5-6 閃光の弓
ケイと帝国騎士たちの戦場から、少し離れた場所――。
レイヴンは、槍の矛先でビルの壁面へ叩きつけてやった少女の姿を、じっと観察している。少女、リーゼは、矛先をナイフの腹で受け止めた格好で、壁に身体をめり込ませている。
フードマントの下に覗いているリーゼの四肢は、機人族に特有の戦闘服姿だった。レイヴンは、過去にそれを見たことがあるため、すぐに理解できた。肌に密着する、ラバースーツのような代物だ。その服は、リーゼの美しい身体の形状を露わにしている。軽装備であるのに、帝国騎士が使っている装備よりも高性能な防弾・防刃仕様という、機人の“異能装具”だ。
――だがレイヴンの槍での突撃は、鋼すら貫通する。
着ている戦闘服に頼った防御は不可能だと、あの刹那で判断したのだろう。そのため、ナイフを使ってのガードに徹したのだ。レイヴンの槍を受け止められるナイフ。おそらく、普通の代物ではない。おそらくは機人の異能装具だろう。
「へえ。戦闘慣れしてんだな、お嬢さん。良い判断だった」
レイヴンは素直に褒めた。
対してリーゼの表情は苦しげで、間一髪で身を守れたと言った雰囲気だ。
満身創痍の様子である。
ナイフで「受け止めた」というものの、重装甲をまとったレイヴンの突撃は、トラックに跳ねられたくらいの衝撃はあったはずである。それを物語るように、矛先の衝突を受け止めきったリーゼのナイフは、役目を終えたように折れてしまう。
リーゼはレイヴンを蹴り飛ばし、間合いを稼ぐ。
レイヴンが後退すると、リーゼは、ビルの壁にめり込んでいた自身の身体を、そこから引き剥がすようにして立ち上がった。少しよろめいた足取りだったが、リーゼは背負っていた大弓を手に取り、レイヴンと対峙する。
リーゼは口元の血を片手で拭いながら、レイヴンへ言った。
「……油断した。お前、強い」
「さっすが、機人族。今ので死なないなんてなー。正直、ドン引きだわ。生まれつき、全身が軽量チタン骨格なんだったか? 頑丈な身体してるよな」
リーゼの肉体構造について、造詣のある発言だった。
それを意外に思い、リーゼは尋ねる。
「お前、機人に詳しい。他の機人と戦ったこと……ある?」
「ああ。過去に2人くらい、ぶっ殺したことがあるぜ?」
「!」
「どっちも、厄介な異能装具を使ってきやがってな。機人たちのクソッタレ技術は、“聖団”の連中の魔導と同じくらいに最悪だ」
仲間が過去に殺されたことを知り、リーゼは思わず逆上しそうになる。
だが懸命に冷静さを保ち、鋭い表情でレイヴンを睨み付けた。
「へえ。クールハートだね。同族のことをやたら大事にしてる機人のくせに、安い挑発には乗ってこないどころか、火を点けちまったかな。こりゃあ、ますます仕事がやりにくい。特別手当をもらわなきゃ、相手するのもやってられんが、今回は俺のミスが発端だ。サービス残業、やるしかねえよなあ」
ぼやきながら、レイヴンも再び、槍の矛先をリーゼへ向けて構える。
「俺のモットーは先制攻撃。一撃必殺だ。だいたい、最初の一撃で相手を仕留めるのが定石さ。けど、それを生き延びられちまうと、その後はどうにも調子が狂うんだよな。思ったよりも、面倒くさいお嬢さんだぜ」
言い終わるのと同時。レイヴンの槍は、後方の噴射口から火を放つ。
急加速。高速飛行。槍は、レイヴンの質量を持たせた巨大な弾丸と化して、虚空を貫くように飛行し始めた。その姿は、まるで空飛ぶ槍に跨がった重騎士である。
「戦い方、シンプルなヤツ……!」
リーゼは毒づく。
相手は、常に「真正面からの突撃」という、ワンパターンな攻撃手段になってしまう戦闘スタイルだ。だが、来るとわかっていても、避けるのは難しい。レイヴンの突撃とは、それほどに早く、重く、鋭い攻撃なのだ。
――だがそれは、人間の動体視力で考えた場合の話である。
正面から飛来してくるレイヴンを見据えたまま、リーゼは真横へ、軽くステップ移動する。その跳躍の距離は、人間よりも遙かに長い。一跳びで、ゆうに5メートルは移動しただろう。あっという間に、リーゼはレイヴンの正面からいなくなってしまった。
飛行軌道上からリーゼが消えたことで、レイヴンの突撃は空振り、誰もいない空間を貫き、ビルの壁に衝突するしかない。そう思われた。だがレイヴンは歯を見せ、不敵に笑む。
突如、レイヴンの持っていた槍は、後方への火炎放出を止める。すると今度は、柄に仕込まれていた、横方向への小型噴射口から火を噴いた。火炎放出の方向を変えることで、空中に浮いたまま、レイヴンは器用に方向転換をして見せた。再び後方のメイン噴射口が火を噴き出し、急加速でリーゼの方角へ向けて突撃を再開する。
「方向も変えられるんだよなあ、これが!」
「!」
飛来してくる槍に追いかけられ、リーゼは廃墟ビルの階段を駆け上る。壁を蹴り、天井に開いた穴などを利用して、上の階層を目指して逃げる。その背後を、レイヴンの槍は軌道修正を繰り返して、執拗に追いかけてくる。
逃げながらリーゼは、ビルの壁や残置物を盾代わりに利用するが、そんなものでレイヴンの突撃は止められなかった。まるで障害物など目の前に存在していないかのようで、進行方向にコンクリートの壁があれば、それを鉄骨ごと貫く。遮蔽物があれば吹き飛ばし、そうしてずっと滞空したまま、リーゼの背を追いかけ続けてくるではないか。
まるでレイヴンの槍は“追尾弾頭”である。
避けても避けても、軌道修正をしながら、高速で背後に迫ってくる。
おそらくリーゼを刺し貫き、殺害するまで突撃は止まらない。
リーゼは、雨ざらしの屋上に到達した。これ以上、上の階には逃げられない。獲物を追い詰めたことを悟り、レイヴンはビル屋上の上空をグルグルと旋回飛行しながら、リーゼへ警告した。
「もう逃げ場はないな、機人!」
「逃げてる、違う」
屋上の中央に立ち、リーゼは手にした大弓を、空に向けて構える。
「私には――――“閃光の弓”ある」
それは、アーサー王伝説に登場する“無駄なしの弓”の名を由来にしている。リーゼの里の秘宝であり、標的を外すことのない、必殺必中の意味が込められている。ツルの部分に指を添えると、無から青白い光の矢が生じた。その光は暗闇の中、リーゼの頬を照らす。実体はない。だがそれに矛盾して、物理的な破壊力を備えている矢は、静かにつがえられた。
「ここ着た理由、遮蔽物ない。お前を、“狙いやすい”から」
「狙いやすいだと?」
旋回飛行を続けながら、レイヴンは嘲笑った。
「この速度で移動する標的を、そんな矢なんかで撃ち落とせるつもりか? それとも、俺が突撃メインの戦術だから、正面から突っ込んでくるタイミングでも狙ってるのか? 無理だね。お前が撃つよりも早く――――俺の矛がお前を貫くよ!」
リーゼの金色の目。その眼球は機械眼である。
赤外線モードの視界には、暗黒の空を飛行するレイヴンの姿がハッキリと見えている。演算能力を高めた脳で、その飛行軌道を割り出した。
「――――見えた」
リーゼは光の矢を放つ。
青白い一条の光は、迷うことなくレイヴンの心臓をめがけて推進してくる。それは、あまりにも正確無比な狙撃に近い。放たれた矢の軌道が、自分に当たる軌道であることを察したレイヴンは、リーゼの予測した飛行ルートから逃れるべく、大きく進行方向を変えて上空へ舞い上がった。
「飛行ルートを予測して撃ってるだけだろ! 軌道が変われば当たらねえ!」
レイヴンが嘲る通り、矢は外れ、遠くどこかへと飛んでいってしまう。
だがリーゼは冷めた目でレイヴンを見上げ続けている。
雨に濡れた髪を掻き上げ、宣告した。
「私の矢、放った後に“視線誘導”できる」
「なっ!」
通りすぎたはずの矢が、いつの間にか方向を変え、レイヴンの背後から飛んできていた。咄嗟に気付いたため、レイヴンは身を捩ることで、かろうじて致命傷を避ける。矢はレイヴンの右肩を、ボディアーマーごと射貫く。虚空に赤い血しぶきが散った。
飛んでる鳥を落とすような、途方もなく難易度の高い狙撃である。
肩を射貫かれてバランスを崩したのだろう。レイヴンは槍のコントロールを失う。
ぶれた軌道を虚空へ描きながら、飛行する槍は、リーゼが立つ屋上へ墜落した。
床に突き立った矛先。その隣に、レイヴンは無様に転がった。
「ってて……やってくれるな、お嬢さん。矢で撃ち落とされるとは思ってなかった」
傷ついた右肩を庇うようにしながら、よろめく足取りで、レイヴンは立ち上がる。
苦痛を噛み殺している表情には、無理をした笑みを浮かべていた。
「その弓。せいぜい、弾切れがないことをウリにしてるだけの武器かと、思い込んじまったみたいだ。まさか視線誘導できる矢なんて、後出しで反則だろ」
地に落とした手負いの獲物へ、リーゼは再び弓を構える。
狩人の鋭い眼差しで、冷ややかに問いただした。
「その肩で、さっきまでみたいな、身体に負荷がかかる飛行、無理。まだ抵抗する?」
「……やっぱ、バレてるよな」
雨足が強まっていく。
レイヴンは再び槍の柄を手に取り、リーゼは光の矢をつがえた。
「――――リーゼ!」
「……?!」
少年の声が聞こえてきた。
そのため、レイヴンは驚愕する。
廃墟ビルの階段を駆け上がってくる足音。その場に現れたのは、見紛うこともなく、レイヴンの部下たちに始末を任せておいた、あの下民の少年だった。屋上でレイヴンを追い詰めることに成功した様子のリーゼに気が付き、すかさず、その隣に並び立って、手にした高周波ブレードの切っ先を向けてくるではないか。
「雨宮ケイか……冗談きついぜ。下民のガキが、どうしてまだ生きてやがる」
「あんたの部下は、もう1人も残っちゃいないぜ」
「……そんな馬鹿な!」
生き延びられるはずがないのだ。
支配権限に縛られた人類が、それに抵抗することなど、普通はできないことなのだから。それなのにケイは、逆らえない相手をやり過ごすどころか、皆殺しにしてきたのだと告げている。全くもって、レイヴンの常識を覆すような出来事である。
だが、その理由はすぐにわかった。
ケイの手に握られていたブレードが、フワリと音もなく虚空へ漂う。
その超常の光景を見たレイヴンは、忌々しそうにツバを吐き捨てた。
苛立ちを露わに、リーゼを睨み付けた。
「……なるほど。やっぱり、機人のクソッタレ技術かよ。ほんと何なんだよ、お前等の種族は。いつからかも知れない、ずっと大昔から、帝国人に楯突きやがって」
2対1。
完全に追い詰められたレイヴンは、半ば諦めに近い笑みを浮かべて見せた。




