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ステラ 『入れ替え』


 カチリ、と機械を止める音が聞こえた。


 長い夢から覚めたような感覚で目を開けると、薄茶色の髪の私の身体にいるイデアさんと、七三分けにしているガリガリに痩せた研究者のようなアスモ様が顔の近くにいて、飛び上がるほど驚いてしまった。


「ーーー大丈夫ーーーですの?」

 イデアさんは心配げに私の顔を覗き込む。


「え?えぇ、身体は全然ーーー」

「身体じゃありませんわよ!貴女の心ですわよ!母親とあんな別れ方をして!!」

 そう言ったイデアさんは、なんとなく気まずそうにしている。もしかして、イデアさんは私に罪悪感を感じているのかしらと思った。


 私はニコリと笑ってみせる。

「大丈夫です。お母さんのことは、ずっと忘れていましたから。今さらーーー」

 ゴチン、とイデアさんから小突かれた。


「バカっ。今さらも何も、思い出したんでしょう。わたくしも思い出しましたわよ!貴女のお母様のこと!何故忘れているのかと不思議だったけれど、まさか貴女を想っての『誓い』だったなんてーーー」


 言って、またイデアさんは辛そうに声を落とした。

「ーーー思いもしないじゃありませんか」

 つん、とその後、私から顔を背ける。

 

 コロコロと表情が変わる人だなぁと、イデアさんを見ながら思った。 

 感情豊かな人。

 今、そばにいてくれたのがこんなに素敵な人だったから、私は映像を見終わっても冷静でいられたのかもしれないと思う。


 考えて、私は目を閉じる。


 忘れていた記憶は、お母さんが私の幸せを願ってしてくれたことだった。


 何故、イデアさんはこんなにも刺客に狙われるんだろうとか。何故、私は本当のお母さんの記憶がないんだろうとか。

 

 前から疑問に思っていたことが解決して、どこかスッキリした気持ちもあった。


 イデアさんは、お母さんの死に罪悪感を感じているようだけど、あの遺物を中途半端に触って起動してしまったのは私自身だし、むしろイデアさんの方が被害者と言っていい。


 あの遺物が起動していなかったら、そもそも誰も苦しむことはなかっただろうから。


 結局、『聖魔法』についての情報は得ることができなかったけれど、大切な色んなことを思い出せたから、私はどこか満足していた。


 ーーーお母さんのことはとても悲しいけれど。


「それで、どうするんですの?」

 イデアさんの声が聞こえる。


「え?」

 私は目を開けて、イデアさんの顔を見上げた。

 イデアさんは、口を歪めてブスリとしてみせる。


「『え?』じゃありませんわよ。これからどうするかと聞いているのです。『聖魔法』の情報はなかったではありませんか。これでは貴女の『大切なジュリアン王子』が救えませんわ」


 言われて、かぁ、と私は顔を赤く染める。

「た、大切って。そんなーーー」


「正直、ちょっとわたくし、貴女には申し訳なさがあるんですの。貴女のお母様を傷つけてしまいましたし、その上、貴女の好きな人を見殺しにしたままアレクシス様のところに向かっては、夢見が悪そうですものね」

「夢見ーーー」

 私は呟く。ジュリアン王子の死が、その程度のことだということだろうか。


「ーーー仕方がないので、やっぱり貴女とジュリアン王子も一緒にオムラントへーーー」


 イデアさんは、またジュリアン王子に手を伸ばそうとするから、私は慌ててその手を止めた。

「ちょ、ちょっと待って下さいっ!本当に死にます。お願いですから、ジュリアン殿下は」


 その瞬間。

 に、とイデアさんの口が横に伸びた。

「ーーー隙あり!ですわ。『入れ替え』!!」


「えーーー?」


 一瞬、眩暈がした気がした。

 すぐに戻ったと思うと、身体の感覚が違っていた。


 イデアさんの身体は、痩せて随分軽くなったと思っていたのに、それとは格段に違って身体が軽い。


 気付けば、身体が元の私の身体に戻っていた。

「きゃっ!?な、何故、元に戻って?」

 

 金色の髪の美人は、私を見下ろして、にやりと笑って見せた。


「言いましたわよね?わたくし、一度見たものは忘れないのです。しかも以前使ったことがある『闇魔法』ですわよ。感覚さえ取り戻せれば、こんなもの、お手のものですわ」


「で、でも、『レベル0』って」

 私が慌てると、イデアさんは、ふん、と鼻を鳴らす。

「そんなの知りませんわ。やってみたらできたんですもの。ーーー考えるに、必要なのは『記憶』と、できるという『意志』なのかと。あんまりこのようなエビデンスもないことを口にはしたくありませんのですけどね」


 そして、イデアさんは、本来の姿で、やってきた窓に身を乗り出す。

 イデアさんが来るのを待っていたチャロが、「キュウ」と嬉しそうに鳴いた。

 姿が変わっても、主人が誰かわかっているようだ。


 身体が入れ替わったことを確認すると、早々にイデアさんは窓枠を掴んで出ていこうとする。


「イ、イデアさん!!」

 私が阻止するために声をあげると、イデアさんは綺麗な仕草で振り返った。

 これが本物の『淑女の所作』。

 窓から吹く風が、金色の髪を流れるように揺らした。


「貴女の過去に免じて、オムラントが助かったら、またここに帰ってきてあげますわ。そうしたら正々堂々、この身体を巡って戦いましょう。ーーー勿論、渡すつもりはありませんけどね」


 そして、イデアさんはアスモ様をちらりと見る。


「アスモ様。オムラントに来ていただきたいのは山々ですが、身体が戻りましたので、ジュリアン殿下の方を優先していただきたいですわ。お願いしても宜しくて?」


 アスモはニコリと微笑む。

「今度、イデア様とともに『闇魔法』について研究させていただけるなら、喜んで」

 イデアさんは笑って、上の窓枠を持ちながら顔を反らす。

「願ったり叶ったりですわ」


 そういうと、イデアさんは窓枠から屋根に飛び下りて、茶緑色の竜の背にしがみついた。

 私達の方を一度だけ振り返り、姿勢を正す。

「お邪魔しましたわ。またーーお会いしましょう。それではごきげんよう」


 そう言って、竜は、その大きな身体の何倍もの翼を広げて、屋根から羽ばたいていった。


 開けられた窓の外は、もう誰もいない。


 夏が終わろうとする生暖かい風が、王宮の一番高い部屋の横を通りすぎてヒュウと音を立てるだけ。


「ーーー嵐のようなお方でしたねーーー」

 私が呆然としながらアスモ様に言うと、そうですね、とアスモ様は自分が褒められたように嬉しそうに微笑んだ。


「そういう方なんですーーーおや?」

 アスモ様は、ふと笑顔を消して、私の方を振り向いた。

 アスモ様が私を不思議そうに見るから、何かと思って自分を見ると、誰かと戦った後のようなボロボロのワンピースになっていた。何をしたらこんなにも破れるのだろう。


 天使様、昔からヤンチャでしたもんね。

 そんなことを考えてしまう。


 さっきまで、ジュリアン王子とお揃いの青と紫のドレスを着ていた自分が、すでに夢のようだ。


「ーーー私、姿が戻ってしまったから、このままでは公爵の家に帰れませんね。どうしましょう。ジュリアン王子との関わりもない姿だから、このまま王宮にいても不審者扱いになってしまうかしら」


 困ったわ、と私が呟くと、アスモ様は、まだ不思議そうな顔で私に顔を近付けてマジマジと観察していた。


「まぁ、その時は私が保証人になりますがーーーいえ、そうではなく、貴女ーーー光っていませんか?」

「え?」


 光る?と私は自分の手を開いて、じっと見る。


 すると、確かにキラキラと光の粒のようなものが、私の身体から霧のように噴き出していた。


「ーーー何かしら、コレ」


 蝶々の鱗粉のようで、全然違う。

 フワフワ舞って、私を中心に辺りを巡回しているようだった。


「そういえば」

とアスモ様は、思い出して言う。

「貴女、確か、魔法は『ばら撒き型』の方でしたよね?」

「『ばら撒き型』?」

 

 そんな型、聞いたことないんですけど。


「自覚せずに魔法を使って、周りに巻き散らかすタイプの人ですよ」

「そ、そんな迷惑なこと、私、してたんですか?」

 私は口に手を当てて慌てる。


「聞いておりましたよ。最近、イデア様の近くにいると体調が良くなるとか、空気が澄んでる、とかそういう類いの噂を」


 聞いて、ホッとする。

 なんだと思った。

「良い方向のものだったんですね。良かった。迷惑になっていないのであれば、それで」


 ヒョヒョ、と笑って、アスモ様は首を振る。


「いやいやそうは言いましてもね。たまたま運が良かっただけで、これが他の魔法だったら、それこそ地獄ですよ?貴女はあまり白魔法以外の魔法を覚えない方がいいかもしれませんね」


「そうなんですか?残念です。天使様のようにバァンって格好いい魔法、使ってみたかったんですけど」


 私が手を組んで祈るように目を輝かせると、アスモ様は私のその手の上に自分の手を乗せて下に降ろし、祈りを解除させた。


「あぁ、貴女は天然そうだから、止めた方がいいですよ。多分、貴女には無理です。天然だから」


 2回言われた。

 そんなに酷いかしら。

 ーーーそもそも、天然って何。


「それより、、、」

 私の手から自分の手を離したアスモ様は、アスモ様の手についた光の欠片を、じいっと眺めた。


「ーーーこれは『白魔法』ではありませんね」


「え?違うんですか?でも私ーーー元々、この元の身体では、魔法は使えなくてーーー」


 キラキラした光は、ずっと身体から溢れだしてくる。それが不思議で、私は首を傾げた。


「ーーーそもそも、なんで私、魔法が使えなかったんでしょうか?」

 魔法の達人であるアスモ様に聞くと、「知りませんよ」と冷たく言い放たれた。


「ーーーまぁ、憶測ですが、その『古代王朝の呪い』の関係でしょうね。多分、貴女が受けた呪いは、『魔力吸収』の呪いだったのではないかと。魔力を吸われて、そのまま魔力が足りなくて、身体のエネルギーを代わりに吸収されていた。そんなところではないですか?そのせいで、常に魔力不足だったんでしょう」


「ではなぜ私の身体でイデアさんは使えたんですか?」


「魔力は魂にも宿りますから。あの方の場合、魂が『魔力吸引型』のタイプですね。どんなに少ない魔力でも、自動で吸い取って効率良く使ってしまうというエコなタイプではとーーー」

「わぁ。凄い。イデアさん、かっこいいですよね」

 私がイデアさんを褒めると、アスモ様は「、、、そういうところですよ」と言った。


 何がそういうところなのだろう。


 ため息を1つついて、アスモ様は、ポケットから魔道具を取り出す。丸いものが手から覗いて見えた。


「ーーーまた、記憶を見るんですか?」

「違いますよ。よく見て下さい」


 その魔道具を渡される。

 良くみたら、記憶を見る機械と少し違って、ただの丸い機械だった。


「『魔力測定機』です。一度、貴女もしましたよね?」

 言われてドキリとする。これは、確かとてもお高いものだったと認識している。


「え、えぇ。でも、これを使うには、確かその地の領主の許可と、ものすごい大金が必要じゃありませんでしたか?」

「いいんですよ。私が作っているんですから」

「まぁ。素晴らしいですね」

 にこり、と私が微笑むと、アスモ様は少し黙った。


 咳払いを1つして、真面目な顔をしてアスモ様は私に向かった。

「ーーー測定、していただけませんか。なんとなく、私は予想していることがあるんですよ」

「予想していること?」

「ええ。それもーーーかなり、確信しています」

「?」


 よくわからない、と思いながら、アスモ様に指示された通りに魔力測定装置を動かす。


 ぱ、と玉から光が出てきて、記憶を見た時のように、壁に映像が表示された。



『     水魔法 レベル 20

     風魔法 レベル 25

     木魔法 レベル 1

     白魔法 レベル 13

     土魔法 レベル 1

     火魔法 レベル 50

      雷魔法 レベル 43

      聖魔法 レベル 3

     闇魔法 レベル 2 』




 その表示を眺めて、アスモ様はヒョヒョ、と楽しそうに笑った。


「イデア様、また随分上げましたね。これはーーーちょっと攻撃魔法を封印しないと、まずいかもしれませんね。貴女は『ばら撒き型』なんで。気付いたら人が死んでいるということがあるかもしれません」


 暢気な口調で恐ろしいことをアスモ様は言う。


 だけど、私はそんなことよりも、表示されている内容に驚き、ポッカリ口を開けて、閉じることができなかった。


「あ、あ、あ、あのーーー」

 驚き過ぎて、アスモ様の肩を叩きたかったのに、その手でアスモ様の顔をサワサワと触ってしまう。


「ちょっと止めてください」


 ーーーキレられた。


 それでも私はめげずに、声を出した。

「せ、聖魔法が、3って表示されてますけど」

「知ってますよ。ちゃんと見てますから」

 平然としたアスモ様の顔を、私は凝視した。


「ーーー驚かない、んですか?」


「言ったでしょう。確信している、と。それしか考えられなかったんです。白魔法に関しては、私は国内有数と自負していますので。なのに私の知らない白魔法を、貴女が使えるはずがない。そしてその輝き方。『聖魔法』と考える方が容易い」


「ーーーでも、私の周りには『聖魔法』を使っていた人が誰もいません」


 あの映像の中、お母さんの『闇魔法』で入れ替えた人は誰も。

 私もお母さんも、イデアさんも。


 ふむ、とアスモ様は自分の顎に手を置いた。 

「ーーー貴女とイデア様は、様々な理由で繋がっています。それによって、お互いに『聖魔法』と『闇魔法』も共通している。『闇』が貴女のお母様でしたが、貴女とイデア様とお母様、それとは別に、もう1つ、貴女達と関わった魂があるでしょう?」

「ーー?」

 

 考えてみるけれど、思い浮かばない。

 誰か、そんな人、いただろうか。


 トントントン、とアスモ様は、人差し指でテーブルを叩いた。

「ーーー『居た』じゃありませんか。貴女とイデア様の遊び仲間の。回復力に優れたーーーあの」


 あぁ、と、アスモ様のヒントで気付いて、私は破顔する。

「『チャリョ』。確かに、何度踏まれてもすぐ回復していましたね。でも『チャリョ』は蜥蜴なのに、、、」


「あれだけの炎を吐く蜥蜴なんていませんよ。あれは小さくとも魔物です。ーーー多分、ですが、古代王朝にいた竜の一種ではないかと。封印されていたのを、貴女かイデア様が解いたのでしょう」


 私はきょとんとしてしまった。

「竜ーーーですか?あの小さな『チャリョ』が?」

「さっき大きくなっていたじゃありませんか。物凄く竜でしたよね?」


 ひゃ、と私は口を押さえる。

「え?あれ、さっきの竜、『チャリョ』ですか?」

「イデア様は、ちゃんと『チャロ』と呼んでおりましたよ。聞いてなかったんですか?」

「、、、、、」


 聞いていたけど、『チャリョ』と繋がらなかっただけです。


「ーーーほんと迂闊ですねぇ。そういうわけで、あの『チャロ』は、古代王朝の特殊な竜『聖竜』ではないかと私は考えています」

「ーーー聖竜ーーー!?」


 その響き、すっごい格好いい。

 そう言いたいけど、また言ったらアスモ様に馬鹿にされそうなので、言葉にはしなかった。


 なのに、アスモ様の瞳が冷たく私を見る。 

「ーーー今、『聖竜って格好いい』ーって思いましたね」

 ドキリとした。

「な、何でわかるんですか?」

「貴女の瞳が五月蝿かったので」

「五月蝿いって、、、」


 私が項垂れると、「まぁ、そういうわけで」とアスモ様は言った。

「それが、貴女達2人に『聖魔法』の表示がされる理由だと思いますよ」


「でも、なんでいきなり私が『聖魔法』を使えるようになったんですか?」

「、、、、、」


 コツン、とアスモ様に、頭を小突かれた。

 イデアさんのように。


「貴女はもう少し、ご自分でお考えなさい。いずれ王子妃になるのでしょう?」

 言われて、私は目を瞬いた。

 王子妃ということは、王子の妻ということ。

 私はジュリアン王子の奥さんになる予定だった。

 ーーーイデアさんの身体のままなら。


 そして少しシュンとする。

 この身体では、私はジュリアン王子の婚約者にはなれない。

 公爵令嬢という地位であるイデアさんの身体でないと。


「ーーーでも、この身体ではーーー」


 私がそういうと、はぁ、と横から盛大なため息が聞こえた。

 そのため息。ちょっと辛すぎますけど?


「もう一度言いますよ。ちゃんとご自分でお考えなさい。ーーー貴女は、どなたの娘でしたか?」

 考えろと言われても。

 私は努力して頑張っているだけで、地頭が良いわけではないのに。

「?」

 首を傾げて、自分で答えを導きだそうとする。


「私はピノット子爵家のーーー」

「不正解!違います!」

「ええっ!?」

 まさかの不正解。


「で、でも私はーーー」

 ふと、イデアさんの金色の顔が頭に浮かんだ。


『貴女はわたくしの愛するアレクシス様の妹なのです』


 そう言ったイデアさん。

 そうだ、お母さんは元辺境伯夫人。

 でも、お母さんは元の辺境伯と離婚して、ただの平民になってしまっているはず。私の今の立ち位置は、やはり子爵令嬢ーーー。


「ーーーちゃんと、現辺境伯の妹、ですよ」


 言われて、私は顔をあげる。

 アスモ様の笑顔がそこにあった。


「ちゃんと前の辺境伯との血の繋がりがあって、現辺境伯に『妹』だと認めてもらえるのなら、貴女の立ち位置は高位貴族の『辺境伯令嬢』です。充分にジュリアン王子の妃になる資格がある」


「っっーーーっ!!」

 私が、ぱあっと顔を輝かせたら、身体から溢れる光が、更に増えて部屋中に広がった。



 それを見上げながら。

 アスモ様は小さく呟く。


「ーーーこの方の場合は、呪文は必要ないかもしれませんね、、、、」


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