15-15 真王の尖兵
大量破壊兵器――――。
大量の生命、あるいは大量の建物を破壊し、死に至らしめることができる兵器のことだ。
いわるゆるNBCR兵器と呼ばれるものである。
治療不可能な病気を拡散させる生物兵器。
触れるだけでも危険な毒や劇物を用いた化学兵器。
核反応を用いて周囲を一瞬で焼け野原にする核兵器。
それによって生じる汚染物質を用いた、放射能兵器などだ。
それらは白石塔の中に閉ざされた社会、今はなき内世界に存在した兵器である。いずれも、使用したら最後、周辺環境を汚染して、長らく人の居住できない危険地帯を生み出してしまう、未熟な設計になっているものばかりだ。多すぎる犠牲が生じる上に、環境汚染が生じることから、各国は「保有しても使用しない」という暗黙の了解に従い、敵国を脅すことに使う運用がせいぜいだった。
帝国文明が発明し、製造、保有するものは、そうした兵器とは異なっている。
空間崩壊爆弾――――。
先端科学産業に強い、シエルバーン企業国で、300年ほど前に発明された大量破壊兵器である。起爆点を中心に、50キロメートル四方の内側に存在する物質のすべてを、原子レベルにまで分解、崩壊させてしまうことができる爆弾だ。熱や汚染物質を生じさせず、原子構造の量子的な繋がりを解除することによって、殺傷圏内にいる生命体を砂礫に変えてしまう。
企業国同士での争いを、真王が禁じていた体制下で開発された兵器であるため、その名目上の開発用途は、帝国に敵対する獣人族を”住処ごと消滅させる”ためであるとされていた。実際に出来上がった兵器を射爆してみたテスト結果から、殺傷範囲を広げることはできても、狭めることができないという欠点が見つかり、広範を破壊し尽くしてしまうことから、真王は「破棄」を命じていた。
シエルバーン企業国の廃棄物を、密かに入手してため込んでいたのが、エレンディア企業国である。ゼウス・フォン・エレンディアは、その在庫の1つを実射する判断を下した。
◇◇◇
天高く。
空の向こう、衛星軌道上から放たれた弾頭が、流星のように落ちてくる。
禍々しく赤い光の尾を引いているそれは、ジェシカたちを乗せたヘリからも、視認できるほど、まばゆく輝いて見えた。頭上を流れ、遠い地平の向こうへと遠ざかる光を見上げ、ジェシカたちは青ざめていた。
『空間崩壊爆弾って……』
エマが耳元で呟いてくる。
ジェシカは、緊張した面持ちで応えた。
「私の知識が確かなら、爆弾の殺傷範囲は半径30キロメートルくらいだったはず。アタシたちはギリギリ射程圏外にいるから、大丈夫……のはずよ」
『理論上はそうなんだけど、本当に大丈夫なのかな』
「……」
妹が安心できる言葉を返してやりたかった。
だが、わかるはずがなかった。
100年以上も前に、試験爆発を観測されたことがあるだけの爆弾だ。
実戦に投入されて使用されることなど、初めてのことなのだ。
夜空を流れ落ちる光はゆっくりと遠ざかっていき、そして地平の向こうで無数に蠢く、怪物たちの大群の頭上へと向かっていった。しばらくそれを眺めた後だった。
「……!」
遠方に、炸裂するように眩い閃光が見える。
直視すれば失明しかねない輝きを、光学フィルタ処理されたヘリの窓越しに確認できた。
爆発したのだろう。
核爆発のような、爆発も、熱風も生じさせない。殺傷範囲内に存在する全ての物質を分解、崩壊させるだけの爆弾。それがもたらす、静かなる大破壊だ。原子分解反応は、強烈な光を伴って起こされている。まるで地表に、太陽が生じたかのような輝き。血の色を思わせる、濃厚な赤い閃光だ。
「……破滅の光、ですね」
感慨深く、シスターが呟いているのが聞こえた。
そして数分間にわたって続く、強烈な光が周囲を照らした。
失明を避けるフィルタ越しとはいえ、それを見つめ続けることは目が疲れてしまう。
何もかもを破壊し尽くす悪夢の光の中、人々は恐怖し、身を縮めてうずくまっていた。
ジェシカも、眠っているリーゼの手をギュッと握りながら、光が通り過ぎるのを待ち続けた。
◇◇◇
何もかもを崩壊させ、消し去ってしまう破滅の光。
その輝きは徐々に失われ、徐々に景色が色彩を取り戻していく。
元々、地表は陽の光のない、とこしえの闇に覆われていた。
光が過ぎ去れば、次に訪れるのは深い暗闇のはずだった。
だが、空間崩壊爆弾のもたらした光は、空間中へわずかに残留していた。原子崩壊反応は完全収束しておらず、爆弾殺傷範囲の縁にあたる部分では、中心部に遅れて、いまだに崩壊反応が続いているためである。その結果、薄らと輝く、赤い光のドームのようなものが形成されていた。
その輝きによって照らし出された地表は、直径数十キロメートルにわたる、巨大クレーター状に消失している。元々、そこに存在した針葉樹の森や、小規模な帝国都市は、跡形も無く消え去り、消失してしまっていた。
そこに蠢いていた、大量の怪物たちの軍も、爆発によって消し去られている。
――――そのはずだった。
何もかもが消し去られた破壊の跡。
クレーター状にくぼんだ大地の上に、異常存在たちの大群は”健在”のままだった。
爆発前と、何ら変わらない頭数。
大量破壊兵器のダメージなど見受けられない、まったくの無傷。
何事もなかったかのように、変わらずエレンディア企業国首都への進行を続けていた。
異形の軍勢の先頭を歩く、2人の男女がいた。
1人は青髪の少女だ。白いワンピース1枚の姿であり、頭頂部からは、長い花弁を有する青色の花が生えており、それがくせ毛のように垂れていた。天使のように、その頭上には赤い光輪が浮かんでいる。
もう1人は銀髪オールバックの男だ。
執事風の出で立ちであり、胸元のポケットから、挿し花のような、一輪の紫の花を咲かせていた。
少女と同じように、頭上には赤い光の輪を浮かべていた。
屈託のない、人懐っこい笑顔を浮かべて、少女が隣りを歩く男へ話しかけた。
「ねえねえ。今の、すごくまぶしかったねー、タデウス」
緊張感が乏しく、子供のような無邪気で喜んでいる様子だ。
タデウスと呼ばれた男は、愛想笑いも浮かべず、冷ややかに応えた。
「嬉しそうに言わないでください、アンデレ。今のは空間崩壊爆弾だったようです。人間たちは愚かだ。こんな原始的な武器で、この私たち、設計者をどうにかできると思っていたんでしょうか」
皮肉するタデウスに、アンデレと呼ばれた少女は笑顔で応える。
「そもそもさ。エレンディアの人たちはまだ、ワタシたち、アーキテクトのことを知らないんじゃない?」
「もしくは見くびられていたか、ですよ。まあ、いずれにせよ思慮が浅い作戦だ。企業国王の肉体が傷つけられないように自動展開される”遅効装甲”。それを造り出し、与えたのは、どこの誰だと思っているのでしょうかね」
タデウスはメガネの位置を指先で正しながら、自らが率いている、無傷の異常存在たちを見渡した。怪物たちが無傷だった理由は、タデウスが全軍、全兵に対して、遅効装甲を付与したからである。企業国王にのみ与えていた、無敵の防御シールド。それを怪物たちのそれぞれに与えたことによって、今の攻撃を防いだのである。
「代わりはいくらでも効くバケモノたちですが、首都へ着く前に数を減らされるのは都合が悪い。ヨハネ兄様の言いつけです。雨宮ケイのような人間が現れた以上、人間たちの底力を甘く見ては危険でしょう。彼等の士気を挫くためには、物量の差を見せつけてやるのが効果的ですからね」
「オバケたち、いっぱい連れて行くと、人間たちは怖がるの?」
「ええ、そうです。そして、自分たちの奥の手が、こうして通用しなかったのなら、今頃は大慌てでいることでしょう。予定通りです」
タデウスは、ほくそ笑んだ。
「ともかく。二千万の異常存在たちの全てに、遅効装甲を付与しました。これで人間の軍では、1匹たりとも数を減らせなくなりました。実に容易く、詰みでしょう。私たちと戦って勝負になるなどと考えるのは、おこがましいことだと知りなさい」
「じゅーりん! じゅーりん!」
タデウスとアンデレ。
2人の設計者が引き連れる異形の軍は、何事もなく、首都攻略の道筋を歩み続けた。




