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イデア 過去の記憶への回帰 2

 わたくしとステラの身体を『入れ替え』るためのヒントを探しに、魔塔主アスモの作った魔道具で、ステラの記憶の中を見ることになった。


 その中でわたくし達は、本来の紫ではなく、渦巻く黒い瞳になった『小さなわたくし』の様子のあまりの変わり様に、驚きを隠せなかった。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 『古代王朝』の遺跡の中。

 

 どのような罠が仕掛けてあるかわからず、他のどの地域よりも危険だとして、原住民でさえ入らないその遺跡の中に、わたくし達はいた。


 滅多に人が入らないだけに、命知らずの頭の悪い誘拐犯達の巣窟となっていたのであろう。

 その遺跡の中の施設は、とても大きく、高さのある空間だった。


 白い円柱の柱が何本もあり、重そうな天井を支えている。床は一面、色とりどりの幾何学的な模様で埋め尽くされているけれど、あれが何を意味しているのか、当時のわたくし達は気付いていない。


 ーーー気付いていない、のだと思っていた。


 男達の、鋭く突き刺すような絶叫を聞き付けた他の男等が、小さなわたくし達のいる施設の中に入ってきた。


  そして男達が、わたくしの黒い炎で焼かれているのを見て、憤慨する。


【な、何をしてるんだ、このガキ!!】 

 そう言うや否や、男達はわたくしに襲いかかろうとする。

  その黒い炎は明らかに異常であるのに、 それに気付かずに近寄ってくる男達はあまりにも愚かだった。


 男の1人は仲間を呼び、ぞろぞろと屈強そうな輩が施設の中に入ってきた。


  男達の持つ、巨大な魔物用の殺傷力の高そうな武器は、どうみても、ただの小さな公爵令嬢を捕まえるためのものではなかった。

  間違いなく、殺しにきている。

 ステラの母による『闇魔法』のせいなのは明らかだった。

 

 小さなわたくしは、それを見ても全く怯える様子はない。むしろ楽しそうに目を細めて、口の端を高く吊り上げた。


【あらあらまぁまぁ、ネズミ達がぞろぞろとお友達を引き連れて。ーーー困りましたわね】


  全く困っていない顔で小さなわたくしが笑うと、今度は魔法も唱えていないのに、男達が倒れ出した。


 よく見ると、小さなわたくしから漏れ出す黒い靄が男達の足を捉えて、その身体を覆おうとしている。靄を巧みに使役するその技術は、とても小さな子供ができることとは思えなかった。


 ーーーわたくしは全く『闇魔法』を知らない。


 夫人が見せた『入れ替え』の魔法だけは目の前で見たからわたくしは覚えたけれど、実際には見ていない他の闇魔法を、小さなわたくしはどこで覚えたのだろうと不思議に思う。


 何故、わたくしは『闇魔法』を使っているの。

 魔力測定でも、ずっと闇魔法はレベル0だったはずだ。

 小さい頃から、何度も何度もわたくしは魔力測定をしてきた。なのに、1度も『闇魔法』がレベル0から上がることはなかった。

 

 それなのになぜ、この時にわたくしは『闇魔法』を駆使できているのだろう。


 そして、小さなわたくしが、広大な床全体に描かれていた幾何学的な模様に目を向けた。

 一瞬だけ真顔になって、それから妖艶とも言える笑みを浮かべる。


【フフフフ。『面白いもの』がありますわね。ーーー良いですわ。折角なので使ってあげましょう】


 小さなわたくしは、床に向けて両手を伸ばし、ブツブツと何かを唱え出す。


【『keoguyuak』】


 小さなわたくしが何かの呪文を唱えた後、突然、床全体が光り始めた。

 足元を照らすその光は、映像で見ていても鳥肌がたつほどに邪悪な気配がする。 

 このわたくしが、鑑賞のために座っていた椅子から勢いよく立ち上がるほどに。


【な、なんだぁ!?】

 男達も、オムラント親子でさえも、足元の床が光るという突然のことに、目を見開いて辺りを見渡す。


 光はどんどんと強さを増していく。


 ここは誰も近寄らない『古代王朝の遺跡』のど真ん中であることを、誰かが思い出した。


【うわぁ。まずい!!ーーー逃げろ!!】


 慌て出す人達。だがそれらを逃がすまいと、小さなわたくしは扉を黒い靄で先に閉じた。


 ギィーーーバタン、と扉が閉じる音がホールに響いたと同時に、小さなわたくしは、その薔薇のような唇を薄く開けた。


【『roekijah』】


 ーーー閃光。


 それはあまりに眩しい光だった。

 目が真っ白に霞むほどのその光と同時に、床から沸き上がる強風によって、目を閉じて手で防ごうとすることしかできない。


 ーーー多くの男達が、たったその一瞬で細胞まで消滅した。

 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 ーーー次にステラが目を開けた時には、地上の遺跡の殆どがその爆発で崩壊し、全てが終息した後のことだった。


 真夜中なのに、その日は満月で、月明かりによって辺りの様子が見えてしまう。


 それは高く広い空の下だった。

 薄く空の大半を覆う雲はどこまでも続いているのに、そのまん丸な月だけは雲に隠れてもすぐに顔を出して、その無惨にも朽ち果てた景色を照らしていた。


 月の周りに光の輪っかができていた。

 それを包む薄い雲は、まるでさっきの黒い靄のようにも見えた。


 ステラとその母親は、遠くの方の壊れた遺跡の壁の後ろに隠れていて、そこから遺跡のなれの果てをぼんやりと眺めていた。


 月明かりに照らされて輝く金色の髪の少女だけが、その瓦礫の上に、ただ1人で立っていた。 


 魔力か肉体が強かったがために防御できてしまったのだろう数名の男達は、何があったのか、小さな少女の足元で血塗れになって倒れていた。


 ーーー倒れた男達が、誰一人として息をしていないことは明白だった。


 小さな身体で、人の死に慣れているはずもない。

 だがそんなことを気にすることもなく、壊れた遺跡の瓦礫の上で、小さな少女は、たった1人で何かをブツブツと言っている。


 誰かと言い合いをしているように聞こえた。

 周りには誰もいないのに。

 黒い靄を辺りに撒き散らしながら、たった1人で。



 ーーーあぁ、と思った。


 これがダルネルの話していた光景だったのだ。


 とても正気とは思えない。

 とても人間とは思えないーーー禍々しい力。

 近寄ることさえ躊躇われるその映像。


 ーーーよく。

 と、わたくしは唸りそうになった。


 よくこの状態でダルネルは、あの状態のわたくしに話しかけることができたものだと感心する。 


 あれほどに。

 近付くだけで呪われそうな黒い靄の中に入って、明らかに尋常ではないわたくしに声をかけたダルネルのその勇気と胆力に驚嘆する。


 ーーーだけど、それによって助けられた。

 あの時ダルネルが、もしわたくしに話しかけるのを躊躇していたら、わたくしはあの闇に飲まれていたかもしれませんわねーーーと思う。


 遺跡崩壊の噂を聞き付けて、一人の男がやってきた。

 今のモジャモジャ頭のダルネルとは違う、髪をオールバックに整えて、その巨大な肉々しい筋肉を鎧に包み込んだ、王宮騎士団長であるダルネルがわたくしに近寄っていくのを見て、ステラは少しホッと息をついた。


 そしてようやく、ステラが、はっとして母親の身体の異変に気付いた。


 ーーーステラの母親は、血塗れになっていた。


【お母様ーー!!!】


 母親は、あの光と爆風の衝撃からステラを全身で庇ったのだろう。

 ステラの服は、あまり破れていなかった。

 母親は服も身体も、こんなにもボロボロになっているのに。

 血を流しすぎている母親の顔色は青白い。


【ステラーーー気付いたのね。無事で良かった】


 無事ではない。

 さっきの呪いのせいで、ステラと母親はお互い、ガリガリに痩せている。

 それでもステラのことを無事だと思うのは、ーーー母親が、よほど無事ではないからなのだろう。


 アレクシス様は言っていたのを思い出す。

『母は、白魔法使いではなかった』と。

 これほどの怪我。

 ーーーもう、治すことはできない。 


 母親は、そっとステラの頬に手を添えた。


 その優しい瞳は、本来のオムラント夫人であったように思う。

 アレクシス様によく似た、とても綺麗な瞳だった。


【ーーーステラ。私の愛する娘】

 弱々しい声だった。

 それでも、ステラへ伝えたい気持ちを優先した。


【お母様っ!!】

 ステラは母の手を強く握り締める。


【一緒に帰るはずだったの。ーーーそれができなくて、ごめんなさいね】

 

 ポロリとステラの瞳から涙が落ちた。

【帰る。帰るよ?私がお母様をおんぶするから、一緒に帰ろう?私、本当は力持ちだったの。大きな石でも持てるんだよ。お母様くらい、私は抱えられる】


【ーーーいいえ】

 母親は首をゆるりと振った。

 もう帰れないことを、母親は知っている。


【ーーーごめんなさい。もう無理なの。でも残った『力』で、お母様は貴女に『ピノットのお父様』にお願いしたから、もうすぐ貴女を迎えにきてくれるはずよ?ーーーだから、安心してお帰りなさい】


【ーーーどういうこと?私のお父様はーーー】

 

【可愛い子。ーーーステラ】

 ステラ、と呼ばれて、ステラは首を振る。


【私は『ステラ』じゃない!『レイラ』だよ!!私にはお父様は1人だけだし、お母様と一緒じゃなきゃ、絶対帰らない!!】


 母親の瞳からも一筋の涙が零れた。

【ーーー滅多にワガママを言わない貴女からのワガママなのに、聞いてあげられなくて、本当にごめんなさいね】


【ーーーお母様っ】


【愛しい子。本当に無理なの。そして貴女には守ってくれる『大人』が必要だわ。どうかわかってちょうだい】


【っ、嫌だっ!私はお母様がいい!!お母様と帰るよ!絶対に!!】


 泣きじゃくりながら叫ぶ必死なステラの姿に、母親は、少しだけ微笑んだ。


【ーーー貴女の大きくなる姿が見たかったわ。そんなに泣き虫で、本当に素敵なレディになれるのかしら。お母様は心配だわ】


【なる!なるよ、私は『素敵な淑女』に】


【ーーーあぁ、、、あの時の。何だったかしら】


【『淑女はーーー姿勢を正して、いつも笑顔』だよ】


【ーーそう。じゃあ、笑顔でいないとね】


 真っ赤な目をしたステラに、とても優しい笑顔で微笑んだ母親は、皺ばかりの顔だったけれど、とても美しかった。

 

【、、、、、、お母様】


【ーーーステラ。少しだけでいいから、抱き締めさせて貰えないかしら】


【ステラじゃない。レイラだって】


 そう言いながらも、ステラは倒れた母親に身体を預ける。 

 母親は、ステラの小さな身体を、とても大切そうに抱き締めて、頬に口づけをした。


【大好きよーーーステラ】


【ーーー私も大好き。お母様】


【ーーー嬉しいわ。あぁ、もしかしたら、この世に生まれてきて、今が一番幸せかもしれないわ】


【ーーーお母様、そんなことーーー】


 そして母親は、ステラをもう一度、強く抱き締める。


【ーーー『神様』】

と母親は、真ん丸の月を仰いで、掠れそうな声を出した。


【ーーーどうか、この愛しい子に祝福を。この子の呪われた名前もーーー愚かだった母親のことも全て忘れて、新しい暮らしを穏やかに過ごせますように。そう祈りとともに、この命をかけて『誓い』ます】


 言った母親に、ステラは目を見開いた。


【ーーーそれは、どういうーーー】


【ーーー疲れたでしょう。もうーーーおやすみなさい。可愛い『ステラ』】


 母親の、極上の微笑みとともに。

 ステラは急に眠気に襲われて。


 ーーーそして映像は、そこで途絶えた。


 


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