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アデル・オブ・シリウス ―原死の少女 天狼の騎士―  作者: うづき
終章 天狼の光とともに

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15-34 溶殺孵化


 エリーの鋼線が、ネロの四肢を縛り付けて拘束する。そのままバラバラに切断しようとするが、異常存在(ヘテロ)と化した少女の肉体は、あまりにも頑強であり、断ち切ることは不可能である。身体にまとわりつく糸くずを取り除くかのように、ネロは銃剣を巧みに使って、易々と鋼線を切り裂いた。


 それを見たジェシカが、驚きの声を漏らす。


「鉄の(かたまり)を切り裂くエリーゼの鋼線なのよ?! それで切り刻めないなんて、どんだけ固い肉質なのよ!」


 鋼線の拘束から力尽くで逃れたネロは、小馬鹿にした笑みを浮かべて、エリーへ迫る。


「こんなのであたしを()れるわけねーじゃん!」


「そのようですね。なら()()を変えます」


 エリーに襲いかかろうとするネロを、割って入ってきた刀使いの少女、宵闇のユエが迎撃する。ユエの薙ぎ払いを避けることもせず、ネロは甘んじて、その刃を腹部で受ける。


「刃が……通らない……!」


 ネロの身体を上下に切断することができず、腹で刃を受け止められたユエは驚愕する。


 一刀によって絶命させることはできなくても、それでもネロの動きは止められた。その隙を逃さず、下方から突き上げるようにして、全身大鎧の要塞騎士リアムが、スピアを構えて突撃する。串刺しにするべく放った渾身の突きは、ネロの細腕の一振りでいなされ、たやすく軌道を逸らされてしまう。


「バカな! そんな細い片腕だけで、この一撃を?!」


「うるさい羽虫だなー。死んどけよ」


 目にも止まらぬ速さ。ネロの銃剣の刃が、まるで紙でも射貫くようにして、要塞騎士の分厚い甲冑を簡単に貫く。脇腹を刺され、リアムが苦悶の声を漏らした。


「この要塞騎士の装甲を穿(うが)つとは、なんという剛力……!」


 トドメを刺されそうになったリアムを、近くにいたユエが蹴りつけ、ネロから引き離す。そうして無理矢理に間合いを離してやり、襟首を掴んで一緒に後退した。


「悔しいけど、こっちの攻撃なんか、意に(かい)してもいない。()()()()()()()()って感じだね……!」


「我等の攻撃では、決定打にはならないか……しかし、ここまではエリーゼ様の作戦通り!」


「!」


 エリーは再び、空間中に鋼線を展開していた。

 ユエとリアムに気をとられていた、そのネロの四肢を素早く絡め取り、身動きを封じた。


 だがそれだけでは、また即座に逃れられてしまうだろうことは、誰にでも予測できる。


「意味ないって、学習できてないわけ?」


 嘲笑われることも構わない。エリーの手から伸びた鋼線は、釣り糸のように緩み、ネロを絡め取ったまま、(むち)のように波打つ。その場でエリーがくるりと回転すると、スカートが広がり、優雅な円を描く。鋼線で捕まえたネロの身体を振り回して、遠心力によって――――そのまま勢いよく地面にめがけて投げつけた。


「!」


 今しがた、高層ビル群の建ち並ぶ隙間、高所での空中戦が展開されていた。そこから放り出されるようにして、ネロは直下の地面へ、背中から落下していく。遠ざかるネロを見下ろし、エリーは告げた。


「自由に空を飛べる貴女の魔術を相手に、高所での戦闘では、私たちの方が不利です。こちらの陣営が得意な、地上戦に切り替えさせてもらいますよ」


 アスファルトの上に叩きつけられる直前、ネロは力が働く方向(ベクトル)の魔術を使い、路面に接する寸前で静止する。間髪入れずに追撃しようと、上空から飛来してくるエリー。そして、従者である宵闇と、要塞騎士。3人の敵を迎え撃とうと、ネロは上を見上げて銃剣を構えた。


 ネロに向かって、エリーが優雅に笑む。


「私たちの方に気をとられていて大丈夫ですか? これは()()()()()ですよ」


「!?」


 ――――銃器を構えたガスマスクの修道女たちが、取り囲むような位置取りで待ち構えていた。


 エリーは、地上に展開していた部隊の真ん中に、ネロを放り投げたのだ。聖団の正装である金刺繍(ししゅう)された白いローブの女が、すでに構築済みの現象理論(プログラム)を解き放つ。


「切り裂けないのなら、溶かすまでです――――”罪人の浄化(セイクリッド・シン)”!」


 緑色のおぞましい液体が、地の底から湧き上がる。一瞬でネロの足下に溜まりを生じさせ、噴火したように噴き上がって、強酸性の柱となる。その(ふところ)の中に抱擁(ほうよう)する何もかもを、激烈に溶解させる液柱。抱かれたネロの激痛の叫びと、鉄板で肉を焼くような音が響き渡る。


 程なくして、酸の液柱が(ほど)けると、触れるだけでも危険な緑色の雨が降る。それに打たれているのは、ドロドロに溶けてただれた皮膚と肉をまとい、全身から白煙を立ち上らせている、変わり果てた少女の姿だ。見た目で判別不能なそれが、ネロだとわかったのは、溶解しなかった銀色の銃剣を手にしていたからだ。


「聖団の狩り場へようこそ」


 冷ややかなシスター・ルリアの通告と共に、その背後で控えていた修道兵たちが一斉放火を開始する。ネロの身体は、溶けて柔らかくなっていたため、通常弾でも十分に()()()様子だった。文字通りの蜂の巣にされ、ネロは全身から血と、溶けた肉片を吹き出す、おぞましい肉塊と化した。


 大槍にまたがり、上空からその攻防を見守っていたジェシカとレイヴンが、固いツバを飲む。


「……あの不良メイドを、倒せたの?」


「普通なら絶対に死んでるでしょ、あんな状態」


 白煙を全身から漂わせる肉塊。

 絶命しているとしか思えない惨状に見える。

 身動き1つ取らなくなった様子を見て、その場の全員が、次第に勝利を確信しようとしていた。


 その瞬間だった――――。


「……!?」


 最初に気がついたのは、シスターだった。


「……今、動いた……?」


 肉塊と化したネロが、僅かに動いたように見えたのだ。

 勘違いかとも思ったが、やはり勘違いではない。


 ドロドロに溶けているため、どこが腕で、どこが脚なのかは見た目で判別できない。ただ肉の塊の内部で、なにかがうごめき、胎動している。ブルブルと全身を震わせていた。やがて、表面のただれた肉を突き破り、中から何かが飛び出してきた。


「…………大いなるロゴスよ……!」


 目の前で始まった、おぞましい光景を目の当たりに、思わずシスターは祈りの言葉を口にしてしまう。


 修道兵たちや、エリーたち。そしてジェシカとレイヴン。その場の誰もが、状況を理解した。今まさに、肉塊という”タマゴの殻”を破り、育った()()が出現しようとしているのだ。


 元の人間の体躯(たいく)よりも、遙かに大きい――――。


 身の丈は4メートルほどあるだろう。異様に長い手足。猫背で、不健康そうに青ざめたような白い肌。もはや人であると思えない理由は、腕が4本あり、脚も4本あるためだ。のっぺりとした顔には目も鼻も付いてない。ただ、亀裂のような横長い口の中に、ケモノのような牙が生え揃っている。背骨に沿うようにして、気味の悪い配色の、色とりどりの花が咲いていた。


『イッてぇーなー。おかげで、人間の形じゃいられなくなったじゃんか』


 細長いシルエットの各所に、複数の目玉が生じて、それがギョロギョロと周囲を凝視しはじめる。

 人ではないケモノと化したネロを、その場の全員が、青ざめた顔で見上げていた。


『あたしは()()()()()って言ったじゃん。酸に浸けられたくらいで死ぬわけない。今さら驚くようなことじゃないっしょー』


 落ちていた瓦礫や、ガラス片。鋭く固く。重たく危険な品々が、ふわりと宙に浮き上がり出す。それらはネロの魔術による現象だ。あっという間に放たれたかと思えば、周囲にいた多くの修道兵に突き刺さり、ぶつかり、たやすく命を絶つ。簡単に、静かに、大勢を殺しながら、異常存在(ヘテロ)の姿と化したネロは、狂気じみたおぞましい声色で警告した。


『勝てると思っていたんでしょ? かかってきなよ。わからせてあげる。世界の終わりがきたんだって』





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