ステラ 誘拐
ロイス王太子の誕生祭が終わって、数日が経った。
私は、魔塔主であるアスモ様が私の保証人になってくれて、ジュリアン王子の治療をするための白魔法使いとして魔塔から派遣した人間ーーーという形で、ジュリアン王子の傍にいさせて貰えることになった。
聖魔法とはいっても、何がどうジュリアン王子に効果をもたらしたのか、私自身がよくわかっていない。けれどあれほど具合が悪そうだったジュリアン王子が、とても穏やかな顔をしているので、良かったと私は微笑む。
私からでていた聖魔法による光は、あれからなかなか消えてくれなかった。
このままでは騒ぎになると言って、アスモ様は、魔力を体内に制御させる指輪を私にくれた。
「イデア様が強くした魔法が暴走するといけないというのもありますから、この指輪は絶対に外さないようにして下さいね」
そう言われたので、その指輪は、私の右手の小指にしっかりと収まっている。
でも右利きの私にとって、右手に指輪があると、意外と作業がしにくい。
ちょっと左手の小指に変えようかな、と私がその指輪を外して右手に持ち変えると、後ろからジュリアン王子に抱きつかれた。
「ーーー左手はダメだからな」
驚いて、ひゃ、と私は声がでてしまう。
指輪を外したものだから、また光の欠片が私から溢れて出てきた。
ジュリアン王子は私に抱きついたままの姿で、私の持っている指輪を本来あった右手の小指に戻した。
光の放出が止まる。
「左手の薬指に、俺からの指輪をはめるんだ。隣に別の指輪があったら、その指輪の邪魔になるだろ」
「左手のーーー薬指」
呟いて、私はその意味に気付くと、顔が一気に熱が上がった。
「ーーーっそ、それは、、、、」
私が動揺するのを見て、ジュリアン王子は嬉しそうに笑う。
「顔が見れるって、こんなに良いものだったんだな」
「あぁ、、、私がずっと顔を隠していたから」
オースティンお父様に言われて、私はずっとイデアさんの顔を隠してジュリアン王子と会っていた。
だから、ジュリアン王子が言うには、イデアさんと顔が違っても、あまり違和感がないらしい。
「ーーーまさか、オムラント辺境伯の妹だとは、想像もしていなかったけどな」
ジュリアン王子は目が覚めてから、なかなかその状況が掴めずにいた。
だけど、ジュリアン王子よりもパニックになっていた私に代わって、アスモ様がジュリアン王子に詳しく説明をしてくれたのだ。
アスモ様にはお世話になりっぱなしで、もうアスモ様に足を向けて眠れない、と思う。
「私も全然、実感がないんです。身体が入れ替わったことにも驚いたけど、身体が戻っても、驚くことばかりで」
へらり、と私が笑うと、後ろから私に抱きついているジュリアン王子が、私の横顔を見ながら少しその頬をつついた。
「ーーーこっちの顔の方が、しっくりくるな。イデアの顔は美人だが、ちょっときつめだろう?こっちの方がイデアーーーあぁ、『ステラ』だったかーーーによく似合う」
「イデアさん、とても綺麗でしたもんねぇ」
私がイデアさんの凛々しい姿を思い出して、ため息を漏らすと、またジュリアン王子から、強く抱き締められた。
「ーーー俺がこっちの方がいいって言ってるのに」
ジュリアン王子の、柔らかい金色の前髪が私の顔にかかる。それに色気を出されて、そんなことを言われようものなら、もう頭は混乱してしまう。
「っあっ、あのっ!!わ、私っ!!」
目の前がぐるぐるになってしまった。慌ててジュリアン王子から逃げようとしても、強く抱き締められて動けない。
ーーーかと思ったけれど、ぐいとジュリアン王子の腕を引くと、簡単に離れた。
「、、、、」
「、、、なんだ、その力ーーー」
驚いた顔のジュリアン王子。
いや、私も今、驚いているところですけど。
「ーーー私、どうやら力持ち、みたいなんです」
私が苦笑すると、ジュリアン王子は、あははと笑い始めた。
「それはすごいな。俺は病はあっても、力はそこらの騎士にも負けないくらいはあるのにな。男の騎士より強い女性は、なかなかいない」
「ーーー褒められた気がしません」
私が口を尖らすと、ジュリアン王子は優しく微笑む。
「はは。まぁ、それを周りに当たり散らさなければ問題ない。どこかの誰かは、腕力はないのに魔法で暴れまわっていたからな。迷惑以外の何者でもなかった」
どこかの誰か、と聞いて、金色の髪の女性が頭に浮かんだ。
そんなに暴れていたのかしら。
クールで知的なイメージなのに。
「イデアさんーー虫の居所が悪かったのかしら?」
「いや、居所どころか、あれは常に虫が身体中に這い回っていたんだろう。いつもヒステリックでキチガイだった」
イデアさんといい、ジュリアン王子といい、2人ともよっぽどお互いが嫌いなのねと思う。犬猿の仲とは言うけれど。
2人とも、それぞれ良い人達なのに。
でも、イデアさんは、最終的にはアスモ様を残してくれて、ジュリアン王子を助けようとしてくれた。
やっぱりイデアさんは優しい人だ。
私は、椅子に座り直したジュリアン王子に目を向ける。
「ジュリアン殿下。身体はーーー本当に大丈夫なんですか?もう胸は苦しくありませんか?」
「うん?ーーーあぁ。もう大丈夫だ。生まれ変わったように身体が軽い。聖魔法とは言っても、唱える呪文が記録に残っていたわけではないのに、よく使えたものだ」
魔法は呪文があって初めて効果が現れる。
魔法学の権威であるアスモ様も、そのことに驚いていた。よっぽどのことなのだろうとは思う。
「私の魔法は『撒き散らし型』なんですって」
「ーーー?何だ、それは」
「自覚せずに辺りに魔法を撒き散らしているらしいんです。間違ったら迷惑行為になるって、アスモ様に言われました」
「ーーーそれは怖いな」
ジュリアン王子は苦笑する。
私は慌てて、自分の指を見せた。アスモ様から貰った魔法制御の指輪を。
「だからアスモ様が指輪をくれたんです。これがあれば大丈夫」
にこ、と私が笑うと、ジュリアン王子はじわりと眉を寄せた。
「ーーー魔塔主は、人間に興味がなかったはずだ。そもそも、その高度な魔法知識についていけない人とは会話をしないという話だったのに。その魔塔主が保証人になり、更には魔法制御の指輪をタダでくれるとはーーーまさか、、、」
あら、と私は、ジュリアン王子の眉間に指を当てた。
「いけませんよ、殿下。アントニオに対するものと同じ顔になっています。ーーーアントニオも、ただの勘違いだったでしょう。魔塔主様は、イデアさんがお好きなのです。私はその付属のようなものなので」
うそだろ、とジュリアン王子は更に顔をしかめた。
「ーーー魔塔主、趣味が悪すぎるだろう」
「そんなことありませんよ?イデアさんは、とても素晴らしい人でした。もう少ししたら、また帰ってきてくれるみたいなんで、ジュリアン王子も一緒にお茶しましょう。きっと、イデアさんの良さがわかると思いますよ」
「そんなこと、わかりたくもないが」
険しい顔でジュリアン王子が言った時に、コンコン、とジュリアン王子の部屋の扉がノックされた。
「ーーー入れ」
ジュリアン王子が返事をしたが、誰も中に入ってこない。
ジュリアン王子に気を利かせて部屋から出ているマテオだろうか、とジュリアン王子が立ち上がった時。
背後から、ジュリアン王子に大きな袋を被せられたのが見えた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※
「ーーーここはーーー?誰かいるのか?」
ジュリアン王子の声が聞こえて、私はそれに返事をした。
「私はここです。殿下」
「イデアーーーじゃなくて、ステラ。良かった。近くにいるんだな。ーーーここがどこかわかるか?」
「わかりません、、、」
とても暗くて狭い。それ以上に、息苦しさを感じて、私は、自分があのまま、ジュリアン王子と同じように、袋を頭から被せられて捕えられたのだろうと思った。
身体は床に倒れていて、腕を後ろで何かに括られている。
私は、映像の中にいたお母さんの姿を思い出した。
お母さんも、このように腕を括られて、あの遺跡の中に放り投げられていた。
不安で胸が押し潰されそうになる。
お母さんも同じ気持ちだったんだろうか。
私の腕を括った何かはとても固くて、私の力でも千切れそうにない。しかも、魔力制御をしている指輪をはめているので、魔法も使えなかった。
「ジュリアン殿下は、大丈夫ですか?どこか痛みはありませんか?」
「ーーー大丈夫だ。ステラは無事か?」
「私は頑丈ですので」
「そういう問題じゃーーー」
ジュリアン王子はため息を漏らす。そして言葉を止めた。
顔を隠されていては、会話もままならない。
早くこの腕を拘束する何かを解いて、ジュリアン王子とともにここから出ていかなければ。
私が、うーんと唸りながら腕に力をいれるけれど、やはりびくともしそうになかった。
「ーーーステラ。誰かが来る」
そっとジュリアン王子が呟いて、私も口を強く閉じた。
床に横たわったまま、じっとそこに留まる。
ボソボソと話し声が聞こえ始めた。
男と女のようだ。
足音は、ヒールと靴。
2人以上いるのは間違いないけれど、2人なのか、それともそれ以上いるのかは、目が隠されて見えないのでわからない。
ただ、ジュリアン王子とともに、息を殺していた。
「ーーー魔塔主が派遣した白魔法使いも一緒なの?」
女の声だった。少し落ち着いていて、20~30台というところだろうか。
それに、低い男のの声が返事をした。
「目撃されてしまったようです。手練れを派遣したので見られるはずがないのですが、ーーー余程、動体視力が良いか、勘が鋭いのでしょう」
なんだか、どこかで聞いたことがあるような気がする声だった。
ーーーどこだったか、と私は考える。
「ーーーふぅん。まぁ、たかが小娘。もし魔塔主のお気に入りだったとしても、いなくなったところですぐ忘れられるわ。ーーーそうでしょう?」
「ふ。そうですね。そもそも、この私が見たことのない人間です。どこから連れてきたかわかりませんが、たいした人間ではないのは確かです」
「それなら良かったわ。一緒にいたのが、あの公爵令嬢だったら、とても厄介だったでしょうけど。本人もだけど、その父親がーーーね。面倒な男だわ」
話している内容から、どうやら、主犯格の人達のようだった。
オースティンお父様や、魔塔主とも近い関係のように聞こえる。そんな人達が、顔を隠しているとはいえ、私達に堂々と会いに来るなんて。
ーーー嫌な予感しかしなかった。
「でも、ジュリアンにかけたものは、かなり強力な『黒魔法』だったんでしょう?何故生きているのかしら」
「ーーーそれがわからないのです。『黒魔法』が解けるはずがないのに」
悔しそうに話す男の声に、女は男を責める口調になった。
「解けるようなものでは困るのよ。私が貴方に、どれだけの支援をしていると思っているの?」
「、、、、、、申し訳ありません」
素直に謝る男。
立場は男の方が弱いらしい。
男が謝ることによって、女は少しだけ口調を和らげる。
「ーーーまぁ、オムラントの方も失敗したのでしょう?あれだけ大きな『黒魔法』。それを破られた反動は、少なくないはず。ーーー貴方に影響はないの?」
「今はまだ」
短く男は答える。
私はとても不思議に思った。
今、オムラントと言ったこと。
この2人は、ジュリアン王子に『黒魔法』をかけた。ジュリアン王子を殺すことで、何かの利を得る人達のはずだ。
なのに、オムラントにも『黒魔法』をかけている、というのは、どういうことだろう。
イデアさんが言っていた、オムラントの危機。
それのことなのだろうとは思うのだけど。
『黒魔法』は、使う術者に『対価』を求める。
それは『肉体』であり『魂』である、という。
そこまでして、ジュリアン王子やオムラントを狙う必要があるというのだろうか。
「そう。ーーー貴方も、可哀想な男ね。過去に執着して」
「、、、、そろそろ、急ぎませんか。追手が来たら、大変なことになります」
無理やり話を切り替えた男は、私達の方に近付いた。
「折角、みんなの前でわかりやすく『病気』にさせたのだから、死んでもらうには、このタイミングが一番いい。各王族の前で襲撃させるという失態。それに血の繋がった弟の死。それによって、王太子はその立場を危うくするーーーそういうシナリオだったでしょう」
くすり、と女は笑った。
「そうだったわね。でも、ここで貴方がわざわざ直接『殺す』こともないんじゃないの?他の者にやらせればいいのに。わざわざ私をここに呼んでまで」
「いえ。必要になったんです。ーーー貴女にここにきていただく必要が」
「ーーー?どういうこと?」
「それはまたのちほど。それよりもまずはーーーこの病弱な王子を、亡き者にしましょう。その横のーーー白魔法の女も一緒に」
私は目を見開いた。
ジュリアン王子も私も、ここで殺されるの?
私は魔法制御の指輪をつけていて、魔法が使えない。後ろに括られた腕も、力を入れても外すことができない。
ーーーこれは、絶体絶命、というやつではーー?




