15-13 凶暴なる思考
エレンディア企業国の各領地を統治する、6人の大貴族。
すなわち、企業国王の6人の息子たち。
いつかのように兄弟は、一堂に円卓へ腰掛け、集結していた。
いずれの表情にも、困惑、あるいは焦りが見えている。
円卓の背後に置かれているのは、他よりも大きくて立派な、黒鋼の玉座だ。そこは、エレンディアを統べる企業国王、ゼウス・フォン・エレンディアの座する場所だ。
玉座の背に深くもたれながら、足組したゼウスは、眉間にしわを寄せている。
円卓の中央に浮かんでいる、戦況地図のホログラム映像を見ながら、忌々しそうにぼやいた。
「おいおい。こりゃー、何の冗談だ……?」
ボサついた金髪。無精髭。大柄の体躯にまとった筋骨は、太くてたくましい。為政者というよりも、蛮族の長と呼ぶ方が相応しい、荒っぽい風貌である。今は戦時中であり、戦鎧に身を包んでいることも、その見た目に拍車をかけていた。
「……てっきり、攻めてきたのは、グレインの小娘が率いる、ベルなんとか騎士団だとばかり思っていたが。蓋を開けてみれば、なんとバフェルトのババアが放った、異常存在どもの軍団ときてやがる。なんじゃこりゃ。あのババアは、この俺様とやり合おうって腹づもりになったのか?」
黒髪の小柄な青年。次男のミゲル・フォン・エレンディアが、軍議を進行する役だった。
父親のコメントの後に、円卓に並ぶ兄弟たちを見渡して言った。
「父上が言うとおりだ。13時間前から、うちの企業国は、異常存在の大群……いいや、バフェルト軍と呼ぶべきでかな。それの侵攻を受けている。これまでは、ベルセリア帝国騎士団からの侵攻を警戒して、その進軍ルート上にある蒼暦都市エスカリア方面への戦力展開に注力していた。けれど防衛の手薄だった横腹を、バフェルト軍が突いてきた。北方の辺境の都市オポスを陥落させられたよ。死者数は予測で、およそ37万人程度、ってところかな? 予期せぬタイミングでの侵攻ということもあって、対処が後手に回っているのが実態だ」
ミゲルは続けた。
「衛星画像解析や、マナソナー分析の情報を加味して、攻めてきたバフェルト軍の推定兵員数は――――およそ“2000万”と見られる」
「にいっ、にに、2000万ですと?!」
兄弟の中の小心者。セリアスが、頓狂な声を上げて驚いた。
「あ、兄上! 2000万と言いますと、そこらの企業国の騎士団であれば、領土防衛の戦力を含めた、全勢力を上回るほどの規模! 我等がエレンディア企業国の全勢力にも匹敵する人数ですぞ! というか、バフェルトのような小国に、それほどの人員などありえなかったはず!」
「――――なんでも国中の人間を全て、異常存在に”改造した”って話しだぜ、兄貴」
「!?」
6男のギルバートが口を挟んできた。
「どこの企業国の騎士団も、志願やら任命で人を集めてるんだ。だから国民の全てが、戦争をするための戦力にはなり得ない。それをバフェルトのババアは、国民全部をバケモノに造り変えちまうことで、国民全てを兵隊にしちまったってことだよ。そうなれば、おそらく敵の本隊は数千万なんて数じゃ済まない。数十億のバケモノ軍が、後続に控えてるってんじゃないのかい?」
兄弟たちは押し黙る。
緊張してこわばった顔をしているのは、ギルバートの推察の意味を理解しているからだ。
後押しするように、ミゲルが告げた。
「ギルバートの言う通りだと、情報部の分析結果も出ている。つまり現在のバフェルト軍は、アーク全土の騎士団をかき集めてきても、到底、太刀打ちできない数の怪物軍団ということになる。もはやそれは、これまで戦ってきたベルセリア帝国騎士団よりも、遙かに脅威となる数の暴力だ。軍隊が整い、他国へ攻め入る準備ができたから、我が国への攻撃を始めた可能性が高いな。おそらくベルセリア帝国や、四条院企業国も、今頃は同時侵攻を受けているかもしれない」
「どうするのですか、兄上! それほどの規模の軍勢に太刀打ちできる騎士団など、どこの企業国も有しておりませぬ! 相手の初動である2000万を相手に戦い、勝ち抜けたところで、次には億を超える軍が起きて、再び攻め込まれるかもしれないということでありましょう!?」
「仮に、他企業国と共闘したとしても、撃退できる物量じゃなさそうだ……」
「どういたしましょう。ここで打つ一手で、ある意味、我々の命運が決まるのかもしないですよ」
「……」 「……」 「……」 「……」 「……」
兄弟の誰もが、言葉を失っている。考察を口にしたミゲル自身も、その後になんと話を続ければ良いのかわからなくなり、黙り込んでしまった。
アルテミアが始めた、第2次星壊戦争。
その戦争は当初、人類同士での争いを想定していたものである。
武器や兵器の製造を主産業とし、それによって利益を得ているエレンディア企業国は、他のどの企業国よりも、戦争利権を享受できる構造になっていた。人が人を殺し。奪い奪われる。それが激しさを増し、長く続くほどに、エレンディア家はどこよりも強く裕福になれるはずだったのだ。事実、世界大戦が始まって以降、エレンディア企業国の得た富は尋常ではない。だからこそ、この戦争を奨励していた。
……その様相が、変わってしまっている。
「これでは、戦争利権で儲けようなどという状況ではないな」
「数十億のバケモノが、これから攻めてくるというのですか……!」
「どこで予定が狂った……なぜこんなことに……!」
呑気に人同士で殺し合い、その利益を貪って、肥え太っている場合ではなくなった。現実問題として、人間の経済活動や社会情勢など知ったことではない、お構いなしの殺戮と破壊を目的にして、異形のバケモノ集団が攻め込んできているのだ。しかも自国の戦力だけで立ち向かえるか、危ういほどの規模で。
利益を得るための戦争が、いつしか自身の存亡をかけた戦いになりつつある。
その情勢の変化を、議場の誰もが理解していた。
「――――この程度のことでよぉ。狼狽えてんじゃねえよ、ガキども」
静まり帰った議場に、楽天的なゼウスの声が響く。
「バカバカしい。こっちより多い人数に攻め込まれたから、それにビビって観念するってのか? しょげた顔してんな。どいつもこいつも、それでも俺の血を引いてるってのかよ、情けねえなあ。今時の戦争で勝つのに必要なのは“数”じゃねえ。それよか”質”の方だろうがよ」
不敵なニヤけヅラで、ゼウスは余裕の態度を崩さなかった。
「考えてもみろ。俺様たちは、棍棒で殴り合うしかねえ、原始人じゃねえんだぞ。今の時代には、今の時代の武器や、戦い方があるってもんだ。くく、おもしれえじゃねえか。むしろ、ようやく実戦テストができる機会だろ。グレインの小娘の軍に使う予定だったが、こっちで使った方が、良いデータが取れそうじゃねえか」
「……!」
ミゲルは、父親が言わんとすることを理解した。
「父上、まさかアレを……?」
「ああ。使っちまえ。バフェルトのババアの軍を、一瞬で全滅させちまえるだろうよ」
ゼウスは肯定した。
「ボヤッとしてんじゃねえぞ――――”大量破壊兵器”の威力を見せてやれや」