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ミリア・ウォルドはアレクを堕とした後、騎士団長の息子、宮廷魔導師の卵、宰相の息子などと、アレク以外とも順調に仲を深めていった。
アレクをキープしつつ、かつさりげなく周囲の将来有望な男達を引き込んでいるのを見るに、相当な手腕である。
これからの国を背負って立つ者ばかり、彼女の手勢になっている。
「彼女、この国を乗っ取るつもりかしら」
乗っ取るも何も彼女はこの国の国民なのだが、本来なら王妃候補にも挙がらないような男爵令嬢がやっていると考えるとついそんなことを思ってしまう。
サロンの大きな窓から下を見れば、天使のような微笑みを浮かべたミリア・ウォルドが数人の男に囲まれているのが見える。
ハイスペック男子を集めて逆ハーレムとは、可愛い顔してやることはえげつないな。
「否定できないところが怖いな。シャレになんねぇ」
向かいに座るウィルもチラッと彼女達に目をやり、手元のカップに視線を戻してから深いため息を吐く。
「私としては、民のためになるなら王妃の座は譲っても構わないんだけど」
「わたくしはイザベラ様が我が国の王妃に最も相応しいと思いますわ。先日お茶会で彼女にお会いしましたけど、なんだか少し怖い感じがしましたもの」
私は別に王妃の地位に興味がないのでつい口に出してしまったら、アメリアが首を横に振ってやめて欲しいと訴えてくる。
「…怖い感じ…?」
はて。
ゲームのヒロインは純真無垢で優しくて、守ってあげたくなるような可愛い女の子だったはずだが。
本来なら性格最悪の成金貴族みたいな性格のイザベラが、私のせいでやる気ない系魔法剣士になってしまったので彼女にも変化が起こったのだろうか。少なくとも逆ハーレム作ってる時点で純真無垢ではなくなっている。
それとも、ウォルド家で何かあったのか。
……まぁ、どうでもいいか。
私と私の大切な人達と国民に迷惑がかからなければ、逆ハーレム作ろうが国を乗っ取ろうが好きにしてくれて構わない。本当に魅了の魔法を使っていたら犯罪だがな。
そんなことより、アメリアが彼女の参加するお茶会に行くなら色々と気を付けてもらわなければ。アメリアはウィルの大切な人であり私の友人だ。何かあったら困る。
最近では私とミリアが直接会うと面倒なことになるので、以前にも増して接触しないようにしているから直接守ってやれないが、裏から手を回せば済むことならいくらでもやる。最悪直接出向いてもいいと思うくらいにはアメリアを大切に思っている。
「アメリア、何かあったらすぐに私に言ってちょうだいね。迷惑かけるとか考えないで、些細な事でも教えて欲しいわ」
「そうだぞアメリア。彼女は神経が鋼鉄製だから気にしなくていいからな」
「貴方は少し私に気を遣ってもいいと思うわ」
神経が鋼鉄製とか失礼極まりないことを言ってくるウィルを睨むと、彼はひょいと肩を竦める。
「君がそんなことで傷付くタマか?正直なところ自分の周りに被害がなければ彼女達のことはどうでもいいと思ってるだろ」
「その通りだけど、何となくムカつくわね」
「ふふ…本当にお2人は仲がよろしいですわね。妬いてしまいますわ」
「俺は今までもこれからも君だけを愛しているよ、アメリア!」
「ウィル…」
「ちょっと、いちゃつくなら家でやってちょうだい。本当に妬ましいくらい相思相愛ね貴方達」
愛を叫ぶウィルと頬を赤く染めるアメリアを見て目を細める。
政略結婚がほとんどの貴族社会で、この2人のようにお互い好き合っているのは珍しい。それも妥協ではなく、本当に愛しているのだから2人には幸せになってもらいたいものだ。
だが、ウィルが幸せそうな顔をしているとつい嫌味を言いたくなってしまう。これはもう条件反射のようなものだ。
短く息を吐いて2人から視線を外し、見るともなしに窓の外を見たら何故か宮廷魔導師の卵クンと目が合った。
「……」
何となく呼ばれているような気がして窓に近付くと、キラッと何かが光った。
不思議に思って窓を開けると彼は私から視線を外してしまった。何なんだ。
「イザベラ様?…あら、小鳥?」
「鳥?……へぇ、彼なかなかやるじゃない」
アメリアの言葉に手元を見れば金色の小鳥がちょこんと立っていた。可愛い。
もちろんただの鳥ではない。
魔法で創られた鳥は、私が触れるとすぐに空気に溶けるように消えてしまう。
「…何だソレ」
背後でいちゃついていたはずのウィルがいつの間にか隣まで来ており、真剣な顔で鳥が消えた場所を見ている。
ウィルも魔力が高い方なので、既に消えかけている魔力の残債が気になっているのだろう。
「伝書鳩みたいなものよ。対象者以外には伝言が伝わらないところをみるに大分丁寧に創られてるわね」
彼が私に寄越した鳥は伝言用の魔法の1つで、術者の力量によって性状が異なる。
彼のように高位の術者であれば先程のように対象者以外に情報が伝わらないように創ることができる。逆に大勢に伝えられるように創ることも可能らしいが、やったという人の話は聞いたことがない。そもそも古い文献に載っていただけのもので、私以外にこの魔法を使っているのは初めて見た。
錬度の低い場合や魔力の低い者が創った場合には、込められた伝言が周辺に漏れてしまうらしい。
「誰が何て言ってきたんだ?」
「宮廷魔導師の卵くんよ。授業後に中庭に来いって」
「宮廷魔導師の卵…あぁ、彼か。ミリア・ウォルドの取り巻きにいたな」
取り巻きとは酷い言われようだな。
だが、常に行動を共にしているのでそう思われても仕方ないな。
「そんなことよりイザベラ様、お1人で行かれるおつもりですか?」
「えぇ。内密に話がしたいようだから1人で行くわ」
人数が多いと誰かに情報が漏れる可能性が高くなる。
特に、ミリアと対立するイザベラ側の人間と認識されているだろうウィルやアメリアがいれば注目が集まる。
私1人であれば、中庭に向かっているのが分かっても頻繁に行っているので不審ではないはずだ。
個人的には彼女と対立した覚えはないのだが、いつの間にか勝手にそういうことになっていた。頭の痛い話だ。
何せ、ミリアが身分に関係なく話し掛けてくるから私や自分より上の爵位の者には発言を許されるまで声を掛けてはいけないのだと教えてやり、貴族社会に入ったのだから相応の振舞いをした方がいいと忠告しただけで何だこの傲慢な女はと言いたげに睨んでくるのだ。
取り巻きには同程度の身分の者が多いらしく、高位貴族に恨みか妬みがあるようで同調し、皆して私を非難してくるので面倒極まりない。
いや、一般常識だから。
本物のイザベラだったらお前ら首かっ飛ばされてるからな。と何度思ったか分からない。
というか、私がミリアとまともに接触したのなんて最初の1回だけなんだが。
王子ルートのフラグ用に仕方なく話しただけだ。しかもアレクも一緒だったのに私だけ非難されるとか酷くないか。イケメンだからか。顔面差別か男女差別か。何なんだ。
「危険ですわ」
「大丈夫よ。護符を持っていくわ。必要ないとは思うけど」
ミリア・ウォルドの狙いが分からない上、彼女の側にはアレクを筆頭に高位の魔法使いがいるので、兄に頼んであらゆる魔法を無効化する護符を入手してある。
もちろんウィルとアメリアの分も手配済みで、彼らも持ち歩いているはずだ。
まぁ、肉弾戦に向いていない彼が魔法を発動させる前に気絶させる自信があるので護符の出番はないと思うが。
「…そういえば君は入学前から騎士団長と剣を交えていたんだったな」
「そういうこと。今なら殿下にも負けない自信があるわよ」
にっこり笑って言えば、ウィルは乾いた笑いをこぼし、アメリアは呆然と私を見上げた。
男であれば騎士団に入団できると騎士団長から言われたくらいなので、今のところ学園の生徒の中で私と渡り合えるのは騎士団長の息子かアレクくらいだと思う。訓練を怠けて腑抜けたアレク達に負ける気はしないが。
「ということで、授業後は中庭に近付かないでね。何があったかはちゃんと報告するから」
一応、アメリアはウィルの家に避難しておいてと言えば彼女らは不満そうに私を見る。ヤバくなったらすぐに知らせろというウィルに頷けば、アメリアもようやく納得してくれた。
良い友人に恵まれて幸せだな。
そして授業後、中庭のベンチに座って彼を待っていると、草を踏む音と共に独特の魔力の気配が近づいてきた。顔を上げれば、不機嫌そうな青い瞳と目が合う。
せっかく美しい銀色の髪と青い瞳の美少年だというのに、不機嫌そうな表情と刺々しい雰囲気のせいで友達は少なそうだ。
「ごきげんよう。きちんとお会いするのは初めてですわね。クレイ・オーランド様?」
「あぁ。悪いが時間がないので前置きは省く。殿下はミリア・ウォルドに魅了の魔法を掛けられているが、気付いているか?」
おおう、ものすごい直球でくるな。
貴族社会では生きにくそうな少年だ。だから心を病んでヒロインに出会うまで人間不信の気難しい美少年、という設定だったのか。
貴族って話し方が遠回しでまどろっこしいし言ってることと考えてること違いすぎて嫌になるよね。気持ちは分からないではないよ。正直兄とウィルがいなかったら私は簡単に潰されてるね。
「可能性として考えてはいましたが、確証はありませんでしたわ」
「…そうか。殿下以外にも数人掛けられていて、本人の意思と関係なくあの女の取り巻きにされている」
「…まぁ、そうでしたの。見たところ貴方にも魔法の形跡があるようですが……あぁ、そのヒトガタに掛かっているのね。興味深いわ」
以前、ミリアと接した時に覚えた彼女の魔力の波動を彼から感じる。しかし、よく視れば彼自身ではなく彼の持つヒトガタに魔法が掛かっているのが分かる。西洋風のこの世界では珍しい、東洋呪術に使われるような紙のヒトガタが彼の服に隠されている。
ミリアが魔法を掛ける時に身代わりにしたのだろうが、どうやってバレずに身代わりにできたのだろうか。王族に匹敵するとも言われている魔力の持ち主である彼女の魔法を防ぐとは、宮廷魔導師の名は伊達ではないな。いやまだ卵だけど。
「…僕はたまたま、あの女の言動に不審な点があったから防御できただけだ。あまりジロジロ見るな」
クレイは元々不機嫌そうな顔をより険しくして、睨むように私を見る。気が短いようだ。
「あらごめんなさい。面白い術でしたので、つい」
だって、この世界で陰陽師みたいな術を使う人間がいるとは思わないじゃないか。日本人としてはついジロジロ見ちゃうだろ。
「……今は魔法に掛かっているフリをしているが、そろそろ限界だ。それにあの女、何か企んでいるようだ」
「……」
その"何か"は十中八九、卒業式でのイザベラ断罪イベントだろう。
クレイは、魔法に掛かっているフリをしているために行動範囲が狭くあまり情報を集められていないが、少ない情報の中から卒業式に2人の仲を公にしたいようだというところまで予想を立てたらしい。
凄いな。概ね正解だ。
王子に魔法を掛けて恋人の座に収まったような女にそんなことはさせないと、彼は私に接触する機会を窺っていたらしい。それは悪いことをしたな。
「ごめんなさい。ミリアさんには近付きたくなくて避けていましたの」
彼女と会えば面倒な取り巻きの相手をしなくてはならないし、こちらに敵意はないのに勝手に対立していると思っている周りが騒ぐので避けていたのだが、彼女を避ければその近くにいるクレイも当然避けることになる。
サロンにウィル達と茶会を開いていることも知っていたようで、庭から窓を見ていたが中々私が気付かないので苛々していたらしい。……いや、知らんがな。
「…まぁいい。婚約者に手を出した女なんて避けて当然だ」
「…それで、わたくしは何をすればよろしいのかしら?」
人と接するのが嫌いそうな彼がわざわざ私に接触してきたのだ。ただ現状の確認をするためだけじゃないだろう。何かしてほしくて呼び出したはずだ。
「とりあえず、次の魔物討伐実習でパーティーに入れてくれ。アンタに魔法を解いてもらったことにする」
「分かりましたわ。魔物を1匹見逃して、適当に貴方に向かって魔法を撃つことにしますわ」
「話が早くて助かる」
魔物の中には状態異常を起こす技を使ってくるモノもいる。それを解除した拍子にミリアの魔法も解けたことにすればさほど不自然ではないはずだ。
通常、魅了の魔法は状態異常を治す魔法くらいで解けるものではないが、クレイ程の魔力量なら魅了の魔法がうまく掛かっていなかったとしても不思議ではないだろう。
魔力の高い者は魔法耐性も高い。
ハーレムの一角を崩されたミリアが私に敵意を抱くかもしれないが、卒業式までは直接手を出してくることはないだろうからまぁいい。
というか、魅了の魔法に掛かっているフリなんて彼にできるのだろうか。
クレイルートはやったことないから分からないが、どう見てもこの態度で誤魔化せるとは思わないのだが。クレイは表情や態度を取り繕うのが苦手そうなのだが、ミリアは意外とチョロインなのか。それとも彼女の前では甘く愛を吐き散らすのだろうか。
「…アンタ、僕の話を信じるのか?」
「今のお話は嘘でしたの?」
そっちから話を振ってきたくせに訝しげに見てくるクレイににっこりと笑いかければ、彼は苦虫を噛み潰したような顔になった。素直か。
「真実だが。少しくらい疑わないのか」
「貴方がわたくしに嘘をつく理由がありませんわ」
クレイがミリアの魔法に掛かっていなくても、別に卒業まで傍観していればよかっただけのことだ。
宮廷魔導師になるであろうクレイにはアレク達がどうなろうとあまり関係ない。
あの組織は宮廷と頭についている割には独立した存在で、国庫から資金が出ているにも関わらず結構自由に魔法の研究等を行っている。研究者には変わり者が多いというのは万国共通のようで、素直に命令に従わない者もいると聞いたときには、おいコラ仕事しろと思ったものだ。
もしもミリアの頭の中がお花畑で、使い物にならない王妃が誕生してしまったとしても、魔導師達に無茶ぶりするようなことを周りが許さないだろうからクレイには直接関係ない話だ。
アレクは次期国王なので腑抜けていては困るが、どちらにせよ王宮に戻れば再教育に燃えている騎士団長達にしごかれて元に戻るだろうからこちらもあまり問題ない。
ミリアにバレる危険を犯してまで私に接触してこなくてもよかったというのに、アレクと仲がいいか愛国心が強いのだろう。
「わたくしは貴方の言葉を信じます。……あまり長居してはよくありませんわ。先にお戻りくださいませ」
あまり時間がかかるとウィルとアメリアが心配するし、誰かに見られる可能性も上がる。クレイも同じ考えらしく素直に頷く。
「…あぁ、分かった。失礼する」
短く言って踵を返すクレイを見送り、ベンチに座り直して本を開く。気配を探っても私達以外の存在を感じないが、念のため時間を空けてから帰った方がいいだろうし、少し考えたいこともある。
………しかし、本当に魅了の魔法を掛けられているとは。それも複数人。
ミリア・ウォルドはアレクの"運命の女性"なのだから、彼らが普通に恋に落ちれば大人しく身を引いたというのに。これでは婚約を解消できても気持ち良く旅立てないではないか。
ウォルド男爵がミリアを使って王宮に取り入りたいのだろうか。それならアレクだけを狙えば良かったはずだが、アレクで上手くいって調子に乗ったのか?それともローゼンハイム派に阻まれてアレクと結婚までこぎつけるのは難しいと悟って保険を掛けているのか。にしても手を広げすぎているよな、どう考えても。
一応ウィルにウォルド男爵のことを調べてもらっておくか。