にした。


 エボニーからは、2年前ほどに正妻とその娘がオムラントから家出をしたため離縁したという話を聞いていた。だから、やはりオムラント辺境伯はエボニーの兄がなるものと思っていて、アレクシスが辺境伯になったことに、もう一度驚いた記憶がある。


 しかもアレクシスが辺境伯になった経緯は、新しく立った国王の勅命だというから尚更だ。


 エボニーの父は、アレクシスという実の息子に、辺境伯の爵位を奪われた形になる。

 エボニーはどんな心境なのだろう。

 辛い思いをしていないだろうか。

 俺はとても心配して、オムラントに向かった。


 だが、想像に反して、エボニーは笑っていた。


「前から言ってたじゃない。アレクシスお義兄様が辺境伯になるって。わかっていたことだから、私は気にしていないわ」

 そして、相変わらずアレクシスを尊敬する眼差しで、穏やかに微笑んだ。


「お義兄様は、とてもがんばり屋さんなの。お義兄様のお母さんや妹がいなくなって、気の毒なくらい頑張ってるのよ。すでに強くて逞しいのに、毎日、魔物を退治しに行くの。家に殆どいないくらい。私とはあんまり話をしてくれないけど、領民にはとても優しいの。きっと良い領主になるわ」


 そしてエボニーは、うふ、と笑いながら、俺に、オムラントの紋章のついたタイピンを見せてくれた。


「お父様、辺境伯ではなくなるから、お引っ越しするんですって。今まで一緒に暮らしていたから、とても淋しいの。ーーーだからこっそり、これ。お父様のタイピン、貰っちゃった。私の宝物。お父様だと思って、ずっと持っておくの」


 父との別れ。それはとても悲しいだろうに、悲しい顔を見せない強さに、俺はとても心を打たれた。


 俺は、エボニーの柔らかい手を握りしめる。 

「ーーー来月、18になるだろう?そうしたら、俺がエボニーを迎えに行くから、一緒に王都で暮らそう。それならもう淋しくない」

 

 俺がそう言うと、エボニーは、また可愛らしいえくぼを作って、嬉しそうに微笑んでくれた。



 ーーーそれは、アレクシスというオムラント辺境伯から、エボニーの家族もろとも粛清される、1ヶ月前のことだった。


 アレクシスの母親が遺体で見つかり、調べたら、エボニーの母親がその母親を騙して、家から追い出したことがわかったそうだ。


 アレクシスは母親を死へと追いやった継母を恨み、その一族を根絶やしにした。


 ーーー理解はできる。

 誰かを殺せば、その恨みは広がり、新たな憎しみを生み出す。昔から、罪人の一族全てが根絶されるのは、よくあることだ。


 ーーーだが。


 エボニーは何も知らなかった。

 エボニーはアレクシスを慕っていた。

 エボニーはーーー何も悪くなかった。


 母の敵討ちなら、継母だけで良かったはずだ。

 エボニーの命まで奪わなくてもよかったはずだ。


 ーーーそれによって、俺の未来も奪われた。


 恨んだ。

 オムラントという存在を。

 憎くて、アレクシスという男を殺しに行きたいくらいだった。


 だがアレクシスは、国王との約束で、その後、王都に来ることはなかった。

 彼は常に忙しく国内を駆け回り、国とオムラントのために戦い続けている。


 調べたところによると、アレクシスは、エボニーの家族を根絶すること確実にするために『結婚しない』という『誓い』を立てたらしい。


 それはつまり、彼の子孫は残せないということ。

 辺境伯という爵位を持つ身としては、その枷は重すぎる。

 それほどに強い悔やしみを持って継母達一族を粛清したのだと思うと、その心を汲んでどうにか我慢することができた。


 だが、それから10年。

 アレクシスに対する怨みは減るどころか、募る一方だった。


 ーーー傍にエボニーがいない。

 本当だったら、一緒に暮らしているはずのエボニーが、そこにいない。

 10年もあれば子供もできて、子育てに追われていたかもしれない。

 俺やエボニーによく似た子供と、笑いながら食事をして、一緒に遊ぶ。

 そんなささやかな夢は、もう戻らない。


 なぜあの時、もっと早くエボニーを王都に連れていかなかったのか。

 あとたった1ヶ月だったのに。

 何故、エボニーの誕生日を待とうと思ってしまったのだろう。

 あの時、すぐにでも連れて帰ればーーー。

 そう思う度に、アレクシスという男を殺したくなった。


 そんな時だった。


 ジュリアン王子と、その婚約者のイデアという公爵令嬢が、魔塔にやってきたのは。


 噂と違って、とても仲が良さそうにしている2人は、まるで俺とエボニーのようで、微笑ましく、胸が締め付けられた。

 本当だったら、俺達もこうであっただろうに。


 そして公爵令嬢は、顔を隠していたし、とても太っていてエボニーとは似ても似つかぬ姿だったのに、何故かエボニーを凄く思い出させられた。


 その穏やかな口調。

 常に明るく振る舞う様子もーーー。


 エボニー。

 なぜこの世にいてくれないのか。

 とても淋しくて仕方なくて。

 

 ーーーその2人が魔塔に来た理由が、ジュリアン王子を健康にする方法などという話で、暢気なものだと思わされた。


 元々病弱な者が健康になれるというなら、皆、そうしている。それができないから、皆、苦労をしているのだ。

 

 だが、アスモはそれを諦めなかった。不可能なことを不可能だと決めつけない男だ。

 アスモが見つけたのは、『聖魔法』と『闇魔法』という存在。

 そして、ジュリアン王子が病弱なのも、もしかしたら『黒魔術』が関わっているかもしれない、というところまで突き止めた。


 アスモはそれらにとても興味を持っていた。彼の能力の1つは、興味があるものはとことん突き詰めるというところにある。

 あいつは、かなり深いところまで足を踏み入れていた。

 それこそ、命が危うくなるほどに。


 だから俺は、アスモに代わって俺が調べてやる、と言った。このままでは身を滅ぼすぞ、と。


 ーーーそれは俺のことだった。


 アスモが興味を持ちはじめて、俺も『黒魔術』というものに興味が出てきた。調べれば調べるほどに、頭の中にオムラントのアレクシスが浮かんでは消えた。


 まるで恋するかのように、オムラントのことが頭に浮かんでいた頃ーーー側妃であるフライアと出会った。


 『黒魔術』というものを扱う組織の顧客に、フライアがいたからだ。

 

 彼女は、自分の子供が国王になることを望んでいた。

 そのことが、エボニーの母親の姿と重なった。

 

 気付けば、俺はそのフライアと手を組んでいた。


 彼女は『黒魔術』を行うための『生け贄』を連れてきて、俺が『黒魔術』を行う人間を操る。


 もう俺はーーー自分がどこまで足を沼に沈ませているのか、わからなくなっていた。


 手にするは、エボニーの葬儀の時に貰った、オムラント辺境伯のタイピン。

 彼女のために、俺はオムラントを滅ぼす。

 そう心に決めて。


 オムラントに久しぶりに足を運んだのは、数ヶ月前のことだ。

 巨大な黒魔術を使うには魔石が必要で、魔塔としての魔石探しと称して、オムラントに向かった。


 そこで、巨大なクリソベリルの塊を発見した。


 岩ほどに大きく、これなら強大な魔術が使えると、俺はクリソベリルを見上げて思った。


 『黒魔術』の呪文を唱え、これが時間をかけて黄緑色から黒に変わった時に、術が発動するように仕掛けた。


 この術が発動した時が、オムラントが滅びる時だと確信しながら、俺は、火山の中に、エボニーの持っていたタイピンを投げ入れた。


 それがーーー彼女への弔いとして。



 そして、クリソベリルにかけた『黒魔術』は、発動した。そのはずなのに、何故かその術が解けてしまった。


 術が解けて、俺に戻ってきた『黒魔術』は、俺の身体を蝕んだ。

 毎日、夜になると吐き気とともに血を吐くようになった。口から出る血は黒かったり、真っ赤だったりと日々変化する。

 夜も眠れなくなり、身体の節々が痛むようになってきた。


 ーーーもう終わりだ。

 だがーーーこのままでは死ねないと思った。

 オムラントへの怨みが、死の恐怖より勝った。

 

 しかし、もう時間がない。

 いつ死ぬかわからない。


 そんな時、フライアが、ジュリアン王子を病死させる計画を立てた。

 

 最近、健康になったジュリアン王子の評判が爆上がりしていた。その恵まれた容姿に加え、賢く、様々なことに才気溢れているという噂が広がり、しかもあの公爵令嬢と正式に婚約するという。ロイス王子に代わって王太子にと望まれる声も多くなった。


 自分の子供を王太子にしたいフライアは、ジュリアン王子も邪魔になったのだろう。

 

 ロイス王太子の誕生祭。

 各国から王族や要人達が大勢やってくる。


 そこで刺客を放ち、厳重に警備しないといけない夜会に襲われるという状況を作って、ロイスの『次期国王』という立場に傷をつける。


 各国の王族達を危険に曝したのだ。

 ロイスは相当の責任を背負っただろう。

 そして、ジュリアン王子を夜会で『病魔』に襲わせた。

 病弱な王など、不安材料でしかない。

 これでジュリアン王子が王太子になる道は閉ざされた。

 いや、そのままジュリアン王子には、亡き者になってもらうはずだった。


 ーーーなのに、何故かジュリアン王子は生き残った。むしろ完全に健康になったかのような肌艶で。


「何故なの?今があいつを殺すチャンスなのに」

と呟いたフライアに、俺は思いついてしまった。


 ジュリアン王子と、目の前のフライアは高位貴族。

 その内在する魔力は、一般の人間よりもはるかに高い。


 『黒魔術』には『生け贄』と『魔石』が必要になるが、魔力の高い人間は、それだけで『生け贄』兼『魔石』のような存在になる。


 この2人を使えばーーーアレクシスを抹殺できる。


 そして俺は、有名な闇家業の刺客を使ってジュリアン王子を誘拐し、そこにフライアを連れていった。


 目撃されたということで、アスモの派遣という白魔法使いも一緒に連れてこられてしまって、さすがにその子を不憫だとは思った。

 ただジュリアン王子と一緒にいたばかりに。


 その子は、俺が張り倒したジュリアンを庇った。その身を挺して。

 そして、俺に楯突いた。 

 俺を睨み付けるその瞳は、真摯な眼差しのようにも見える。

 覚悟を決めたその表情は、ただジュリアンを守ろうとして必死だった。


 ーーーだが、彼女は自身を名乗った。


「私の名前はステラ。ステラ・オムラント。ーーーオムラント辺境伯の妹です」


 聞き間違いかと思った。

 オムラントーーー。

 アレクシスの妹。


 エボニーの笑顔が脳裏に蘇る。

『妹がいるの。義理だけど、とても可愛いのよ。私と似た髪の色をしているの。お父様似なのね』


 俺は、目の前にいる者の髪を見た。

 薄茶色。

 ーーーエボニーととても似た色だった。


 顔は違えど、どこか似た雰囲気がある。


 手が震えた。

 死んだとされていたアレクシスの妹が生きていた。

 アレクシスが聞いたら、さぞ喜ぶだろう。


 エボニーと半分同じ血が通う少女。

 エボニーは死んだというのに、この少女はーーー何故生きているのか。

 

「ーーー何故、生きている」

 声に出して、聞いてしまった。


 ステラという少女は、俺の問いに答えた。

「ーーー私のお母さんが、命に代えて私を救ってくれたんです」

 

 それを聞いて、俺は心臓が引き裂かれるかと思った。

 ーーー耐えきれないほどに悔しくて。


 エボニーは。

 エボニーの家族は、アレクシスの母親の死によってアレクシスに根絶やしにされた。


 だが、どういうことだ。

 アレクシスの母親は、その妹を守るために死んだと言っている。

 それならーーー。

 それならエボニー達は。

 エボニーは、無駄死になのではないのか?

 

 この少女がいなければ、アレクシスの母親は死なず、それによって、エボニーが殺されることもなかったのではないのか?


 つ、と目から温かいものが流れた。

 悔し涙かと思った。

 こんなに酷いことはない。

 死を前にして、こんなに辛い想いをする時がくるとは、思ってもいなかった。


 俺は目から出たものを手で拭った。

 その拭った手には、血がついていた。


 涙ではない。

 俺は、目から血を流しているのか。


 もうーーー終わりだ、と思った。

 俺はもうすぐ死ぬ。


「わかった」

 俺は呟いた。


 神は、今、俺にその機会をくれたということなのだろう。


 奇しくも、偶然ここに連れてこられた少女が、たまたまアレクシスの妹で。その母親が死んだ理由が、この少女のためのものだった。

 エボニーは、本当は死ななくて良くて。ーーー死ぬべきだった少女が、今、俺の前で息をしている。


 これは、神が俺にくれた、最後の『救い』なのだろう。

 俺がこの少女を『生け贄』にして、アレクシスを殺すことで、その怨みを晴らせと、そう言っているとしか思えなかった。


 そうでなければ、こんな偶然があるはずがない。


「ーーー望み通り、殺してやる」


 俺はそして、その少女に手を伸ばした。



 

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