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15-11 人ならざる軍勢



 雪道を車で疾駆し、漆黒の森を抜けた先に、目的地が見えた。そこは、ベルセリア帝国領の北西端に位置する土地。隣国のエレンディア企業国(ユニオン)との国境に近い、辺境の街がある。


 都市と呼ぶほどの規模はなく、人口は40万人ほど。

 日本で言えば、鳥取県ほどのスケールだろうか。


 雪深い森の景色が終り、広大な田園風景が広がった。

 根菜を育てているのだろう。

 等間隔に葉が並ぶ、黒い土の畑が、遠くまで続いているのが見渡せた。

 その向こうには、人里とおぼしき家々の明かりが、小さく見えてきている。


 およそ1日以上をかけて、暗い森の中を車で走ってきた。


 ようやく、待ち望んでいた人里へ出られたというのに、安心感はなかった。

 その時、ジェシカたちの胸中へ去来したのは――――焦燥(しょうそう)である。


「なんなのよ、これ……!」


 遠目に見える街は、()()していたのだ。


 夜空を煌々(こうこう)と赤く染め、長い黒煙を空へ立ち上らせている。まるで暗がりに灯った、暖炉(だんろ)(くすぶ)る小さな炎のように、遠くでぼんやりと輝いている。小さな街のあちこちは、燃えさかり、焼かれているのだ。遠目にそれがわかった。


 異常事態に気づき、後部座席に座っていたミズキも、思わず身を乗り出してくる。


「あれは……家々が、燃えてるんですか? どうして……?」


 不安そうなミズキの疑問に、答えられる者はいない。

 リーゼが険しい表情で、ハンドルを繰りながら考察を口にした。


「どういうことなんだろう。エレンディアと、ベルセリア帝国の戦闘? たしかに国境付近だけど、こんな辺境の街で? ベルセリア帝国の中枢からは離れる方向だし、補給路として確保するには、迂回路だし、遠回りになる。エレンディア側には、攻撃するに足る、戦略的なメリットなんてないはずだと思うけど……」


『お姉ちゃん! 大規模な火災が起きてるよ! どうする、引き返した方が良いのかな!?』


「……」


 問題は、なぜ燃えているのかだ。


 エレンディア企業国(ユニオン)とベルセリア帝国の戦いは、小休止状態になっている。停戦宣言がされたわけではないため、国境付近であれば、いつ戦闘が勃発したとしても不思議ではない。だが、リーゼの言うとおり、戦闘が起きる場所としては、地理的に見ても、この街は相応しくない。


 もしかしたら、戦火ではなく。

 自然火災なのだろうか。

 いずれにせよ、ジェシカは焦った。


「少し近づいて、状況を見たいわ。国同士の戦いだとしたら、私たちの出る幕はないから、気付かれないうちに撤退したいところだけど……自然火災なんだとしたら、救助を手伝わないと」


『私たちの魔術なら、人助けできるかも、だもんね!』


 ジェシカは余裕のない表情で、火の手を凝視しながら言った。


「戦火だろうと、火災だろうと。どのみち、この街には、聖団から人道支援で派遣されてる、シスター・ルリアが滞在しているって情報だったわ。もしもシスターが危険なんだとしたら、アタシは、助けないと……!」


『そうだよね……! 私もそうしたい』


 シスター・ルリアは、ジェシカとエマにとって、育ての親。母親同然の存在だ。

 心配して、ひどく焦っている態度は、見ればすぐにわかった。


「トウゴといい。もう、これ以上、知ってる誰かが、いなくなったりするのは嫌なのよ」


「……」


 母親を助けるため、自ら危険へ近づこうと言う、ジェシカの提案。

 それを聞き、運転手のリーゼは微笑んで言った。


「シスター・ルリアの無事を確かめよう。ここには、聖団所有の飛行場があって、私たちが目当てにしていた飛空艇もあるはずだしね。まだ火に包まれてなければ、それに乗って脱出できる可能性だってあるよ。立ち寄る理由は十分だね」


 リーゼは躊躇(ちゅうちょ)なく、アクセルを踏んだ。


「了解。近づいてみるよ」




 ◇◇◇




 街へ近づくにつれて、空を焦がす赤色の光と、炎が大きく見えてきた。

 郊外の宅地と思わしき、民家が建ち並ぶ風景は、あちこち紅蓮の炎に包まれていた。

 火の粉が、雪のように降り注ぐ路上には、不思議と人の姿が見当たらない。

 死んでいる者も、逃げ惑う人の姿もない。


「……誰もいない街が、燃えている……?」


 見たままの様子を、ミズキが口にした。


 車窓を流れていくのは、パチパチと火花を散らし、炎と煙を立ち上らせる家々だけ。

 人の気配を感じ取れない。


「どういうこと? 誰もいないってことは……この辺に住んでいた人は、すでに全員が避難済みってことなのかな」


「かもしれないけど……誰も消化活動とか、してないわけ?」


『なんだろう……違和感がすごいよね』


 妙な言い回しだが、街が燃えているという以外には、何もなかった。


 消化活動をする者も、救助活動をしている者も。

 誰の姿も見受けられなかった。

 深い夜の中、静かに焼け落ちていく家々を眺めながら、車はゆっくりと道路を通り過ぎていく。


「…………!」


 突如として、ミズキは表情を強ばらせる。

 キョロキョロと周囲を見渡し、挙動不審になり始めた。

 その異変に気がついたエマが尋ねた。


『どうかしたんですか、ミズキさん。急に慌てだし――――』


「急いで、この場を離れてください!」


『……!?』


 いきなり大きな声で、警告を発してくる。

 青ざめたミズキは、急に運転席のリーゼへ懇願し始めた。


「感じる……! たぶん私、感じ取れるようになったんです! ()()だったから! 眠っていたんです! けど、エサである私たちが来たことで、目覚めようとしています! だから早くここから逃げないと!」


「感じるとか、仲間とかって、何のことよ」


「この街、”異常存在(ヘテロ)だらけ”です!」


「……!」


 ミズキの警告から間もなく、周囲から異音がし始める。


 街のあちこち。そこかしらから、生きたまま焼かれている人間のような、おぞましい悲鳴が上がり始める。狼の遠吠えのように、その悲鳴は遠く向こうまで伝播(でんぱ)していき、やがて大合唱となる。


「いったい何事!?」


「ミズキちゃんの言うとおりだよ、ジェシカ! なんで気付かなかったんだろう! 急にあちこちから、動体反応が現れ始めてる!」


 リーゼはアクセルを踏み込みながら、断言した。


「燃えてる家の中に、異常存在(ヘテロ)の大群が潜んでた!」


「なっ、なんですって?!」


 急発進する車の背後。近隣の民家の中から、這い出るように異形の怪物が姿を見せた。複数の人体をくっつけて融合させたような、気色の悪い姿。姿形はまばらだが、だいたいどれも似た形である。足が6本以上、腕が6本以上、生えている大きな肉団子。その胴体部には、歪んだ人の顔が複数、貼り付けられたようについている。


「きっしょ! 団子人間?!」


『これは……少し人の形が残ってるから、かなりグロテスクな見た目です……』


 1匹、2匹と、現れ出したかと思えば、次々と後続が出てくる。(せき)を切って生じた雪崩のようになって、車の後方に溢れていく。燃える家。炎の渦中にいたというのに、その体表に火傷の形跡は見られない。ミズキの言うとおりだとすれば、火の中で眠り、休んでいたとでも言うのだろうか。


「すごい物量! これ、大群じゃないの!」


『この街、繁殖(はんしょく)期の異常存在(ヘテロ)に、襲われていたんでしょうか! たぶん数百なんて数じゃないですよ、この発生規模は!』


「本当に繁殖期なんだとしたら……捕まったら私たち、かなりまずいわよ……!」


 路上へひしめくように飛び出してきて、車の後を追いかけてくる異形のバケモノたち。そのおぞましい姿に、ジェシカたちは青ざめる。帝国の制御下から外れ、野生化した異常存在(ヘテロ)が、群れを成すことは、よくあることだ。そして(まれ)に大群となって、近隣の都市を襲い、滅ぼすことがある。


 目的は”繁殖”。


 人喰いのバケモノたちは、バケモノ同士で繁殖することができない。周辺にいる生物の(メス)の子宮を苗床にして、増殖するのである。繁殖期の異常存在(ヘテロ)たちに襲われた街の運命は悲惨である。男たちは生きたまま食い殺され、女たちは怪物に犯され、(はら)み袋とされてしまうのだ。


 女であるジェシカたちが、ここで捕まった場合。

 食い殺されるよりも恐ろしい運命が待ち構えているだろう。


「違う……この人たち……!」


 ミズキは頭を抱え、うわごとを言いながら苦しんでいる。


「繁殖期の異常存在(ヘテロ)たちじゃない。私たちを追ってきている、あの異常存在(ヘテロ)たちは……()()()()()()()()()()()()


「ちょ……なんですって!?」


「そんな、ウソでしょ?! どうしてわかるの!?」


 唐突にミズキが口にした説に、ジェシカとリーゼが驚いた。

 

「知っての通りです。異常存在(ヘテロ)という種族は、脊椎(せきつい)回路と呼ばれる臓器だけが共通の仕様になっていて、それに付属する肉体の部分は、有機物だろうと、金属だろうと、なんでも良い構造です。実際に、帝国が異常存在(ヘテロ)を製造するのは、脊椎回路の部分だけ。そして異常存在(ヘテロ)が繁殖によって、生物の子宮で培養(ばいよう)できるのも、脊椎回路だけです」


 気色悪そうにリーゼが尋ねた。


「……つまり異常存在(ヘテロ)のコアである脊椎回路が、周辺の人間を取り込んでできた成れの果てが、後ろのバケモノたちだってこと……?」


「……」


『ゆっくり話してる場合じゃないです! 追いつかれそうです! リーゼさん、もっとスピードを!』


 洪水のように押し寄せてくる異常存在(ヘテロ)の大群を、リーゼは華麗なドラビングテクニックでかわしていく。車窓スレスレまで近づいてくる怪物たちのおぞましい姿に、ジェシカたちは(おび)えた。


「なにか、言ってる……?」


 ジェシカは気がついた。


 間近に迫る、怪物たち。その胴部に張り付いた人面は、懸命にジェシカを凝視して、何かを呟き続けている。個々の顔に意思が残っているのだろうか。ミズキの話し通りなら、この街の人々は、4~5人単位で強引に融合させられ、1体のバケモノとなったように見える。他人の身体とくっつけられ、元に戻ることもできず、それでも意思が残っているのだとしたら……最悪である。


 ――――殺して。


 怪物たちが、必死の形相でそう呟いていることが理解できてしまった。


「どうして……こんな酷いことが……!」


 胸が痛い。

 ジェシカは悲しみと恐怖で、涙を流した。





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