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イデア 魔法を付与します

「レイラ」

 妹の名前をそう呼んだアレクシス様。

 レイラという名前に、どこかで聞いたような、と思わなくもない。

 まぁ、いくらでも同じ名前の人はいるし、ピンとこないということは、わたくしの近くの人間ではないということなのだろう。


 わたくしは、アレクシス様の妹を探す、とアレクシス様に約束した。

 俄然、やる気はある。

 なぜなら、本当の妹さえ見つかれば、その人がアレクシス様の妹であり、わたくしを妹と重ねることはなくなる。

 つまりは、妹ではなく1人の女性として、アレクシス様はわたくしを見れるようになるというわけで。


 でもまずは。

 この状況をどうにかしなければ、ですわね。


 アレクシス様と、狭い空間に2人きり。

 そんな願ってもない状況ではあるけれど、さすがに今この場所ではないのはわかる。

 アレクシス様とは、ゆったりとした広く寛いだ場所で、2人きりでいたいものですわ、と思う。


 耳を澄ますと、風の音は落ち着いていた。

 わたくしは這うようにしてかまくらから顔を出す。

 新しく積もった雪を掻き分けると、辺り一面が完全に雪に埋め尽くされていた。


 頭だけ出した木々の姿。それ以外は全て一面白銀の世界。

 こんな状況なのに「綺麗」と口にしてしまった。


 空はまだ暗く雲で覆われてはいる。しかし、一時的に雪と風は止んでいる。

 地震もなく、地鳴りも聞こえない。


「アレクシス様。今がチャンスなのでは?」

 わたくしの声に、アレクシス様もかまくらから顔を出す。見渡して、白い息を吐いた。

「そうだな。見境なく動くのは良くないが、、、この地ではこれより良い状況は見込めないだろう。用心しながら進んでみるか」

「はい」


 わたくし達は膝上まで積もった雪を掻き分けながら、なんとか歩みを進めていく。


「アレクシス様のお得意な魔法は何ですの?」

 うん?とアレクシス様はわたくしに視線を向ける。

「北は寒いから、あまり役には立たないが、一番得意な魔法といわれれば氷魔法だ。その次が雷だな」

「雷ですのね。『雷帝』。あら、アレクシス様にお似合いですわね」

 はは、とアレクシス様は笑う。

「何を根拠に」

「イメージは大切ですのよ。では、アレクシス様は、わたくしに何が似合うと思います?」

 アレクシス様はすでにわたくしの魔力測定の結果を知っている。一度ついたイメージは抜けないだろうけれど、と思いながら、わたくしは横を歩くアレクシス様を見上げた。


 アレクシス様は、わたくしの顔を一度見てから、うぅんと唸った。

「ーーー花、だろうか。桃色の、いや、鮮やかな色のガーベラか」

 アレクシス様があまりに真剣に言うものだから、わたくしはくすくすと笑ってしまう。

「花の魔法なんてありませんわよ」

「イメージなのだから、構わないだろう」

「では、どのような魔法なのかしら。魔法をかけたら、花が咲きますの?」

「空から花が舞うというのはどうだろうか。一面に花が広がるんだ」

「あら素敵。アレクシス様、意外とロマンチストですのね。アレクシス様の方こそ、花の魔法が似合うかもしれませんわ」

 ザク、ザク、と雪を踏む音が鳴る。

「こんな大男に花は似合わんよ。魔法を使っても、ラフレシアくらいしか出ないに違いない」

「世界で一番大きい花ですわね。ラフレシアが空から沢山降ってきたら、敵への攻撃にはなりそうですわ」

「はは。それはいい。花を降らせて敵を倒すなんて、そんな話、聞くだけなら、確かにロマンチックだ」


 ザク、ザク、ザク。


 歩く度に、膝上までの雪が服に当たり足を冷やす。雪道を歩くという前提のため、雪の入りにくい長靴に、防水のズボンを履いてはいるけれど、それでも雪の全てを防げることはできない。

 アレクシス様の足は、わたくしの足よりも濡れているように感じた。服の質の違いだろうか。


「アレクシス様。少し、足元、宜しいですか」

「ーーうん?どうかしたか」

「いえ少しだけ」


 わたくしは魔法を使う。

 火の魔法が使えるようになったので、熱と風を組み合わせて、アレクシス様の服を乾かす。

 わずかでもそのバランスを崩したら、服が燃えたり服が破れたりするのだろうけれど、わたくしはそういう魔法の微調整が苦手ではない。


「ーーーすごいな」

 アレクシス様は、素直に感心したという顔をする。

「このくらいなら、いくらでも。また服が酷く濡れたら魔法をかけますわね」

 かまくらの中にいる時にこの魔法を思い付けば良かったと、自分の愚かさに気付く。そうしたら、もっとかまくらの中でアレクシス様と穏やかな時間を過ごせられただろうに。

 そんなことを思いながら、自分にも同じ魔法をかけた時に、ふと、新しい魔法を思い付いた。


 これだけ寒いのだもの。

 火の魔法が使えるようになったのなら、常に暖かい熱が身体に伝わるようにする魔法が使えるのではないかしら。

 直接の魔法なら無理でも、付与ならあるいは。

 

 思い付いてすぐに魔法回路を構築し、アレクシス様に少し足を止めることの許可をもらい、それを忠実に自分の服に描いて試す。

 すると服からじんわりポカポカした熱が伝わってきた。

「これはーーーいけますわね」

 そしてアレクシス様に説明をして、アレクシス様の服にも同じ魔法付与を行った。


「こんなことが、、、可能なのか」

 綺麗な瞳を輝かせて驚くアレクシス様のお顔が、可愛くも素敵すぎます。


「熱伝導の原理を応用しましたの。その魔法回路の構築が成功しましたので、火の魔法が使える付与師がいれば、その方もこれを物に付与できますわ。寒い地方の方には喉から手がでるほど欲しい代物でしょうね」

 そして、あら、とわたくしはアレクシス様を覗く。


「そういえば、アレクシス様。お隣の国との交渉が難航しているのではなかったかしら。お隣の国は、オムラント地方よりも寒い国でしたわよね」


 アレクシス様の顔が変わった。

 仕事をしている男のお顔。

「ーーー確かに難航はしている。だが、何故それを貴女が知っているんだ」

「あら。世界情勢にも目を光らせて、常に変化を敏感に察知していくのも、淑女の嗜みですのよ?オムラント地方に住んでいるのですから、このくらいのことなら、知っていて当たり前のことですわ」

「、、、当たり前のことではないと思うのだが」


 アレクシス様は呆れて呟くけれど、こんなこと、本当に元の身体の時からの習慣なのですもの。仕方ないことですわ。

 国内外の毎日の出来事を夜にチェックしなければ、1日が終わった気がしない。 

 あの頃よりは手に入る手段が減ったとはいえ、オムラント辺境伯領地が、現在、どのような立ち位置にいるかくらい、ちゃんと把握できている。


「そうですわね。喉から欲しいけれど、恩着せがましくない程度。そのくらいのものならいかがかしら。この魔法回路は、もう少し改良可能ですわよ。お土産程度の交渉材料の1つにしては?」


「でも、それでは貴女の利益にならない。これで特許でも取れば、貴女には莫大な財産が手に入るかもしれないというのに」

 真剣に話すアレクシス様。

 お優しいのですね。

 ピノット家の両親は、貧乏の金食い虫。彼らにお金を渡したらどうなるのか、考えなくてもわかるというのに。

「構いませんわ。わたくし、まだ未成年ですもの。未成年が特許をとっても、その利益は親のものになってしまいます。親に無駄に小遣いを与えてしまうより、アレクシス様のお役に立てる方が有益でしてよ」 


 にこにことわたくしは微笑む。

「成人したら、それよりももっと良いものに改良して、それで特許を取りますわ。だからアレクシス様は何も気にしなくて宜しいのですわ」


「ーーー貴女は天才か」

 呆然と呟くアレクシス様に、わたくしはクスリと笑った。

 よく言われますわ。天才だと。

 でも、それが何だと言うのですの。

 自分の身体に戻ることもできず、アレクシス様のお心を手にすることもできない。

 欲しいものが何一つ手に入らないというのに。


 わたくしは笑顔のまま、こてんと首を倒した。

「そんなこと。淑女の嗜み程度ですわ」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「アレクシス様!!ステラ様!!」


 アイザックの声が聞こえて、わたくしとアレクシス様はその声のする方に顔を向けた。


 はるか遠く。雪の降り積もる坂の向こうから、手を振る小さな人の姿が見える。雪に紛れる灰色の髪よりも、隣にいる水色の髪の方がわかりやすかった。


「アレクシス様。アイザック様もフィンレー司祭も、ご無事だったようですわね」

「そのようだな」


 わたくし達も2人の方に進んでいくと、雪の上を滑るように速いスピードで走ってくる『何か』がいた。

 小さな犬程度の、茶緑の生き物。


「キュウ!!!」


 声が聞こえて、それはわたくしに真っ直ぐに向かってくる。わたくしの手前でジャンプして、わたくしに飛びかかっていた。

 わたくしはそれを、思いきり抱き締める。


「チャロ!!チャロですのね?無事で良かった」

「キュウ!!」

 尻尾を振って、チャロは喜びの声をあげた。 

 別れる前まで手のひらサイズだったのに、こんなに大きくなってしまって。

「こんなに大きくなってしまっては、もうわたくしのポケットには入りませんわね」

「キュウ、、」

 わたくしはチャロの頭を撫でながら、ふふふと笑う。


「ーーーお二方とも、ご無事でしたか」

 チャロより遅れて合流したアイザックとフィンレー司祭は、わたくし達よりもずっと疲弊し、服もボロボロになってしまっている。

 全身が濡れて服が凍り、青白い顔をして震えていた。


「わたくし達は無事ですわ。それより、お二人に何がありましたの?物凄い形相をしておりますわよ?」


 そして、アイザックとフィンレー司祭は目を合わせる。複雑そうな顔をした後、アイザックは「特に何もありませんでした」と答えた。

 絶対、何かあったとしか思えないのですけれど。


 そのアイザックの手が小さく震えている。

 左手の指が青紫になっており、凍傷まで達していることが明らかだった。

 わたくしは2人の服を乾かして、アイザックの服に魔法を付与する。

 ポカポカと温まり、アイザックの頬にもわずかに赤みが戻ってきた。

「これは、、、」

「すごい」

 アイザックとフィンレー司祭はそれぞれ感嘆の声をあげる。

「凍傷はわたくしでは治せませんわ。フィンレー司祭にお願いしてくださいませ」

 わたくしがそう言うと、アイザックは少し自嘲するように微笑んだ。「いえ」と首を振る。

「もう壊死してしまっているようなのです。死んだ組織を回復させるには、高級魔法が必要になります。高級魔法を使うと、フィンレー司祭の魔力が大幅に削られてしまう」

 わたくしは、アイザックの顔を見上げた。

「この先、何が起こるかわからない。今、私のためにフィンレー司祭の力を使ってもらうわけにはいかないのです」

 

 剣士にとって、利き手ではない左手とはいえ、指に力が入れられないということは相当の痛手だ。


 フィンレー司祭が、横からフォローを入れた。 

「アイザックは、その竜が氷の水の中に入ってでれなくなっていたのを助けて、その指を犠牲にしたのですよ。この儀式が終わって安全な状態になったら、ちゃんと私が責任をもって、その指は元に戻しますので、ご安心ください」

「まぁ」

 

 わたくしは驚く。

 アイザックは、あまりチャロの存在を快く思ってはいなさそうだったから。

 オムラント地方に害するかもしれない魔物。高位魔物である竜は、災害級だと言われている。

 竜などオムラント地方からいなくなればいいと思っているように感じていたけれど、、、。


「ーーーアイザック様が、チャロを助けてくださったんですのね」

 剣士として失ってはいけない自分の指を犠牲にしてまで。

 わたくしは、その手をそっと握りしめた。

 アイザックの指にわたくしの額をつけて、祈るように礼を述べる。

「本当にありがとうございました。心から、感謝いたしますわ。アイザック様」

 すんとした顔で、アイザックは返事をする。

「いえ、別に貴女のためではありませんので」

「それでも、貴方はチャロの命の恩人ですわ。このお礼は、必ず返させていただきます」

「、、、、わかりました。ですので、とりあえずその手をお放しださい」

 引き抜くようにアイザックの手がわたくしから離れていく。

 顔をあげると、アイザックの耳が赤くなっていた。

 青白かったり赤かったり。 

 寒いと身体の表面の変化も著しいですわね、とわたくしは寒さの恐ろしさを実感する。


 王都にいると、ここまで寒いことはない。

 実際寒さを体感して、寒さに対する対策がとても重要であることを痛感した。

 

 身体を温める魔法だけでなく、もっと別の魔法も考えていかなければならないですわね、と心の中で『するべきリスト』に書き込んだ。


 わたくしは手袋をつけていないアイザックの前に手を伸ばして、眉を寄せた。

「とりあえず、濡れて冷たくなったので、手袋を外しているのでしょう?お貸しください。乾かして、温かくなる魔法を付与しますので。壊死を治せなくとも、少しは進行を防いでくれると思いますわ」

 アイザックは足を止めて、ポケットから凍った手袋をを差し出した。

「では、よろしくお願いします」


 アイザックから手袋を受け取る。

 一部破れたその手袋は、チャロを救うのに、アイザックがどれほど頑張ってくれたかがよくわかる。


 心から感謝の気持ちを込めて。

 温かくなる魔法と、そして知識でしか知らない回復の白魔法の魔法回路を、その手袋に付与した。


 レベル1なので、まだわたくしに白魔法は使えない。だから、効果はないだろうけれど。

 せめてお守り程度には、と、わたくしは祈りを込めて魔法回路を手袋に描いた。


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