イデア 妹という定義とは、何ですの?
ダンテの命を救うためとはいえ、正直、色々と身体を酷使しすぎてしまった。
教会までの行き道は、山二つを全力ダッシュ。
帰り道は、細身の青年とはいえ、成人した男性を1人背中に抱えて、再び山二つ越え。
ダンテの家に戻ってからは。
元々魔法が使えず、魔法慣れをしていないステラの身体は、弱い魔法でも、どっと疲れてしまうというのに、ダンテの欠損してしまった内臓を復活させるために、『高級回復魔法』を使うための魔力を身体からごっそり抜き取られた。
あの瞬間、意識を失っていてもおかしくなかったほどなのに、意地で耐えたわたくしの精神力は、本当に素晴らしいと思う。
そういうわけで。
わたくしは、久しぶりに色んなことを放棄して、ステラの部屋のベッドでゆっくりと横になっている。
家事はロキがしてくれるというし、学校も休んだ。
アレクシス様とはお知り合いになれたのだから、無理して教会にも行かなくていいし、今日は荷物運びの予定もない。
「ーーあぁーー。何もしないって、最高ですわね」
ここ数ヶ月間。
こうしてゆっくり横になる時間もなかった。
朝早く起きてから寝るまで、常に何か忙しなく動き、夜になると、1日の疲れでどっと眠気が押し寄せて、死んだように眠る。
ステラ本来の驚異的な回復力で、朝には前日の疲れは全く残っておらず、また次の日は朝から夜まで休まず動き続ける。
公爵令嬢だった頃には、とても考えられないことだ。
淑女としての教育は大変で、毎日、様々なことのスケジュールが組まれて、それはそれで忙しかったけれど、それとは比べ物にならない。
1日中ウォーキングしている人が、急に障害物競走を全力疾走で10キロ走れと言われたような、そんな感じ。
「休息ってとても大切ですわ」
ベッドの上で、ごろん、と寝返りをうってみて、うつぶせになれず、側臥位で身体を止める。
いや、うつぶせになれないわけではない。うつぶせになるために転がるスペースがない、だけだ。
「、、、ほんっとに、クソ狭いですわね。このベッド」
公爵邸にあるわたくしのベッドと違って、このベッドは異常に固い上に、少し動いただけでギシギシと軋む。幅も狭いから、細身のステラの1.5倍程度しかない。転がるには2倍のスペースが必要だから、うつぶせになるには、横を向いた状態で一度端に寄ってから回るか、はじめからうつぶせで寝るしかない。
「ベッドだけでなく、部屋も狭すぎますものね」
小さなベッドを入れたら、ほぼ部屋が埋まってしまうほどの狭い部屋。
普段は寝て起きるだけの部屋とベッドなので、あまり気にならなくなっていたけれど、こうしてゆっくりした時間を過ごすと、本当に狭く感じる。
窓も小さく、髄分と部屋の内部が劣化している。
わたくしはステラという人物を知らないけれど、ロキやダンテに聞く限り、掃除などはキチンとしている人てあるようだ。
ピノット家は子爵とはいえ貧乏貴族で、豊かな生活はしていない。それでも屋敷自体は、そこまで古くなく、ちゃんと補修もされているし、この部屋以外の場所は、ここまで劣化しているところを見ていない。
「ーーー本当に、ここがステラの部屋なのかしら」
ふと疑問に思ってしまった。
貧乏貴族とはいえ、ステラは子爵令嬢だ。
こんな劣化した狭い部屋にいるはずがない。いくら継母から邪険にされているとはいえ。
これではとてもーーー。
そして部屋には繕い物の裁縫道具と勉強道具以外、何もなかった。
「、、、つまらないですわ」
わたくしは呟く。
ゆっくりするのは良い。休みたいのは本当。
でも退屈なのも耐え難かった。
今まで、休む間もないほどに忙しく暮らしていたので、暇ということがなかった。
『暇』がこんなにも苦痛だとは。
暇潰しもないため、わたくしがベッドの上で、ゴロゴロ身体を揺らし、ベッドがギシギシ鳴く音を出していると、ステラの部屋のドアがドンドンと強く鳴らされた。
「ちょっと!うるさいんだけど!何してるの?」
義妹であるリリアンの声。
怒っているようだ。
わたくしが黙って返事をしないでいると、勢いよくドアが開いた。
「いるのはわかってるんだから、返事をしなさいよ」
ノックをしないロキといい、ここの姉弟は、作法というものを知らないようね。
「、、、返事がない時は『開けるな』という意味ですのよ?」
わたくしは丁寧に教えてさしあげる。
リリアンは、継母によく似た茶色の髪をしている。顔も、平凡ながら少し可愛い方ではあるのだろうけど、痩せすぎたステラの方がすでに何倍も可愛い顔をしている。
これでステラが、貧乏でなくもう少し栄養が取れれば、大差でステラの勝ちですわね。ーーーなんて、優しいわたくしは口には出さずに心で評価する。
リリアンは眉を寄せて、手を当てているドアをバンっと強く叩いた。
「っ前から気になってたんだけど!その喋り方、なんなわけ?どこかのお嬢様にでもなったの?気持ち悪いんだけど」
ノイグラー公爵家のお嬢様が、あなたの義姉であるステラになったのですわよ。
心で答えつつ、わたくしはベッドから上半身だけ起き上がり、左手を頬に添える。
「あら。お気に召さなかったのかしら」
リリアンは更に眉をつり上げて、またバンっとドアを叩く。
「ほら、それ!召さないに決まってるでしょ!何様なのよ、あんた」
イデア・イシュタル・ノイグラー、ですわ。
王族の血を引く家紋の、王族の証である金色の髪を持った国内唯一の、高貴なる女性ですのよ。
わたくしは、にこりと微笑みつつ、少し右手で口を隠した。
「リリアン様も、子爵家の令嬢ですよ。もう少しご自身の教育を強化してはいかがかしら。よろしければ、わたくしがご指導いたしましょうか?」
リリアンの顔が、かあっと赤くなる。
「なんで私があんたなんかに!!」
「まぁ。最低限のこともご存知ないようだったので、親切心のつもりでしたのに。残念ですわ」
そう、これは心からの親切心。
このわたくしがこの家にきて、『ステラ』に対する雑な扱いを黙っているのも、不当な労働依頼に対して文句を言わないのも全部。
いつか『ステラ』にこの身体を返す日がくると信じているから。
学校や他の人はともかく、ステラにとって唯一の家族を壊すわけにはいかない。
そのくらいの常識は、わたくしだって持ち合わせている。
家族といえば、わたくしにとってのお父様なわけでしょう?
無下にするわけにはいきませんもの。
ステラの義妹であるこのリリアンも、ちゃんとした常識さえ身に付けば、いつか良い縁談がくるかもしれないし、ステラに対する態度も変わるかもしれない。
ーーーそんな家族に対する『親切心』。
それなのに、リリアンは真っ赤な顔をしてプルプルと肩を震わせた。
「なんで私が、あんたなんかにそんなことを言われなきゃいけないの!?あんたには言われたくないんだけど!」
この少女は、自分の無知による羞恥よりも、ステラという存在から指導されたことが腹立たしいようだと推測する。
ここの女性達は、なぜこうもステラのことを卑下しようとしてくるのか、全く理解できない。
「先ほどから、あんたなんかと何度も繰り返されておりますが、母親違いとはいえ、貴女はわたくしの妹でしょう?何故そのようなことをおっしゃるの?」
わたくしがそう問いかけると、リリアンは物凄い顔でわたくしを睨み付けた。
「私があんたの妹なわけないでしょ!パパが拾った女についてきた、ただの私生児のくせに!!」
ーーーえ?
わたくしが目を見開くと、リリアンはようやく、しまったというように自分の口を手で覆った。
「ーーーどういう、、、ことですの、、、?」
わたくしが尋ねると、リリアンは慌てて首を振る。
「し、知らないっ!私は知らないからっ!」
言葉を吐き出して、ダッシュで逃げようとするリリアン。その足を、わたくしは風魔法で絡ませた。
すてーん、とリリアンはドア手前で転ぶ。
「っ痛ーーっ!?何、今のーーー」
何に足が絡まったのかわからず、リリアンは足首を支える。ただの風なので触って何があるわけでもない。
わたくしは、まだ転がっているリリアンに、ゆっくりと近寄った。
リリアンはわたくしの足元から、首を上げてわたくしを見上げる。
わたくしは、そっと言葉をリリアンに落とした。
「ーーーでは、貴女は、わたくしと血の繋がりもない上に、心でも、わたくしのことを姉と認めない。そういうことで宜しくて?」
「っ、当たり前でしょ!なんであんたが、まだこの家で暮らしてるのか、全然わかんないんだから。パパがあんたを家族だというから、仕方なく置いてやってるだけよ!」
まだケンケンと吠える力のあるリリアンに、わたくしは、緩やかにほくそ笑む。
「よぉくわかりました」
そういうと、わたくしは、まずリリアンの頭から大量の水をぶっかけた。勿論、水魔法で。
「ぶ、ぶはっ!ーーえ?何?」
どこから水が出たのか、リリアンは辺りを見渡す。しかし魔法なので、その水の出入口などどこにもない。
「父親はわたくしのことを家族と思っているとのことなので、やはり貴女は、わたくしの家族なのです。でも、貴女がわたくしを姉と認めない以上、それは、姉ではございません。ーーーでは、わたくしも、貴女のことをわたくしの好きなように思っても宜しいわよね?」
「ーーは?何をッブハッ!」
また頭から水をぶっかける。
口答えなど、生意気なこと甚だしい。
「今から、わたくしは貴女の先生です。貴女はわたくしの生徒。わたくしがそう決めました。それで宜しいわね」
「は、何でっあんたがそんなゴボッ!!」
頭から水をかけるのを止めて、口の中に直接、水を流し込む。
「その汚い言葉の出る口を、まず慎みなさい。淑女として、言葉遣いは基礎の基礎。そのような言葉遣いでは、どこにも嫁に貰っていただけませんよ?」
「っな、ゴボ、ちょ、ゴボボ」
口から溢れる水は、流れてリリアンの服を更に濡らしていく。ようやく、リリアンはこの水がわたくしの操る水魔法だと気付いたらしく、顔を青くさせた。
不安そうなリリアンと目が合う。
わたくしはにっこりと笑ってみせた。
「わたくし、ずーーっと前から、気になっていましたの。リリアン。貴女の食事作法も、歩く動作も、言葉遣いも。本当に見苦しくて、どうにかならないものかと」
わたくしは、リリアンに顔を近づける。
「でもほら、わたくし、『優しい姉』であるべきと思っておりましたので、厳しくするのを控えていましたでしょう?ずーっと、心の中が気持ち悪かったのです」
そう、本当に、これで同じ貴族とは考えたくないほどに。気持ち悪くて、気持ち悪くてーーー。
リリアンがステラの妹でなければと、どんなに願ったことか。
「だから良かった。これでーーー容赦なく、貴女に教育できますわね」
わたくしは、廊下に転がったリリアンのスリッパを拾う。それを目の前で、風魔法を使って、滅多切りにしてみせた。切り刻まれたスリッパの破片を見て、更にリリアンは顔を蒼白にさせる。
「ーーー逃げようなんて、思わないことですわね。わたくし達、家族、なんですもの。貴女の可愛いお顔がこのスリッパのようになったら、可哀想ですものね」
微笑んだわたくしに、リリアンはもう逆らう気力も失って、呆然としながら頷いた。
良かったですこと。
これでわたくしも見苦しくて見たくなかったものが一つ減るし、リリアンも淑女としての階段を上がれる。
ウィンウィンとはこのことですわね。
そう、わたくしは心で呟く。
ーーーいえ、決して。
全く考えていませんわよ?
ーーー良い暇潰しが出来た、なんてことは。




