15-14 空間崩壊爆弾
輸送ヘリの貨物室は、異常存在軍の襲撃を逃れた市民たちで溢れていた。
故郷。私財。多くを失った人々は憔悴し、すすり泣いている。
陰鬱な雰囲気の中にいると、暗く落ち込んだ気持ちに、拍車がかかるようだった。
ミズキは、トウゴの骨壺を大切そうに抱えたまま、暗い顔で俯いている。その隣では、ジェシカが心配した表情で、傷ついたリーゼに膝枕をしていた。手当を受けたものの、傷ついたリーゼは消耗している様子で、横になって眠っている。ジェシカはその手を握りながら、顔色の悪い親友の回復を願っていた。
「ジェシカ」
そうしていると、呼び止められる。
顔を上げれば、見知った顔。シスター・ルリアがいた。
ジェシカとエマにとって、義理の母親と呼べる存在だ。
いつもなら安堵をくれる穏やかな面影が、今はどこか強ばっている。
『シスター……』
「今のはエマの声ですね。なら近くにいるということですか。ジェシカと一緒に、2人ともまずは無事でいてくれて良かったです。ダンジョンに潜ると言って、いなくなった後も、ずっと心配していたのですよ」
シスターは、ジェシカの頭をきつく抱きしめてくれた。
言葉に表裏はなく、心の底から無事を喜んでくれているのが、その力加減から伝わった。
シスターは改まって、尋ねてきた。
「一緒にダンジョンへ入っていた、あの男の子たちはどこへ?」
「……あの後、色々あったのよ」
ジェシカは、苦しげに肩を抱いて応える。
「全員無事だったとは……言えないわ。ザリウスやレオ、セイジさんたちとは、今は別行動中。今はアタシたち、シスターに力を貸してもらいたくて、それで足取りを追いかけて、さっきの街に辿り着いたの。そうしたら、あんな状況に……」
「そうでしたか」
トウゴのことを思い出し、悲しい表情をしているジェシカ。そして骨壺を抱えている、ジェシカの連れと見られる少女を横目に見て、シスターは、口で語られるよりも多くのことを察することができた。
「お互いに、積もる話はありそうですね。ですがまだ、この空域は危険です。細かい事情を確認するのは、聖団の後方拠点に着いてからにしましょう」
「後方拠点って?」
「ここから西方へ離れた場所に、エレンディア騎士団の基地を間借りして、聖団の軍事拠点を構えています。このヘリは、そこへ向かっている途中なのです」
「……?!」
「聖団七星のお1人、バロム・クリーラ様が指揮されている拠点です。私を含め、10名もの聖人を要していますから、先ほどのような異常存在の軍勢に攻め入られても、早々に陥落することはあり得ません。そこでなら、あなたたちも安全です」
『軍事拠点って……』
「聖団が、エレンディア騎士団の基地を間借りしてるですって……?」
シスターの話の節々に、ジェシカとエマは疑問を感じてしまう。
なぜならロゴス聖団とは宗教組織であって、軍事作戦を執り行う騎士団とは違っている。
永世中立を宣言し、企業国同士の争いに関わらないのが、方針だったはずなのだ。
それがエレンディア騎士団の助力を得ているというのは、何か妙である。
ジェシカとエマが奇妙に思っているであろうことは承知した上で、シスターは話しを続けた。
「侵攻してきている異常存在の軍団は、さっき見かけた群れだけではありません。あれは全体の、ほんの一部。ベルセリア帝国領土と、魔国パルミラの国境にある、アーガスト大橋を突破してきた怪物たちが、ベルセリアの領土を横切って、一直線にこのエレンディア領へ雪崩れ込んできているのです。推定ではおよそ、2000万を超える軍勢」
『に、2000万?!』
「そんな数のバケモノ軍団だったの、さっきのアレは?!」
「ええ。エレンディア騎士団の分析によれば、という情報ですが。それが大きく3軍団に分かれ、いずれも東から侵攻してきています。目指しているのは方角からして、エレンディア企業国の首都でしょう」
奇妙だった。
「なんか、それっておかしくない? エレンディア企業国と、魔国パルミラの間には、ベルセリア帝国領が挟まってるのよ? 隣国じゃなくて、隣国を跨いだ先の国へ侵攻するって……」
「理由はわかりませんが、怪物たちの主であるバフェルトの目的が、エレンディア領にあるのは間違いないでしょう。そして、アルテミアはわざと異常存在の軍を素通りさせて、エレンディアと戦わせて消耗させることで、漁夫の利を得ようとしているのかもしれません。いずれの思惑もわかりませんが、現実に、このエレンディア領は攻め入られている状況です」
シスターは腕時計を確認すると、険しい表情で告げた。
「15分後に、エレンディア騎士団が、大規模な軍事作戦に出ます。この場に留まれば、巻き込まれるでしょうけど。幸いなことに撤退は間に合います。安全地帯に入るまで速度を出しますので、少し揺れますが、我慢してください」
「……」
いい加減、ジェシカは気になっていることを尋ねた。
「どうしてロゴス聖団と、エレンディア企業国が情報交換なんてしてるの? 聖団の独立性を保つために、企業国との通信は、原則禁止だったはずでしょ? しかも、軍事行動に関わる情報を共有しているなんて……」
シスターは淀みなく答えた。
「今の聖団は、エレンディア企業国と一時的な”共闘関係”にあります」
「……!?」
ジェシカに続いて、エマも尋ねた。
『シスター。ロゴス聖団は、帝国社会において永世中立を宣言していたはずです。特定の企業国に与することなんて、これまでになかったと思いますけど……』
「ええ。エマの言うとおりです。ですが聖団にとって、アルテミアという強大な敵が現れました」
シスターは真顔で続ける。
「彼女は、元ローシルト企業国領にあった、第四聖都ヨーハニスを陥落させ、聖団七星のお一人である、ルシア・クリスト様を幽閉しました。これは聖団へ対する明確な攻撃行為です。しかし反撃しようにも、アルテミアの率いるベルセリア帝国は、あまりに強大すぎます。永世中立を宣言していた聖団ではありますが、この戦乱の世で生き残るためには、どこかと共闘する以外にないと判断されました」
「その共闘の相手が、エレンディアなの?」
「アークにおいて、最大の軍事国家とも言えるエレンディア。ベルセリア帝国に対抗し得る、唯一の最大勢力ですから。人外の魔国パルミラや、弱小の四条院、アルトローゼ王国と組むよりも、優位であるという計算です」
疑わしい目で見つめてくるジェシカへ、シスターは弁明するように言った。
「……誤解しないでください。共闘と言っても、あくまでベルセリア帝国との戦いにおいてのみという、条件付きでの聖団参戦です。エレンディアの行う、非道な侵略戦争にまで加担するつもりはないのです。共闘期間中に、たまたま異常存在たちが侵攻してくるという予期せぬ事態が起きているため、私たち聖団は、人道支援のために、こうして市民の皆さんを救助しているのですよ」
「……アルテミアを倒すためだけの、限定的な共闘関係ってことね」
「企業国に故郷を焼かれた、あなたたちにとっては、気分が良くないことだとは思います。けれど、どうか理解して」
ジェシカたちが話をしていると、操縦席の方が騒がしくなる。
ガスマスクをつけた修道服の女性たちが、シスターを呼びに駆け寄ってきた。
「何事ですか、慌ただしいですよ」
「大変です、シスター・ルリア! 間もなく、エレンディア騎士団が予告していた、異常存在たちへの大規模攻撃が開始されます!」
「そんなことは百も承知のことだったでしょう。今さら、それが何だと言うのですか」
「それが……今しがた騎士団から送られてきた情報によれば、その手段が……」
「手段が? いったい、エレンディア騎士団は何と」
修道兵たちは顔を見合わせ、息を整えてから答えた。
「ヘリを急がせて、もっと離れなければ危険です! 大量破壊兵器――――”空間崩壊爆弾“を使う、とのことでした!」
「なんですって?!」
情報を耳にしたジェシカとエマも、驚愕した。
「ちょっと! 自国内の領土で、そんなものを使うっての!? 下手したら、近くの健在な都市だって、巻き込まれかねないわよ?!」
『まさか自国民の犠牲も厭わず、なんですか。どうかしています……!』
その場の誰もの表情が、青ざめていた。
◇◇◇
宇宙開発は、真王によって禁止されてきた。
今にして思えば、それは人類が、人工惑星アークの外側にまで到達してしまうことを防ぐためのルールだったのだろう。この世界が巨大構造物の内部に存在する文明であることは、アークに生きる人々に隠しておきたい事項だったのだ。内世界の人々に、生まれながらに施されていた“知覚制限”も、元は、そのルールを強固にするために生み出された技術であったのかもしれない。
外宇宙へ到達することは禁じられていたが、地球周辺の宙域。
衛星軌道上への進出は認められていた。
エレンディア企業国が有する戦略攻撃衛星「シヴァ」も、そこを漂っている。
眼球を思わせる、銀色の球形。そこに6枚の、翼のようなパネルが生え出ていた。その機械の目玉は、まるで地表の獲物を探すように、ギョロギョロと蠢いている。やがて、その視線の先が定まり、固定される。見つめる先には、冠雪した山間をゾロゾロと行進している、異形の大群の姿があった。それらは一直線に、エレンディア企業国の首都を目指して行進している。
《――――光学センサー、およびマナ探知ソナー、敵勢力を補足完了》
《敵勢力は東西に長く展開中》
《目標、敵軍先頭地帯、中枢核。放線座標誤差を修正》
《チャンバー内温度、加圧、共に正常。マナ充填作業完了、構築術式、正常》
《座標誤差修正完了。射線クリア。スタンバイ》
地上基地のオペレーターたちが、攻撃衛星の準備状況を口々に報告している。
その声の全てが途切れると、その沈黙が準備完了の合図になった。
《クク。バケモノども。ようこそ、エレンディア企業国へ。歓迎するぜ》
無線の最後は、企業国王である、ゼウス・フォン・エレンディアの声によって締めくくられる。
《まずはご挨拶といこう。空間崩壊爆弾――――発射しろ》