勇者、異世界に降り立つ。
「あなたは、今から勇者になります。なので、あなたには魔王を倒していただきます」
いきなり、口頭で、辞令を言い渡された。
相手の姿は見えない。
いや、相手どころか何も見えない。音声だけが頭の中に響いた。ちょうどウグイス嬢が、球場に選手を紹介するような無機質さで。
こういうのは普通、紙面で取り交わすのではないのか?
俺の疑念と、意識は、水面に広がる波紋のように薄く伸ばされて、溶けていく。
はっきりと気がつくのは、ずっと先だと、その時の俺が知る由もない。
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俺は、体が弱いと信じられた。何かにつけてすぐに熱を出して、色々なものを与えられては、取り上げられた。とりわけ、本を欲しがるので、自室の中に溢れかえるほどだったが、読書もままならず、積読となってしまっていた。
何も出来ない幼児の、膨大に余る暇な時間は、読書に費やそうと決意したはいいものの、それが満足にこなされることはないらしい。
この熱に、俺は覚えがあった。
知恵熱だ。
当然と言えば当然だ。幼児の未発達な脳に、二十六年分の記憶と、そこで培った思考力、判断力がそのままインプットされたのだ。無理をさせていないというほうがおかしい。
インプットされたものを引き出し、整理するのにも相当の時間がかかった。五歳の誕生日を間近に控えた今になってようやく、事の次第が見えてきた。
どうやら俺は、ほかの世界に転生を果たしたそうなのだ。
二十六年の間、日本で、多少の浮き沈みはあったものの平凡に暮らしてきた俺、「高木 仁」は、別世界の幼児、「セタン」として生まれ変わった。
仁の人生がどの時点で終わったのか、詳細な記憶は失った。いや、そもそも初めから曖昧だったような気すらする。
本当に気づいた頃には、セタンになっていた。
いやまぁ、気付いたと言えるのは、セタンになってからだいぶ経ってからだったが。
とにかく、俺はこの世界で生きねばならなくなった。
やけに頭にこびりついているのはウグイス嬢のような声。俺が「勇者」に任ぜられたらしい時の記憶は、嫌という程に夢に見た。作為的なものすら感じるほどに。
二度目の人生。まずできることといえば、情報収集だった。今の自分の立場や、周辺の環境、人間、その他あらゆる事を知ろうとした。その過程で、少なくともこの世界は、日本が存在し、スマホやパソコンといった精密機器が普及する現代社会ではなく、全く別の、剣と魔法を中心とした、中世に近い、けれど全く違う世界だということがわかった。
そして、それなりに裕福な、商人の家の子として生まれたらしかった。
「セタン、もう夕食よ。家に入りなさい」
母、ヒティネの声が聞こえた。庭にぶら下げられたブランコから、慎重に降りる。青々として、整えられた芝生に両足をつけた。
家の方から漂うスープの香りが、鼻を掠めた。
はじめまして。時間が余りに余っているので、何かを書き始めました。
構想段階では、魔王を倒すのは相当先になりそうです。今後とも楽しんでいただけると幸いです




