15-18 水の設計者
闇に覆われた雪原で、禍々しく赤い光を放つ王冠。
ゼウス・フォン・エレンディアが発揮した権能により、無敵のシールドを奪い去られた異常存在の軍勢は、正面から容赦なく浴びせかけられるガトリングガンの銃火に散らされ、赤い血肉の破片と化して、消し飛ばされていく。
自らの身を守るために生み出した防御壁の陰に隠れながら、設計者タデウスは、特に動じている様子もなく佇んだまま、ぼやいた。
「目に映るモノの中から、望むモノを強制的に奪い取る力――――それが”強奪”の権能でしたね。異常存在たちの身を守るために展開していた遅効装甲の効力を奪われ、キャンセルされたようです。シールドを剥がされました」
光の銃弾が飛来する風切り音。
そんな中で、タデウスの防御壁に守らているアンデレが、タデウスの後を続けた。
「奪うということは同時に、得ることでもあるよね」
幼い見た目通りの、無邪気な笑みを浮かべながらも、理知的な指摘をする。
「1人の人間が、1度に多すぎるものを持つことはできないよ。1人に1つしか宿せない魂とかね。だから何でも奪えるようでいて、命や、それに類するものは奪えない。あとは、同格の力である他の企業国王や、ワタシたちにも、通用しない力だよね」
「ええ」
タデウスの前に、アンデレが歩み出て行く。
「アンデレ?」
「タデウスは守備が得意でしょ? なら、これ以上、異常存在の軍団の数を減らされないように、後続を守ってあげてよ。あのオジさんの相手は、ワタシがしてあげるから」
アンデレの提案に納得し、タデウスはうなずいた。
「良いでしょう。ではお願いしますよ、アンデレ」
「うん。任せて」
タデウスはアンデレに背を向けると、後方にひしめく異形の軍勢を守るべく、遅効装甲を張り直しはじめた。一方のアンデレは、飛来してくる光の銃弾の渦中を、呑気な鼻歌交じりで悠々と歩いて行く。不思議なことに、ゼウスのガトリングガンの弾幕は、数が多くても、アンデレに対して1発も掠りさえしない。
「……なんだぁ?」
余裕綽々で、高らかに哄笑を上げながら怪物たちを薙ぎ倒していたゼウスだったが、真正面から歩み寄ってくる小さな少女に気付き、怪訝な顔になって呟いてしまう。
ニコニコと微笑みながら、アンデレは声をかけた。
「こんにちは、オジさん!」
パタパタと手を振るアンデレの態度は、人懐っこい。
だがゼウスは、そんな愛嬌など気にもかけない。
「うぜえ」
異常存在に浴びせかけていた光の銃弾の雨を、正面のアンデレに向けて収束させる。凄まじい物量の弾幕をたたき込むことで、アンデレという存在を、即座にこの世から消滅させようとした。
「……?!」
だが、ガトリングガンの吐き出した火線は、アンデレの小さな身体に打ち付けられる前に軌道が逸れて、四方八方、あらゆる見当違いな方向へ拡散してしまった。
「当たらねえ……のか……?」
太陽がない、漆黒の闇に覆われた雪原では、自身の王冠が放つ光だけが頼りだ。暗がりのせいもあり、アンデレが何をしているのか、視認することは困難だった。驚いた表情をするゼウスには構わず、アンデレは変わらぬ無邪気な笑みで続けた。
「企業国王。真王様の意向によって、人間によって、人間の社会を統治させるために選任した7人の王たち。ワタシたちより強力な力を持っていた、罪人の王冠というデータを分割して、それぞれを人の手によって管理させた。オジさんの使っている王冠の力は、それなんだよ?」
「んなことは、どうだって良い。俺様のこの、最強の力が、どんな素性かなんて知ったことかよ。今この時、テメエ等を八つ裂きにできる力があるなら、過去のことなんか興味ねえっつの」
「だよね? でも考えてもみてよ」
アンデレは、少し小馬鹿にしたようにゼウスを嘲笑う。
「ワタシたちの手に余る力を、オジさんたち人間に管理させるなら、それを使ってオジさんたちが謀反を起こさないように。あるいは蜂起しても対処できるように、色々と小細工をしておくと思わない?」
「……何が言いてえんだ、ガキ」
「第一に、自己中心的で協調性がなく、浅ましい個性であること。これまでに行ってきたワタシたちの文明実験の結果、そうした人間同士は結託し、同盟を結ぶことができない。ということがわかっているんだよ。だからこそ、企業国王に選ぶ人間の人物像は、そうあるべきだった。自分たちの王冠をつなぎ合わせて、元の罪人の王冠に戻すことなんて不可能だから」
「……」
「第二に、支配権限という統治システム。企業国王を頂点とした階級制度を、人類種の中へ遺伝子レベルで浸透させ、下位階級の人は、上位階級の人へ絶対に逆らえない仕組みを作った。実はこれ、企業国王が頂点っていうのはウソで、その上には真王様の他に、ワタシたち設計者がいたんだよね」
何が言いたいのかわからないアンデレの話を聞きながら、ゼウスはそれを鼻で笑う。
「そりゃ残念だったな。そのご自慢の支配権限システムってヤツは、そっちの手駒に成り下がった、アバズレのバフェルトがぶっ壊しやがったぞ。飼い犬に手を噛まれて、憐れってか? もう俺様は、真王やテメエ等の言いなりになんかならねえ」
「そうだね。ワタシたちに懐柔される前のバフェルトが暴走したせいで、これら2つのセーフティーが喪失して、結果、雨宮ケイが罪人の王冠の復元に成功してしまった。オジさんたち企業国王を、システムで拘束することが、できなくなっちゃったんだよね」
そこまで言って、アンデレの笑顔に冷たい色が混じる。
「だからさあ。――――力尽くでやるしかなくなちゃった」
「!」
アンデレの周囲の景色が、揺らいで見える。
先ほどから、ゼウスの放った弾丸は、その揺らぎに絡め取られるようにして軌道が逸れていた。
目をこらし、ようやくその正体を突き止められた。
「…………水の壁……?」
「正解」
アンデレの背後に、巨大な光の壁が見えた。
よく見れば、それは輝く文字や数値の羅列である。
ところ狭しとひしめく制御言語が、まるで壁のように展開されて見えていた。大規模な魔術が発現する直前に、術者の周辺のEDENが、そこに放流される大量の現象理論によって輝いて見える現象である。
「なんなんだよ、テメエ等は……!」
「ワタシは“水の設計者”、アンデレ。かつては、この人工惑星アーク内の、水質資源管理を担うために製造された人工知能。よろしくね」
アンデレの頭頂部から、くせ毛のように生えた青色の花が、生き生きとした輝きを放った。
「第一のセーフティーは、まだ機能していると言えるかな。だってオジさん、たった1人でワタシたちへ挑みに来たんでしょ? バカだよ。ワタシたちは個々に、文明を滅ぼせるだけの破壊力を有しているんだよ? 最初から、勝てるわけがないってこと、たくさんわからせてあげるね」
悪意のないアンデレの笑顔。
その口から放たれる処刑宣告が、ゼウスの背筋を凍らせる。
「現象理論ナンバーMDW99972起動――――アルターコード“こうずい”」
アンデレは別れを告げた。