イデア 継母は義妹に過保護すぎます
「おはよう!イデアーーーって、え?何でリリアン姉ちゃんも、朝から働いてんの?」
リリアンを教育すると宣言した翌日。
朝早くから機嫌よく起きてきたロキは、馬小屋の前でわたくしと一緒に馬の世話をするリリアンの姿を見つけて、驚いてみせた。
同じ家族だというのに、今までリリアンは家事はせず、全部、ステラに押し付けていた。
「これからは、リリアンも朝から起きて、お仕事を手伝ってくれるんですって。そのあと、わたくしと一緒に学校が始まるまでお勉強することになりましたの」
わたくしがそう言うと、リリアンは悔しそうに俯いて口を歪める。
普段だったら、なんでそんなこと、と怒鳴るはずのリリアンが、何も言わない。そんな様子を見ながら、ロキは 「へぇ」と呟いた。
「いいんじゃない。リリアン姉ちゃんにも、いい機会だと思うよ」
ロキは頭の後ろで腕を組んで、のんきにそんなことを言う。リリアンがロキを睨み付けたのを見て、わたくしはリリアンの顔にピュ、と小さな水を引っかけた。
「リリアン。すぐに顔に出さない」
「っっちょっと!水かけるの止めてよ!」
反抗してきたリリアンに、わたくしはまた、ピュ、と水をかけてやった。
「すぐに怒鳴らないっ」
「、、、、っ!」
それを見て、くっくっく、とロキは笑う。
「見慣れない光景だけど、めちゃくちゃ面白いな」
「ロキ!」
リリアンがロキに怒るので、わたくしはロキの頭を優しく撫でた。
「野蛮で下品な姉を持つと、弟も苦労しますわね。それでも素直に育った健気なロキのために、学校帰り、何か美味しいお菓子でも買ってきてあげますわね」
「じゃあ、大通りの角にある、あの美味しいクッキーがいいな」
「わかりましたわ。楽しみになさっていてね」
そう言って、わたくしはまたロキの頭を撫で続ける。ロキはリリアンの手前か、顔を赤くしてわたくしから離れた。
「頭は撫でんなよ、ガキじゃあるまいし」
そう怒るロキは本当に可愛い。
ロキはわたくしの癒し。
わたくしがリリアンと血が繋がっていないということは、ロキとも繋がっていないということで。
ロキがわたくしの弟ではないという事実は悲しいけれど、ロキは間違いなく、わたくしの家族であり、初めての弟。可愛いことに変わりはない。
わたくしがロキに対して心からの笑顔で応えていると、リリアンが訝しそうな顔でわたくしを睨んできた。
リリアン。別に貴女が可愛くないわけではないのですわよ。、、、可愛くないけれど。
ーーー全ては日頃の行いですわね。
そう思いながら、リリアンにわたくしは口を開いた。
「さぁ、学校までの時間がなくなってしまいますわ。さっさとここを終わらせてしまいましょう。淑女としての最初の練習は、基本の歩行、ですわよ」
「歩くことくらい、誰だってできるわ」
リリアンはやはりわたくしに歯向かう。その根性は買ってあげましょう。
「できていないから言っているのです。正しい貴族の歩行が白鳥としたら、貴女の歩行はアヒルーーーいや、ガチョウですわね。とても醜いですわ」
「ガチョウ、、、」
リリアンは小さく呟く。
今一つピンときてなさそうな顔は、さてはガチョウを知らない様子。無知にも程があるでしょう。
「いけませんわね。ガチョウも知らないとは。淑女教育だけでなく、一般教養も必要なのかしら」
「ちょ、ちょっと鳥に詳しくないだけでしょう?いちいち煩いわね!」
「貴女達!何をしているの!?」
悲鳴のように声をあげてやってきたのは、リリアンの母親。つまりステラの継母、アンナ。
リリアンと同じ茶色の髪を、頭頂部でお団子にしている。貧しいなりに、貴族としての体裁を保ちたいのか、それなりの質の服装をしているけれど、その服のお金はどこからきているのかとわたくしは問いたい。
「ママッ!」
リリアンは助けがきたとばかりにアンナを呼んだ。
「リリアン。何故貴女がこんなところに」
「ステラが。ステラのせいよ」
アンナに抱きついて、リリアンはしくしくと泣き始める。
昨日、リリアンに教育をすると決めてから、リリアンがアンナに泣きついたらしいけれど、普段のステラの様子から、アンナは半信半疑だったようで。
それでも、わたくしが朝イチでリリアンを叩き起こして、この馬小屋に連れてきたことを、侍女から聞いたらしい。
泣きじゃくるリリアンに、アンナはリリアンの肩を何度も撫でながら、わたくしに怒鳴り付けた。
「ステラ!何故貴女は、自分の妹をこんな目に合わせるの?頭がおかしくなったようね?」
わたくしを睨み付けるアンナは、本気でそれを言っているようだった。
わたくしはきょとんとしてアンナに言う。
「あら、ピノット家の家訓は、『働かざる者、食うべからず』だったのでは?でもわたくしは、リリアンが働いているところを見たことがありませんわ。それなら、食事を没収するか、働かせるべきでは?」
むっとした顔でアンナは口を歪めた。
「この子はいいと言っているでしょう。こんなか弱い子が、馬小屋の世話なんてできるはずがないんだから。口ごたえしないで、貴女がいつも通り働けばいいのよ」
か弱い、という言葉に、わたくしは鼻で笑う。
か弱いというのは、病弱なジュリアン王子のような人のことを言う。常に顔は青白く、ふらつき、人の見えないところでしゃがみこむ。太陽の光もジュリアンにとっては強い刺激になるため、外にさえ出られない。
そんなジュリアンでも、室内で剣を振り、身体を鍛えようと努力はしているというのに。
「そうやって過保護にしているから、こんなにも淑女としての常識を知らないのでしょう」
「淑女?」
アンナもわたくしの言葉にうすらと笑った。
「狭い世界しか知らない貴女が、淑女の何を語るというの。リリアンは私がちゃんと育てているのだから、貴女に口出しされる筋合いは全くないわ」
「ちゃんと、というのは、人の部屋をノックなく勝手に開けたり、人を頭ごなしに怒鳴り付けたりすることかしら。まぁまぁ、良い教育ですわね。確かにお義母様によく似ていらっしゃるわ」
くつくつとわたくしが穏やかに笑うと、アンナはいつもの通り、わたくしに手を出してきた。
パン、とわたくしの頬から音がする。
「いい加減にしなさい!なんなの、貴女はっ!」
ーーーさて。
この継母。
ステラと血が繋がっていないのでしたわね。
自分の娘は溺愛して甘やかし、かたや、夫の連れてきた子供は、倉庫のような部屋に押し入れて、召し使いのようにこき使う。
本当に良い性格をしている。
彼女の夫はステラを『家族』といっているようだけど、アンナは決してそうは思っていないでしょう。
そんな女が、わたくしに手をあげる。
ーーーそれはもう、報復してもよい、ということですわよね?
わたくしが握りこぶしを作って、その手を上げようとしたその時。
「ステラ様」
凛とした、若い男の声が耳に届いた。
この家に、青年は存在しない。ダンテの声でもない。ダンテはわたくしを「ステラ様」とは呼ばない。
誰の声かわからず、辺りを見渡す。
屋敷の曲がり角付近。そこに、見知った男が立っていた。
黒に近い灰色の髪。肩より上に横一列に揃えられたその髪の下には、整った顔立ち。
凛と立つ、騎士の制服姿は。
「、、、アイザック様ーーー」
わたくしがその名を呼ぶと、リリアンが泣くのも忘れて、アイザックを振り返る。アイザックの姿を確かめると、急に浮かれて、顔を紅潮させた。
「ーーーそんなまさか、アイザック様がこの家に?うそ、やだ、本当にアイザック様だわ、ママ」
リリアンはアンナの袖を引っ張り、興奮しながら声を高める。
「素敵。まさかアイザック様をこんなに近くで見れるなんて」
アンナは興奮するリリアンの横で、信じられないとばかりに目を見開いていた。なぜ高名な騎士が敷地の中にいるのかと。
アイザックがいつもの表面だけの笑顔で、わたくしの前に立ち止まった。
「ステラ様。お久しぶりです」
アイザックの挨拶によって、リリアンがわたくしのこともその視界に入れる。驚きを隠せていないその表情は、とても間抜けに見えた。
何故アイザックがピノット家の敷地内にいるのかが不思議で仕方ないけれど、今のこのタイミングでなくても良かったのではと、わたくしは頬を少しひきつらせながら、軽く会釈してみせる。
「あら、アイザック様。なぜこんなところに?」
アイザックは、針のような髪を自分で耳にかけた。
「先ほど、フィンレー司祭のところに物資の相談に行ったのですけどね、そこで、先日のステラ様の活躍を聞きまして。お身体に相当の負担がかかって寝込んでいるはずだと伺ったので、買い物ついでに見舞いにきたのですよ」
フィンレー司祭め。余計なことを。
この男、見舞いと言いながら、弱ったわたくしを笑いに来たに決まっている。
「あら、お見舞いなんて。お気遣いありがとうございます。でも、わたくし、こう見えてとても健康なので、寝込むなんてことはありませんのよ?だからどうぞ、安心してお帰り下さい」
にこり。
早く帰れ、のわたくしの合図に、アイザックは笑顔でそれを否定する。
「いえいえ。よく見ると顔色が優れないようですよ」
「そんなことありませんわ。お帰り下さい」
「貴女は本当に頑固な人ですね」
「、、、、、」
頑なに帰ろうとしないアイザックに、わたくしは苛立ちが募っていく。
背中に感じるリリアンからの嫉妬の視線は痛いし、なぜかアンナからも不愉快さを顕著にした圧を感じる。わたくしがアイザックと知り合いであることが、そんなに腹立たしいのかしら。
ただのアイザックなのに。
このままでは埒が明かないと感じたわたくしは、アイザックを手招きして、傍に近寄った。
眉間に皺を寄せて、背が高めのアイザックを斜めに見上げる。
「ーーー一体、どういうつもりですの?」
「貴女こそ、どういうつもりですか?見舞いにきただけなのに、貴女、さっきそこの女性に攻撃しようとしていたでしょう」
図星をつかれて、ドキリとする。
「な、なんのことかしら」
ちらりとアイザックから見られて、視線が合った。アイザックはわざとらしくため息を漏らす。
「ーーーわかりますよ。貴女は力の加減というものを知らないのですから、私が止めなかったら、どうなっていたことか」
わたくしは眉の根を寄せる。
「、、、、まるでわたくしのことをよく知るように話されるのですね。正直、不快でしてよ?」
アイザックは小さく笑った。
「知らなくてもわかりますよ。気付いていますか?さっきの貴女、あの女性の行為への反撃にしては、とても生き生きして楽しそうな表情でしたよ」
言われてみたら、ずっと我慢していたのをやり返せる喜びで、少しばかり気分が高揚していたかもしれない。でもそれを認めたくはなかった。
「、、、、そんなこと、ございません」
しばらく視線が重なっていたけれど、先に視線を反らした方が負けな気がして、わたくしは絶対に先には視線を反らすまいと、アイザックを真っ直ぐに見つめ続けた。
「、、、貴女という人は本当に、、、」
アイザックは苦笑し、その懐から1本の花を取り出すと、わたくしに渡してきた。
「見舞いの品です。これだけ元気なら、全く必要なかったのでしょうけどね」
そしてアイザックはアンナの方を振りむく。
「ピノット子爵夫人、ですよね?」
アンナは「はい?」と返事をして、その横にいたリリアンと共にピンと姿勢を伸ばした。アイザックはやんわりと微笑する。
「はじめまして、ではありますが、貴女にも一言、宜しいでしょうか?」
「は、はい」
アンナが頷くのを確認して、アイザックはわたくしを目で示す。
「他の家のことに口出しするのも何ですが。淑女としての作法だけで言うなら、ステラ様は完璧に近い。彼女に教わるなら、妹様の経験にもなるでしょう。ーーー大きな心で、彼女に任せるのも、良いかと思いますよ」
これはあくまで私の意見ですが、と付け加えて、アイザックは微笑む。
「では、私はこれで失礼します」
アイザックはそう言うと、踵を返して颯爽と帰っていった。
あまりにあっさりした帰り方で。
本当にお見舞いだけのために来たのかしら、と不思議に思う。
少しだけ間を空けて、リリアンがわたくしに近寄り、真剣な表情で尋ねた。
「ね、ねぇ。アイザック様とお知り合いなの?なんであんたが」
何故、と聞かれると、アイザックとは何かと縁がある。だけど一番わかりやすいのは、戦で一緒になったことか。
わたくしは、あまりにも真剣なリリアンの表情に、ふむ、と口に手を当てる。
わざとそのガーベラを強く握りしめて、わたくしはリリアンに目を細めてみせた。
「わたくしが兵士として戦に参加しているのは知っているでしょう?そこで声をかけられましたの」
ずっとイヤミばっかり言われていましたけど。
それでもリリアンは、わたくしの言い方を自分勝手に想像した上で勘違いして、怒りを顔に滲ませる。
「アイザック様の方からあんたに!?嘘言わないでよ」
「嘘はついておりませんわ。何度もしつこいくらい声をかけられて、こちらも迷惑するくらいでしたのよ」
本当に嘘はついていない。わたくしを邪険にしたり、不満を言うために、しつこく声をかけられただけなのだけれど、それをあえてリリアンに言う必要もないでしょうし。
「先程も、わたくしの作法を褒めて下さいましたわね。美しい所作は自然と視界に入るものです。そうでない人間には、お声はかかりませんわ。ねぇ?リリアン」
アイザックは、決してリリアンには声をかけなかった。当たり前だ。マナーのなっていない人間は貴族として扱われない。
屋敷に入っただけの挨拶ならば、ここの主人の代理となる夫人にすれば良いだけで、貴族としての力不足なリリアンにまで声をかける必要はない。
わたくしが指摘すると、案の定、リリアンとアンナは、わなわなと震えていた。
わたくしのことを否定したいところでしょうが、わたくしの仕草や作法は、高位貴族としての教育のたまもの。疑いようがない。
本当だったらアンナにお返しの拳を一発食らわしたいところだったけれど、アイザックにあのように言われたからには、手が出しにくくなってしまった。
まぁ、違う方向でアンナの悔しそうな顔が見れたから、よしとしておこう、と思う。
わたくしはガーベラの花の茎を持って、クルクルと花を回転させた。
ガーベラの花は、薔薇のように意味深なものでもなく、それでいて1本でも華やかで目を楽しませてくれる。
アイザックのセンスを感じつつ、わたくしは、アイザックの姿を思い浮かべる。
アンナに報復はできなかったけれど。
今回は許して差し上げましょう。
この花に免じて。




