表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
478/478

15-31 戦闘狂



 肉体を有する生命体には、肉体を維持しなければ、生命活動が停止するという欠点がある。

 心拍、血流、水分補給、呼吸。

 様々なモノを外部から摂取し、自らに取り込まなければ、容易く命を失ってしまうのだ。


 本来あるべき酸素濃度。

 それを薄められただけでも、人体にとっては致命的だ。

 肉体は必要量の酸素を得ることができず、ただそれだけのことで即座に意識を失い、死に至る。


 ――――普通はそうだ。


「コイツ……!」


 冷静な態度を崩しはしないものの、タデウスの口調には焦りの色が見られた。

 それも仕方がないことだ。

 理論上、ありえないことが目の前で起きているからだ。


「なぜ動けるんだ……!?」


 刃を地へ突き立て、朦朧(もうろう)として、今にも意識を失いそうになっていた、アルテミアとサイラス。そのまま倒れ伏して絶命するとばかり思われていたが、どういう理屈か、()()()()()のだ。多少は足下がよろめいてはいるが、立ち上がる。そうして2人は、何事もないような態度で、タデウスを嘲笑う。


「――――どうした、設計者(アーキテクト)よ」


 アルテミアは余裕の態度で、言葉を投げかけてきた。


「酸素を奪い、呼吸を妨害してやったのに、どうして(わらわ)たちを仕留(しと)められていないのか。疑問に思っておるような顔色じゃのう?」


「クッ……!」


「図星のようじゃな」


 アルテミアは小馬鹿にした態度で続けた。


「――――今までに”殺した数”であれば、(わらわ)よりもソナタたちの方が(はる)かに上じゃろう。なにせ設計者(アーキテクト)とは、幾度となく文明を滅ぼし、億ではくだらない数の人間を葬ってきたのであろう? 万を殺した程度の(わらわ)では、比肩することも、おこがましかろう。じゃが、くぐってきた”修羅場の数”は、どうやら(わらわ)たちの方が上のようじゃ。呼吸ができない程度のこと、窮地でも何でもなかろう」


「……!」


 アルテミアの唇の周囲。そこで微かに、火の粉が舞い踊っているのが見えた。

 それを見たタデウスは、カラクリに気がついた。


「そういうことですか……! その炎……! あなたの王冠(ケテル)がもたらす権能(けんのう)は“燃焼(ねんしょう)”。あなたが望むあらゆるモノを燃やせる、灼剣(しゃっけん)バティクル。その力を応用して、やりましたね。私の”魔術の効果”を焼き払った……!」


「やはり達人同士の戦いになると、タネが割れるのは早いのう。つまらぬな」


 アルテミアは、ほくそ笑む。


「雨宮ケイの、原死の剣(アインセイバー)から着想を得たアイディアじゃ。あの刃は、触れたもの全てに死をもたらしておった。魔術の効力にさえ死をもたらし、無力化し、反魔術(アンチマジック)の効力を発揮することができていた。似たようなことは、(わらわ)も出来るのではないかと思っていてのう」


 手にしていた刀が(まと)う炎が、火力を増して燃えさかる。


「試すのは()()()じゃったが、存外、うまくいくものよのう」


「!?」


 アルテミアとの会話に気をとられていたタデウスの間近に、いきなり剣聖サイラスの顔が現れる。素早い踏み込みで繰り出される斬撃。危うくもらいそうになり、後じさりながら、手にした(こん)で、刃を受け止める。得物を押しつけ合うよう、つばぜり合いをしながら、サイラスは深呼吸をした。


「――――やれやれ。やはりアルテミア様は底知れないお方だ」


 不気味なほどに穏やかな笑みを浮かべ、サイラスはぼやいた。


「私は魔術を扱えないし、主君のように反魔術(アンチマジック)の炎も使えない。できることと言えば泥臭く、せいぜい()()()()()()、この距離まで近づくことくらいだ」


「なんですって……?」


「今の君たち、設計者(アーキテクト)とは、アデル・アルトローゼによって無敵の力を奪われ、我々と同じ”肉体という制約”がある中で戦っているのだろう? なら、周囲空間の全体から酸素を奪ってしまえば、その効果は君たちにも及んでしまうことになる。当然、そうはするまい?」


 サイラスの細い目線の中に、冷たい殺気が混じっていた。


「――――あると思ったのさ。君たちの周囲になら、酸素が」


「!」


「予想は的中のようだ。つまりこうして、君たちからつかず離れずの距離に留まれば、私は窒息せずに済むだろう」


「貴様……!」


 タデウスの大振りの一撃。

 強烈な打撃を刃で受けたサイラスは、威力を殺しきれず、派手に後方へ弾き飛ばされた。

 近くにあった巨岩へ、背中から激しく打ち付けられ、身体が岩肌へめりこむ。

 激しく臓器を揺すられたのだろう、堪らず吐血する。


「調子に乗るなよ、たかが実験動物風情が……! 私たちが肉体の制約を受けているからといって、それで勝てるだなんて、思わないでいただきたいものですね!」


「…………くくく」


 大ダメージを受けたはずのサイラスだったが、楽しげな笑いを漏らし始める。

 身体が巨岩にめりこんだまま、四肢に力を込めて力むと、岩肌がひび割れ、砕け散った。

 後ろで結んでいた髪が振りほどかれ、額から血を流しながら、サイラスはうなだれ、その場に佇む。


「……君たち設計者(アーキテクト)とやらは、物理法則さえ書き換える強大な魔術を使い、人智を超えた破壊の力を振るう。だが、どうやら()()()()だな」


 コキコキと肩を鳴らして、蒸気のような白い吐息を漏らして続ける。


「戦士の放つ一撃。それは、背負っている宿業、想いの強さ、意思。およそ、その者が歩んできた人生の全てを物語る重みを持つ。互いの刃をぶつける戦いとは、相手の重さを自分が受け止めきれるかどうか。自分の重さに相手が耐え忍ぶことができるのかどうか。それによって勝敗が決するもの」


 再び顔を上げた時。

 サイラスの顔は、愉悦に満ちた狂犬の笑みを浮かべていた。


「――――君たちの一撃は”軽い”なあ」


 先ほどまでは理性的だったというのに、今のサイラスは、まるで狂戦士のような荒々しい雰囲気に変わっている。全身の筋肉が、こみ上げてくる戦意と高揚感に踊り、爆発寸前にたぎっている様子だ。これまでとは比べものにならない超スピードで、サイラスはタデウスの懐へ一瞬で飛び込んでくる。設計者(アーキテクト)でも対処が難しい速度であることを察し、アンデレが青ざめて叫んだ。


「タデウス、危ない!」


 手にした(こん)を身構え、かろうじてタデウスの防御は間に合う。

 だが、サイラスの一撃は強烈であり、信じられないことに、設計者(アーキテクト)でも受け止めきれなかった。


「なんて……重っ……!」


「この程度でガッカリさせないでくれ?」


 サイラスの一撃は棍を弾き、返す刀で、タデウスの肩口から脇腹までを斬りつける。

 後退が間に合ったため、幸いにも傷口は浅かった。だが、血しぶきを散らす程度には傷ついた。


「バカな! この私が人間に?!」


()()()()程度でわめくでない――――(すき)だらけじゃぞ?」


 サイラスの背後に隠れていたアルテミアが飛び出し、高く跳び上がっていた。そうしてタデウスの、がら空きになった頭部へ、炎の斬撃を振り下ろす。


「タデウスをいじめるな!」


 家族の窮地を救うべく、横から飛び込んできたアンデレが、アルテミアの横っ面を思い切り殴りつけてくる。バキリという骨が砕けるような音がして、そのままアルテミアの身体は吹き飛ばされ、地面の上を転げた。


 タデウスを仕留め損ね、サイラスは深追いをせずに後退する。設計者(アーキテクト)の2人も、相手にしている人間たちの危険性を理解し、距離を空けた。思い切り殴りつけられたアルテミアは、土埃(つちぼこり)が舞う中で伏して、そこからピクリとも動こうとしなかった。まるで死んだようにも見える。


 今のは危なかった。


 殺されるかもしれないと感じたタデウスの表情からは、血の気が失せている。

 余裕のない青ざめた表情に、脂汗を滲ませながら、タデウスはアンデレへ尋ねた。


「……今ので、アルテミアは殺せましたか?」


 タデウスの動揺に気付きながら、アンデレはなだめるように、落ち着いた口調で応えた。


頸椎(けいつい)を砕いた音がした。殺せたと思うよ」


 アルテミアを殺したと、確信している様子のアンデレ。

 だがそれを聞いても、サイラスは楽しげにニヤついているだけだった。

 主君が死んだかもしれないというのに、慌てた様子は微塵もない。


「フッ。アルテミア・グレインという方の恐ろしさを、君たちは、まるで理解できていないようだね」


 意味ありげなサイラスの警告に、タデウスは不快な顔をする。


「……何が言いたいのですか」


「さっきの音、オジさんもを聞いたよね。まさか、生きてるだなんて思っているの?」


 サイラスは余裕の態度で、肩をすくめ、皮肉を返す。


「追い詰めたと思っても、さらにそこから、凡人の想像を上回ってくる。それが、あのお方だ」


 その言葉の直後だった。

 倒れ伏していたアルテミアが、何事もなかったかのように、むくりと起き上がった。


「?!」


「ありえないよ、そんな……!」


 驚いている設計者(アーキテクト)の2人。

 想像を超えた現実の景色を目の前に、アンデレの表情からも、血の気が失せていく。


「…………くく。くかかか……!」


 鼻と唇の端から、大量の血を流し、アルテミアは乱れた髪を掻き上げて笑った。

 よく見れば、左腕がおかしな方向に曲がっており、骨折しているのが見てとれる。

 それを見下ろしながら、何が楽しいのか、高らかに哄笑を上げているではないか。


「あっははははは! 咄嗟に左手を犠牲にしなければ、今頃は首を折られて即死だったぞ! くく、痛いなあ! こんなに痛いのは、雨宮ケイとの戦い以来か! 面白いではないか! 全力で殺そうとしても壊れない相手! 逆に殺されるかもしれない、この緊張感! 実に愉しませてくれるじゃないか、設計者(アーキテクト)たちよ!」 


 殺意のこもったギラギラとした眼差しを、設計者(アーキテクト)に向け、アルテミアは狂った笑みを浮かべている。心底から、命ギリギリの戦いに出会えたことを喜んでいる態度だ。


「ククク。さすがは私の主君」


 それは、家臣であるサイラスも同じである。


「アルテミア様、お許しください! このような戦い、1人の武芸者として、高ぶらずにはいられません! 

 連携や援護は、これ以上はできません! 私1人の力で、この強敵たちにどこまで通用するのか、試さずにはいられませんよ!」


「奇遇じゃのう、サイラス! 妾も同じ考えじゃ! こんなご馳走を前に、理性など邪魔でしかなかろう! 良い具合に血が流れ、身体も温まってきたところじゃ! 死ぬまで存分にやろうではないか!」


 傷つきながら、ニタニタと狂人のように笑んでいる2人を前に、タデウスとアンデレは表情を引きつらせていた。


「なんなの……こいつら……」


 まるで血に飢えた獰猛なケモノ。

 人間を相手にしているとは思えない、おぞましい威圧感が放たれている。


「異常者どもめ……!」


 にじり寄ってくる2人の戦闘狂。

 まるで理にかなわない衝動。

 狂気というものに、設計者(アーキテクト)の2人は初めて触れた。

 人類の中には、雨宮ケイ以外にも、畏怖すべき者たちがいる。


 タデウスとアンデレは、その時、確かに”恐怖”を感じていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よければ「ブックマーク登録」「評価ポイント」をお願いします。
作者の励みになります。

また、ランキングタグも置いてみました。
この連載を応援いただけるのであれば、クリックしていただけると嬉しいです。
小説家になろう 勝手にランキング

©うづき, 2021. All rights reserved.
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ