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ウィル視点
ミリア・ウォルドは俺が考えていたより野心家だった。
彼女はアレクセイ王子と同じクラスになって早々に彼に取り入り、絶妙な距離感を保ちながら王子の信頼を勝ち取っていった。
その結果、わずか1年でイザベラ以外眼中になかったはずの王子はミリアに乗り換えた。
1年という時間は決して短い時間ではないが、イザベラと王子が仲を深めてきた時間とは比べ物にならないくらい短い。
……いや、この異常ともいえる速度で親密度を上げたところをみるに魅了の魔法でも使っているかもしれない。禁じられた魔法故に、まさか王子に使うとは誰も思わないだろう。
その考えを裏付けるように、王子がイザベラと会話している姿を見掛けなくなった。それに、イザベラに興味がなくなったとしても未だ婚約者なのだから、夜会にイザベラではなくミリアと出席するなんて普通有り得ない。
聡い者達はアレクセイ王子の様子を静観しているが、王子がミリアに乗り換えたと判断して彼女の側についた者は多い。ローゼンハイム家を敵に回すのがどれだけ恐ろしいのか分かっていないミリアの腰巾着達の中には、イザベラに敵対するような態度を取る者もいる始末だ。
イザベラが黙っているのも事態を悪化させているが、その悠然とした態度がイザベラ側の人間に安心感を与えてもいる。
学園では今、多くがミリア派とイザベラ派に別れている。
どちらかについてしまうと色々面倒なので中立を保っていたのだが、時折見せる寂しそうな表情に友人として彼女が心配になってきた。
イザベラ派と誤認されるかもしれないが、状況把握のために学園のサロンに婚約者のアメリアと茶会を開いてイザベラを呼ぶことにしよう。
今では彼女と堂々と話をするにはこれくらいしないと各所からいらない詮索を受けるので仕方ない。
教室で軽口を叩きあっていた頃が懐かしく感じてしまう。
「…君ら、どうなってるんだ?」
イザベラ以外が帰った後前置き無しに切り出すが、イザベラは落ち着き払って紅茶を一口飲んでから俺を見る。
「どうって?」
「殿下とミリア・ウォルドが親密な仲になってるって噂は耳に入ってるだろ」
「そうね。ついでに殿下が鍛錬場に来ないって騎士団長が嘆いていたわ」
「…何で君が騎士団長とそんな話をしてるんだ」
「学園に入る前から彼に指導を受けているからよ。貴方知らなかったの?」
意外だと言いたげに眉を上げて俺を見るイザベラに、俺のことを何だと思っているんだと聞きたくなったが、話が逸れて戻ってこなくなりそうなので止めた。
「さすがに俺も宮中の情報まで把握してねぇよ」
「あら、そうだったの?繋ぎをつけてあげましょうか?」
「…その報酬は殿下とミリア・ウォルドの情報か?」
軽い調子で宮中の情報を流すというイザベラに、彼女の真意を探るように目を細めてみるが、彼女はその視線に何の反応もせずただ肩を竦めた。
「いらないわ」
「じゃあ何が目的だ」
「特にないけど、強いて言えば貴方達が無事でいることかしら。私に一々言う必要はないし、手にした情報は好きに使えばいいわ」
無条件に情報を渡すというイザベラに他意はなさそうだが、宮中の情報を俺に流すなんてどういうつもりなんだ。
「彼女が王妃の座を狙っているなら私は邪魔だわ。貴方達が私の側についたとみなされれば何をされるか分からない以上、安全のために情報提供くらいするわよ。大切にしてるアメリアさんを巻き込んでまで私に会ってくれたんだもの」
イザベラに一瞥され、アメリアがピクッと肩を揺らす。
俺がアメリアを大事にしていることは、多分イザベラが一番知っている。それこそアメリア以上にと言えるほどに。
だから今回、王子の件で話をするためにアメリアを巻き込んだことで、イザベラなりに彼女を気遣ってくれたのだろう。
だが、宮中の情報を流すのはやりすぎじゃないのかと問えば、イザベラは俺なら変なことに使わないと信じているから構わないと言う。
俺が構うっつーの!
「……未来の王妃様にそこまで言われちゃなー」
仲の良い友人であるとは思っていたが、まさかそこまで信用されていたとは思わず、何だかむず痒い。
嬉しいなんて、絶対調子に乗るから素直に言ってはやらないが。
「巻き込んでごめんなさいね、アメリアさん」
「イザベラ様、この度のことはウィルとイザベラ様のお役に立ちたくて自分で決めたことです。イザベラ様が気になさることなどございませんわ」
アメリアはイザベラに向き直り、にっこりと笑ってみせる。
不安だろうに気丈に振る舞うアメリアを抱き締めたい衝動に駆られるが、イザベラの視線を感じて自重する。俺がやろうとしていることがバレている気がする。
「そう…分かったわ。私にできる限りで貴方達を守るわ。こう見えても友達は大切にするタイプなのよ、私」
アメリアの緊張を解すためか、イザベラはパチッとウインクしてうふふと笑った。
………いや、うん。
正直気持ち悪いと思ったけど、ヒールで靴を踏むのはやめろ。
俺が内心ドン引きしているのに気付いたイザベラは、アメリアとにこにこしながら会話しているが、テーブルの下では俺の足を踏んづけてくる。痛い。
「…悪かった」
「ウィル?」
「分かればいいのよ」
「イザベラ様?」
水面下の戦いに気付かず首を傾げるアメリアが可愛すぎる。思わず頬が弛んでいたようで、イザベラが鬱陶しそうに眉をひそめる。
「…婚約者取られた女の前でいちゃつくとはいい度胸ねウィル」
「取られた君も悪いんだろ。魅了の魔法への対抗手段なんて君ならいくつか考えつくだろ」
「まさかそんな手を使うなんて思わないじゃない。禁術よ?というか、対抗手段なんてそうそうないわよ。だから禁じられてるんじゃない」
「そりゃそうだが、君なら何か思い付くかと思って」
「私を何だと思ってるのよ。それに、魅了の魔法に引っ掛かるようならどのみち国王になる資格はないわ。心の隙を見せるから悪いのよ」
確かに、王子程の魔力の持ち主なら半端な奴から掛けられた魔法に簡単に掛かる訳がない。ミリアが高い魔力の持ち主だとしても、引っ掛かったのは心に隙があったからだろう。だが、その原因は間違いなくイザベラだ。
イザベラの話を聞く限り、王子に抱いている感情は恋愛感情じゃないらしい。王子は結構分かりやすくアピールしているというのに、イザベラからしたら"とても仲の良い友人"というだけなのだ。他より少し仲の良い友人というだけで王子から嫉妬されたこともある俺からしたらいい迷惑だ。
「……いや、好きな女に友達扱いされ続けたらヘコむだろ。いくら婚約してても」
「ん?」
「……はぁ」
俺の呟きは聞こえなかったのか、何か言ったかと首を傾げるイザベラに何でもないと返してため息を吐く。
「…………もしかして、イザベラ様は殿下のことはただのご友人としかみておられないのですか?」
「あら、ちゃんとアレク様は親友だと思ってるわよ」
政略結婚だと割り切っているイザベラは王子が自分に特別な好意を持つと思っていないようで、前に俺が茶化そうとした時と同じ反応をする。一応好意を持たれているということは理解しているんだが、それが恋愛感情だとは思わないらしい。何なんだこいつ。殴ればいいのか。
「……」
呆然とイザベラを見るアメリアに、こいつこういう奴なんだよとため息を吐く。
ついでに、君ってちょっと残念なんだよなと言えば、イザベラは訳が分からないとばかりに眉をひそめた。
……いや、マジで同情するわアレクセイ王子。




