5-5 異能兵装
※今回のお話は、少し過激な表現が使われています。苦手な方は閲覧にご注意ください。
重槍騎士レイヴン。
冠する名の通り、無骨な大槍を得物として使う帝国騎士だ。
手にしているのは、奇妙な形状の槍である。
柄の部分に、銃把を思わせる突起物――手をかけられるハンドル部分がいくつか付いている。しかも、矛と反対側に位置する、柄の端には、チューリップを連想させる、金属製の蕾が生えていた。槍と言うよりは、まるで棒状の、何かしらの機械のようである。
レイヴンはしがみつくよう、柄の部分を両手で固く握りしめる。
荒々しく研がれた矛。その切っ先を、リーゼへ向けた。
「――――突撃加速槍!」
レイヴンが声を上げるのと同時だった。
槍の後方で火炎が迸った。
柄の端に付いた金属製の蕾は、炎を吹き出す加速装置だった。空気を叩きつけるような破裂音と共に、槍を構えるレイヴンは、撃ち出された銃弾のごとく、凄まじい速度でリーゼへ迫る。
「!」
想定外の速度。しかも飛来してくるレイヴン。
奇襲も同然のその突撃を、リーゼは避けきれない。
リーゼは懐に忍ばせていた大振りなダガーナイフを抜き放ち、刃の腹で、何とか矛先を受け止める。だが、レイヴンの突進の勢いは止まらない。矛に貫かれることだけは免れたが、レイヴンの矛先に押しやられるような形で、リーゼは背後のビル壁面に叩きつけられてしまう。
重たい衝突音と共に、粉塵が巻き上がる。
リーゼは、コンクリート壁に身体をめり込ませ、堪らず吐血する。
「リーゼ!」
攻撃を真正面から受けた、仲間の身を案じるケイ。
だが一瞬のうちに、リーゼとの距離は離れすぎてしまった。
もう、声が届く距離ではなくなっている。
「――おいおい。仲間の心配をしてる暇なんてないだろ、下民の小僧?」
歯噛みしているケイへ声をかけてきたのは、レイヴンの部下である帝国騎士たちである。その人数は10人を超えているだろう。おそらく、学校で遭遇した、第138実行小隊だ。
見れば騎士たちは、すでに銃を構えるのをやめている。
ただ下卑た笑みを浮かべながら、余裕綽々の態度だった。
「あの機人は厄介だ。隊長に任せるしかないだろう」
「なんせ、うちの隊長は魔導兵より強いからなあ! 過去に機人を何人か殺してるし、負けっこねえ!」
騎士たちは、レイヴンの勝利を疑っていない様子である。
口々に隊長を賞賛し、そうしてから、ケイへの侮蔑の言葉を投げかけてくる。
「下民のお前の相手なら、隊長の手を煩わせるまでもない。我々の支配権限で、どうとでもなるからな」
「そもそも白石塔の下民ごときが、帝国人に反抗しようだなんて考えが間違いなんだ。お前等は何も知らずに、一生、俺たちに富や女を搾取され続けてりゃ良いだけの“家畜”だぞ? この何世紀にもわたって、カスみてえな存在なんだ。それが生意気にも、人間様に楯突こうとしたんだ。覚悟はできてんだろうな。おしおきしてやるよ?」
「……」
帝国騎士たちは、ケイを小馬鹿にしてゲラゲラと笑い合う。
そのうちの1人が、意地悪くニヤけて、ケイへ命令してきた。
「おい、雨宮ケイ。お前が背負ってる、その散弾銃。手に取れ」
「……」
ケイは言われた通り、散弾銃を手に取る。
帝国騎士は、さらに命じてきた。
「それを使って――――自殺しろ」
最悪な命令だった。
帝国人の支配権限は、ケイたちのような白石塔の人間たちよりも上。つまり、こんな末端の兵士たちの命令であっても、ケイは絶対服従で、逆らえないのだ。
本来ならば。
ケイに自殺を命じた帝国騎士たちは、腹を抱えて笑っている。
そうして、今か今かと、ケイが自殺する瞬間を待っていた。
散弾銃の持ち手部分をスライドさせるポンプアクションで、ケイは弾薬を薬室へ送り込む。そうして銃口を、1番手前の、命令してきた帝国騎士へ向けた。
「……は?」
ケイは、微塵の躊躇いもなく、引き金を引いた。
途端に吐き出された散弾は、帝国騎士の頭部に着弾する。
頭部がぐちゃぐちゃの赤黒い肉塊と化した兵士は、その場で仰向けに倒れた。
自分たちの命令に従わない人間。
それは想定外だったのだろう。
帝国騎士たちは唖然としてしまっていた。
そんな騎士達へ、ケイは笑いもせず、冷ややかに告げた。
「初めて人を殺してみたが……子供を誘拐し、大量殺戮をしてるようなクズ相手だと、心が痛まないみたいだ」
「このガキ! 支配権限が効かなくなってるだと!?」
ケイの異質さに気付いた帝国騎士たちは、一斉に突撃自動小銃を構え直す。無数の銃口を向けられたケイは、急いで手近な遮蔽物の陰へ飛び込んだ。その遮蔽物とは、路上に放置された、苔むした廃自動車である。
直後、帝国騎士たちが撃ってきた驟雨のような銃弾が、廃自動車の車体に着弾し、金属を叩く音と火花を無数に生じさせる。物陰から少しでも身体を出せば、即座にケイは蜂の巣だろう。完全に追い詰められてしまった状況である。
だがケイは絶望することなく、ただリーゼに言われたことを思い出していた。
自分の右腕に装備された手甲装具を、黙って見下ろす。
その、眠っている機能を起動するためのキーワードを、ケイは口にする。
「略奪の腕――――」
リーゼが、ケイの手甲装具へ込めた拡張機能は、そう名付けられた。
効果は2つ。装備者の腕力を大幅に高めること。そして、射程内に存在する物質であれば、遠隔で“掴む”ことができるということだ。その有効射程は、約3メートル。掴める対象物は、装備者が知覚できるもの。つまり目で見えるものに限る。
ケイがキーワードを呟くと、手の甲の赤い宝石は、ほのかな灯火のような輝きを宿す。
「距離や重さは関係ない。見えない第3の腕を使って、離れたモノを手に取るイメージで……」
ドラッグ&ドロップの要領だ。
言いながらケイは、すぐ傍に落ちている巨大なコンクリート塊へ意識を向ける。ケイが隠れている自動車と同じくらいの大きさと質量がありそうな、重々しい、岩塊と呼べるものだ。それに向かって手を伸ばし――――拳を握る。
「掴む」
瞬間、コンクリート塊はフワリと宙へ浮かぶ。おそらく、その奇跡も同然の所業は、ケイ自身が引き起こしていることなのだろうが……信じられない思いで目を瞬かせてしまう。
「……これは、すごいな」
そう呟き、ケイは不敵に笑んだ。
帝国騎士たちが、驚きの声を上げるのが聞こえる。
「なっ! コンクリート塊が浮かんだ!?」
「バカな! 念動力か?!」
「違う! このガキ、機人の“異能兵装”を使ってるんだ! クソッタレ、構わず撃ち続けろ!」
いっそう激しく撃ってくる帝国騎士達へ向かって、ケイは、宙へ浮かせたコンクリート塊を投げつけた。何人かが下敷きになって潰れ、その断末魔の叫びが廃墟へ轟く。
一斉射撃の勢いが緩んだ。
その隙を見逃さず、ケイは背負った騎士剣を抜き放ち、自動車の陰から飛び出した。
帝国騎士達は、ボディアーマを装備している。おそらく胴部は防弾、防刃になっている可能性が高い。頭部にも、おそらく防弾と思わしき仮面のようなものを付けていたり、付けていなかったりしている。ならば狙える弱点は首。頸部を斬り落として殺すしかない。
電光石火。
帝国騎士たちの一瞬の隙を突き、まずは近くにいた兵士の首を斬り飛ばす。騎士剣の切れ味もさることながら、ケイの手甲装具が、腕力を高めてくれているおかげだろう。まるで紙粘土を斬ったくらいの軽い手応えで、難なく人間の頭部を切断できてしまった。
首の切断面から吹き出た血しぶきを浴びながら、ケイは最寄りの帝国騎士を次々と襲った。
「下民のガキ風情が! 調子に乗りやがって!」
帝国騎士たちの得物は銃であるため、銃口を向ける方向によっては味方を誤射する可能性がある。そのため、展開した陣形のど真ん中へ乱入されては、迂闊に発砲できなくなってしまっていた。近接戦闘へ戦術を切り替える。
帝国騎士たちは帯剣していたため、鞘から剣を抜き放つ。
その剣は、刃先が高速振動することで切断力を高めている、高周波ブレードである。2度ほど斬り結んだだけで、ケイの騎士剣は容易く剣身が切断されてしまった。
ケイは武器を失ってしまった。
「なまくらで挑んできたのが運の尽きだ! 終わりだな!」
帝国騎士の1人が、ブレードを振り下ろしてくる。
だがケイは、それを“見えない腕”で掴み、受け止めた。
「なに!?」
略奪の腕によって、ブレードを取り上げられてしまう帝国騎士。ケイは、敵から奪ったその高周波ブレードを手に取り、襲ってきた騎士の頭を容赦なく斬り飛ばす。すかさず、背後から忍び寄ってきていた、別の騎士の胴部をもなぎ払う。
どうやら高周波ブレードであれば、帝国騎士のボディアーマであっても切断できるようだ。ケイに切り裂かれたアーマの向こうから、帝国騎士の内臓がこぼれ出ている。斬られた相手は、悲鳴を上げてのたうち回り始めた。
「あぎゃあああ!」
「良い武器をもらった」
「くっ!」
帝国騎士たちはケイから距離を取り、陣形を整えてから、再び得物を突撃自動小銃に切り替える。接近戦は分が悪いと踏んだのだろう。一斉に、ケイへ向かって遠距離攻撃を仕掛けてきた。
ケイは、意識を集中する。
手甲装具を装備した右手の平を広げ、相対する帝国騎士たちに向かって突き出した。すると、ケイに向かって飛来してきた大量の銃弾は、虚空で見えない腕に掴まれ、全てが動きを止める。ケイの目の前には、空中で静止した銃弾が浮かんだ。そして間もなくして、それはバラバラと、アスファルトの上に転がり落ちた。
銃弾を空中静止させたケイに、帝国騎士たちは言葉を失った。
思わず射撃の手を止め、その場に立ち尽くし、愕然と呟いてしまう。
「…………何なんだ、お前は……!」
帝国騎士たちにとっては、もはや理解不能な状況だった。
自分たちよりも身分が下の家畜。命令に逆らえないはずの奴隷。
そのはずの相手が、自分たちの命令に逆らい、自分たちを圧倒しているのだ。
ケイが手にしていた高周波ブレードは、音もなく、フワリと虚空へ浮かび上がる。
ブレードは、ケイの周囲を公転する星のように、空中を漂い始めた。
それを見つめながら、ケイは言った。
「異能装具と呼ぶのか? これの使い方は、だいたいわかった」
ケイは駆け出し、帝国騎士の軍勢へ正面から向かって行く。
もはや身を隠す理由はない。逃げ回って、相手の隙を窺う必要もない。
ケイは右腕で、虚空を横一閃に薙ぐ。
虚空に浮いたブレードは、遅れてその軌跡を辿り、騎士たちの頭を斬り飛ばした。