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ロマンス小説大手【菫苑出版】には未来の王妃が監修者としてついている  作者: 章槻雅希


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フローリィ王国の事情

 フローリィ王国の市井では、今少女向け小説が大流行している。


 この国は気候も穏やかで王侯貴族が政治的には真面(まとも)な人格者だったことから、長く平和な時代が続いている。私生活では浮気者だったり暴力的だったり怠け者だったり浪費家だったりする貴族も、(こと)、国政のこととなれば大陸中で一番真面で有能な政治家となる。


 その結果、封建社会はもう古い、民主主義だ、社会主義だ、共産主義だと騒ぐ近隣諸国を尻目に、国王がトップに立ち少数の高位貴族とその数十倍の下位貴族、その数千倍の平民という、明確な身分差のある社会構成を維持し続けている。要は地球の歴史上、革命だのなんだの五月蠅かった18世紀末の欧米と太平の眠りについていた日本のようなものだ。


 なお、この大陸に、いやこの世界に魔法は存在する。但し、個々人で魔法を使えるのは少数だ。殆どは魔道具によって21世紀の地球の科学技術と変わらないモノを持っている。


 スマホのように便利な多種多様なアプリはないが遠距離通信(音声通話とメール)は対応する魔道具があるし、パソコン(正確にいうならワープロ)はないが、高性能タイプライターもある。活版印刷はないが複写魔道具がある。


 移動手段は馬車だが、遠距離移動には転移魔導門を使用するので、21世紀の地球よりも交通の便は良く移動時間も短い。


 やたらと地球の話が出てくるが、それはこの物語の要であるザスキア公爵家長女アレクシア・ベアトリクス・ノイチュが令和日本に生きたアラフィフ女性の記憶を持っているからだ。


 だから、この、魔法によってやたらと便利になり、上下水道完備で衛生的な、なのに道は石畳・建物は煉瓦造りの都市を見て『あ、これ、きっとラノベか乙女ゲームの世界だ』と確信したのも無理はない。


 そして、自分が公爵家に生まれ、前世では想像もつかないほどの美貌を持っていた時点で『悪役令嬢に転生パターン?』と戦々恐々としたのも無理はないだろう。尤も、確かに王家の第一王子と婚約はしたものの、今のところ仲はそれなりに良好だし、記憶にあるラノベや乙女ゲームのどれにも自分たちがいたモノはないので、用心だけしてこの世界の貴族令嬢らしく過ごしている。


 因みにアレクシアはザスキア公爵家の長女ではあるが、5人兄弟姉妹(きょうだい)の3番目である。長兄・次兄・アレクシア・妹・弟という兄弟構成だ。妹が生まれたときにはもしかして『狡い狡いとなんでも奪っていく』系の妹かと焦ったが、至って普通の姉妹関係だ。特に妹がシスコンということもなく、かといって敵視するわけでもない。『お姉様が公爵家の義務を果たしてくださるから、わたくしは自由だわ。お姉様、ありがとう』と中々に図太く要領のいい妹だが。


 なお、長兄ディートヘルムは公爵家の後嗣、次兄アウグストは従属爵位の伯爵位を得て分家を立ち上げて兄の補佐、長女アレクシアは王太子筆頭候補の婚約者、妹アルビーナは幼馴染である派閥内の侯爵家嫡男と婚約し、弟エメリヒは男子のいない寄子伯爵家に婿入りすることが決まっている。それぞれに高位貴族として生まれた責任を自覚し、それに相応しくあろうと教育を受ける日々だ。








 さて、一通り要の人物アレクシアとフローリィ王国の簡易的な状況を説明したところで話を戻そう。


 現在、王国の市井(王都に限らず)では、小説が大流行している。特に少女向けの恋愛小説だ。


 前述の通り、このフローリィ王国の王侯貴族は政治家としては有能な者が多い。全員がそうだとは言わないが、政治的にはノブレスオブリージュを体現し、平民こそが国の礎だと理解しているのだ。ゆえに平民への教育も読み書き計算の基礎教育だけとはいえ無償で提供される。その結果、この国では平民でも識字率が高く、凡そ80%となっている。これは文化レベルが地球の18世紀ヨーロッパと似通っていることを考えると、かなり高いといえる。当時世界最高水準だった日本でも80%には満たず、ヨーロッパ都市圏では50%に届くかどうかというレベルだったことを鑑みれば、フローリィ王国の教育水準の高さが窺える。


 そして、魔道具によって地球であれば高価だったはずの書籍も、21世紀並みに安価で入手可能だ。江戸の町程度には貸本屋も多く、庶民も気軽に読書が楽しめるのだ。中規模の街ともなれば大なり小なり図書館も設けられている。


 そうして流行したのが、少年少女たちの夢を詰め込んだ冒険小説と恋愛小説だった。


 因みに貴族と庶民ではその読書傾向が異なる。庶民は娯楽小説やゴシップ新聞が主流であり、王侯貴族は古典や歴史書・学術書がメインで、娯楽としての読書はほぼしない。いや、真面な貴族ほど娯楽に費やせる時間は少なく、空いた時間は社交に有益なカードゲームやテーブルゲーム、器楽演奏に充てることも多いのだ。趣味と実益を兼ねているともいえる。


 そんな王国内で今一番流行っているのが少女向け恋愛小説で、王子や公爵令息などの高位貴族と平民の少女の身分違いの恋を取り扱ったものが特に人気だった。


 微行(おしのび)で一人で市井に出た王子や公爵令息がそこで平民少女と出会う。一目で恋に落ちることもあれば、数回の偶然の出会いを経て運命を感じることもある。そして身分の違いによる様々な障害を乗り越え、やがて平民少女は身分違いの恋を成就させるのだ。大抵は祝福された結婚式で終わる物語は、平民の夢見る夢子ちゃんには大人気だった。


 多少の分別がつく年ごろになれば、『これは飽くまでもフィクションです』と書かれている注意書きに頷くが、中には夢見るお馬鹿ちゃんもいないわけではない。だが、己の立場を理解している王族や高位貴族が微行(おしのび)で単独行動することなど有り得ず、必ず複数人の護衛に守られているため、夢見る夢子ちゃんが出会う機会などなかった。そもそも微行(おしのび)王子たちは認識阻害の魔道具を使い市井に溶け込むので、夢子ちゃんたちが探す『平民服では隠せない、キラキラしい美形』など見つかりようもないのだ。


 しかし、そんな勘違い夢子ちゃんがそれなりの数発生する程度には、身分違いの恋の市井向け恋愛小説は流行した。


 因みに少年向けでも身分の差恋愛はあったが、それは男主人公の立身出世と重なったうえでの恋愛だったので、最終的には殆ど身分の差はなくなっていた。また立身出世の契機となるのは魔王誕生だとか大規模スタンピードだとか他国からの侵略といった非現実的なものであるため、少年たちは英雄譚に憧れながらも現実とは混同しようがなく、物語は物語とあっさりと区別をつけていたのである。


 次に流行したのは『略奪純愛物』といわれるジャンルだ。ジャンル名が既に矛盾している。身分の差における障害を王子たち(ヒーロー)の婚約者と限定したジャンルである。殆どヒロインの努力が必要ない障害であることと、高位貴族の美少女に嫉妬されてそれを嗤う立場になれることが人気が出た理由の一つだろう。


 それらの物語の殆どは王子(王太子)とヒロイン(平民少女、なぜか花屋が多い)と悪役令嬢(王太子の婚約者で高位貴族令嬢)、ヒロインの味方となる王太子の側近(高位貴族令息)、悪役令嬢の取り巻き(王太子の側近の婚約者であることが多い)がメインの登場人物だ。そこに出てくる大人は学院の教師とヒロインの両親くらいなもので、本来ヒロインの障害となる王太子の親(国王夫妻)や政府高官・護衛騎士・教育係・婚約者の親や親族などは出てこない。なお、ヒロインに花屋の娘が多いのは、街角に立つ娼婦(花売り)の隠喩ではないかとも言われている。


 そして、悪役令嬢は特待生や奨学生として学院に通っているヒロインに対して虐めを行う。悪役令嬢はヒロインの靴や学用品を隠したり壊したり、何故か学校に持ってきている祖母の形見のアクセサリー(ネックレスかブローチ)を壊したり、池や噴水に突き落としたり、階段から突き落としたり、集団で囲んで責め立てたり、街の破落戸(ごろつき)を雇って襲わせたりするのだ。


 恐らく作者も出版社の担当者も貴族とは縁がないのだろう。貴族が婚約者の浮気相手を排除するなら、苛めなんて手緩く手間のかかることはしない。排除一択だ。平民なら店を潰すなり親の職を失わせるなりして王都もしくは国内にいられなくするか、或いは『事故死』させる。尤もそれをすれば物語は終わるし、読者層である平民少女にとって身近な平民の学校で起こるのと同じ苛めのほうが共感しやすい。だから、こんな貴族社会では起こりえない手緩い苛めが起こるのである。


 そして、なんだかんだと最終的には王太子が婚約者を平民苛めの罪で断罪し、婚約破棄し、平民少女は王太子と結ばれる。


 それが今現在流行っている『略奪純愛物』だった。








 菫苑出版の社長は考えた。社長とはいっても事務員と2人だけの小さな会社だ。それでも平民少女向けの恋愛小説でかなりの儲けを出し、『略奪純愛物』でもいくつかのヒット作を生み出した。


 実はこの男ゲオルグ・ダウムは平民ではあるものの、従妹が某公爵家の洗濯婦(ランドリーメイド)をしている。公爵家ともなれば殆どの使用人は貴族出身だ。しかし、庭師や料理人、針子などの技術職やランドリーメイド・スカラリーメイドといった実務肉体労働の下級使用人は平民からも採用される。従妹の兄の妻の再従兄の妻の姪が令嬢の侍女をしている伝手で下級メイドとして雇われたらしい。公爵家にしてみれば、下位貴族の後嗣ではない子女や平民を雇うのも高貴なる者の務めの一つだ。そうして雇われたのがゲオルグの従妹だった。


 その彼女から聞いた話によれば、この平民向けの恋愛小説を貴族のご令嬢方も読んでいるらしい。ならば、貴族向けに出版しても受けるのではないか。勿論、そう考えたのはゲオルグだけではなく、ライバルの出版社も貴族向けの恋愛小説の出版を目論んでいるらしい。


 だったら1日も早く自分も……と思ったゲオルグだが、本当に大丈夫なのかと不安にもなった。平民が貴族の姿を描いても、それは平民が想像する貴族でしかない。そんなものを貴族が読んで違和感がないわけはなく、それを不快に感じれば拙いことになりかねない。


 そこで、ゲオルグは自分の持つ伝手を有効に使うことにした。そう、従妹である。従妹を通じて従妹の遠い親戚である侍女に繋ぎを取り、事情を説明した。すると侍女(伯爵家4女)は自分が中身をチェックしてもよいと言ってくれた。


 更に、お仕えするお嬢様が侍女の話に興味を示し、なんと設定段階から貴族が読んで違和感がないか、不快に思わないかの助言をくれると言うではないか!


 喜んだゲオルグではあるが、それが筆頭公爵家令嬢であり次期王太子と目されるジークヴァルト第一王子の婚約者アレクシア・ベアトリクス・ノイチュと知ったときには悲鳴を上げ、腰を抜かしたのだった。


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