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クレイに掛けられた魔法を解いた後、ミリアは私に関する様々な噂を流しているらしい。
自分の悪口をわざわざ聞きたいとも思わないし、ウィルと兄が調べてくれるというので概要だけ聞いて丸投げすることにした。どうせ情報収集能力は彼らに遠く及ばないし、私ができるのは噂を悪化させないように注意することくらいだ。
以前、ウィルに王宮との繋ぎを付けると約束したときに宮廷魔導師である兄を紹介してから時々会っているらしく、彼らの関係は良好のようだ。
今日も2人はこちらに聞こえないくらいの声で静かに白熱した議論を交わしている。
兄は国立魔法研究所に務めている宮廷魔導師であり、次期公爵でもあるので王宮内にも貴族間にも広い人脈を持っている。それを活かした情報戦が兄の得意分野であり、彼が腹黒と呼ばれる由縁でもある。
そういえば、学園内で同じようなことをしているのに、ウィルはそういったことを言われていないな。人柄だろうか。
ゲームでは兄がいるという設定しかなかったので元がどういう性格なのか分からないが、イザベラが悪役令嬢なので兄も本来はキツい性格なのかもしれない。兄の友人によると彼はシスコンらしいので私には優しいしいつも穏やかなのだが。
両親も私に甘いし、こんなに家族から甘やかされて育てばそりゃ性格最悪の傍若無人な悪役令嬢が誕生するな、と納得したものだ。
「アンタ自分の話なのに参加しなくていいのか?」
室内の応接セットで論議しているウィルと兄を見ていたら、向かいに座るクレイが呆れたように呟いた。
振り向いた時には既に私を見ておらず、彼はティーカップに視線を落としていた。
バルコニーに用意してもらったテーブルで優雅に紅茶を飲むクレイは、背景の花園も相まって1枚の絵のようだ。
絹糸のようなプラチナブロンドの髪は長いと鬱陶しいからと首を隠さない程度に切られ、彼の動きに合わせてサラリと揺れる。
伏せられた青い瞳を縁取る睫毛も髪と同じ銀色で、女子に羨まれるほど長い。
あまり外に出ないおかげで白い肌はきめ細やかで、これで特に手入れをしていないというのだから羨ましい限りだ。
物憂げな表情もまた彼の魅力を倍増させており、絵描きならすぐさま筆を取りたくなるような美少年である。
今年18になるというのに、その線の細さと儚げな雰囲気のせいか彼は実年齢より幼く見えるので、少年という方がしっくりくる。
話しかけるなオーラを放っていなければモテまくっているだろうに、彼は学園では常に不機嫌そうにしているので彼女もいないし友人も少ない。勿体ない話だ。
「ああいうのは専門の人に任せた方がいいのよ。下手に私が情報を探ろうとしたって、失敗して返り討ちに遭うだけだし。私クレイより貴族の話苦手なんだから」
「……よく今まで無事だったな」
クレイは貴族の回りくどく裏がありすぎて難解な会話が苦手なので、初めから話しかけられないようにしている。
私もそうできれば苦労しないのだが、公爵家の娘なのである程度貴族と関わりを持たなければならず、彼のように全無視するとかできない。羨ましい。
「昔から兄様にフォローしてもらってたし、学園ではウィルに出会えたし幸運だったわ。2人がいなきゃ今頃潰されてるわね」
「僕ももっと早くに彼に会っていればよかった。そうしたらあの面倒な女に付き合わなくて済んだ」
クレイは疲れたように息を吐き、兄と話をしているウィルに目を向けた。
「クレイが彼女の近くにいてくれたから向こうの情勢が知れて対策が立てられるのよ。私としては良いタイミングでこちらに来てくれたわ」
「…僕はアンタの道具じゃない」
じとりと睨まれて、慌てて謝る。
いや、利用しようと思ったとかそういうことじゃないんだ。
「ごめんってば。言い方が悪かったわ。私は貴方のこと友達だと思ってるし、何かあれば全力で助けるつもりよ?そりゃ、今まではご苦労様としか言えない環境だったけど」
「…前から言おうと思っていたが、アンタは心を許すのが早すぎる。僕が何かの魔法にかかっていたり密偵だったらどうするつもりなんだ。それでも公爵家の人間か?」
確かに、クレイと出会ってさほど時間は経っていない。
しかし、初見で嫌な感じはしなかったし、兄とウィルが調べて何も出てこなかったのだから私を害そうとしている人間ではないことは証明されている。
疑う必要も心を閉ざす必要もないのだ。
「兄様とウィルが貴方を信用できるって言ったのよ?疑う要素なんてないじゃない。それに、初めて話した時何となくクレイは信じられる気がしたのよね。…あ、ウィル達には内緒よ?怒るから」
小声で付け足すと、クレイは更に不機嫌そうに顔をしかめた。何でだ。理由を説明したのに。
「アンタは何で他人をそう信用できるんだ。セレスタ様だって相当のやり手だ。家族だからといって必ずアンタに有益な情報ばかり流す訳じゃないだろう」
僕はそういう貴族をたくさん見てきたと吐き捨てるクレイは心底嫌そうな顔をしている。
クレイが嫌うように、貴族の兄弟姉妹というものは地位や財産を巡って争う人間が多い。
いかに相手を出し抜いて自分が得をするか考え、血の繋がった兄弟だろうが何だろうが蹴落として地位をもぎ取るらしい。
幸い我が家は男は兄だけだから跡継ぎ争いもないし、私は王家に輿入れが決まっているので兄が私を陥れる理由もない。
私は冒険者になりたいので最初から公爵家に残るつもりはなかったのだが。
「クレイは相変わらず貴族嫌いね。家族間が冷えきってる貴族もいるらしいけど、私から見たらウチは仲良いわよ?両親も兄様も私に甘いし、夫婦関係も親子関係も良好だと思うわ。私が知る限り両親が喧嘩したのなんて目玉焼きに醤油かけるかソースかけるかってことくらいどうでもいいことしかないわね」
「それどこかの家庭では離婚の理由になったらしいからあまり楽観視しない方がいいぞ。僕はどうでもいいと思うが」
「そうなの?ちなみに私は塩派」
「…アンタ目玉焼きなんて食べたことあるのか?貴族が食べるものじゃないだろう」
まぁ、普通の貴族は食べないかもしれないな。アメリアに目玉焼きにはどっち派か聞いても多分首を傾げられると思う。
でも元一般人としては、凝った料理もいいけどたまにはああいうものも食べたくなるものだ。
「トーストにハムと目玉焼き乗せて食べると美味しいわよ。街の宿の朝食で出してるんだけど、宿泊者じゃなくても食べさせてくれるの。今度街に行った時連れてってあげるわね」
クレイも時々魔石や魔道具の材料を買いに街に下りることがあるので、変装して一緒に買い物をすることもある。
クレイ1人だと危ないし、彼は少し方向音痴の気があるのだ。
「……そういえばアンタ冒険者もしてるんだったな」
「えぇ。楽しいわよ。クレイも登録する?」
「今のところ興味ないな。というか、アンタ王妃教育や公爵家の行事で忙しいはずだろ。どうやって時間を作ってるんだ?」
「ウチは領地もないし、私がやらなきゃいけない行事ってそんなにないのよね。それに王妃教育の方も結構前からやることないのよ。ほら、私優秀だから?…冗談だからそんな目で見ないでよ。後はちゃんと嫁いでからじゃないと教えられないことくらいだし、王宮には実質お菓子食べに行ってるようなものなの。ついでに騎士団の訓練に混ぜてもらったり兄様の所に遊びに行ったりしてるけど」
ローゼンハイム家は公爵という大貴族だが領地を賜っていない。
魔力が高い子供が生まれることが多く代々宮廷魔導師に就く家柄であり、王家とも繋がりが強いため、力を持ち過ぎるのを防ぐためにずっと昔に領地を持たないと決めたらしい。
なので領地経営もしなくていいし、継ぐのは爵位と王都の屋敷くらいなので他の家より遺産争いの種が少ない。
宮廷魔導師は騎士団と並ぶエリート職であり、宮廷魔導師のトップである父も兄も高給取りなので領地からの収入が無くてもやっていけている。
一族には強い魔法使いが多く、我が家が反旗を翻したら国の半分が消し飛ぶと言われているくらい恐れられている。王家のお膝元で飼われていると思っている方が他の貴族の精神的に負担がないのだろう。
「……」
「あ、図書館にも行ってるわよ。この間面白い本見つけたの。ほら、前にクレイが言ってた身体強化魔法の開発に使えそうなやつで」
「何っ、それは本当か?」
初めてクレイが私の話に興味を示した。
目を輝かせてこちらを見るクレイに、本当に魔法が好きなんだなと微笑ましくなる。
私も新しい魔法を覚えるときはいつもわくわくするのでクレイの気持ちはよく分かるし、今回は自分で魔法を創ろうというのだから楽しくて仕方ないのだろう。
まだ研究所に所属した訳でもないのに魔法を開発しようなんて、将来有望な宮廷魔導師である。
「ほんとほんと。えーと、魔道具作るときに魔石に刻印して魔法を付与するじゃない?」
「身体に刻印を刻むのか?」
クレイは刺青でも彫るのかと表情を曇らせる。
「そんな痛そうなの勧めないわよ。魔道具はそれ自体に魔力も何もないから魔法の概念と魔力を込めるじゃない。人間の身体なら魔法の概念は頭に入ってるし魔力だって自分で供給できるでしょ?」
「あぁ。つまりは身体を魔道具だと考えて自分の身体に何かしらの付与魔法を掛ければいいんだろう?だが、筋力を上げるとかそういう単体の魔法だけだとただ腕力が上がるとかそれだけで、うまく体を動かすことは難しいだろう。いくつもの魔法を同時展開するのも難しいぞ」
「だからそれを解決する手助けになりそうな記述があったのよ。…あれ?」
突然ぽんと記憶が飛んだ。
しまった。大事なところをど忘れしてしまった。
「何だ?」
「あ、えーと……ごめん。忘れちゃったわ。今度一緒に図書館行きましょ」
クレイは期待を裏切られて落胆し、肩を落とした。
すまん。本当に悪いことをした。
「僕はまだあそこに入る許可が下りていないんだ。正式に宮廷魔導師になれば自由に入れるんだがな」
「内定もらってるんでしょ?ダメなの?」
まだ学園を卒業していないが、魔法の授業の成績も良いし高い魔力を持っているクレイは宮廷魔導師の内定が決まっている。
来年からは晴れて正式な宮廷魔導師となり、国立魔法研究所に勤務する予定だ。
「僕はまだただの学生だ。セレスタ様に言っても無駄だぞ。というか、規則を破らせるようなことはするな」
王宮にある図書館は基本的には王族か宮廷魔導師等の王宮勤務の者にしか入館許可が下りない。
私は一応王族の血が流れているし、王子の婚約者なので特別に許可を貰っている。それも王家から許可を得ているので他者が口を挟むことができない。
「分かってるわよ。あ、私は一応王家からちゃんと許可貰ってるからね」
「当然だろう。貰ってなかったら問題だ」
「クレイって見かけによらず堅物よね」
「アンタこそ見かけによらず滅茶苦茶だな」
クレイにため息をつき、彼も私にため息をついたところへ聞き慣れた声が降ってきた。
「君たち相変わらず仲が良いね?」
「兄様」
「セレスタ様」
苦笑気味に声を掛けられ、同時に声の方へ振り向いたら近くにきていた兄に笑われた。
私は昔から兄が好きだし、クレイは兄を尊敬しているらしいので彼の声にはすぐに反応してしまうのだ。
兄も自分を慕ってくれる弟のような存在のクレイに満更でもない様子だ。クレイは真面目だし可愛いところもあるしな。
「つーか、クレイこの間のこと根に持ってるのか?」
こちらに歩いてきたウィルは兄との話し合いで疲れたのか、皿からマカロンを掴んで口に入れながらクレイの隣に座る。
「僕は別に…君にウサギも狩れないなんて女子かと笑われたから魔法を開発してるんじゃない」
ウィルを睨むように目を細めるクレイは、ふんと鼻を鳴らして彼から顔を背ける。
「やっぱ根に持ってるんじゃねぇか」
「クレイそんなこと気にしてたの?いいじゃない物理攻撃できなくても魔法凄いんだから」
「剣も魔法も使えるアンタに言われたくない」
「接近戦強いられたら私が守るし」
「僕は男女差別はしないが、アンタに守られるのは気に食わない」
「何それ可愛い」
「どこがだ」
思わず可愛いと呟けば、クレイはキッと睨んでくる。いや、もうそれすらも可愛いわ。
「クレイも男の子ってことね。何か昔の殿下を思い出すわ。私に負けたくないって訓練の時間増やしてもらってたんですって。可愛いわよね」
真面目で努力家なところもクレイとアレクは似ている。意外と負けず嫌いのところも。だから彼らは仲良くなったのかもしれないな。
「……殿下かわいそー」
ウィルが棒読みで言ってまたマカロンをつまんだ。
「どういう意味よ」
「君には分からない話だから気にするな。それより、君の取り巻きを気取ってる奴らがミリアを懲らしめるとか言って誘拐を企ててるらしい。君に罪を擦り付けるために君のことも狙ってるようだから、アリバイが成立するように実行日とその前後は居場所を明確にしておいてくれ」
私の取り巻きだと言っているのに私に罪を擦り付けようとは見下げた根性の奴らだな。
前にしつこく話し掛けてきた子達かな?気が強そうで苦手なタイプだったのであまり深く付き合わなかったのだが、やはり友達にならなくてよかったようだ。
しかし、勝手に仲間に入れられるのは勘弁して欲しい。しかも取り巻きを自称しているということは中心人物は私ってことで、奴らが何かやったら責任は私が取らされるんじゃないか。
女の子って面倒くさいな。何かされる前に彼女らとは無関係だと周知しておこう。
「未然に防げないの?」
一応聞いてみるが、ミリアの誘拐イベントは必須イベントなので恐らく回避できないだろう。
私がやらなくても違う人間がやるんだな。
こういうところは昔からゲームのシナリオを踏襲していて融通が利かない。本来ならイザベラの我が儘によって婚約者の地位に就くのだが、私が望まなくても王子の婚約者になってしまったように。
「証拠が残ることをわざわざやってくれるんだ、有効活用させてもらおう」
私の隣に座った兄は、にこにこと楽しそうに笑った。
「イザベラは気分転換に魔物の討伐依頼でも受けておいで。西の岩山にサイクロプスが出たという話だから、いくつかのパーティーで臨む必要があるだろう。君の目撃証言に最適だ」
「サイクロプスって、そんな危険な」
クレイが慌てて声を上げるが、兄に笑顔を向けられて口をつぐむ。
「イザベラなら大丈夫だよ。我が家の護衛も付けるから万が一ということもあり得ない。用心は必要だけれどね?」
冒険者ギルドで発行されるギルドカードは偽造が不可能な物質であり、依頼を受ければ記録が残る。また複数のパーティーで臨む依頼なら、目撃者も多いし情報操作も難しい。
なんていいタイミングで現れてくれたんだサイクロプス。
「えぇ。彼らに助けてもらう前に倒してみせるわ」
サイクロプスといえば1つ目の巨人で、移動速度はやや遅いが攻撃力が高い魔物である。
雄叫びを聞くと体が竦み、麻痺状態にされるという状態異常も付与してくる厄介な敵だと以前魔物図鑑で読んだことがある。その他いくつか特徴や注意点等が載っていた。
・火や水等の魔法に耐性があり、効くのは雷の魔法くらい。
・盾役に攻撃を防いでもらいながら、雷系の魔法か弓などの遠距離攻撃で弱点の目玉を狙って倒すのが一般的。
・時々大ジャンプしてくるので、できれば早めに倒すか脚を破壊しておくのがオススメ。
まだ遭遇したことはないが、本によればそういう感じの魔物で、通常弓使いや魔法使いを有するパーティーが最低3組は協力して倒すらしい。
王都には強い冒険者があまりいないので、この辺りでは割と強敵認定されているようだ。
まだ戦ったことのない魔物に胸が高鳴る。
堪えきれずにニヤニヤしていたらウィルが呆れたような顔をしてため息を吐いた。
「……普段溺愛してる割にはセレスタ様ってイザベラのこういうところ止めませんよね」
「イザベラがやりたいことは極力させてやりたくてね。それに、最近学園では面倒なことが多くて疲れているだろう?岩山に行くなら泊まり掛けだし、いい気分転換になるからね。こちらのことは私が何とかしておくから、少しゆっくりしておいで」
「ありがとう兄様。何かお土産持ってくるわね」
「いや、サイクロプス退治が気分転換とかおかしいからな。ゆっくりできるところじゃねぇから、んぐっ?!」
兄に笑い返したらすかさずウィルにツッコミを入れられたが、兄はにこにこしたまま彼の口にマカロンを突っ込んだ。
「ふふ、イザベラが無事に戻ってきてくれたら何もいらないよ」
何事もなかったように優しく微笑んで私の頭を撫でる兄を見て、クレイとウィルが目を逸らした。




